第二話 オナラの魔法使い、村を救う
自宅まで送る。その名目で同行することになったわたしとメープルさんだったけど、結局は彼女の住む村にわたしが案内される形となった。
そこは、森の中にある小さな村だった。
農業が盛んなのか、いたるところに畑がある。
狭い農道を進んでいくと、メープルさんはある人を見つけて声をあげた。
「母さん! ただいま!」
「メープル、遅かったじゃないか」
「ごめん。いやちょっと……途中で盗賊に遭ってね」
「なんだって? それで、大丈夫だったのかい? どこか怪我は……」
「ううん。ちょうど、あの子が通りかかって助けてくれて……」
「あの子?」
メープルさんに良く似た中年女性が、わたしを振り返って目を丸くした。
「なっ……まだ子供じゃないか!」
「そうなの。だけどすごいのよ。あの子魔法使いなの!」
「ま、魔法使いだって!? そいつは珍しいね……」
「プーコちゃん、こちらわたしの母親よ」
メープルさんに紹介されて、わたしはぺこりとお辞儀をする。
「は、はじめまして……平野風子です」
「ヒラノ・プーコちゃん? 娘を助けてくれてありがとう。本当に、よくまあ……。それにしても魔法使いとはね。驚きだよ」
ああ、このお母さんもわたしを「プーコ」と呼ぶ……。
もういい。
訂正が面倒くさいし、このままでいこう。わたしはプーコ……わたしはプーコ……。
「さあプーコちゃん、中に入って。母さんも。そろそろお昼の時間でしょう?」
「ああ、そうだったね。じゃあお礼も兼ねて……特別豪勢な料理を作ろうか!」
「ふふ。わたしもそう思ってたとこなの!」
そんなこんなで、わたしはメープルさんの家でごちそうをいただくことになった。
リビングのテーブルに、続々と美味しそうな料理が並べられていく。
「飲み物……は水しかないけどいい?」
「はい。あ、ありがとうございます……」
メープルさんが水の入ったグラスをテーブルに置く。
席についていたわたしは、杖が邪魔だったので床に置くことにした。けど、それは勝手に浮いて空中で静止する。
「ちょっと~、床なんかに置こうとしないでくださいよ! これでも私、綺麗好きなんですからね!」
なんか怒っている。
悪いことしたな……。
「あれまあ、すごいね」
カトラリーを持ってきたお母さんが、杖を見て驚いている。
確かにしゃべっているのは不思議すぎるよね。
『ふふん、私は魔法の杖ですからね! こんな風に勝手に動いたりしゃべったりできるんですよー。それにしても……すごいごちそうですねえ!』
「ああ、うん。食べきれるかな……」
わたしは正直、目の前の料理の量にたじろいでいた。
メープルさんのお家がお金持ちなのかどうかはわからなかったけど、ちょっと豪勢過ぎである。
「プーコちゃん? 遠慮せずたっくさん食べてね」
「あ、あはは。はい……」
お母さんに言われて、わたしは目の前の料理とにらめっこした。
よく見ると、どれもイモ料理である。
え、イモ?
「ああ、ごめんねえ、ドライモ料理しかなくって。ここの村の、特産品なのさ」
「ドラ……イモ?」
「知らないのかい? ドラゴンの大好物のイモ、だからドライモだよ」
そう言って、メープルさんのお母さんが台所から大きなイモを持ってきてくれる。
表面は紫色、中はオレンジ色という、サツマイモによく似たイモだった。すぱっと半分に切られているが、それだけでも五十センチはある。
「お、大きいですね……」
「そういう品種だからねえ、でも栄養がとーってもあるんだよ」
お母さんはそう言いながら、それをまた台所に戻しにいく。
「じゃあ、さっそく食べましょう」
メープルさんが戻ってきてわたしの隣に座った。
「プーコちゃん、今日は本当にありがとう。わたし……あなたが通りかかってくれなかったら、あのままどうなっていたか」
「い、いえ。そんな……こうしてお食事をいただけることになるなんて、わたしにはもったいないです。ただ、通りかかっただけですし……。あ、あの、本当にありがとうございます」
恐縮しながらお礼を言うと、わたしの向かいに座ったお母さんが言った。
「本当、こんなことくらいしかできないけど、どうか受け取っておくれね」
「い、いえ。なんか、すいません……」
ぺこりと頭を下げると、さっそくどうぞとうながされた。
どれもこれもみーんな美味しそうである。
イモのスープ。イモのサラダ。イモと肉のパイ。イモの煮物……と、イモづくしだったが、実際とても美味しかった。
食べながら気付いたんだけど、メープルさんもメープルさんのお母さんも、食事しながら普通にプップッとオナラをしていた。
マナーとかそういう概念はないみたい。
ほんと変な世界だなあ。
「ん? どうしたの、プーコちゃん」
呆気にとられていると、メープルさんが声をかけてきた。
「あ、いえ。この世界の人って、みんな……」
「ん? 『この世界の人』?」
「あ、ええと……」
つい口に出してしまった。
さてどう説明したもんか……。
けど結局、わたしはありのままを説明していた。どうやってこの世界に来たのかとか、メープルさんたちにかいつまんで話す。
「へえ、そうだったの……。あなたは別の世界からやってきた人だったのね。だからそんな変わった服を着てるんだ」
「え? ああ、これ……」
そう。わたしは学校指定の、黒いセーラー服をずっと着たままだった。
これはこの世界の人が見たら、たしかに不思議な格好だろう。
「でもとっても可愛いわ。あたしも着てみたいくらい」
「そ、そうですか? 学校指定の制服なだけですけど……」
「……? よくわからないけど……でも、ほんとにあなた、オナラをするのがそんなに嫌だったのね。この世界に来ちゃうくらい」
「え、ええまあ……あはは」
「あたしには理解できないわ。ここではみーんなオナラをするのが普通なのよ。このイモを食べると、すごくオナラが出ちゃうようになるってのもあるけど……みんな気にしてないわ。当たり前のことだから」
「あ、やっぱりそうなんですね……。ても、このイモでオナラが出やすくなるだなんて……」
まさかの、食生活が原因でした。
ガーン!
てことは、もともとの体質プラスこのイモを食べたわたしって……。
「あ、あと感情が高ぶるともっと出やすくなるわ」
「えっ! なっ?!」
そうか。じゃあ、やっぱりあのピーーーしようとしていた男たちはそれでオナラしまくってたんだな。
なんだよその効果……。
わたし、この世界にいたら、かなりオナラする羽目になっちゃうんじゃないだろうか。そ、そんなの嫌だああっ!
「あの、い、イモ以外は……? こ、穀物とかはないんですか?」
一縷の望みをかけて、わたしはそう問う。
「穀物? よくわからないけど……豆、とかならあるわね」
「豆。いや、そうじゃなく……他の主食は……」
「主食はこのイモだけね……。あ、イモそのままが飽きてきたら、パンとか麺とかに加工したりもするわ。それも美味しいんだから! 今度イモパン、食べてみて」
わたしは、そっとスプーンを置いた。
そっか。この世界は、オナラの出るイモが主食の世界……なるほど。なるほど。
メープルさんとメープルさんのお母さんは、食べながらまた楽しそうにオナラをしていた。
とても、素敵な光景である。
「あ……あれ? うっ」
急にまたお腹がゴロゴロいってきた。
まずい。イモ料理を食べたせいか?
さっそくわたしも、その効能が出て来てしまったのだろうか。
マズイ。出したら、笑われる。この人たちは笑わないかもしれないけど、元の世界でのことがフラッシュバックする。いやだいやだ!
「よし!」
わたしは真横に浮いていた杖をガッと掴むと、その青い宝石のボタンを押した。
そして杖に向かって言う。
「杖」
『え? ど、どうしたんですか。突然?』
「こ、この部屋のオナラを集めて。早く」
『えっ!?』
杖はかなり動揺していた。
でも、急なお願いでもすぐに実行してくれた。
そよ風くらいの風が巻き起こって、メープルさんたちの紫色のオナラが杖に吸いこまれていく。メープルさんたちは目の前の現象に目を丸くしていた。
「ぷ、プーコちゃん? いったい何を……?」
でも、わたしは無視。次に赤いボタンを押す。
「魔法の杖よ! わたしのオナラを、これから一定時間、出る前に消して!」
逆向きの風が巻き起こって、杖が魔力を開放する。
『……りょ? 了解! 「消滅の力」発動!!』
すると、わたしのお尻に風が吹いてきて、オナラをしたいと思っていた感覚がきれいさっぱり消えた。
うん、これでよし。
どうやら腸の中のガスも全て消えてくれたようだ。
魔法の効力が切れたらまたしたくなるだろうけど、とりあえず今はこれでOK。
ニコニコしながら前を向くと、メープルさんとそのお母さんがポカンと口を開けていた。
「な、なんていうか、あなたってほんと、変わってるわね……」
「え? そうですか?」
わたしはきょとんとする。
自分のオナラを出さないよう、魔法をかけるのはそんなに妙なことだっただろうか?
改めてそう言われると、ちょっと恥ずかしくなってくる。
メープルさんに続いて、お母さんも微妙な顔をしていた。
「人のオナラを……魔法の原動力にするなんて。ほんと聞いた事がないね。ただでさえ魔法使いはめったにいないのに……珍し過ぎるねえ」
「え、あの……さっきもおっしゃってましたけど、魔法使いってそんなに珍しい人なんですか?」
ファンタジー世界だろ。
魔法使いなんて星の数ほどいるんじゃないのかよ。
でも、そうか。レア、なのか……。
「そうだね、王都にはひとり確実にいるけど……村のみんなも誰も見たことがないし、他の魔法使いがどこにいるかも知らないね。だから、本当に驚いたよ」
「そうだったんですか……」
「ねえ、プーコちゃん? あなた、これからどうするの?」
「え?」
メープルさんにそう言われて、わたしは言葉に詰まった。
「死にたいと思って、この世界に来たんでしょ?」
「……え、まあ、はい」
「でも、ここはその神様が言ってた通り『オナラをしても悩まなくていい世界』だった。なのに、まだ死にたいって思ってるの?」
「いえ。実はもう、よく……わかりません。そうだったけど、でも今は……」
「…………」
「この杖も、『わたしにこの世界を救ってほしい』なんて、わけのわからないことを言ってきてるけど……でも、わたしもともとそんな柄じゃないし。何をしたいかなんて、もう……」
それは本当だった。
死にたくてこの世界に来たけど、なんだかんだ人を助けてしまったり、ご飯を美味しくいただいてしまった。そうやってなんとなく生き続けてきてしまった。
杖から頼まれたことも、別に実行したいと思ってない。
正直、目的を見失いかけていた。
やりたいことなんて、何もない。だから……ふらふら、ふらふらと。
「じゃあさ。もうこの村に住んで。ね、プーコちゃん。で、『村の専属魔法使い』になって!」
「はい?」
「いいねえ、その考え。きっと村長さんも喜んでくれるよ~」
「え、あの? 村の専属魔法使いって?」
話がよく飲み込めない。この村に住む? わたしが?
「これから行くとことか、特にないんでしょう? だったらしばらくこの村にいてくれないかな。みんなが困ってることあったら、少しだけその魔法で助けてほしいの」
「えっと……」
「嫌なら、まあ、しょうがないけどさ……」
メープルさんはそう言って肩をすくめる。
ここの村の人を、助ける? わたしが……? そんなこと、できるだろうか。
「あたしを、助けてくれたんだし、あなたの魔法ならきっとできるよ。ね、お願い!」
両手を合わせてお願いされてしまう。
わたしは……杖を手にして、考えた。
「世界を救ったりとか……そんな大きなことはたぶん、できないですけど……でも、メープルさんたちの力になれるなら……少しだけ、やって……みようかな……」
「ほんと! 嬉しいわ!」
そうして、わたしはこのブブカ村という、メープルさんのいる村の専属魔法使いに任命された。
村長さんのお墨付き。
ということで、わたしは翌日からその役目をまっとうすることになった。
夜はメープルさんの家に泊まり、昼間は村の中央の広場の小屋に常駐する。
要は何でも屋だ。
困ったことがあると、わたしのところに村人たちが来て、依頼をしてくるという仕組みだ。
誰かがやって来るまで、わたしは村中のオナラをかき集め続け、青いボタンを常時押しっぱなしにしていた。
某扇風機はずっと稼働中のため、村の空気もこころなしか良くなっていった。
「すまんが、頼めるかね?」
そう言って小屋に入ってきた最初の依頼人は、村長だった。
なんでもここ半月ほど雨が降っておらず、畑がカラッカラに乾燥しているらしい。雨乞いができないかとの依頼だった。
「ええと……やってみます」
わたしは赤いボタンを押して叫んだ。
「魔法の杖よ! 村中の畑に……雨を降らせて!」
『了解。「降雨の力」発動!!』
途端にざあっと、強い雨が降り出した。
ほぼ丸一日降ってたと思う。
すぐに止んだら畑がまた乾いちゃうからね。わたしはそこまで想像しつくしていたわけだ。
村長は驚きながらも、ありがとうありがとうと何度もお礼を言ってきた。
うん、まあ悪くない、かな。
最初はここの人たちも半信半疑だったけど、でも徐々にわたしの力を信じてもらえた。
他の人は、風邪を治してくれだとか、怪我を治してくれとか、医者みたいなことをお願いしてきた。
てかこの村、医者がいなかった。
じゃあそれまでどうしてたかっていうと、各家庭で薬草なんかを煎じて飲んでいたらしい。
すっげえ原始的。
そんなわけで、わたしは日に日に村人たちから確実に信頼を得ていった。
「はー、村の人たち、みんないい人だな。ほんと……ここにずっと暮らしていたい……」
結局、みんなオナラしまくってくれるので、元手はまったくかからなかった。
生活に必要なものはだいたいメープルさんや村人たちが用意してくれるし。困ることはほとんどない。
わたしもだんだんこの村にいるうちに、自分のオナラを隠さなくなってしまった。
みんながどんどんぶちかますからだ。
同じようにわたしもぷうぷう人前でするようになってしまった。
でも、なんだか楽になった。
誰もわたしのオナラを指摘しないし。いじってこないし。からかわないし。
まるで天国だ。
たしかに……「オナラをしても悩まなくていい世界」だなあと、いまさらながらにありがたく思えてくる。
平和だ。実に平和だ。
来て……よかった。
そうして、数日が経ったある日――。
妙な男が村にやってきた。
「頼もう!!」
「えっ、はいはーい」
大きな声がして、わたしは急いで小屋のドアを開けた。
外に出て見ると、そこには全身銀色の鎧をまとった、めちゃくちゃイケメンの騎士がいた。
「えっ……だ、誰?」
村人ではない。明らかに。
異様な様子のその騎士は、長い金髪をバサアッと手で払うと、鷹のような目でこちらを見下してくる。
「私は、ププール王国の騎士、ザヘルだ。お前がブブカ村の『オナラの魔法使い』か?」
「は? はああっ?!」
待て。今なんて言った? こいつ。
オナラの魔法使いだって? わたしは、そんな屈辱的な通り名を一度も名乗ってなんかいない!
「ちょ、ちょっと! あの、わたしそんな名前、一度も名乗ったことないんですけど!?」
「いや、たしかにお前は、王都にいる商人にそう呼ばれている。それとも何か? この村にはお前以外の魔法使いがいるのか?」
「……え」
商人、だと? たしかに村に行商人が来ていたことがあったけど……そして、わたしとも顔を合わせたこともあったような気もするけど……。
そうか、あいつらか。
締める。魔法の杖で、あいつらいつか締める!
そんな風にわたしのことを言いふらしていたなんて……ゆ、許さん!
「あーっそう……ははっ。そっか。その……ちょっと、誤解があったっていうか……うん。あのね、とりあえず中で話しましょっか?」
わたしはひきつった笑みをしながら、旅でお疲れであろう騎士様を小屋の中に招き入れた。
「うむ。そうさせてもらおう」
騎士様はえらそうな態度で入ってこられる。
わたしは深呼吸しながら、部屋の中のテーブルと椅子を指し示した。
「そこに……おかけになってください」
言いながら、手早くお茶を用意する。
騎士様は、ギシリと音を立てながらそこに座った。わたしもお茶のカップをテーブルに置きながら対面の席に座る。
「どうぞ。粗茶ですけど……」
「いただこう」
ずずっ、と音も立てずに騎士様は一気に飲み干してしまった。
相当喉が渇いていたようだ。
わたしは呆気にとられる。
「ふうっ、生き返った……ありがとう。で? お前はオナラの魔法……」
「ストーップ! そのオナラの魔法使いって言い方、やめてもらえます?」
「なに? だが……」
「たしかにわたしは……人のオナラを魔法に変換します。でも、そのネーミング……せめて『消臭の魔法使い』とか、香りを操る『操香の魔法使い』とか、もっと素敵な言い方があるでしょーよ。自分じゃ言いませんけどね、でもそんな呼ばれ方、すっごい不服です!」
わたしは頬をふくらませて猛抗議した。
「そ、そう言われてもな……現にお前は一部の者たちにそう呼ばれている。お前が納得せずとも、その特徴はとてもわかりやすいのだ。聞き込みするときだって、ずいぶん役に……」
「は? 今、なんておっしゃいました?」
「だから、来る途中もその名で聞き回ったら、すぐにこの場所がわかったのだ。わかりやすい通り名は便利だ。ゆえにそのまま使っていても良かろう」
「なっ」
まさかこいつ、村の人たちにもその名を出したんじゃないだろうな。
「そ、それはわたししか、この村にいないからだよ!? 魔法使いが! だからみんながここを教えるんだ。普通だろそれ! てかほんと心外っ! それじゃ、いつか村の人たちがわたしをそう……呼んじゃうかもしれないだろうがっ!」
「なにか、問題が?」
「大アリだっ!」
しれっと腕組みをしながら言う騎士様に、わたしはイラつきMAXになった。
なんっだこいつ。
神様も……この世界は「オナラをしても悩まなくていい世界」だって言ってたのに! 詐欺だ、詐欺!! こんな呼ばれ方をするなんて。もう最悪だああああっ!!
「とにかく。わたしには平野風子、って名前があるの。今後は絶対その名で呼んでください!」
「プーコ……オナラの魔法使いプーコか……やはり正しい情報だったようだな」
「だーかーらっ!!」
わたしは持っていたカップの取っ手を強く握りしめすぎて、思わず割りそうになった。
「で……? わたしに、何の、用なんですか? 用がないなら早く帰って!」
「用はある」
騎士様は懐からなにやら取り出すと、それをテーブルに置いた。
「ん? なにこれ、巻物? わたし、この村の専属魔法使いで……基本村人さん以外からの依頼は受けないことにしてるんですけど……」
「まあ、とりあえず読んでみてくれ」
わたしはしぶしぶ巻物を開く。
読めない。
「すいません。わたし字読めないです。読んでもらっていいですか?」
「……しかたないな」
騎士様ははあとため息をつくと、巻物を読み上げはじめた。
「この度、城専属の魔法使いが死去した。よって、引き継ぎに足る魔法使いを、国中から集めることとする。所定の期日に王城に集まり、実力を比べる儀に参加されたし……。わかったか?」
「え?」
ちょっとよくわからない。
小難しい言葉だったけど、なに、どういうこと?
「つまり、国中の魔法使いを集めて、次の城専属魔法使いの選定会を行う。お前はその候補者に選ばれたということだ」
「えええええっ?!」
なんで。どうして。
なんとなく、ひっそりここで暮らしていこうと思っていたのに。わたしが城の専属魔法使い……? その選定会に、選ばれたって?
なんでわたしが……。
「すでに村長には話を通してある。あとは……お前次第だ」
そう言って、騎士様は立ち上がった。
そこでまたブッと勢いよくオナラがかまされる。
え……?
今のは……き、騎士様のオナラ?
騎士様は気にしているそぶりはまったくなく、むしろスタスタと小屋から出て行く。めっちゃイケメンなのに、お、オナラ……。
わたしはさっそく、青いボタンを押した。
イケメンの紫色のオナラがすいすいと杖に吸い込まれていく。一応もったいないからね。集めとくか。
『どうすんですか? 行くんですか? 王都に』
杖がいきなり訊いてくる。
「うーん、どうしよっかなあ。とりあえず、メープルさんに相談しないと……」
『そうですね。でも王都に行って、もし城専属の魔法使いになったら……ぐふふ、いよいよ世界を救うことにも……』
「いや、ならないよ?」
言い返しながら外に出てみると、白馬に乗った騎士様が村の農道を、ちょうど勢いよく駆け去っていくところだった。