遺物ナンバー1 眠れる廃墟の美女?
暗闇を貫く光の矢が照らす寝顔。女と呼ぶにはまだ丸みと堅さが残っている。白い棺の中で安らかに眠っているようにも見えた。周りには同じような箱が雑然と転がっておりそのどれもが空っぽだった。そして辺りには白骨がてんでばらばらに、どれくらいの人数分なのかもわからないくらいに転がっていた。
ヤスは腕で額に光る汗を拭うと高鳴る胸を押さえながら、光の中に漂い舞う埃の中、口元を手で覆い白い棺を思わせる箱に顔を近づいていく。十歳の男の子である。薄汚れた粗末な服を着ているが手入れの行き届いた山歩きなどに適したくるぶしまでも覆う靴が人目を引く。
靴から延びるふくらはぎは思いの外に細く七分丈のズボンの裾の中に吸い込まれていく。さらに上、それが支える腰も、背負う帆布のリュックも小さな両肩も大きく上下に揺れている。
整然と並べられていたであろう白い箱の位置は乱れ、そこかしこに白骨化した人体が朽ち果てているなか、大発見の予感に瞳を大きく輝かせていた。白骨などにひるんでいる場合ではなかった。
行き倒れた死体を見かけることは珍しくない。腐臭を発しないだけ白骨の方がまだ無害と言えた。そして、もう動くことも語ることもない亡骸よりも生きた人間の方が恐ろしいことは身をもって知っている。
窓辺に近寄った。ヘッドライトを消し、ゆっくりとカーテンを開けていく。カーテンの幕間から注ぐ柔らかく曖昧な輪郭をした春の光が白い寝具の上に横たわる少女の全身を照らしていく。裸体は光を返し白く輝いているように見える。
気がついたヤスは目を逸らした。
「服ぐらい着てろっての」
そう言いながら窓枠にロープを結びつける。ここは建物の最上階、五階であった。窓から見下ろすと駐車場が見える。広い駐車場だったがそのほとんどをアスファルトの裂け目から生えてきた木々で覆われていた。
(いざとなったらあの森に潜んで敵をやりすごそう)
遺跡から脱出経路を確保しておくことは父親にたたき込まれていた。ロープを結び終えるとあらためて少女を見た。そして、顔を赤らめ慌てふためきカーテンを適当な大きさにナイフで切ると少女の体を覆った。
少女は生きているものとは思えないほどの均整のとれた姿形をし、この世ならざる者という風情がある。だがヤスは想像を断ち切り観察した結果から検討を始めた。
(胸が上下に動いているってことは息をしてるってことだ。残念だな。人型ロボットかと思ったのに。でも食べ物の残骸もないし、それにここはたまたま人が来るってところでもないしな。まあ起きたら聞けばいいか。バトルになりそうなら逃げればいいし)
動かなかろうと美しい女の姿をした者であれば無遠慮に見つめ、配慮なしに触れたであろうこの世界の多くの男たちとは違い、ヤスは少女が裸であると気づいてからは不躾な視線は送らないようにしていた。だがほんの一瞬だが視界の端で目に留まり先ほどから気になるものがあった。
疑問を整理する。
「でも、どうしてへその下にたわしなんか乗せてるんだろう?」
誰に見られているというわけでもないのにヤスは気恥ずかしさからあえて口に出した。生まれてから女のへその下などを見る機械に恵まれなかった。
ヤスに名字はない。幼いながらに天涯孤独の身である。住んでいた村は武装集団に襲撃され男手一つで育ててくれた父とは生き別れになってしまった。それから約半年程過ぎたが出会えていない。母については顔すら知らない。
すでに一人で生きていくことを決意していた。父から授けられた知識と技術。あとは自分が度胸を身につければ生きていくことはできると確信していた。確信にいたるにはそれなりの根拠があった。それは古文書によって手に入れた、一般には知られていない古代文明の叡智である。
この時代の者が呼ぶ古代文明とは、天を貫かんとする塔を建て、鉄の塊に乗り込み陸を海を空を行き、夜空に浮かぶ星々にまで乗り込み、あげくのはてには人と変わらない人形さえつくりあげた文明である。電気や石油と呼ばれる動力源を使って、ヤスの時代の者が想像すらできないような物を信じられないような量でこさえ、繁栄していた文明である。
ヤスの時代の人々は古代文明が遺した溢れるほどの衣類を身につけ、絶えず朽ちていく住宅を修繕しながらそこに住み、家畜と人力で可能な範囲で田畑を耕し漁猟や狩猟を行い、共同体を形成し暮らしていた。
それぞれの共同体同士の武力衝突により共同体の拡大が繰り返され、各地でクニと呼ばれるそれまでよりも広範囲の地域が一つの共同体として統治し始めた時代である。そしてそのクニのなかではそれぞれのクニの定めた交換比率に則り貨幣が流通し始めた。現金収入を得るために古代文明の遺物を取り引きする者たちが現れヤスの父もその一人であった。
ヤスの父は小作人であったが農閑期になると古代文明の遺物を探し出し、それを行商して売り歩くという遺物屋と呼ばれる生業をしていた。遺物屋をゴミ漁りと揶揄する者が多い中、ヤスを連れて遺物を探し歩き、売り歩いた。
そのような暮らしの中で魚や小動物の狩り方や食用の植物の採集の方法、古代文明人が建てながらも長年放置され遺跡と呼ばれるようになった建物や地下街への侵入の方法や遺物の売り方、金勘定を自然とヤスは身につけた。
生来好奇心が旺盛で想像力豊かであったヤスはわずかな気のゆるみが怪我、時には死にもつながる暮らしの中で慎重さとほしい物を手に入れるためには時として危険を冒す大胆さ、そして最初はうまくいかずとも方法を変え、気分を変え再度挑む根気強さを学んだ。
そのようなヤスに父は古代文明の書物、古文書の読み書きを徹底的にたたき込んだ。また、ヤス自身も古代の文字を読める者がほとんどいないため、需要がなく結果として自宅に溜まっていたていった古代の書物、ライトノベルやマンガ、児童向け文学、また父が隠し持つグラビア雑誌やエッチな本を盗み見る程度には書物を娯楽として楽しんでいた。
ヤスに見せるには早いが、自分だけはこっそり楽しみたいと判断した書を父は引き出しにしまい、ダイアル錠をかけていた。
そのダイアル錠はすべてヤスに開けられた、お父さんがコソコソ読んでいる書物を見てみたい、という情熱だけですべての番号を虱潰しに試すという気の遠くなるような方法でダイアル錠を解いた。
父はグラビア雑誌のページのよれ具合の違和感からヤスが読んだと確信した。だが開けられたらわかるように仕掛けておいた髪の毛すら元に戻していることに舌を巻きヤスの才能を伸ばすように努めた。
父はダイアル錠の番号を0721、1919、4545、に設定するような男である。エッチな物を見たいという気持ちは充分に理解していた。むしろヤスがエッチなのは遺伝だろうと考えた。
「俺たちが野蛮人なのは仕方がない。だがせめて紳士的な野蛮人であろう」
そう諭し、書籍を読んだ形跡を遺さないように扱う方法を教えるにとどめ他は気づかない振りをしていた。そして、マニアックな趣味を追求したグラビア雑誌に限り隠し場所を変えた。
つまりはヤスは書物からも女のへその下の情報を得ることはなかった。ただぼんやりとつるんとしたまるい肌を想像していた。そんなヤスにはどうしてもそれはたわしにしか見えなかったのである。
父と生き別れてからの半年の間、ヤスは父が不慮の事態に備えて用意していた隠れ家で過ごした。恐怖から外に出ることはできなかった。残量を計算しながら保存食を食べ、書物を読み漁った。過ぎてみれば半年はあっという間にすぎ風が春の気配を運んでくる頃には読書で身につけた知識を試したくて体がうずいて押さえきれなくなっていた。
そして、古文書によりロボットの存在を知っていたコウは古代文明の最先端の技術が研究、開発されていたとされる土地に向かった。
まずは話し相手が欲しかった。自分から生命や財産、そして尊厳を奪うことのない、信頼できる友が欲しかった。そうであるならばロボットであろうと人間であろうとどちらでもよかったが目の前の少女が素直に言うことを聞いてくれそうなロボットであることを願った。
(そうだ、ロボットかもしれないんだからどうにしかして動かしてみればいいんだ。マンガで見たコントローラーやキーボードみたいな物は見あたらないな・・・・・・ あっ! わかった! 音声認識だな)
思い定めるとヤスはロボットに話しかけた。子供なりにロボット相手に威厳を保とうとした。
「起きろ。ロボット。で、俺が天才探索者様のヤスだけど。お前・・・・・・ どうするぅ?」
反応はない。
優しい声音に変えて言ってみる。
「ねえ、お姉ちゃん。起きて。起きてよ。遅刻するよ。それともおはようのチュウが必要?」
反応はない。
ヤスは女性向けの少年と成人女性が恋に落ちるような物語も読んでいた。だいたい強気で傲慢なくせに雨の日に子猫にやさしくするような少年、もしくは頼りなげで優しく尽くすがいざとなると悪漢に立ち向かうような少年が愛されていた。そしてどちらも少年たちは美しく描かれていた。
ヤスは容姿を褒められたことは一度たりとてなかったことを思い出すと顔を赤らめしゃがみ込む。しばらくして冷静さを取り戻すと別の方法を試すことにした。
(音声がだめならタッチだよな。ボタンっぽいのはないし・・・・・・)
その考えに天啓を得た気がした。
だがためらう。相手は人間かもしれないのだ。
(ああっ、「ポチッとな」と押すべきボタンがおっぱいの先っちょかどうか、それが問題だ。だって他にボタンっぽい物がないんだもん)
鼻がボタン、もしくはついているのであればしっぽを引っ張るという発想はあったがなぜか禁忌のような気がした。
思考をすすめるとさらなる疑問がわいてきた。
(もし、押さなきゃいけないのがおっぱいのさきっちょだったとして、押すのは右か左かそれとも同時か、それにワンタッチか長押しなのか、解かなきゃならない謎は山積みだ。これを虱潰しで試してるときにこの女の人が起きたら絶対怒られる)
本音では少女が人間だと認めちゃっていたのである。そんなヤスは自己欺瞞という言葉を知るのはまださきのことである。
ヤスは悩んでいると、というかなんとかして自分が女の人としてみたい事を正当化する理由をひねり出そうとしていると一つ思い出したことがあった。
(そうだ。おはようのチュウだっ)
ヤスは袖口で唇を拭った。
その唇はカッサカッサに乾いていて少し血が滲むほどだった。
どう考えても擦りすぎだった。
お読みくださり本当にありがとうございます。
今回は少し硬めの文章で少年のしょうもないエッチな企みを書いてみました。そのギャップが
面白いかななんて。
あと割と作者的には不慣れな説明文を多用しました。前回はできるだけ主人公の境遇をエピソードで伝えようとしてあのような感じです。
バランスを考えていいろいろ試していきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。