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第三話 オナラの魔法使い、王都に行く

 その日の夕方、メープルさんに昼間の出来事を話すと、ちょっと寂しそうな顔をされた。


「そう。王都に、行っちゃうんだね……」

「いや、まだそうと決まったわけでは」

「頑張ってね、プーコちゃん!」

「いえ、あの……」

「辛くなったらいつでも戻ってきていいんだよ?」

「あの、聞いてます? メープルさん」


 その夜はこの家に来た時と同じくらいの、豪勢な料理を作ってもらった。

 数日一緒に暮らしてわかったが、彼女たちの家はけっして裕福なんかではない。ほぼ自給自足だった。

 そんな中、こんな風に精一杯もてなしてくれたことがとても嬉しかった。ここまでしてくれたのだから「やっぱり行かない」とは言えなくなってしまった……。


「えっと、お世話に……なりました。短い間でしたけど、ありがとうございました」


 食事が終わると、わたしは開口一番そう言った。

 気持ちが少し高ぶっている。

 そのせいで、ぷう、と少しオナラが出てしまった。


「もう、何言っているのよ、プーコちゃん」


 メープルさんは相変わらずそれをスルーして言う。


「お礼を言うのはあたしたちの方よ」

「そうだよ。あんたはいつだって、嫌な顔ひとつせず、村の人たちの願いを叶えてくれたんだ。みんな、すごく助かったって言ってるよ。まるで神様みたいだ、ってねえ」


 誇らしげにメープルさんのお母さんが言う。

 わたしは……恐縮した。


「そんな神様だなんて……わたしはただ……」

「ううん。あたしたちにとっても、そうだったよ。たしかに……プーコちゃんは神様だった」

「え? メープルさん?」

「あたしには……妹がいたんだ。生きてたら、ちょうどプーコちゃんと同じくらいの歳だったかな……」


 知らなかった。

 メープルさんには妹さんがいたらしい。


「流行り病でね、五つの時に亡くなってしまったけど……プーコちゃんはどことなくあの子に似てるよ」

「えっ……あの……」


 死んだ人を生き返らせてほしい。

 そういうお願いは……わたしがどんなにオナラをかき集めてもできないお願いだ。

 以前、他の村人さんに頼まれたことがあったのだ。

 でも、生きている人の病気やけがを治すことはできても、死んでいる人を甦らせることだけは……それだけはできなかった。


「あ、あのメープルさん。それはわたしには……」

「いい、わかってる。あの子はもう……天国に逝ったんだもの。いまさら生き返らせてほしいとかそんなこと言わないわ。そうじゃなくて……あなたがこの家に来てくれて……とてもにぎやかになって、それがもう奇跡みたいで嬉しかったの。あたしの妹が、戻ってきてくれたたみたいで。だから、あなたはわたしの神様よ」

「……メープルさん」

「あたしの命の恩人でもあるのに、こんな勝手なこと言っちゃってごめんなさいね。でも、本当に、とても楽しかったし、出会えて良かったって思うの。ありがとう……プーコちゃん」


 メープルさんはガタッと席を立つと、そっとわたしを抱きしめてきた。


「あたし、プーコちゃんには……もっと多くの人にあの魔法を使ってほしい。わたしたちだけじゃなくて、他の人もきっと幸せになるはずだから……。だから、ね? いい機会だと思うの。頑張って、プーコちゃん」

「え。はい……」


 わたしは、抱きしめられながら、そうやって小さくうなづくことしかできなかった。


 メープルさんは、オナラをぷうぷう出す。

 メープルさんのお母さんも、さっきから泣きながらオナラをしまくっていた。


「ありがとう、プーコちゃん……」


 この世界の人たちは、ちょっとオナラをしすぎる。

 ぷうぷう、ぷうぷう、うるさい。

 でも……このオナラの音を、こんなに温かく優しい気持ちで聞けたのは生まれて初めてだった。


 その日の夜は、メープルさんと一緒に眠った。

 わたしにお姉さんはいない。

 一人っ子だったけど、もしお姉さんがいたらこんな感じなのかなと思った。


 でっかいおっぱいに顔をうずめて目を閉じる。

 するととても気持ち良くて、すぐに眠気が訪れた。


 翌朝――。

 わたしは王都に向かう大きな荷車に載せられていた。

 たくさんの収穫済みのドライモと一緒に出発することになったのだ。


 御者のおじさんが手綱をとると、二頭の馬がそろって歩きだした。

 村長さんをはじめ、たくさんの村人たち、そしてメープルさん、メープルさんのお母さんが見送ってくれる。


「い、行ってきまーす!」


 そう言って手を振ると、みんなもぶんぶんと手を振り返してくれた。


「絶対、『城専属魔法使い』になるんだぞー!」

「なれなかったらいつでも戻ってきていいからなー!」

「頑張れよー!」

「ありがとうねえ、プーコちゃん!」

「本当にありがとー!」

「ありがとうな!」

「ありがとうー!」

「ありがとう……!!」


 最後はもう「ありがとう」しか聞こえなくなってしまった。

 御者のおじさんがさっきからオナラをブーブーと連続でしている。わたしもオナラが出続けていた。

 ああもう、嫌だな。こんな時に。


「おじさん。ねえなんだか今日は、いつもよりだいぶお腹の調子が良いみたいね?」

「それは……お前さんもだろう?」


 振り返ったおじさんの目元には、涙が光っていた。

 それは、きっとわたしも。

 二人とも顔を見合わせると思わずふふっと笑ってしまった。


 わたしはすぐに杖の青いボタンを押す。

 少しでもこのエネルギーを無駄にしたくはない。


「さぁて、ではのんびりと行くかねえ」


 おじさんが言った通り、荷馬車はとってもゆっくりとしたスピードで進んでいった。

 空を飛んでいったらもっと早かったかもしれないけど、でも王都の場所をわたしは知らない。それでは行きつくことができないので、おじさんにお願いした。


 道中、野生の獣を追い払ったり、山肌から落ちてきた石を回避するために少しだけ魔法を使ったけど、それ以外はとても平和だった。


 丸三日が経って。

 わたしたちは、ようやく王都へと到着した。


 ぐるりと街の外周が高い壁に覆われている。

 その一角に開いた大きな門をくぐって、わたしたちは市中に入った。

 上り坂になっている道を進んでいくと、徐々に立派なお城が見えてくる。


「うわー、すごい。綺麗なお城……」


 それは金と白の装飾に彩られた、目にもまぶしい建物だった。

 ででーんとそれが街の中心で輝いている。


「さてと。じゃあお嬢ちゃん、わしはここまでだ。せいぜいいい結果になることを祈っているよ」

「うん、ありがとうおじさん!」


 御者のおじさんに別れを告げ、わたしはさっそく城の入口へと向かう。

 堀の上の橋を進んでいくと、門番と思しき二人に行く手を阻まれた。


「おい、そこの娘。何用だ。勝手に城に入ることは許さんぞ!」

「何用って……ここの人に呼び出されたから来たんですけど」

「なにっ?」


 わたしはイケメン騎士様からもらった巻物を、二人に見せた。


「こ、これは……! ということはお前は魔法使いか?!」

「まあ、そですね」

「その齢で……。末恐ろしい。ちなみにどんな魔法を使うのだ?」

「えっと、それは内緒です。いいから早く通してよ」

「……わかった。よし通れ!」


 また「オナラの魔法使い」とか呼ばれでもしたら、軽く凹んでしまいそうだったので、わたしは意図的に彼らとの会話を打ち切った。


 気を取り直して城の奥へと進む。

 青い芝生の真ん中に、白っぽい石畳が細く長く伸びていた。

 その上を歩いていくと、前方に見知った人物を見つける。


「んっ? あ……たしかあいつは」

「むむっ?」


 それは数日前にわたしに巻物を届けに来た「イケメン騎士様」だった。


「ど、どうも」


 一応ぺこりと会釈をしておく。


「ふっ、結局来ることにしたのだな、オナラの魔法使いよ!」

「だ、だからその名称、やめてってば!」


 さっそく呼ばれてしまった。

 わたしは全力でその呼び名に嫌悪感を示す。


「わたしにはプーコって……いや、ほんとは風子なんだけど……とにかくホントの名前があるの!」

「まあ、いいではないか。それで? 何故来てくれるようになった」

「む、村の人たちが応援してくれたから……。まあ、試しにどんなもんかなーと? 見に来てみたの、悪い?」

「試しに、だと? ずいぶん余裕だな。他の魔法使いたちはかなり強力な使い手らしいぞ。そんなことでは対決した瞬間すぐに負けてしまうのではないか?」

「はっ、対決? ちょっ……そんな話、聞いてないんだけど!? なに、バトルすんの?」

「バトル……? よくわからんが、選考会は毎回その方式だ。一番能力の高い者が次の専属魔法使いに選ばれる」

「ええっ!! そ、そんな……実力を比べるって、なんかひとりひとり技を見せるとか、書類選考とかそういうのだと思ってた……。戦うとか、すっげー面倒くさそう。か、帰ろっかな……」


 完全に予想外です。

 マジでどうしよう。ファンタジー世界を、正直舐めてた……。痛い思いするかもしれないとか、ほんと勘弁なんだけど。

 そんなことを考えていると、「魔法の杖」が急に熱血コーチのごとく、わたしを叱咤してきた。


『どうしたんですかっ! まさか、こんなことで弱気になったっていうんですかっ!? 一番に、一番になるって言ったでしょ! 私と世界を救うって、約束したじゃないですかああっ?!』

「いや、一番になるとか、世界を救うとか……そんなことわたし一度も約束してな……」

『あー、そうでした。そうでしたね。でも、ここまで来たんだったら普通やるでしょー? やる前から諦めちゃダメだって! 後ろ向き発言、ダメダメ~ッ!』

「まあ……そだね。メープルさんたちからも応援されたし……うん、ほどほどに頑張るわ。もともとわたし……死ぬつもりだったしね。ゆるく行くわ!」

『そうですよーっ! だからリラックスして頑張ってー!!』

「……?」


 それなりの決意を胸に抱いていると、イケメン騎士が妙な顔を向けてきた。


「オイ、お前……」

「ん? はい?」


 ぶっきらぼうに声をかけられたので、わたしは思わず眉根を寄せる。


「……なんですか?」

「あ、いや……。す、済まない。それより、魔法使いプーコ……。案内しよう」

「あ、案内って?」

「こっちだ」

「え? ちょ、ちょっと!」


 イケメン騎士が急にわたしの手を取って、すごい速さで歩きはじめた。

 えええっ?

 な、なにっ?


「あ、あのっ……?」

「俺は城にやってきた魔法使いを、所定の場所に案内するよう仰せつかっている。いいから付いてこい」


 な、なに、急に!

 驚きのあまり、わたしはうっかりオナラが出そうになってしまった。だがイケメンの前で出すことはできない。わたしは必死で我慢した。


 しばらく歩いて行くと、木立の向こうに不思議な建物が見えてきた。

 体育館くらいの、真っ白い神殿みたいな建物だ。


「あ、あれは?」

「来客用の館だ。中には専用の使用人たちがいる。後のことは、彼らに訊いてくれ」

「え、あの? てか、手……」

「あ、ああ、済まない」


 騎士様はパッとわたしの手を離す。


 この人……どう見ても三十くらいのオッサンなんだけど。

 てか、セクハラじゃなかった? 今の。

 急ににぎってきたし……。


 いや、子ども扱いされてただけか?

 こうでもしないと迷子になるとでも思われたんだろうな。

 うん……まあ、わたしまだ十四歳だしね。その可能性が高いかな。


 娘とかいるのかもな、この人。

 すでに結婚して子供が二・三人……。うんうん、いるよ、絶対いる。この容姿だもん。モテるに違いない。だからこういうことも自然にできたんだろうなあ……。


 なんて、考えることで、わたしは心をクールダウンさせていた。


「では、またな」

「あー、はい……」


 さらりと長い金髪をなびかせて、イケメン騎士様が去っていく。

 うえええ……。

 なんだあいつ。ホントいちいちかっこいいな、オイ。

 

 てかまたな、って……「また」?

 まあ、あの人、騎士っていうくらいだからこの城で勤めているのかもしれないけど……ほんと、わけわからん。神出鬼没というかね……。


「さて」


 イケメン騎士様の姿が見えなくなると、わたしはくるりと神殿ぽい建物の方に体を向けた。

 コンコンと、中央の扉をノックしてみる。


「すいませーん」


 呼びかけると、使用人と思しきおじいさんが出てきた。


「はい……。こ、これはこれは、ようこそいらっしゃいました。魔法使いの方ですね。お見受けしたところ……プーコ様、でよろしいですか?」

「ああ、はい。そうです」


 なんだ? 一発で名前を当てられた。どうやらあらかじめ、わたしの特徴が伝えられてたみたいだな。

 それにしても「プーコ」……。

 この人もかよ!

 もう面倒くさいから全部その呼び名でもいいけどさあ……。


「どうぞ、中へ。選定会は明朝からとなっております。それまではこちらでゆっくりとお休みくださいませ……」

「あ、はい。ありがとうございます」


 具体的な日にちはまったく憶えてなかったけど、どうやら選定会は「明日」だったようだ。

 ふー、なんとか間に合ったみたいだな。

 わたしはひそかに胸を撫で下ろすと、建物の中に入った。


「他の魔法使い様たちはすでにこの館においでになられてますが……プーコ様は、最後に到着された方ですね。他の方々にご挨拶されておきますか?」

「え? いや、別に。それは……いいかな」


 なんで、わたしがわざわざ挨拶しにいかなきゃならんの? 知り合いでもないのに。

 面倒くさい。

 そう思って、わたしは首を横に振った。


「わたし、そういうの、あまり得意じゃなくて。できたらしない方向でいきたいんですけど……」

「そうですか。失礼いたしました。出すぎたことを申し上げました。では、お食事も、他の方が来られる食堂ではなく、プーコ様のお部屋にお持ちする、ということでよろしいですね?」

「ああ、はい、そうしてもらえますか? 今すごく疲れてて……部屋で食べれるなら、そうしたいです」

「かしこまりました。では、まずはお部屋に、ご案内いたしますね」


 わたしは階段を上がり、二階のとある一室を案内された。

 部屋に水回りはついていないということなので、荷物を置いた後、公共浴場というところに連れて行かれる。


「ただ今この館にいらっしゃるお客様は、プーコ様含めて五名です。プーコ様は他の魔法使い様方がどのくらいいらっしゃるのかご存知でしたか?」


 浴場に向かう道すがら、わたしはおじいさんにそう訊かれる。


「い、いいえ。聞いて……なかったですね。まあ、もともとあまり興味はないですし」

「そうですか。国中を探しまわって、ようやく見つけた候補者の方々が、この五名様だけだったようですよ。魔法使いはめっきり少なくなってしまいました」

「はあ……」


 やはり魔法使いというのはとてもレアキャラになっているらしい。

 そういうのを説明されると、なんだか背中がきゅっとつかまれたみたいになる。

 別に、特別な人々だからって……わたしはわたし、だけど……。


 一階の渡り廊下を進んでいくと、やがて大きなお風呂場に着いた。


「では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。また、お部屋に戻られる頃合いになりましたら、食事をお持ちいたします」

「あ、はい、ありがとうございます……」


 中には、ちょうど誰もいなかった。

 ほぼ貸切状態。別の魔法使いたちとバッティングするかもと思っていたけど、今の時間帯はまだ夕方前だったので使う人は誰もいなかった。

 タイル張りの広い浴槽。

 わたしは誰に気兼ねすることもなくそこの湯に入れる。


「はー、いいお湯~。リフレッシュ~、最高!」


 移動中は、服とか体の汚れをきれいにする魔法をかけていたけど、でもやっぱり日本人はお湯に浸からないと疲れは完全に癒えないもんだよな。

 この世界にもお風呂があって、ほんとに良かった。

 メープルさん家にもお風呂はあったけど、ここのお風呂はもっと快適だった。


「ふー。気持ち良かったー。ただいまー。って、おーい?」


 ポカポカあたたまりきった体で部屋のドアを開けると。

 中は異変が起きていた。


「え?」


 見ると、ベッドや机に椅子、もともとある家具はそのままだったが。

 一番なければならないものが、消えていた。

 わたしのバッグと杖、である。


「ど、どういうこと? 泥棒でも入ったのか? 杖~? おーい!」


 バタバタといろんなところをひっくり返してみるが、やはりわたしの荷物と杖はどこにもない。


「そんな……なんで……」


 そうこうしているうちに、物音に気付いた使用人が部屋にやってきた。

 ノックの音。


「はい……。どうぞ」

「失礼いたします。どうかなさいましたか、プーコ様?」

「あ、あの、荷物が……わたしの荷物が無くなってて……あと、杖も……」

「えっ? な、なんと! それは大変ですね」

「バッグには大したものは入ってなかったんですけど……でも、杖が……」

「それは……非常にまずいですね……。選考会に影響が出て……ハッ。まさか」

「え?」


 使用人のおじいさんが、なにやら口に手を当てて血相を変えている。


「え、え? 何、どうしたの? なんかわかったことでもありました?」

「ああ、いえ。まさかとは思いますが……よもや他の魔法使い様たちがされたことなのでは、と……」

「えええっ?」


 妨害。

 急にそんな言葉が頭をよぎる。

 そうなのだとすれば、合点がいく。わたしは、いやがらせをされたのだ……。


「疑いたくはありませんが、その可能性も捨てきれないかと。良ければ私が一人一人にお伺いしてみましょうか? プーコ様の杖をご存知ないかどうか」

「い、いえ、いいです」

「しかし」

「どうにか自分で解決してみます。なので、今は……ちょっとそっとしておいてくれませんか?」

「はい。そうですか、そうでございますか。ではまた、何か気になることがありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」

「はい、あ、ありがとうございます……」


 失礼いたします、と言って使用人のおじいさんは部屋を出て行ってしまった。

 しかし……それにしても盗難か、びっくりしたな。

 わたしはベッドの端に座ると、冷静に考えを整理してみた。


 まず、お風呂場に行っている間、誰かがわたしの部屋に入り、荷物と魔法の杖を盗んでいった……。

 これは、たしかなことだ。

 そして、そうまでして「城の専属魔法使いになりたい奴」がいたってこと……。

 それは、驚くべきことだった。


 わたしは思わず感心してしまう。

 そこまでして地位を得たいやつなんて、いったいどんなやつなんだろうって、すごく興味が湧いてきた。


「ふーん。やる気全然なかったけど……ちょっと面白くなってきたなあ……」


 わたしは深呼吸すると、下っ腹に軽く力を入れてみた。


「ふんっ!」


 ぷう~。


 なんとも間抜けな音がした瞬間。

 それは虚空からしゅっと舞い戻ってきた。


『はーい。呼びました~? 呼びましたよね~今。私は君の魔法の杖! よろしくちわーす!』


 そう、杖。

 魔法の杖が、戻ってきた。


 わたしがオナラをすれば、いつだってこんなふうに召喚できる。

 ……ちょっと恥ずかしいけど。でもこの能力には今は感謝だった。


 わたしはさっそく杖に訊く。


「ねえ、どこ行ってたの?」

『あ! あ~もう、それそれ! ちょっと聞いてくださいよ~! なんと私、盗まれちゃったんです!』

「それはもう知ってるよ。だから、盗んでいったのは誰だって言ってるの」

『え? あー、それがですねえ。なんと他の魔法使いだったんです」


 やっぱりか。とわたしはあごに手をやる。

 杖はふよふよと浮いていたが、わたしの側にスッと近づいてくると言った。


『で? 盗ったやつ、どんなやつだったと思いますぅ~?』

「んー……他の魔法使いっていっても、そもそもわたしまだ誰とも会ってないんだよな。だからわからん」


 面倒な挨拶イベントを回避してしまったせいで、たしかにわたしは他の四人のことをまるで知らずにいた。

 ぽかんとしていると、杖はここぞとばかりに語り出す。


『私を盗んだのはですねー、だいたい君と同じくらいの年齢の子で、赤い髪を左右に垂らした子でしたよ! あとす~っごく可愛かったです!』

「美少女……か。って、その子、魔法使いとしてはどうだった? 強そう?」

『あー、うん、そうですねえ。私、自分の力ぐらいしか分析できないんですが……でも、いろいろできそうな子でしたよ! 水晶玉で、いろんなところを透視したりしてましたし!」

「透視。へえ……」


 しかも水晶玉。なんか占い師みたいだな。

 そしてザ・魔女って感じ。


「じゃあさじゃあさ、その子はこの部屋のことも……透視してたの? わたしが風呂場に行って戻ってくる間……かなりの時間があったし、タイミングを計ってたのはそれで?」

『あー、たぶんそうでしょうね。実際私、盗まれたあともその子の部屋でその行為を見てましたから。なんかこの部屋だけじゃなくて、他の部屋も見てましたよ。だからたぶん、今も透視してるでしょう』

「はー。のぞき魔かぁ。やべえ。てか……荷物がまだ返ってきてないけど……それは諦めるしかないのかなあ。ああ、だとしたらムカつくぅ!」


 今からのりこんで行って取り返してやろうかと思ったけど、結局バッグには大したものは入ってなかった上に、証拠隠滅されるのも悔しかったからやめておいた。

 透視しつづけられていることもちょっと嫌だったけど、わたしはスルーを決め込んだ。


 やがて部屋に食事が運ばれてくる。

 それを食べ終えると、わたしは早々に床に就いた。


 くっそー、明日みてろよ!

 そう思いながら、ベッドに寝転がる。

 寝つきのいいわたしは、すぐに夢の中に旅立ってしまった。



 翌日――。

 部屋で朝ごはんを食べていると、使用人のおじいさんが今日のスケジュールを教えてくれた。

 一時間後に城の玉座の間に集合、とのこと。


 ふふ。いったいどんなやつらが集まってるのか見るのが楽しみだ!


 食べ終わってから、ささっと身支度する。

 杖の赤いボタンを押し、魔法で洗いたてのような制服にしたり、髪の寝癖を直しておく。

 支度が終わると、今度は青い宝石のボタンを押した。


 まずは城に行くまでの間、できるだけオナラエネルギーを集めておかなくては。

 ここの建物内の人々のオナラを集める。

 一階に行くまでの間、わたしのまわりにはわずかな風が巻き起こり、また紫の煙が引き寄せられていた。


「ではプーコ様、行ってらっしゃいませ。御武運を」


 使用人のおじいさんがそう言って送り出してくれる。

 白っぽい石畳の突き当りを左に行くと、城の中に入れる、とのことだった

 あとは中の人が案内してくれるだろう。


 わたしは城に向かいながら、町中のオナラをかき集めた。

 かなりの量で、杖の中にすぐ大量のエネルギーが溜まるのがわかる。


 うん、これで準備はOKだな。

 なにやら視線を感じたので振り返ると、他の魔法使いと思われる二人組がこちらを見ていた。


 やばっ。今の、見られた?

 オナラを集めるところを……。

 わたしは全身から冷や汗が流れていった。

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