遺物ナンバー1 眠れる廃墟の美女 2
「ま、まあ、俺はキスがしてみたいんじゃないし。ただロボットのスイッチ入れるだけだし。あの本、女子向けだったし」
だれに聞かせてるつもりかわざわざ大きな声で言う。白馬に乗った王子さまではない自覚がそうさせたのかもしれない。
(あ、でも、俺の自転車カッコいいし。ハイウェイスーパーカーって名前まであるし)
愛用の自転車の姿を思い出した。古代文明が遺した遺物であるそれは黒く精悍なイメージを放っていた。フレームのサドルとハンドルの間に箇所には自動車のそれを思わせる変速機構のシフトノブが取り付けられ速度に応じた前後のギア比をスマートに選定できる。しかも選定できるギア比は6段だ。
またハイウェイスーパーカーの乗っていれば夜の闇でもおそれることはない。暗闇でも前輪の両脇につけられた収納式の前照灯は、フレームの前輪をささえる箇所にとりつけられたダイナモと呼ばれる電気発生装置のペダルを踏み込めば車輪の回転を電力に変えて自動でライトが飛び出し前方を明るく照らす。いわゆるリトラクタブルライト。男子のハートをがっちり掴んではなさない。
父からこの自転車を与えられた日に夜更けまでリトラクタブルライトを何度も試し、「イカすぜ」と補助輪の回転音を夜空にとどろかせ続けたのである。他の者がママチャリと呼ばれる婦人用自転車を乗っている中、補助輪の回転音を響かせながら朽ち始めたアスファルトを疾走するヤスは村の者の視線を釘付けにしていた。
(あんなにイカス俺のハイウェイスーパーカーが白馬に負けるわけがない。それに俺だって俺が王国作れば王様なんだから。別にキスしたっていいよな。ちゃんとキスの前に唇拭いておけばこのロボット汚さないし)
ヤスは白馬は書籍のイラストでしか見たことはなく、王国の仕組みなどもよく理解できていなかった。ましてや自己欺瞞など知るはずもない。
(それにお父さんの雑誌で見たもん。スーパーカーに乗ってる人ならどんな人でもついてっちゃうとかいう女の人の記事)
思い出した記事はバブル時代と呼ばれた時代のものである。
記事のなかに掲載された強気と自信を絵にしたような女のほほえみに後押しされた。ヤスは唇を何度も拭った。
呼吸を整えた。
瞼を閉じて息を止めると少女に口づけようとした。
思った。
(あれ、キスってどれくらいするの? タッチ、長押し、どっち? っていうかやっぱだめだよな、こんなこと。怖がらせてたらどうしよう)
目を開けて少女の様子を伺う。まだ触れてはいない。
(近すぎてよく見えないっ! っていうか、息苦しいっ!)
「ぷっはあ!」
ヤスは床に両手をつき呼吸を整える。その小さな背中に注がれる眼差しがあった。
「何者かっ!」
叱責する声。男の声だった。
声のした方に顔を向ける。部屋の入り口だった。見てみると男たちがいた。揃いの紺色の服に胴を守るためと思われる黒いベストにヘルメットをかぶり膝下まで延びるブーツを履いた男たちが入ってくる。見覚えのある姿であった。
(しまった。中までパトロールするのか! 調べが甘かった!)
男たちは槍を突きつけるようにゆっくりと周囲を警戒しながら入ってくる。一目で戦闘と組織的行動を訓練された男たちであることが見て取れた。
両手をあげてゆっくりと立ち上がると言った。
「ごめんなさい。食べ物を探してました。そしたらこの人が眠ってて」
本音を隠して、怯えた声を出した。いきなり攻撃を加えてこないところを見ると話し合う余地はある。そして、相手の出方をうかがうことにした。
男たちのうち一番の年長者が一歩前に出ると言った。
「どうやって入った。ここは入り口にはシャッターがおろされていたが」
「あの、割れてる窓があって、そこからです。あの、僕が割ったんじゃないです」
「まあ、いくら古代文明の技術が栄えていたところで2百年は経つんだ。傷んでいるだろうな」
ヤスの気持ちを和らげるためかその声音から威圧的な響きは消えた。
「坊主。どこからきた?」
「この村の子供です。」
(ホントはお前等が襲った村だよ)
怒りを隠して平然と答えたつもりだった。だが目をそらしてしまった。にらみつけてしまいいかねない。そう判断した。男はそれに気がついたが無視をして質問をつづけた。
「そうか。あとで帳簿と照らし合わせるぞ。うそは付くなよ。表の自転車はお前のか」
(え? 表通りからは見えないように自転車隠したのに? こいつら細かくチェックしてるんだな)
「はい」
「名前は」
「ナイトです」
この時代にありふれた名前を言った。ヤスの知識ではそれはかつてDQNネームと呼ばれた名前と響きが似ていた。
「そこの女の子は?お前の姉ちゃんか?」
「いえ。僕が来たときにはここにいました。さっきから動かないからもう死んでるのかも」
「それは我々が確認するからきにするな。お前、怖くないのか。死体」
「もう慣れちゃいましたから」
笑顔を作った。村が襲撃された日の事がありありと脳裏に甦る。襲撃した側の男たちに生のままの感情を見せたくなかった。
「そうか。お前、家族が死んだのか」
「はい」
「名字はあるのか」
「いえ」
「どこで敬語を覚えた?」
事実と嘘を織り交ぜる。信用ならない相手にすべての情報をさらす気にはならなかった。
「お父さんが遺物漁りの探索者だったから」
「古文書を読んだか」
「いえ、売り物だから読ませてもらえません。遺物は偉い人にも売りにいくから、親に連れてかれてそこで自然に」
「ほう。俺は敬語を使う相手と見たか」
「はい。強そうだから」
「そうか。まあ、弱肉強食は世の常だ。去年の秋の戦いでお前らのクニはなくなったんだ。お前の村もここもすべて我らの大王の持ち物になった。受け入れろ」
「はい」
「それに我らの大王は寛大だ。統治された土地の孤児たちには食べ物と教育をお与えになる。ついてくるか」
「いえ」
(誰がお前等の奴隷になんかなるもんか)
「そうか。それなら野垂れ死ぬんだな。その娘みたいに」
答えずに出口に向かって歩こうとした。男に制された。
「喰え」
男はポケットから小さな包みを取り出すとヤスの手のひらに握らせた。ヤスは包みを広げて中身を手の平に乗せた。飴玉だった。尋ねた。
「これは何ですか?」
「飴だ。甘くてうまいぞ」
しかめ面をしていた男の顔がわずかの間、崩れた。それは微笑みだったがすぐに隠された。ヤスは見逃さなかった。この場を立ち去ることにした。たとえ飴玉がどれほどうまいものだとしても笑顔を見せて男の期待に応える気にはなれなかった。
「あ、じゃあ、僕、帰ります。ありがとうございました」
(あの女の人も無理矢理連れて行かれて誰かの奥さんにされちゃうんだろうな。いやだろうな。この人も。でも俺のお母さんは自分で出て行ったくらいだし。どっちがこの人の幸せなんだろ・・・・・・って、とっとと起こして聞けばよかった。グズグズしないで)
気にはなりつつも出口に向けて歩き出した。その足取りの重さをごまかすことはできなかった。
「連れて行かないだけでも感謝しろよ。坊主」
背中に投げられた言葉を無視した。
男は部下の一人に耳打ちした。
「あのガキのあとをつけろ。父親が集めた遺物を隠し持ってるかもしれない」
後ろでなにか話し合う気配を感じはした。ただ少しでも男たちの邪魔をしてやろうと話しかけただけだった。
「僕の自転車は持って行かれてないですよね」
「ああ、だがそれがいやなら自転車は隠しておくんだな。いずれは誰かが奪いにくるさ。金属の塊だからな」
いやな予感が背筋を走って尾てい骨をくすぐった。駆け出すと少女の肩を揺すって叫んだ。
「自分で人生で選びたいならついてこい! 守ってやるから」
ヤスの様子から男も事態を予想した。男の指示が響きわたる。
「くるぞ! 第三勢力だ! 散開して入り口に注目!」
その声が響く中、窓枠に飛び乗った。脱出用に用意していた窓枠から外壁に沿い地上におろされたロープにしがみつく。滑るように地上に降りた。見上げる。少女もおりてきている。風になびくその黒髪と身を包むカーテンは日差しを返し、ところどころきらきらと輝いていた。
少しでも着地の衝撃をやわらげてやろうと両手を広げて待ち受けた。少女は地面に足を着ける前にヤスに向かって体を預けた。少女の体をささえようとしたが少女の胸に顔を埋めて下敷きになってしまっただけだった。
(柔らかっ! おっぱいって柔らかっ! それになんだか少しあっついよう)
「いたぞ! あそこだっ!」
窓枠から聞こえてくる怒声に気がつく。
(くそっ!いいとこだったのにっ!)
警備兵とは違う武装集団が現れたのは間違いがなかった。ヤスの自転車をパトロール中の警備兵に発見させ、さらにヤスに警備兵の注意をひきつけさせて隙をうかがっていた集団。
「おい、ガキ! それは古代人の兵器だ! お前みてえなガキが扱えるもんじゃねえ! 一人で消えれば見逃してやるぞ」
少女の体の下からはいずりだし声のしたほうに目をむけた。身を乗りだしロープに手を伸ばす者。窓枠から身を乗りだし拳銃を構える者がいた。どちらも派手な身なり、人目で人を威嚇するような身なりをしていた。服には沢山の描が打ちつけられ髪型も奇抜だった。
統率はとれていない。だからこそ何をするかわからない恐ろしさを感じさせた。
立ち上がり少女の手を取り駆けだした。迷いはない。理由もない。ただ、怯える少女の揺れる瞳を見てしまったら衝動が体をつき動かした。
振り返り男たちの様子を確認した。ロープを伝って降りてくる者がいた。腰のホルスターから拳銃を取り出した。男たちに向けて構えて一発引き金を引いた。男たちの動きが止まったがすぐに誰かが叫んだ。
「こけおどしだ! 本物の拳銃ってもんはあんなガキが走りながら撃てるようなもんじゃねえっ!」
その通りだった。
ヤスが持っている拳銃は引き金を引くと炸裂音がし辺りに火薬の匂いが立ちこめるだけのものだった。遺物として父が見つけたものだった。
次の手を打つ。
目の端に捜し物をとらえた。予想通り男たちが乗ってきた馬たちがそこにいた。馬たちの綱をナイフで切るとおもちゃの拳銃の引き金を引いた。炸裂音が鳴り響く。馬たちは一つ大きくわななくと、てんでバラバラに駆けていった。男たちの罵声が聞こえた。かまわず愛車のハイウェイスターを目指す。
見つけるとサドルに跨がり少女に声をかけた。
「早く後ろに乗って」
少女は荷台に跨がってヤスの腰にうでを回した。
ヤスはシフトレバーが一速に入っているのをちらと見て確認すると全力でペダルを踏み込んだ。おっぱいのことを考えていた数分前がやけに懐かしく感じられた。
読んでくださりありがとうございます。
物語が進んで主人公が主人公らしくなってきたと思うのですがいかがでしょうか。
できるだけ早い段階で少女の正体があかされるようにしようと思っていますが次の公開がいつになるかはちょっとまだわかりません。
もしも、楽しみにしてくださってる方がいたらすいません。
また、数ある小説があるのに何の実績もない私の作品を期待して読んでくださっている方に感謝しております。
厳しいご意見などをお持ちになられた方もいらっしゃるとは思うのですが、読んでくださっただけでもありがたいのにこの作品について何かを感じ、お考えいただけたのでしたらこれ以上の喜びはありません。
ありがとうございます。