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第六話 オナラの魔法使い、世界を救う

 城に戻ったわたしたちは、改めて自分たちの魔法の特性やら、さっきのドラゴンについて話し合った。


 わたしたちは、色々知らな過ぎた。

 知らなかったから、負けた。

 わたしも自分の戦いしかできていなくて、連携はとてもとれていたとは言えなかった。もし仮に……みんなとうまく協力できていたら、善戦することもできていたかもしれない。


 わたしは会話が苦手だ。

 もちろん挨拶も、である。


 だから、昨日はずっとひとりでいた。

 そのせいで今日がみんなとの初対面の日になってしまった。

 使用人のおじいさんに言われた通りに、昨日みんなにきちんと挨拶していたら、少しは違っていただろうか。でも、後悔先に立たず。


 もうリップやザヘル団長のような負傷者を出したくない。

 その一心で、わたしはこの会議に集中していた。


 ザヘル騎士団長は言う。


「みな、それぞれ個性的で素晴らしい魔法の使い手だ。しかし、あの強大な敵を倒すには、さっきのようなバラバラな動きではダメだ。組織的な攻撃を、これからは考えていかなくてはならない」


 さすがは戦闘のプロである。

 こういう分析ができるところはすごいなあと思った。


 ザヘル騎士団長のアドバイスを元に、ああでもないこうでもないと意見を出し合う。

 そうこうしていると、いつのまにか姿を消していたリップが部屋に戻ってきた。

 その手には一冊の古びた本が抱えられている。


「リップどこ行ってたの。それは……?」


 わたしがそう訊ねると、リップはニヤリと笑った。


「ふふん。これはね、魔竜についての伝承が詳しく書かれている本よ。母様の部屋からちょっとくすねてきたの」

「えっ? くすねてきたって……そんないいの?」


 城の警備は、どうなってるんだ!

 そう思ってると、リップは本を部屋中央のテーブルに置きながら言った。


「いーの。緊急事態だって言ったら、誰も何も言ってこなかったし。それにこれはわたしの母親のものなの。だからわたしが持ってきたって別にいいじゃない? ……それより。ドラゴンについて何か聞きたいこと、あったんじゃなかった?」

「あ……そうそう、そういえばあのドラゴン、目的の物がなかったから消えたって言ってたよね。あれ、どういう意味?」

「ふふ、それはね。これよ」


 リップが本の中ほどを開くと、どこかで見た食べ物の絵が載っていた。


「こっ、これは……」

「そう、ドライモよ」


 それはブブカ村の特産品、ドライモだった。

 本には、たくさんのイモとあの黒いドラゴンの絵が描かれている。


「シャドードラゴンはドライモが大好物、っていうのは……ほとんどの国民が知っているわね。姿を現すのは数百年に一度、っていうのも、言い伝えにあるはず。でも、この本は、さらにドラゴンの生態まで詳しく乗っているのよ!」

「へえ、すごいね」


 適当に相槌を打つと、リップは得意げにまた説明し始めた。


「シャドードラゴンは空腹を満たすために、この世界に現れるらしいわ。そして、現れると『すぐに国中の畑を食い荒らす』。そしてそれを妨害すると……どんな者であっても蹴散らされるんですって。ドラゴンはかなり獰猛で……この古文書によると、過去の復活の際には数千人が犠牲になったとされているわ」

「す、数千人?!」


 あまりの数字に腰が抜けた。

 数百年前とはいえ、そんなの大虐殺じゃないか!


「人間は食べないみたい。でも、わたしたちの主食はドライモでしょ? それを根こそぎ食べ尽くすから、かなりの餓死者が出るんですって」

「えぐいな……」


 わたしは当時の惨状を想像して青くなった。

 ドラゴンがドライモを食べ尽くす。なんかそれは思っていたよりも、かなり規模が大きいことのようだった。

 もしそんなことをされたら、わたしたちは……。


「にしても、どうしてそんなにドライモばっかり……普段はどこにいるんだ、そいつは。あとなんでわざわざ数百年に一度出てくるのさ?」


 思っていた疑問を口にすると、リップは言った。


「普段は闇の世界にいるのよ。何も食べたりしないでも生きていけるわ。でも、飢餓を我慢できるのが数百年という単位なんですって。だから……」

「め、面倒くせえええ~!」


 なんて厄介な生き物なんだ!

 例えその本の通りだとして、そういうサイクルでこの世界に出てくるのだとしたら迷惑極まりない。


「で、そのドラゴン、どれぐらいの量食べたら満足とかあるの?」

「……ない」

「え?」

「満足とかはないわ。ただひたすらあるだけ食べるの。そして、食べるドライモがなくなったらまた闇の世界に帰るのよ」

「は? ほんと面倒くせえええ! なんだそれ。そいつはマジ倒さなきゃダメじゃん!」


 決めた。

 そいつは害獣。決してまた元の闇の世界に帰してはならぬ。

 他のみんなも、どうやらわたしとほぼ同じ思いのようだった。怒りを胸に強くうなづいている。


「よっし。じゃあ、ザヘル団長。討伐計画を立てよう! 確実にしとめるぞーっ!!」

「ああ、任せろ!!」


 その後わたしたちは、リップが持ってきた古文書の情報を参考にしながら、綿密な計画をたてはじめた。


 その頃、国王様たちの会議もようやく終わったようだった。

 ドラゴンが街の上空に出たというのに、ずいぶんのんびりしているなと思ったら、全く知らずにいたようだ。

 おいおい……それってどうなの? 誰か報告に行かなかったのかよ。


 まあ、ドラゴンはすぐにいなくなってしまったし……ね。

 国王様たちの会議に出なかった他のお偉いさん方は、あえてすぐには伝えず、わたしたち戦闘部隊が対策会議を開き、まとまった意見が出てから報告すればよいとそう判断したようだった。

 ま、上のやりとりはどうでもいい。

 それより。


 国王様たちは、やはり「わたしだけ」を城専属魔法使いに任命してきたのだった。

 玉座の間において、わたしは強く言った。


「お言葉ですが国王様。今は……それは納得できません」

「なぜだ」

「わたしより、適任の者がいると思うからです。……伝説のシャドードラゴンが、さきほど現れました。わたしたち五人の魔法使いと騎士団は、そのドラゴンを倒すためにこれから動きます。その振る舞いを見て、またもう一度、お考えになってください」


 そう言うと、国王様は神妙な顔をして言った。


「ふむ……。さきほど報告を受けたが、たしかに由々しき事態になっておるな。よかろう。五人の魔法使いよ、これからそのドラゴン討伐任務を通して、時期城専属魔法使いのさらなる選考判断とする。ププール国の平和のために……皆のもの、よくよく頼むぞ」

「「「「はっ」」」」


 お、おおっ……。

 なんと気合いの入った返事であることよ。

 わたし以外の魔法使いたちは、ものすごくやる気が出たようだった。あとオナラも。


 しかし、そこに一人の騎士が駆け込んでくる。


「申し上げます! さきほど、また例のドラゴンが出現した模様! 繰り返します。例のドラゴンが出現した模様です!」

「なんと……」

「ど、どこにですか?」


 王様が動揺している横で、リップがすぐに訊き返す。


「街ではなく、周辺の村々のようです。すでに多くの農作物が被害に遭っています!」

「なんてこと……」


 わたしはふと、メープルさんの顔を思い出した。

 メープルさん……あと、他の村のみんなは無事なんだろうか。


「ぶ、ブブカ村は? ブブカ村は大丈夫なんですかっ?」


 そう訊くと、騎士は少しためらいながら答えた。


「さ、さあ……そこまではまだ詳しくわかっていません……。とりあえず、この王都から近い順に被害が出ているようです。ザヘル騎士団長、すぐに出兵の準備を!」

「そうだな。わかった」


 騎士は一礼すると、またすぐに出て行った。


 妙な胸騒ぎがする。

 わたしはリップに言った。


「ねえ、リップ。あなた水晶球でいろいろ透視できるでしょ? だったらドラゴンが今どこにいるか、わからない?」


 すると、ザヘル騎士団長も続けて言った。


「そのような能力があるのか? ならば、どうかすぐに試してほしい。さきほど俺の部下が報告に来たが、あれは周辺の村から伝書鳩での情報が上がってきただけだ。今ドラゴンがいる場所の、正確な位置補足は難しい。リップ、どうか頼む」

「あ……はい……喜んで!」


 ポーッとなりながら、リップがそう返事する。

 すぐに懐からちいさな水晶球を出すと、手のひらに載せてなにやらつぶやいた。


「シャドードラゴン、シャドードラゴン、今お前の見ている景色をここに映せ……」


 すると、しばらくして、水晶球になにかが映った。

 リップがつぶやいていた言葉から、これはシャドードラゴンの見ている風景だと推測できる。

 畑の風景。イモを食い荒らす映像。逃げ惑う村人たち……。


 ん? なんだかここは……見覚えがあるぞ?

 この畑の道……逃げてる人々……。

 あ、あれは……?


「メープルさん!!」


 メープルさんだった。たしかにあれは、メープルさんだった!

 わたしは思わずリップが持っている水晶球にしがみつく。


「ちょ、ちょっと。いきなりなにすんのよ!」

「今まで……お世話になっていた村なの! ここ! 早く、早く助けに行かないと……!」


 動揺のあまりわたしはリップにつかみかかっていた。

 それを、ザヘル団長に引きはがされる。


「落ち着け、今は皆でそこに向かう準備をする時だ。しかし……ブブカ村か。全力で向かっても丸一日はかかるところだぞ」

「そのあいだに……また違う場所に出現するかもしれないわね」


 リップがザヘル団長に続けて不安を漏らす。

 たしかにそうだ。

 これから向かっても、着いた頃にはもういないということもありえる。なにしろシャドードラゴンは、ものすごい勢いで食べては移動というのを繰り替えしているかもしれないのだから。


 わたしは……決めた。


「ねえ、杖。みんなを、瞬間移動させることってできる?」

『えっ? 瞬間移動……ですか? やー、どうでしょう。やったことはないですけど……すごく魔力消費しそうな技ですね、それ』

「いいから。街中のオナラを集めるから、わたしたち数人だけでも移動させて」

『わかりました。まあ一応やってみます』


 わたしはその言葉を聞くと、さっそく杖の青いボタンを押して、街中のオナラを引き寄せはじめた。


「ちょ、ちょっと、プーコ。何を考えているの?」

「瞬間移動。もう、それしかないわ。のんびりしている間に、国中のドライモがなくなってしまうかもしれないんだから。この魔法が成功すれば、今すぐにでもシャドードラゴンのいるところに移動できるハズ……」

「そ、そんなことができるの?」

「わからない。わたしも……まだやったことがないから。杖も、初めてだって言うし。でも、いちかばちかやるしかない。皆、お願い。わたしを信じて一緒に来て!」


 わたしはオナラを集め終わると、そう言ってみんなを改めて見つめた。

 誰も、首を横に振る者はいなかった。

 ザヘル団長が、わたしに言う。


「よし、俺も行く。部下たちも数人なら一緒に行けるか?」

「わからないけど……そんなにたくさんは無理かも」

「わかった。なら精鋭を選んでくる、少し待っていてくれ」


 そう言って駆け出した。

 しばらくすると、重装備をしたザヘル団長とその部下二名が一緒に戻ってきた。

 たぶん、あれが精鋭の人たちなんだろう。なんか見ただけでも、すごく強そうなのがわかる。


「待たせたな。もういいぞ」

「わかった。じゃあ、さっそく移動するね」

「うん……お願い、プーコ」


 リップをはじめ、他の面々も大きくうなづきながらわたしを見ている。

 わたしはさっそく杖の赤いボタンを押した。


「魔法の杖よ! わたしたち八人をブブカ村に瞬間移動させて!!」

『了解! 「瞬間移動の力」発動!!』


 すると、あっという間にわたしたちはブブカ村に到着した。

 本当にまばたきする一瞬だった。

 畑の真ん中に放り出され、少し離れたところにはあの黒い竜がいるのが見える。


 シャドードラゴンは今まさにドライモをむさぼり食っているところだった。

 他の村はどうか知らないが、この村の畑はかなりの面積がある。だから、いまだ食い尽くされずにシャドードラゴンを引きとめることに成功していた。


「でも……早くしないとせっかくみんなが育てたイモが……なくなっちゃう!」


 わたしは悲壮感に駆られながら、必死で冷静でいなければと思った。

 ここで取り乱したらダメだ。

 わたしは、あのドラゴンをみんなと倒すんだから。


「では、みんな、覚悟はいいか。さきほどの作戦通りに行くぞ」

「「「「「はい」」」」」」


 ザヘル団長の合図で、みんな戦闘態勢に入る。

 わたしはトップバッターで魔法を使った。


「魔法の杖よ! あの人たちの魔力を強化して!」

『了解! 「魔力強化の力」発動!!』


 そう。わたしの役目は後方支援だった。

 とっさに技をいくつも思い浮かばないので、そういうのが得意な人たちに前線をまかせることにしたのだ。

 魔法使いたちの魔力を上げると、今度は騎士団の人たちにも魔法をかける。


「魔法の杖よ! あの人たちの筋力を強化して!」

『了解! 「筋力強化の力」発動!!』


 ザヘル団長たちは直接攻撃が主なので、単純に物理攻撃の効果を上げるための魔法をかけた。

 そして準備が整った四人の魔法使いと、三人の騎士たちがドラゴンに突進していく。


 わたしはその間に村中のオナラをかき集めはじめた。

 今は恐怖によるオナラがたくさん発生している。青いボタンを押すと、どんどんそれが杖の先端の輪に吸い込まれていった。


「土の精霊よ……寄り集まりて岩の拳とならん! ハアッ!」

「銀剣万花の舞っ!」

「私の光に惑わされ、夢に酔うがいい! シャドードラゴン!」

「言葉は音、音は魔法……「シャドードラゴンは燃える」!』


 みんなの魔法が、ちゃんとそれぞれ強化されているのがわかる。

 それぞれ効果の規模が大きくなっていたり、範囲が広くなっていた。


「ギャオオオッ!!」


 シャドードラゴンはそれぞれの攻撃を喰らって、畑に倒れる。

 そこに、ザヘル団長たちの剣戟が降り注いだ。


「はああああああっ!!!!」


 大剣を抜き放つと、三人が三方から同時に大きく切り付ける。

 部下の二人は後ろ足をそれぞれ一本ずつ不能にし、ザヘル隊長は前足を同時に二本不能にした。一人で二人分やるとか、化け物かよあの人!


 まあ、これもわたしの魔法支援のおかげだろうけどね。

 さて。さらにオナラをかき集めておきますか。

 このままいったらどうにか倒せそうな気がしてきた。だいぶ攻撃が効いてきているみたいだからね。ドラゴンがイモを食べるために地面に下りて来ていたのも良かった。


 ふう。なんとかなりそうだ。

 魔法使いたちと騎士たちの攻撃が続く。


 と、ふとドラゴンが口を開け閉めしているのが見えた。

 何をしているのかと思っていると、口の中にあったイモを吐き出し、かわりに真っ黒な炎を噴出してきた。


「ギャアアアオオオオッ!!!」


 まさに死にもの狂いというのが当てはまるような炎の吐き方だった。

 やたらめったら周囲に振り撒いている。

 まずい。


「魔法の杖よ! みんなにあの炎が燃え移らないようにしてあげて!」

『了解! 「炎無効化の力」発動!!』


 杖の輪っかから強い風が巻き起こったかと思うと、それはすぐにみんなの元へと吹いていった。

 支援が間に合い、みんなのすぐ目の前で炎は消え失せる。


「はっ、良かった……」


 そう胸を撫で下ろしたときだった。

 ドラゴンの背後に、小さな子供たちの手を引いて逃げていくメープルさんの姿が見えた。

 え、なんで、あそこに……?


 どうやら怖くて動けなくなっていた子供たちを、戦闘の隙を見て連れ出しているようだった。

 あ、危ないよっ、今そっちに行ったら!


「ギャオオオオッ!!」


 案の定、シャドードラゴンに見つかり、ドラゴンはそちらに向かって口を開けはじめた。

 や、やめろ。


「やめろおおおっ!!」


 メープルさん。

 やだ。やめて。


 気が付くと、わたしは走り出していた。

 決して前に出るなと言われていたのに。


「魔法の杖よ! わたしをメープルさんの前にすぐ移動させて!」

『えっ』

「いいから早くっ!!」

『わ、わかりましたっ。了解! 「瞬間移動の力」発動!!』


 すぐ景色が変わり、目の前に口を開けたドラゴンが見えた。

 真っ黒な炎がぐるぐると中で渦巻いている。

 わたしは、さっそく魔法を使った。


「魔法の杖よ! このドラゴンの口を閉じさせて!!」

『了解!! 「閉まる力」発動!!』


 すると、バグンッとドラゴンの口が閉じて、行き場を失った炎が口の中で小爆発を起こした。


「グギャオッ!!」


 ドラゴンはもんどりうって、畑に転がる。

 わたしはふうと息をついて、メープルさんに向き直った。


「あ、だ、大丈夫ですか!? メープルさん」

「プーコちゃん……プーコちゃんなの?」


 子供たちを抱いたメープルさんが震えながらわたしを見上げている。


「はい。仲間と一緒に助けに来ました。もう大丈夫ですよ」

「プーコちゃん……どうして。城の……城の専属魔法使いにはなれたの?」

「あー、それはまだ……審査中ですね。さ、ここは危ないから早く離れて下さい。あとはわたしたちが……」

「プーコちゃん!」


 メープルさんたちを避難させようと近づくと、強い声でそう叫ばれた。

 なんだろうと思っていると、大きな影が頭上から近づいてくる。

 ん? と見上げると、なんとドラゴンの「顎」が勢いよく落ちてきているところだった。


「うわああっ!」


 口を閉じたままのドラゴンが、物理的にわたしを潰そうとしてきていた。

 やばい、逃げなきゃと思うのに足が動かない。


「ううっ!」


 思わず目をつぶると、つむじ風のようなものが目の前で起きた。

 直後に大きな肉を突き刺すような音がする。


「グルルウッ!!!」


 くぐもったドラゴンのうめき声。

 いったい何が……と思ってそっと目を開けると。


「大丈夫かっ!?」


 イケメン騎士団長、ザヘルさんがいた。

 彼は大剣を天に向かって垂直にかかげ、落ちてきたドラゴンの顎下にそれを突き立てていた。

 ぶしゅうっと真っ黒な鮮血がザヘルさんにふりそそぐ。


「だ、だから……後方にいろとっ言っただろ!」

「そ、そんなこと言ったって、この人を、メープルさんを助けたかったんですよ! ともあれ、ありがとうございます。そのままでいてください。今、もう一度……」


 ん?

 杖の赤いボタンを押そうと見てみたら、なぜか点滅していた。

 こ、これは……。


『もう、そろそろエネルギー切れですね。ちょっと技によっては発動できないかもです』

「そんなっ!」


 ぐぐぐ、とその間にもドラゴンは剣ごとザヘル団長を押しつぶそうとしている。

 ど、どうにか、どうにかサポートしなければ。

 遅れて到着した騎士たちや、魔法使いたちも、ドラゴンの頭に攻撃を仕掛け、その圧を解こうと奮闘する。

 しかし、徐々にザヘル団長が押し負け初めていた。


 まずい。

 なんとかしなきゃ。

 でも、もうあまり周囲にオナラはただよってない。


 何もできない。

 そんなのって、そんなのってない。

 神様どうか! 助けて!


 ブウウウウウウ!!!


 そのとき、地鳴りのような低くて重い音が聞こえてきた。

 聴く人が聴いたらそれは地鳴りのようなものだったかもしれない。あたりに漂う悪臭……。それはどうやら、シャドードラゴンのオナラのようだった。


「うー、臭い! でも、チャンス!」


 わたしは青いボタンを押してそれを杖に吸収させると、また赤いボタンを押した。


「魔法の杖よ! ザヘル団長に、ドラゴンより強い力を与えて!」

『え、ドラゴンより、ですか?』

「そう、早く!!」

『わかりました……。了解!! 「超能力の力」発動!!』


 ん? 今超能力って言った?

 わたしがひっかかっている間にも、風と共に魔法が発動される。団長はその身に風を受けると、ぐぐぐ、と両手で支えていた剣を押し戻していった。


「おおおおっ!!!」


 周囲から歓声があがる。

 わたしは普通に首をひねっていた。超能力……超能力ね。

 そんなファンタジー世界に現代的な力を持ちこむなんて。って思ったけど、たぶん単純に筋力だけではまかないきれないレベルの戦いになってきたから、こんな条件になったんだと思う。


 現に、ザヘル団長は超パワーを得て、競り勝ちはじめていた。

 風がさらに団長を包むと、もう勝敗は決したようなものだった。


「永久に、消滅しろ!! シャドードラゴンッ!!!」


 そのセリフと共に、団長は首を剣ではじき上げる。

 そして、一閃ののちに首を切り落とすと、その断面から真っ黒な血が濁流のように噴出した。

 その血はわたしにも降りかかった。

 そして、ある程度流れ切ると、一瞬にしてシャドードラゴンはその姿を霧のようにかき消してしまった……。


「あれは、また闇の世界に帰ったのかもしれないわね」


 リップがそんな不吉な言葉をこぼす。

 今ので、倒しきれなかったんだ……そう思うと壮絶に残念だと感じた。


「まあまあ、そう気を落とさないで? あれならきっと、当分は出てこないはずだから。それぐらい損害を負わせられたのよ? みんなもっと誇っていいと思う」

「リップ……」


 そう言われたが、わたしは消え失せたドラゴンを思った。

 数百年後にはまた腹を空かせてこの世に現れるのだろう。

 その時はわたしは確実にいないが、今度はいったい誰が倒そうとするのだろうか。


 あたりは食い散らかされて、めちゃくちゃになった畑が広がっていた。

 でも、わたしたちは英雄になり、村民たちから感謝された。

 二日ほど村でもてはやされ、その後、わたしたちはまた城に戻った。


 王様は言う。


「お前たち五人はみな、良い働きをした。それぞれ城専属魔法使いとして認定しよう。プーコ、それでよいな?」

「はい。ありがとうございます。でも、その前に」

「なんだ?」


 わたしは赤いボタンを押して言った。


「魔法の杖よ! 例の紙ふぶきを!」

『了解! 「物体出現の力」発動!!」


 玉座の間の天井から、わたしがあらかじめ作っておいた紙吹雪が落下しはじめる。

 人々はみな、その色とりどりの紙を驚きの目で見つめた。


「王様。ご厚情ありがとうございます。でも、わたしはこの杖と一緒にしばらく旅をします」

「なにっ?」

「ドラゴンに畑をめちゃくちゃにされた村がまだいっぱいあるからです。わたしはそれを一つずつ直していこうと思ってます。城勤めをするのは……その後ですね。では!」


 そう言って、わたしはスタスタと玉座の間を出て行った。


「お、おいっ、誰か。オナラの魔法使いプーコを引き留めるのだ! これから国民たちにお披露目式があるというのにっ!」

「そうだ、オイ待てっ!」

「やなこった!」


 王様に言われて、ザヘル団長が追いかけてくる。

 でも、わたしは全速力で逃げた。

 城の外の庭までやってくると、わたしは赤いボタンに指をそえながら振り返る。


「ザヘル団長、ありがとう」

「……何がだ?」

「全力で走ったらすぐ追いつくはずなのに、ここまで逃げさせてくれた。てことは、つまり手加減してくれてたってことだよね」

「見破られたか。そうだ。お前は言っても聞かなそうなところがあるからな、もう好きにしろ」


 ザヘル団長はそう呆れたように言う。


「ありがとう。お披露目式とかいうのもさ、わたし苦手だから、もうわたし抜きで勝手にやっていいよって言っといて。それより、ブブカ村のことが心配。だから、悪いけどわたしもう行くね」

「好きにしろと、言っただろう」

「そだね。じゃあ……」

「待て」


 行こうとすると、呼び止められた。

 なんだろう。

 一気に間を詰められて、真剣な瞳で見下ろされる。


「え? な、なんですか……」

「実は……」

「は、はい?」

「俺の……」


 ぶるぶると震えながらあのザヘル団長が震えている。

 い、いったい何を言うつもりなんだ?

 わたしはごくりと唾を飲み込む。


「あ、あの、わたし……」


 そろそろ行かないと。

 そう言おうとしたら、ガシッと両肩をつかまれてしまった。


「俺の!」

「は、はいっ」

「俺の痔を、治してくれないか?」

「……はい?」


 なにを言うのかと思ったら。

 痔?


「旅に出る前に、治して行ってほしい。数か月前から悩んでいてな。この間のドラゴンとの戦闘でかなり悪化してしまった。前から治療はしていたんだがなかなか治らず、お前の魔法で治してもらおうかともずっと悩んでいたのだが……」


 ぺらぺらとあのザヘル団長が赤裸々な告白をしてくる。

 ああ……こんな話、聞くんじゃなかった。


「ザヘル団長」

「な、なんだ?」

「わたしは、医者じゃ、ありません」

「は?」


 わたしは赤いボタンをぽちっと押すと笑顔で言った。


「魔法の杖よ! わたしをブブカ村へ瞬間移動させて!」

『了解~! 「瞬間移動の力」発動!!』


 景色が変わる一秒ほど前、ザヘル団長の顔色も一瞬で変わったのがちらりと見えた。



ここまで、真面目で不真面目なテーマのお話をお読みくださって、ありがとうございました!

次回作はホラーの予定です。

またご縁がありましたら、何卒よろしくお願いいたします。


津月あおい


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