プロローグ 別れ
どこまでできるかわかりませんが、ちょっぴりエッチで少し笑えるハラハラドキドキの冒険活劇を目指して書いています。
今回は十歳にして天涯孤独となってしまう主人公の背景の説明回でシリアスな雰囲気です。会話成分が多めで父と息子の別れの場面です。
本編一話目からはちょっぴりエッチな笑いとアクションがメインとなります。
ろうそくの灯火が一つ灯された貧しい暮らしぶりが伺える部屋の中。窓もカーテンも閉め切られているはずなのに、馬たちがアスファルトを蹴る音と何かを燃やすにおいがすきま風に運ばれてぼんやりと漂っている。
冬が間近に迫る日の夜明け前。
部屋の中では薄汚れ、すり切れた服をまとった中年男が同じくみずぼらしい姿の男児を抱き締め耳元で祈るように囁いていた。
「ヤス、お父さんはそろそろ行かなきゃならないんだ」
「やだよ。行かないで」
ヤスは父の腕に力が込められたのを感じると言葉をつないだ。
「あいつらが食いもんとか人を連れていっちゃうなんて毎年のことじゃないか。村の誰も仲間になってくれなかったんでしょ? 一人で追い払える訳ないよ」
父は口を開きかけてつぐむ。数回くりかえしたあと言葉を振り絞った。
「黙ってたけどな。お母さんはな。奴らの頭領の奥様になっちまってたんだ」
ヤスは弾かれたように体を放した。その目は言葉の意味を乞うていた。父は応えることにした。
「遺物漁りの旅に出てたときに都でお母さんを見つけたんだ。まだお前をおんぶして旅にでてた頃の話だ」
「な、な、な」
ヤスが言葉にするのを父は待った。指を膝に食い込ませた。唇を噛みながら俯いてしまいたい衝動に耐え、真っ直ぐに瞳を見据えた。無遠慮に無配慮に息子が投げつける言葉を受け止める義務があると思っていた。
「なんで連れ戻さなかったんだよっ!」
「それがみんなのためだと思ったんだ。あのときは」
「何、言ってるんだよ。俺にだってお母さんがいれば村のバカたちにいじめられたりしなかったんだぞ」
「そんな言い方はよせ。お前はこれからも世話になる人たちなんだぞ」
「バカをバカって言って何が悪いんだよ。あいつら古代人が使ってた電気とか石油とか、それに水道だって知らないんだもん。みんなの家にある蛇口から水が出てたんだって教えてやったらあいつらなんて言ったと思う?」
「そんな訳ねえだろ、とかそんなところか?」
「違うよ。お父さんはあいつらのバカさを全然わかってない。痒いところを掻くための固定型孫の手とか言うんだよ? ホントバカなんだよ。あいつら。背中が痒いときにあんなんで掻けるわけがないってのにさ。腕とかかくと丁度いい、だって。 どうせ言っても無駄だから言わなかったけどさ」
(背中は親に掻いてもらってるんだろ)
頭に浮かぶ言葉を息子に聞かせる気にはなれなかった。息子のためを思ってのこととは言え、幼い頃から九歳になる現在に至るまで自分のことは全て一人でできるようにしつけてきた。思えばこうやってヤスを抱きしめることなどいつ以来であろうか。
父は不遇に耐えてきた息子を褒めてやりたくなった。
「まあ、お前は沢山の本を読んでるからな。俺が知る限りこの村で本の存在を知ってるのは村長だけだ。しかも見たことがあるのは俺がくれてやったエロ本だけだ。村長からして威張ってるだけのエロおやじだからな」
「ホントはあいつらなんかどうでもいいんだ。何でも決めつけて人の話を聞けない奴なんて狭い世界からでられないんだからさ。どうせ俺も大きくなったら村を出て行くつもりだったし」
ヤスの瞳に現れた怒りの色はたちどころに消え去り目尻に涙が滲んだ。その滴はヤス自身の人差し指で軽く一なでされて拭われた。
「ねえ、お母さんがいるってどんな感じなんだろうね」
「悪いな。俺も知らない」
「別に知ってるよ。そんなの。ただ言ってみただけ」
「そっか」
「うん」
「お母さんを見つけたときのこと。教えようか」
「うん」
父は静かに言うつもりだった。だが声音に怒りが滲んでいる事は自覚した。そしてその怒りはヤスの母に向けられていることも。だが関を切った言葉は止めようがなかった。
「あいつはなぁ、笑ってたんだよ。きれいな服着て、何人も召使いを従えてよ。西の都でお買い物だぞ? すごいだろ?」
「うん」
「あの女、山の獣に食われたように見せかけて自分からこの村を出て行きやがったんだ!」
ヤスは言葉を失いただ床を見つめた。父は我に返ると穏やかな声を出した。
「悪かったな。冬の間、あんなバカな村長に預けて。俺が遺す遺物のエロ本。小出しにしろよ。そうすれば次にこの村を治める奴もお前を悪く扱わないはずだ」
「うん」
「あと春まで誰にも姿を見せるなよ。お前がお前の力で遺物を拾ってこれるって奴らに思わせることが大事だ。金の卵を産むかぎり、その鶏は殺されないからな」
「うん、でも。罠猟や釣りだって教えてくれたじゃないか。それで生きていけばよかっただろ。こんな村を出て」
「どこの土地だって先に住み着いた奴が縄張りだって言って居着かせてもらえないんだ。村長に遺物を貢いでいたから村の仲間として認められたんだ。だから釣りも猟もできた。全部村のなかでやってたことなんだよ」
「でも、でもさあ」
ヤスの言葉を遮り父は言う。
「それに最近は遺物も漁り尽くされてきて稼ぎも減ってきてたしな。小作人が一番安定して喰っていけるんだよ」
「だからってさあ、そんな人生、俺やだよ。ロマンがないもん」
「ああ、そうだな」
父がそう言ってからしばらくの間が過ぎた。尋ねた。
「ねえ。お父さんは死にたいの?」
問うてみると穏やかな声が聞こえた。
「そんなつもりはないさ。それにさっきからお前は俺が負けると思ってるみたいだけどさ。遺物漁りで強力な古代人の武器を手に入れたんだ。若いころはよく使ってたんだぞ、拳銃。お前も知ってるだろ?」
「うん、お父さんがくれたマンガとか小説で読んだ」
父は顔をあげた。その顔は笑っていた。ただ作り物めいたものであることをヤスは感じ取っていた。
「それなら話が早い。あいつらの装備なんて馬と槍と弓くらいなもんだ。それが徒党を組んでやってくるんだけどさ。徒党なんてもんは頭をやっちまえば烏合の衆だ。静かに忍び寄って轟音とともに頭領を殺す。それだけでやつらは混乱して引き返すさ」
「どうやって、頭領に近づくの」
父はそれには答えずに語った。
「なあ、古代人が遺した物語にはロマンが溢れてるよな。クソみたいな現実との戦い方を教えてくれる」
言葉にはどこか、朗らかで明るく、そして他人事のような響きがあった。
ヤスは笑って答える。作り笑顔だ。
「ああ、知ってる。チートでしょ? わおう系小説で読んだ」
父は怪訝な顔をして見せると言った。
「ん? ああ、小説家気分を味わおう系ノベルか。まあ、現実を忘れさせてくれるのも物語の力ではあるよな。でも、お父さんが言ってるのは世界文学全集とかそういうのだ。いつか読めよ」
「うん、わかってる。読むよ。そういうのも。いつかは」
父への気遣いでそう答えた。好きなのは文学集よりも無力な主人公が何らかの方法で反則ともいえるほどの特別な能力を手に入れ思い通りに生きていく「わおう系」の小説やマンガだった。文字しかない書物よりもイラストや絵で内容を把握しやすいほうに自然と手が伸びた。
「他にも役に立ちそうな古文書や遺物は全部、隠れ家の方に移してあるからな。あと食料も。春のお前の10歳の誕生日までは保存食で食ってけるはずだ」
「うん」
「そう心配すんな。俺だって十歳の頃には一人で遺物漁りで食いつないでいたんだ。まあ、ゴミ漁りから始まるけど誰かにはゴミでも誰かには役に立つってことがあるもんさ。情報は命だからな。五感も第六感もお前のが使える物は全部つかえよ」
「うん。何度も聞いた。あと疲れる前に休めって言うんでしょ?」
「ああ。あと紳士的な野蛮人でいろよ。俺たちた探索者を野蛮人と決めつけてる奴らはちょっとしたことで変に大げさに反応するからな。逆に言えばちょっと紳士的に振る舞うだけで他の探索者と差別化できる」
「うん、それも何度も聞いたんだけど」
「よし、じゃあこれは初めて言うぞ」
「うん、なあに」
「父親が父親をやめて男に戻ったら子供は苦労する。反面教師だ。お前は自分の子供にそんな真似するなよ。じゃあな」
父は立ち上がり荷物を背負うと振り返らずに扉に手をかけた。その背中にヤスは言葉を送った。
「俺が大人になるまで生きてられたら思い出すよ。今の言葉」
「このまま死んでるみたいに生きてても、お前を守れる父親じゃいられないんだ」
「うん、なんかわかるよ。つまんなそうな顔してた。いつも」
「ごめんな、弱い父親で」
「うん、ホントだね」
少し間を置いてヤスは父の背中に尋ねた。
「ねえ、お母さんも遺物漁りの探索者だったんだよね?」
「ああ、遺物を見つけて売りさばくまでのすべてに過程でセンスがずば抜けてた。お前もそうだぞ。誇れよ。うらやましいくらいだ」
振り返った父の顔は笑っていた。本当に笑っていると思えた。疑問をぶつけることにためらいが生まれ始めた。だが息を吸って吐くと尋ねた。
「名前もお母さんがつけてくれたんだよね。ヤスって」
「ああ、安らかに生きて欲しいって言ってな」
「それって安らかに眠って欲しい、っていうんじゃないの? 普通。俺の見たマンガとかだとそうだよ」
「え、そうか? まあ、でもお母さんがそう言ってたのは間違いないぞ」
「そっか、それならいいけどさ。知らなかったのかな」
「何をだ」
「古代でゲームってあったでしょ。電気とかで動く奴」
「ああ。テレビゲームや携帯ゲームか。ホントにたまにだけどなバッテリーが使える奴があって大金でさばけたな。お母さんも俺と出会う前はよく発掘してたらしいな。初めてプレイしたときのことを何度も聞かされた」
「そっか、お母さん好きだったんだね」
「ああ。お前もいつか発掘してみるといい。お母さんのことが少しはわかるかもな」
「だろうね。それでね、当時めっちゃはやった名台詞があったんだって。ゲームで」
「ふーん? どんな台詞だ?」
「犯人はヤス」
間があった。
「考えすぎだ。忘れろ。いや。違うな。お前が楽しいと思えることに気持ちを集中しろ。いくら考えても他人の本音なんてわからない」
「うん」
「それにな、大人になると自分の本音だって見失うようになっちまうもんなんだ」
「うん」
「人の心にはな、お前にも他人にも、こうあるべきだなんて正解は存在しないんだからな」
「もういいよ。説教は。行くんでしょ? じゃあね」
「ああ、お前の幸せを祈ってる」
一言、言い切ると父は扉の取っ手に手をかけた。その背中にヤスは言った。
「お父さん」
「なんだ?」
父は振り向くことなく答えた。
「背中。たまには掻いてあげればよかったね。ごめんね」
一息ほどの間のその後に。
「甘え方。一番教えてやりたかったんだ。ホントは。恨んでくれ」
「わかった」
父は背中越しに手を振ると静かに出て行った。
改めて部屋を見やる。荷物はあらかた隠れ家の方に運んである。がらんとしていた。崩れかけた団地の中の一角。狭い部屋が広く見えた。
ヤスは意を決すとろうそくの火を消し表にでた。植物に覆われた建物群を横目に見ながら夜道を自転車でかけぬけた。昨日までつけられていた補助輪がはずされていたことに気が付いたのは父が用意した隠れ家に到着してからだった。
来た道を振り返る。空が赤く焼けていた。炎が空を焦がしていた。村の有力者一族が住まうここら一帯では一番大きな建物、文明が栄えたころに村役場と呼ばれた村を見下ろすように丘の上に建っていたそれは炎と煙を吐き出しながら空しく朽ちていく。
一発も銃声が聞こえな買ったことに気が付いた。
ヤスは鼻をすすると服の袖で涙を拭った。父の顔が、声が脳裏に浮かび、温もりが腕に背中に、手のひらに甦ってくる。古代文明においてシェルターと呼ばれた地下室に潜り込むと泣きながら眠った。目が覚めたらすべてが元通り、そう願った。その願いが空しいものだとわかってはいたがそうせすにはいられなかった。
お読みくださりありがとうございました。
私の力不足おに加えてPV数を見たいという誘惑に負けてしまい、準備不足だよなー完全に、とは思いつつプロローグを公開してしまいました。
とりあえずは二万から三万文字程度で最初の遺物に関する物語を完結させようと思っています。いろんなことがふわっふわですいません。
ですがハラハラドキドキ、ちょっぴり笑ええる物語を目指していることはブレませんので安心してください。
え? できない?
デスヨネー。
はい、それではまた。いつか。
作者もいつになるかわからない本編一話目でお会いしましょう。