第四話 オナラの魔法使い、選定会で戦う
「な、なんだあれは! 魔素……か?」
「なんて禍々しい色だ……それにあの量、信じられない……!」
なにやらぶつぶつ言われてるけど……き、気づかれてないよね。
あれが……今集めてたのが「オナラ」だって……。
恥ずかしさがピークになったわたしは、バレる前に城へと急いだ。
そういえば、彼女たちはいったいどんな魔法を使うんだろう。
きっとオーソドックスなやつだよね。
絶対オナラを利用したりは……しないはず。
あー、なんでわたしこんな魔法なんだろう……。
城の中に入ると、何人もの兵士が行き来していた。
警備兵とかかな?
「あの、玉座の間ってどこでしょうか」
おそるおそるその中の一人に尋ねてみると、昨日のイケメン騎士が割りこんできた。
「それは……俺が案内しよう」
「ざ、ザヘル団長!?」
モブ兵士は驚いて見上げる。
わたしも今聞いた言葉にビックリした。
「だ……団長?」
「そうだ。俺は、王立騎士団の団長を務めている。此度の魔法使い選考会には、俺も参加することになっていてな。ちょうどいい、ともに参ろう」
「え、いや。別に頼んでないっす……って、ちょっと!?」
なんなんだ。この人。
勝手にそんなことを言って、ずんずん前を歩いていく。
なんか面倒くさいことになってきたなあと思いながらも、わたしは結局行き先が一緒なので、しぶしぶこのイケメン騎士についていった。
「あのー、そういえばなんであなたも参加するんですか? 『魔法使いの』選考会に……」
途中、沈黙に耐えきれず、わたしはそんな疑問を口にしていた。
「ああ、それはな……城専属の魔法使いは、俺たち騎士団と職場を同じくすることがあるからだ。だから、騎士団の長は、常にこの魔法使いの選考会の見届け役を仰せつかる」
「へえ……。でもあれ? 職場を同じくする……って、どういうこと? 魔法使いも騎士団の一員になるってこと?」
「いや、普段は王族の困りごとをいろいろ解決したりするだけだ。だが……国の防衛上、敵が攻めてきたときには、騎士団と共に戦うことになる」
「はあ……」
「なんだ、あまり気乗りしない口ぶりだな」
わたしの方をちらっと見て、イケメン騎士様は顔をしかめていた。
「まあね。だってホラ、わたしは見ての通り子供だし? もともとそういう地位とかに興味があって来たわけじゃないんだよ。『敵』と戦うとか……マジ聞いてないし。やる気出ないよー」
「まあ、お前くらいの歳には、少々酷なことかもしれんな……。女子とあらばなおさらだろう」
「いや、女子とか関係なく……。わたしはただ、この世界でのんびり暮らしたかっただけなんだよ。だけど、あなたが村に来て、突然『城に来い』とか言われてさ。メープルさんにも……あ、メープルさんっていうのはあの村でお世話になってた人なんだけどね、そのメープルさんに……『じゃあやってみたら』って言われて。だから来ただけなんだ、わたしは」
「…………」
「最初っから気乗りしてなかったけど……でも、なんかそこまで言われたら『挑戦』、したほうがいいのかなって。そしたらなんか、わたし、変われるかもって……思ってさ」
長ったらしい、それでいて妙に愚痴っぽくなったわたしの話を、ザヘルさんは茶化すこともなくしっかり聞いてくれた。
でも、重みのある言葉がかけられる。
「……やりたくないのなら、無理にやる必要はない」
「え?」
「俺のような立場になると、それが身に染みてよくわかる。責任のある立場というのは、簡単には退けないものだ。ゆえに覚悟が……いる。それがほとんどないのならば、お前はやらないほうがよい」
わたしは、そう言われて口を真横に引き結んだ。
「それは……たしかに……そうだけどさ。あなたはたしかにそうだろうね。団長さん、でしたっけ。だから……」
「そうだ。俺は王立騎士団の長だ。だから、この職位を命じられてからは、常に誇りを持ってやっている。王と自身の名を汚すわけにはいかないからな」
「わたしには……まだそういうのはまだわかんない」
「…………」
子供だから。
そういうのを考えるのは、もっとずっと後のことだと思ってたから。
「そういう立場になった時に、初めてわかるものなんだろうなってぐらいの感覚だった。まだ、自分には早いってのはわかってるけど、それでも……やってみようって思ったんだ。だから……それなりに真剣にやるつもり」
「そうか」
螺旋の石階段を登っていきながら、そんな話をしていると、わたしたちはやがて玉座の間に到着した。
中にはすでに人が多く集まっており、壇上には王様と思しき人と、お妃様と思しき人が座っていた。
また、その前には黒い衣服に身を包んだ男性が一人立っている。
あれは……先に到着した魔法使いの一人だろうか。
「では、健闘を祈る、プーコ」
「あ、うん……」
イケメン騎士様はそう言ってわたしの元を離れていった。
わたしはその背に軽くお辞儀をしてから、その魔法使いの男性の横に並ぶ。
しばらくすると、他の女魔法使い二人組もやってきた。
そこでちょうどボーンボーンと壁にかかっていた柱時計が鳴る。
「……定刻だ。おや、一人足りないようだが」
壇上の王様がそう言うと、窓から箒に乗った少女が勢いよく飛び込んできた。
「すみませーんっ、お待たせいたしましたーっ!」
時計の音が鳴り止む前に、少女はわたしの横にふわりと降り立つ。
それは赤い髪を二つに結った、とても可愛い子だった。
まさに「美少女」。
って、この子……まさか?
少女はわたしを横目で見るなり、ニイッと笑った。
「あっ」
『ああーっ、こ、ここっ、この子ですよーーっ。昨日私を拉致してったのは!』
わたしが勘付くと同時に、横で杖がそんなことを叫ぶ。
へえ。やっぱりね。
わたしはそう思いながら、彼女を見つめた。この登場の仕方は……間違いない。こいつはすごい「目立ちたがり屋」だ!!
「人数が、そろったようだな………。ではこれより、次期城専属魔法使いの選考会を行う! なお、選考方法は魔法対決とする。ルールは相手が死なない程度に、相手に参ったと言わせるか戦闘不能にさせること! 各自、実力を存分に発揮せよ!」
王様がそう宣言すると、各所から「おおおっ」という声と共に盛大な拍手がわいた。
ええと……候補者は五人いるけど、総当たり戦とかになるのかな?
そわそわしていると、さっそく最初の組み合わせが発表された。
「では、最初の二人は……ぺトラ対ブルーノ!」
「はいっ!」
「お相手、ふふっ、よろしくお願いします」
ぺトラは眼鏡の気弱そうな女の子、そしてブルーノは笑顔がちょっと不気味な男の人だった。
「では、両者向き合って……はじめっ!」
王様のかけ声で、さっそくブルーノが懐から分厚い本を取り出し、ぺトラに向かって片手を突き出す。
「火の精霊よ……寄り集まりて炎の塊とならん! ハアッ!」
「きゃあっ」
炎の球が掌から飛び出して、ぺトラに向かって飛んでいく。
ぺトラは小さな悲鳴を上げながら、持っていた銀のナイフを空中に「置いた」。
「ぎ、銀剣百花の舞っ!」
そう叫ぶと、ナイフがずらっと一気に分裂して、少女の前に丸い銀の盾を作る。
炎は回転する盾に相殺され、代わりにナイフがブルーノに向かって飛んでいった。
「くうっ! つ、土の精霊よ……!」
だが、ブルーノが次の呪文を言う前に、ぺトラのナイフがザクザクッとその二の腕に突き立った。
「ぐあっ!」
ブルーノは、腕を押さえてひざをつく。
顔を上げると、彼の目の前にはもう百個ほどのナイフが並んでいた。
「くっ……! ま、参った……!」
わりと呆気ない終わり方だった。
ブルーノが悔しそうに俯くのとは対照的に、ぺトラはガッツポーズをしている。
「いやった~っ!」
「勝負あり! 勝者、ぺトラ!」
意外……。気弱そうだったぺトラの方が勝った。
あの子は、物を操作する魔法使いみたいだな。すごい。でも、あれが自分に刺さるかと思うとおっかない……。あー、あの子と当たりたくないな。
他にも同じように思った人たちがいたようで、各所から恐怖によるオナラ音が次々と聞こえてきていた。
「次、ピノ対プーコ!」
おっと。次はわたしの番か。
ピノさん……ね。
彼女は、スレンダーなショートカットの女性だった。中性的で、なんか王子様みたいな雰囲気をかもしだしている。こころなしか彼女のまわりだけ、キラキラしているような気が……。
「では、両者向き合って。はじめっ!」
王様のかけ声で、わたしは改めて相手を見た。
気のせい、じゃなかった。
物理的にキラキラしている。
というのも、彼女は様々なアクセサリーを身に着けていて、かつ着ている服にもたくさんの宝石がちりばめられていた。それが陽の光に当たってきらめいている。
「うふふっ……どうだい? 私は光を操る、光魔法使い。目もくらむまぶしさだろう? 私の光に惑わされ、屈するがいい! プーコ!」
そう言うとピノは右に左にステップを踏みはじめた。
そして一瞬の間を置いて、消え失せる。
「えっ? ちょ、どこに行った?」
あたりはキラキラと、ガラスの砂粒を振り撒いたみたいな光が舞っていた。
その中をピノの声だけが移動している。
「ふふふっ。ちょっとみんなに私の姿を見えないようにしておいたよ。さあ、どうする? そっちが来ないんなら、こちらから攻撃しちゃうけど!」
やばい。
わたしは杖の赤いボタンに指を置きながら、すぐにどうするか考えた。
この人は……光を使う。なら……。
「ま、魔法の杖よ! あの人が操作している光だけ消して!」
『了解! 「屈折光遮断の力」発動!!』
すると今までためていたオナラが魔力になって、あっというまに周囲のキラキラを消していった。
ピノの姿がまた見えるようになる。
「なっ! 幻影を消しただと?」
ピノは短剣を持っていたが、わたしのすぐ近くで、ぎくりとした表情で固まっていた。もう少ししたら刺されるところだった。怖っ!
わたしは杖を振り回して、一気に彼女の剣を叩き落とす。
「やあっ!」
「痛っ!」
叩いた瞬間、ピノは手首を押さえてうめいた。
その隙に、わたしはもう一度赤いボタンを押す。
「魔法の杖よ! この人を天井近くまで浮かして!」
『了解! 「浮遊の力」発動!!』
するとふわふわとピノの体は浮き上がっていった。
「なっ、うわっ、ちょっ、やめてやめてっ! うわあああっ!」
この玉座の間の天井はかなり高くて、二階分くらいある。
だから、あそこから落とされたらきっとすごくダメージを負うと思った。打ち所が悪かったら、死んじゃうかもしれない。ピノの慌てっぷりから、彼女はたぶん空を飛ぶ魔法を使ったことがなさそうだと思った。
うん、これはイケる!
「こ、降参っ、降参しますーっ! だから助けて!」
天井付近で固定されたピノはそう言って、わたしに助けを求めてきた。
「うむ、勝負あり! 勝者、プーコ!」
王様の声があがって、わたしはピノを下に降ろしてあげた。
「魔法の杖よ! あの人をゆっくり地面に下ろしてっ!」
『了解! 「浮遊解除の力」発動!!』
ピノが地面に下ろされると、周りからはパチパチと拍手が贈られた。
な、なんだか照れるなあ……。
「なんと不思議な……」
「どのような原理なのかまったくわからないな」
「あの魔法がなんなのか、この中で誰かわかる者がいるか?」
「いや。だが前の大魔法使い様と同じくらいの実力な気がする……」
「まさか、彼女が?」
「なんという魔法使いだ……」
周りのオーディエンスらがなにやら口々に騒ぎ出しはじめた。
えーと……。
オナラの力……とはね、い、言いたくないな……。
「へえ。精霊や物、元素を操る魔法は見たことがあったけど……あの子の魔法は少し次元が違うみたいね」
赤髪のツインテ美少女が、そう言いながらわたしに近づいてくる。
え? あ、そうなの?
自分じゃよくわかんないけど……。
というか、やっぱりなんだかこの子だけ「違う」。すごい強者っぽいオーラが出てるし、知識量とかもすごそう……絶対やばいよ、コイツ。
「王様! わたしちょっと、早くあの子と戦いたいんですけど!」
「え?」
ツインテ美少女が急にそんなことを言ったものだから、当然王様はあわあわした。
「ねえ、いいでしょ? あっ! あのナイフの子の方、すぐ片づけるからさ」
「え?」
「はい、決まり~。えっと、ぺトラちゃんだっけ? 次はあたしとやろうねー」
「え?」
名指しされて、ぺトラは目を白黒させていた。
「それじゃあ王様、合図お願いっ!」
「え……えーと、では次……。ぺトラ対リップ! 両者向き合って……はじめ!」
その言葉が放たれたと同時に、ツインテ美少女リップはその赤い髪をザワつかせた。
「言葉は音、音は魔法! 『ぺトラは瓶詰め』!」
真っ赤な髪が羽のように広がると、リップの魔法が放たれた。
リーンと鈴のような音が鳴り、一瞬でぺトラが大きな瓶の中に閉じ込められる。
「ええっ?! なっ、なに、これ!」
人間の大きさほどの巨大な瓶が、いつのまにか目の前に出現していた。
上はコルクのようなもので蓋がされており、ぺトラはその中できょとんとしている。
「なななーっ!」
「ふふっ。さあ、あなたのそのナイフは、それを割れるかしら?」
心底嬉しそうにリップはぺトラを見つめている。
先ほどのナイフを取り出すと、ぺトラはまたそれを空中に「置いた」。
「ぎ、銀剣百花の舞!!」
先ほどと同じようにナイフが分裂して、それらが瓶の一点を叩きはじめた。が、びくともしない。
ヒビすら入らないことにぺトラは愕然とした。
「なっ、なんで……」
「あ、その瓶ね。わたしの特製なの。音がするほどに固くなっちゃう仕様だから、できたら無音で攻撃してみてねっ!」
「そ、そんな。だったら……」
ぺトラは、今度はナイフを上のコルク部分に突き刺しはじめた。
「はあああっ!」
ナイフを何度もコルクに突き立てる。
そこならあまり音がたたないと思ったのだろう。だが、いくら突き刺してコルクを削ろうとしても、すぐにそれは元に戻ってしまった。
「な、なんで……?!」
「あ、ちなみにその蓋もわたしの特性だからね。音が近くでするたびに再生するの。さあさあ、早くしないと息が苦しくなっちゃうよー?」
「ぐっ……うううっ!」
ぺトラは何度もナイフを操っていたが、やがてリップの言うように、だんだんと呼吸ができなくなっていったようだった。
わー、どどど、どうなるんだろ。酸欠になっちゃうよ、あれじゃ。
「う……こ、降参……します。だから……だ、出して!」
「勝負あり! 勝者、リップ!」
王様の声と同時に、リップは魔法を解除する。
瓶が消えて、ぺトラが外に出てくる。けれど、彼女はすぐに床に倒れた。
だ、大丈夫かな? 肩で息してたから、死ぬことはなかったみたいだけど……。
「さあて。じゃあ、次はわたしたちだね。プーコちゃん?」
そう声をかけられて、わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
やばい。絶対勝てないよ。あれは。
マジでやばいよ……。
「では、プーコとリップ! 前へ!」
わたしは、魔法の杖をぎゅっとにぎりしめた。
こころなしか手が震えている。けれど……。
「う……よ、よし! や、やるだけやるわよ、杖!」
『は、はい~~~』
覚悟を決め、リップの前に歩いていく。
そして、向かい合うと同時に王様が合図を出した。
「では、両者向き合って……はじめっ!」
リップの髪がまたざわざわしはじめる。
わたしは赤いボタンを押しながら、杖に向かって言った。
「魔法の杖よ! 彼女の声を出なくして!」
『了解! 『声帯停止の力』発動!!』
何か呪文のようなものを言ってから魔法が発動するなら、それを先に封じ込めてしまえばいい。
先手必勝だ。
そう思い、わたしはその魔法を行使した。
杖の輪っかから強い風が吹き、それがリップの周囲を包んでいく。
「…………!」
リップはとっさに喉を押さえたが、すぐに声が出なくなったようだった。
だが、リップはニヤリと笑って、余裕を見せる。
ツインテールの先が頭の上で一つになり、大きな赤い唇の形になった。
「な、なに……?」
『言葉は音、音は魔法……「プーコは瓶詰め」!』
リップの魔法が放たれた。
え? どういうこと? 声は出なくさせたはずなのに。
どうやらリップの髪が口の働きをしたようだった。あの大きな赤い唇が前後に動き、そこから声が出ているのだ。
まずい。
そう思う間もなく、気づけばわたしは大きな瓶の中に閉じ込められていた。
『すっ、すいませーん! 効果設定が甘かったです。リップという子の周囲で発生する音を消す力にすれば良かったです!』
「バカッ、今そんなこと言ってももう遅いよ!」
すぐに杖が反省してそんなふうに謝ってきたが、わたしはそう言うしかなかった。
そう。いまさら後悔しても遅い。
それより、これからどうするかだ。
『ふふっ……。声帯を封じられたみたいだけど……わたしには、まだこの髪がある。油断、したね……』
「あんなの……反則だ! って、まずいな、早くなんとかしないと……」
杖をもう一度握りしめ、わたしはここから脱出するための命令を考えはじめめた。
だが、その隙にまたリップの髪が呪文を唱える。
『言葉は音、音は魔法……「プーコの杖は燃える」!』
「えっ?」
瞬間。わたしの杖がボッと炎に包まれた。
『ぎっ、ぎゃあああっ! も、燃えてるうううっ! う、うそっ? た、たすけっ……』
「杖!」
わたしが何かする間もなく、杖は絶叫と共に灰になってしまった。
密閉された瓶の中で燃えたので、わたしも今かなりやばい状況になっている。これ、化学の授業でやったよな? だとすると、酸素はもうほとんど残ってないはず……。
どうしようどうしよう。
とりあえず今呼吸をするのだけはまずいと思って、わたしは息を止めた。
考え、なきゃ。
どう考えても戦闘の経験は向こうが上だ。
わたしが考えている間に先を越されてしまったのも、彼女が上手だったからだ。
これからは、その一手を間違うだけでとんでもないことになる。
いや、てかもうだいぶ……とんでもないことにはなってるんだけどね。
最後の一息を吐いて、「参った」と言ってもいい。
それで負けたとしても、命だけは助かる。
でも、メープルさんの思いは? わたしも……何か変わりたいと思ってここに来たはずだ。諦めるのは簡単だ。でもそれだけじゃ、今までと同じ……。
もともと死のうと思ってここに来たんだから、最悪死んでしまったっていい。
そうだ。どうなったっていいんだから。
だったら、その前に。
まだできることがあるはずだ。「必死」で……「必死」で考えろ! わたし!
『さあ、もう息を止めるのも……辛くなってきたはず。あなたはよくやった……。すごい才能があったわ。でも、もう終わり。次期城専属魔法使いは、わたしがならなきゃいけないんだから。亡き母様の後を継ぐのは……わたし。わたしが、勝ち残らなきゃダメなの!』
そう言って、リップの髪がまた荒々しく動きはじめる。
今の言葉から、わたしは彼女が「前の城専属魔法使い」の子供なのだとわかった。でも、それは、わたしには一切関係ない。
最後に、やれることをするだけだ。
みんなが見てる前で、とっても恥ずかしいけど……。
やっても、うまくいかないかもしれないけど……。
でも、やるんだ。
わたしは、意識を集中させる。
…………ぷうっ。
わたしのオナラが、静まり返った広間に鳴り響いた。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、恥を捨ててやったおかげで、あいつが……返ってきた。
『はーい。呼びました~? 呼びましたよね~今。私は君の魔法の杖! よろしくちわーす!』
魔法の杖は、どこにも焦げたところは残っておらず、完全に元の状態に復元して舞い戻ってきた。
『なっ?! なぜ、あの杖が……!』
リップがかなり動揺していた。
当たり前だろう。こんなことができるなんて、わたし自身わからなかったんだから。
初めて意図的にやってみたけど、でも試して良かった。
わたしは、杖を強く握りしめ、最後の一息を使って命令する。
「魔法の杖よ! 瓶からわたしを脱出させて! あと、リップの髪を動かなくして……」
『了解! 「消滅の力」「固定の力」同時発動!!』
もう吐くものがないというギリギリのところまで息を使って言い切ると、魔法が発動し、瓶はたちまちのうちに消え失せた。
リップを見ると、あの髪も微動だにもしなくなっている。
「おっ、やった! じゃあ、今度は……わたしのターンだねっ!」
そう言って彼女に駆け寄ると、わたしは渾身の右ストレートを放つ。
「し、死ぬかと思ったろうがぁッ!」
「んぶっ!!」
声は両方出ないようになってるので、リップは殴られた衝撃で変な吐息を出しただけだった。
床に倒れ、口と鼻からぼたぼたと血を流している。
や、やばっ。やりすぎたか?
人を殴ったのなんて、はじめてだった。
でも、こいつはどうしても殴らなきゃ気が済まなかった。
だって、こいつは……魔法の杖を、なんのためらいもなく消し炭にしたんだから。ちゃんと元に戻ったとはいえ、なんかそういうことされたのはすごく、不愉快だった。
『え、ちょ、ちょっとーーっ! こ、この人……今声出ないんですから、降参もできないんですから、一方的に殴るっていうのは……ま、マズイですよー!!』
魔法の杖がそう言って止めてくれなければ、わたしはもう一発ぶん殴っていた。
それくらい、コイツのやり方にムカついていた。
リップは涙を流し、またオナラもぷうぷう出してわたしを見上げていた。
これは恐怖……なんだろうな。
うん。やっぱやりすぎた。美少女を殴るとか……自分でもちょっと引く。いまさらなんだけど。
わたしは王様を振り返った。
「え、えっとー……こんな感じになったんですけど。ど、どうします? まだわたし、このリップって人と戦った方が……いいですか?」
誰ひとり声を発さない。
あたりは不気味なくらい静まりかえっていた。
そんな中、王様はこほんとひとつ咳払いをする。
「よ、よし……ではとりあえず、リップを戦闘不能状態とみなし、プーコを時期城専属魔法使いと……する」
すると、まばらに周囲から拍手が沸き起こった。
わたしは杖の赤いボタンを押して、また魔法を使う。
「魔法の杖よ、リップを……元の状態に戻してあげて」
『りょ、了解。「復元の力」発動!』
すると、風が杖の輪っかからまた発生し、リップの異常を治していった。
髪もまた動くようになり、怪我も綺麗に消えていく。
わたしは、無言のままそれを見つめていた。
「な、なんで……わたしが……」
リップはペタンと床に座りながら、勝負の結果に打ちのめされていた。
当然自分が勝つと思い込んでいたのだろう。
ゆらりと立ち上がると、リップはわたしに近づいてきた。でも、途中で立ち止まった。
つかみかかりたいようだったが、さっき殴られた恐怖がそれを思いとどまらせたみたいだった。
両の目からはボロボロと涙がこぼれている。
「なっ、なんで……なんでわたしが、負けるのよ! わたしはっ、母様の期待にこたえるために、この選考会で勝たなきゃ……いけなかったのにっ。ど、どうして……あんたが!」
「だから昨日あんなことしたんだね?」
「っ……!」
わたしが今言ったことは、彼女が一番わかっているはず。
こいつは、目的のためには手段を選ばないやつだった。だから昨日、わたしの杖を盗んだ。
でも、さっきも思ったけど、そんなのわたしには関係ない。
「わたしは、やるべきことをやっただけ。正々堂々とね。あんたが……そんなにこの座が欲しいなら、くれてやる。わたしはもともとこんな地位に興味なかったんだしね……」
「っ……!」
「……でもさ。あんたがこの地位を、仮にわたしから譲られたとして、城専属魔法使いになったとして。果たしてここにいる人たちはみんなそれに納得するかな? ねえ、どう思う?」
リップを含め、わたしはぐるりと周囲にいる大人たちに向けて問いかけた。
「わたしもさ、こんな勝ち方して……ドン引きされてるってわかってるよ。でもさ、こういう方式なんだからしょうがないだろ? もっと、個別の性格とか特性とか……そういうのひっくるめて審査されると思ってた。でも、違ったんだ。だったら、わたしはこの城の専属魔法使いになって、次のやつを決めるときは違う方法にしてやる。ううん。そんな後じゃなくて、今ここでそうしたっていい。一人にしぼるなんて、誰が決めたんだ? 別に、何人だっていいじゃないか。例えば、わたしとあんたの……二人でとかさ」
「えっ……?」
リップは心底驚いたような顔でわたしを見上げていた。
わたしは王様に向き直る。
「ねえ王様? それとこの場にいる皆さん。わたしはそう思うんですけど、どう思いますかね?」
一同はみなポカンとしていた。
それでいて誰も、何も言わない。
でも、ひとりだけ……力強く拍手をしだした人がいた。
それはあの金髪の、イケメン騎士団長様だった。
「…………!?」
「素晴らしい! まさしく『大魔法使い』にふさわしい発言ではないか、なあ皆の衆?」
そう言って、周囲を見回したザヘル団長は、こっそりわたしを見るとニッと笑ったのだった。