シャリマーニュ王国ラルク王子(1)
王子と俺は一通り宮廷の視察を終え、昨日の神殿の前を通りかかった。すると、後ろでがさりと物音が聞こえ振り返ると、そこには一人の身なりのいい青年が立っていた。黒い髪に白い肌、中でも印象的だったのは黒曜石のように怪しげに煌めく瞳であった。
「君たちはこの宮殿のひとかな?」
彼の表情はこちらを慈しむように見ていたが、その瞳は決して笑ってはおらず、むしろ残酷な冷たさをたたえていた。
「てめえこそ誰だ?」
王子もその雰囲気を察したのだろうか。声には僅かに緊張がにじんでいた。
あぁ、と思い出したような顔をし、その男は口を開く。
「そうだった。他人に名を聞く前に自分の名を名乗るべきでしたね?」
「早く名乗れよ」
王子が鋭くその男を睨み付けると、男ははっきりとした声で確かにそう告げた。
「僕はシャリマーニュ王国国王のラルクと申します。」
俺も王子も呆気にとられ、彼の顔を凝視した。
ラルクはおかしそうに笑い、
「この前使いの者を送ったはずだったんですがね。その者が全く帰って来ないもので様子を見に来たんですよ。」
と。俺はその言葉に先日王子に殺されたあの女を思い出した。
「王子様が直々にか?」
「ええ。部下を気にかけるのは上に立つものとして当然のことでしょう?」
「はっ、殊勝な心掛けだな。様子見が終わったなら、さっさとこの城から出ていってもらおうか。」
「そんなに邪険にしないでくださいよ。今日は本当に様子見のつもりで来たのですが、ついでだから貰っていこうかと思いまして。」
「何をだ?」
王子は全く心当たりがないといった様子である。俺も全く何のことか分からない、いや分からないはずだった。
「女神の雫…。」
俺の口からふいにその単語がこぼれ落ちる。それは聞いたこともないはずなのに、なぜか昔から知っているような不思議な感覚が俺の中でせめぎあう。まるで、得体の知れぬもう一人の自分が身体の中にいるような…そんな感覚であった。