第一話 オナラの魔法使い、女の人を救う
わたし平野風子、十四歳。
中学ニ年生。
今日から新学期が始まるんだけど、クラス替えしたばっかりで緊張する~!
あ、担任の先生が教室に入ってきた。
ホームルームで自己紹介か……ええっと、何を言おう。
え? わたし? いきなり?
あいうえお順じゃないの?
目についたからって? わたしからぐるっと一周?
ええ? んー。どうしよう。
全然、考えてなかったよ。
とりあえず名前だよね、うん、それから趣味と……。
「ええとー、平野『ぷう』子です。趣味は……」
え?
今、名前を言おうとしたら途中で「変な音」が……。
周囲を見ると、クラス中がニヤニヤしていた。
ひそひそしたり、中には吹き出す者まで……。
え、やだ、嘘!?
わたし、オナラしちゃった?
そういえば、朝からお腹がゴロゴロいってた気がする。
一気に顔が熱くなる。
どうしよう。あと何を言えば……。
「すっげ、自己紹介でオナラとか~、ウケる~!」
誰かが言った。
その一言で、わたしはもうその場にいられなくなってしまった。
何も言わずに教室を退散。
「ひ、平野さん!?」
先生のあわてた声が聞こえたが、わたしはダッシュで廊下を走り抜けた。全力。全開。コーナーで差をつけろ!
……よーし、保健室だ。わたしは体調が悪かったということにしよう。そうしよう。
ああでも、それで? その後はどうする?
きっとわたしはすでにクラスで「オナラ女」というレッテルを貼られてしまっている。あまりにも強烈な印象を残してしまったのだ。あれでは以後、平野「ぷう子」として呼ばれることになっても致し方ない。
ああもう、終わった。
絶対いじられるよ。
からかわれて、バカにされて……クラスの最底辺カーストに落とされる。
終わったー。
わたしの中学生活、終わったー。
「はあ……もう、やってらんねー」
盛大なため息がもれる。
二年は三階。保健室は一階なので、階段を一気に下りた。
ああもう、帰ろっかなー。保健室じゃなくて家に帰ろうか。でも、カバン教室に置いてきちゃったしなあ。取りに戻る……それは、無理だ。今は絶対そんな雰囲気じゃない。何また戻ってきてるんだって空気になるだろうし……。あーダメだダメだ。
もう!!
嫌だ!!
最悪だ!!
折り返しの地点で、わたしはついに足を止める。
二階と一階の間の踊り場付近。
踊るとこじゃないのに踊り場って、変な名前……。
そこにかけられている大きな鏡をふと、覗き込む。
「うっわ。ブスー」
わたしの顔は、サイテーだった。
ただでさえ一重で目つき悪いのに、アゴにしわをギュッと寄せて、涙目になっていた。
ブサイクここに極まれり。
思わず笑けてきてしまう。
「ぷっ、くくく……」
生まれつき、お腹が弱かった。
環境に左右され過ぎなメンヘラ小腸&大腸。
入学式とか、遠足とか運動会とか。そういう時はいっつも調子を悪くしてた。きっとこれからも、そうなるんだろう。
でも、二次症状である「オナラ」だけはどうしても勘弁だった。
ある程度ガスは薬でコントロールできる。でも、どうしたって出ちゃうものは出ちゃう。
そんなの自然の生理現象だろ、笑うな! って思ってても、みんなは笑うし。そんで絶対後でいじられるし。
もういい加減うんざりだった。
ずっと、そうだった。
物心ついたときからずっと。恥ずかしい思いをたくさんしてきた。
こんな体質ヤダ。
消えたい。死にたい。いなくなりたい。
『その願い、叶えてあげよっか?』
え?
周囲には、誰もいない。
なのに声が聞こえてきた。
見ると、鏡の中のわたしがニヤリと笑っていた。え、これ、わたし?
「なにこれ……」
鏡の中の「わたし」はさらに動いて、こちらに手を伸ばしてきた。
「うわっ!」
『なにって……なんでもいいよ。ねえ、その体質……その世界じゃ大変そうだね』
「…………」
鏡面にぴたりと手を当てる。
その姿に、わたしは何も言えないでいた。
言われたことが図星だったのもある。
『ねえ、わたしと同じようにこっちに両手を伸ばしてみてよ。そうしたら、君をいいところに連れて行ってあげる……』
「いい、ところって……?」
『そこよりも楽でいられるところだよ。オナラしても悩まなくていい世界? ね、消えたい、死にたいって思ってるならさ、こっちに来なよ』
「…………」
わたしは、もうどうでもよくなっていた。
鏡の中の「わたし」の言う通り、両手を鏡に伸ばしてみる。
すると、手がついた途端、鏡の中の「わたし」がその指をからめ取り、ぐいと中に引きずりこんでくる。
「うわあっ!」
やばいと一瞬後悔したけど遅かった。
すでに、ずるずると腕や肩が、鏡に吸いこまれていっている。
『安心して。すぐに終わるから……ね?』
恐怖するわたしを落ち着かせるように、優しい声音が耳元で聞こえている。だが、ついに顔がめりこむ……と思った瞬間に、景色は変わった。
「え?」
気が付くと、そこは森の中だった。
学校じゃない。
ピチチチ、と鳥の鳴き声が聞こえる。周りにはたくさんの木。青い空。白い雲。
「なに、ここ……」
どこなんだろうか。
周囲を見回してみても誰もいない。鏡の中のあの「わたし」もどこかに消えてしまっていた。
「な、何? どうしろっての……?」
ここは、天国なんだろうか。
でも、なんだか妙にリアリティがある。ただの森、って感じがしなくもない。
「なんだ……『死後の世界』とかに連れてってくれると思ったら、そうじゃなかったのか……」
自殺ってやっぱ怖いし。お手軽にできるならそれもいいかなって思ったけど、でもどうやら違ったみたい。
まあ、いっか。
どこでも。
なんとなく樹海みたいな気もするし。ここでのたれ死んだっていい……よね。誰にも迷惑は掛けなさそうなところだし。
ということで、わたしはさっそく死ぬ方法を考え始めた。
首つり、高いとこから転落? 餓死?
あーでも遺体がなあ……。
ここで死んだらどうなるんだろう。って一瞬考える。
父さんも母さんも、わたしを見つけられなかったらちょっと可哀想かな、なんて思った。でも、それもまあいいかと考え直す。
どうせ死んだ後の事なんてわからない。
深く考えたって無駄なこと、だよね。
ふう、と一息ついてたら、なんだかまたお腹がゴロゴロいってきた。
そして猛烈にオナラがしたくなってくる。
うん、これはまだ「生きてる証拠」だ。ここはやはりまだ「あの世」じゃない。
「ううっ、だ、誰もいないし、たまには思いっきりやってみてもいい、かな……」
いつもはできるだけ音がしないよう、スカしてやってたんだけど、今は遠慮しなかった。
ぷううう~!
下っ腹に力を入れて思い切り放つ。
すると、ラッパのように小気味よい音が鳴った。
あー、大自然の中ですると気持ちいー。うん。最後にいいオナラできた! もう思い残すことないって感じ。そう満足していたら、いきなり目の前に何かが現れた。
『こんちわー!』
うわあっ!
な、なんだ? なんか目の前に変な「木の棒」が……浮いてるんだけど!
『呼びました~? 呼びましたよね~、今。私は君の魔法の杖! よろしくちわーす!』
なんだ、この妙にテンション高いやつは。
杖が……お、男の人の声でしゃべってる?
ってそれより。わたしはまずその口調が気になった。
ちゃらいホストみたいな、パリピ大学生みたいなノリ……って別にわたし呼んでなんかないんだけど!? もう一度言う。なんなんだこれ!
『あー、ちょっと驚きすぎちゃいました? わかるわかるぅ~! そうだよね~、いきなり私は君の魔法の杖だ、とか言われてもね! うんうん! でも大丈夫~、すぐに慣れるから~!』
「えっと、あの……」
『君はこれから私と旅をすることになっています! あの方から聞いてない?」
「あの方って……? 旅?」
『えっ……あれ? 君、何にも説明されなかった? 嘘でしょ? か・み・さ・ま、ですよ!! 君をここに連れてきた人!』
「え? あ、あれ神様ぁ?!」
鏡の中の「わたし」、あれはよくわかんないけど「神様」だったんだ……。
知らなかった。
てか何? この棒……もとい魔法の杖とやらは。旅をしなきゃなんないの? こいつと? なんで? ほんといっさい何も聞いてないんだけど。
『えっと、君には大事な役目がありまぁす!」
「は? 役目?」
『そう! 神様が説明してくれなかった分、私が説明しますね。要は君に、この世界を、救ってもらいたいんです! そのために、私と旅をしてもらいまぁす!!』
「え、な、なにそれ。知らないよ、んなもん」
『ふえっ?』
わたしは無視してスタスタと歩き出した。
杖は驚いたみたいだけど、すぐにわたしのあとを追ってくる。
『ちょ、ちょっと待ってくださーい!』
「ついて、来ないでっ! 別にわたし、そんなんやりたくないし。もう死ぬの。こんな人生うんざりなの! だから、お願いだからもうどっか行って」
『えええーっ? そんなあ! 私を呼んだでしょ? なのにもう死んじゃうの? え? やることもやらずに?』
「だから、呼んでないって。それにそんなことしろなんて、その神様? に、わたし一言も言われてないもん」
『呼びましたー。君は私を呼びましたー! さっきいいオナラしたでしょ? あれが私を呼ぶ合図なんですよー。だから、ね!』
「はあああっ?」
こいつ、わたしのオナラで呼び出された、だと?
いったいどんな設定だよ!!
もう嫌だ、付き合ってらんない。
わたしは全速力で駆けだした。
「はあっはあっ、こ、ここまで来ればもうついてこないだろ……」
魔法の杖はわりと早いスピードで飛んでいたけど、木などの障害物によく引っかかってすぐに撒くことができた。
でも、ちょっと気を抜いたら、また……お、お腹が……。
ぷうううう~。
あ。
『呼びました? 呼びましたよね~、今。私は君の魔法の杖! よろしくちわーす!』
あああっ、また召喚しちゃったぁぁ!
まさか、このオナラをするたびに目の前に現れちゃうのか……コレ?
『もう、逃げないでくださいよー。てか君、私がいないとこの先いろいろ困りますよ? この世界、色々と物騒ですからね~。なーにが起こるかわかんないですよー、やっぱ私を護身用としてですね……』
なにやら語りはじめた杖に、わたしはちょっと待ったをかけた。
「あ、あの! もう一度言うけど、わたしもう死ぬ人間だから。どんな目に遭ってももうかまわないんだよ! だから放っておいて!」
すると杖はノンノン、と人差し指を振るように左右に揺れた。
『そんなこと言って~。また後悔しますよ~? 盗賊とかに、ピーーーされちゃったり、ピーーーされてもいいんですかぁ?』
「なっ! そ、そんな、おお、おっそろしいこと言うな! たしかに……それは死ぬ前提だとしてもちょっと嫌、だけど!」
『でしょでしょ~? だから、私という武器を側に置いとかないとマズイですって~』
「武器?」
『そう。武器。魔法が使えます』
「あ。あー、魔法の杖っていうんだから、まあそうだろね」
『あと、他にも便利な機能がついてましてね』
「なに?」
『それは使えばわかりますよ。日常生活では必須なものばかりです! あると、とってもお得ですよ!』
「…………」
うーん。ウザイ……。こんなのとずっと一緒にいるくらいなら多少不便でも困らないんだけど。
でもなあ、そこまで言うんだったら、死ぬまでの間くらいは使ってやるかー的なことを考えていると、突然「悲鳴」が森の奥から聞こえてきた。
「いやあああっ! 助けてーーっ! 誰か、誰かあああっ!」
どうも女の人の……声っぽい。かなり必死な様子だ。
わたしはどうしようと一瞬迷ったけど、その声のする方へ走ることにした。
『えっ? 急にどうしたんですか?』
そう言いながら、杖がついてくる。
「いや、なんか助けを呼んでるっぽいからさ。ちょっと見に行かなきゃと思って」
『ええっ? 絶対なんかのトラブルですよ。巻き込まれるから止めておいた方がいいですって!』
「うるさい。見に行くだけだっつの。マズそうだったらすぐ撤退するし……」
死にたいと思ってたのに、わたし、変なこと言ってるなって思った。
でも、あの悲鳴を聞いたら、なんとかしなきゃって思っちゃったんだ。
「きゃあああっ! いやあーっ!」
声がだんだん大きくなってくる。
どうやら、あの茂みの向こうっぽい。
到着して、ちらと木陰から覗いてみると、今まさに「盗賊」って感じの人たちが若い女の人をピーーーしようとしているところだった。
う、うわあああ……!
し、しかも服をビリビリと破っている!!
やべえ。
このままだとR‐18まっしぐらだ。
わたしはあまりのことにドキドキしすぎて、なんだか吐きそうになってきた。
う、キモチワルイ……。
「おいっ、大人しくしろよっ! 命だけは助けてやるって言ってんだろっ! このクソ女ッ」
「や、やめてっ……」
「オラ、御頭がそう言ってんだ、ありがたく思え!」
「きゃああっ! いやっ」
「こいつ、こんなに暴れるんじゃ手足しばったほうが良くないですか?」
「いいんだよ、その方が。燃えるだろ? オラッ、黙りやがれ!」
バシンッと、最前列にいた男が、女性の頬をはたく。
うわあ、女の人の口から血が。あああ……もー、見てらんないよ。これは、これはR‐18G確定です。中学二年の女子が見るもんじゃないです。あああ、変な汗が出てくる……。
「うわはははっ、わかればいいんだよ、わかれば。そのまま大人しくしてろっ!」
「うううっ……」
女性はいよいよピーーーされそうになっている。
やばい。早くなんとかしないと……!
その時、妙な音がしはじめた。
ぷう、ぷう、ぷう。ぷう~。
こ、この音は……。
いや、わたしじゃない。わたしじゃないよ? 断じてわたしじゃない!
したのは……あの男たちだった。
男たちはピーーーしようとしながら、オナラもかましまくっていた。なんだ、こんな時に。いったい何を考えている? 一人だけじゃない。男ども全員がオナラをしていた。
まるで興奮するたびに、出ているような感じだった。
妙な光景に唖然としていると、すぐ側にいた魔法の杖がそっとわたしに耳打ちしてくる。
『ねえ……私の力、ちょっとだけでも試してみません?』
「へっ?」
『ほらぁ、魔法の杖だって言ったじゃないですか。私を使って、あいつら倒しましょうよ? ねっねっ』
「…………」
こいつは……わたしに世界を救わせたいんだっけ、たしか。
だから、こんな話を持ちかけている。
それはなんとなくわかっていた。
でも、こいつの思惑通りに事が運ぶかと思うと気に入らない。ものすごーく気に入らなかったけど、でも、今は四の五の言ってられる状況じゃなかった。
決めた。
「わかった。わたしは何をすればいい?」
そう。目の前の女性をもう放っておけなかった。
もしかしたら、わたしがああなっていたかもしれないのだ。
だから、どうにかしてあの人を助けなくちゃと思った。そのためには……。
『ふふっ。では私の……ここのボタンを押してみてください!』
「は? ボタン?」
何を言ってるのかと思ってると、急に杖の真ん中あたりに、二つの宝石みたいなボタンが飛び出してきた。
それは、青いサファイアみたいな宝石と、赤いルビーみたいな宝石だった。
って、なんでボタン?
『まずは上の青いボタンを押してみてください。さあ、どうぞ!』
杖は淡々とそう言う。
わたしはおそるおそる杖を握り、その丸い青いボタンを押してみた。
すると、杖の上部が急に輪っかのような形に変わり、「ふいいいいいん」というモーター音がす……。
「はあっ!? モーター音? なんだよ、これ!」
さらに輪っかからは風が出てきて、男たちの方に向かって吹いていく。
さながらそれは某扇風機のようで……。
「って、家電かぁっ!! ずいぶん機械的だな! ちょっとあんた、『魔法の杖』じゃなかったの?」
ツッコミを入れると、杖は不敵に笑った。
『ふふふふふっ。その通り、私はれっきとした魔法の杖ですよ~! その証拠にホラ! ご覧なさいあれを!』
「?」
杖が指し示した方には、ピーーーしようとしている男たちがいたが、なにやら彼らのお尻付近に紫色の気体が出現していた。
あれは……もしかして、オナラ?
音がするたび、彼らのお尻から紫色の気体が出ている。
「み、見たけど? あ、あれ……どういうことなの?」
訊くのもちょっといやだけど、しかたなく尋ねてみる。
『あれはオナラを可視化しているんですよ』
「ああ、だろうね! でもどうしてあんな……」
『まあいいからいいから。もうちょっと見ていてください~!』
すると、今度は風が逆流して、その紫色の気体がこっちに流れてきた。
「え。ええっ? うわっ! お、おおお、オナラがこっちにーっ!」
回避しようとしたが、杖自体がそれを吸いこもうとしてたのでどうにもしようがなかった。動けないでいると、すぐにその紫色の気体は杖の輪っか部分に吸い込まれていってしまう。
「えっ? な、なにこれ……」
呆然としていると、杖がまた説明してくれた。
『この世界には、「魔素」という魔力の源となる粒子が存在しているんです。そして、生物が放出する「異臭」にはそれがよりたくさん含まれています。オナラは、つまり魔素の塊。わたしはそれを別の力に変換する機能があるんですよ。……ね? すごいでしょ!?』
「あ、うん……」
ドヤッという効果音が聞こえてきそうなくらい、杖は自信満々にそう言った。
でも……なんかすごい下品……。
オナラを別の力に変換、っていうのも、あんまり強そうとは感じられなかった。
わたしは脱力する。
これで本当にあの女の人を助けられるのか……? なんだかすごく自信がなくなってきた。
『あ、そろそろいいですかね? オナラが集まりきったんで。今度は赤いボタン押してみてくれますか』
「あ……はい。うん……」
わたしはもうなかば投げやりになっていたが、赤いボタンを言われるまま押してみた。
すると、また風が輪っかの部分から出てくる。
『風、出て来ましたよね? そしたらそれをどういう力に変換したいか念じてみてください』
「え? ね、念じる?」
『はい。その思いがそのまま魔法となって具現化します!』
「ど、どういうこと?」
『いいから。もー、あの男どもが吹っ飛ぶ所とか想像してみて! そしたらそれが現実のものになるから!』
はあ?
本当にそんなことができるの? と思いながら、わたしはあの男どもが空の彼方に飛んで行くところを想像してみた。
『えー、では、それを私に「なになにしろ」と命令してください。言霊を感知したら、すぐに実行しますんで!』
「え、えっと……普通に言えば、いいの?」
『はい』
「じゃあ、あいつらを……あの男どもを、空の彼方に吹っ飛ばして!!」
『了解。「浮遊の力」発動!!』
風がさらに強くなり、それが男たちに向かって強く吹いていく。
「な、なんだ? この風!」
「うわっ、か、体が!? 体が浮いていくっ!」
「だ、誰か! 誰か助けてくれっ!」
「うわあああああっ!!!」
「た、たすけっ」
男どもはぐわっと体が浮き上がっていくと、あっという間に空の向こうに行ってしまった。
「あ、わ……あわわ……」
着地は……どうなったかわからない。
でも女性をピーーーしようとした人たちだ。もうどうなったっていいだろう。
わたしは、風が治まった頃を見計らって、女の人に近づいた。
「だ、大丈夫ですか?」
茂みを抜けると、女の人がびりびりになった服をかき寄せながらこっちを見上げていた。
「だ、誰ッ?」
……どうしよう。
すごく、どうにかしてあげたい。でも、今わたし何も持ってない……。
セーラー服だから上着とかもないし。貸してあげられない。
どうしよう、どうしよう。
女の人は、ほとんど裸になっていた。
「えっと……た、助けに? 来ました……」
なんとかそんな声をかけると、女の人は涙に濡れた眼をごしごしとこすった。
「あ、あなたが……助けてくれたの? 今の……あなたがやったのよね?」
「あ、ええと……はい……」
「ありがとう……」
ぷうう、と、そこでまた妙な音がする。
どうやら、今のはこの女の人がしたらしい。
え? このタイミングで? なんかいいシーンだったような気がするけど……台無しだよ!
なんで……。すごく美人なのに、この人……。
肌の色が白くて、髪はお日様みたいなオレンジ色で。胸はめっちゃ大きくて。そりゃ男どもも放っておかないよって見た目。
なのにオナラしてる。それで平然としてる。
なんなのさ、ここ!
「はっ……」
そこでわたしは気づいてしまった。
あの鏡の中の「わたし」が、神様が、言っていた事。
――オナラしても悩まなくていい世界――
この世界の人は、もしかしたらオナラがすごく出やすいのかもしれない。
わたしと一緒で。そういう体質なのかもしれない。
でも、みんながみんなそうだから、これが当たり前になってるんだ。だって、そうじゃなきゃ、説明がつかない。こんなに、平然としていられるわけがない……。
「あ、あの、良かったらその服直します。……ね、できるよね、杖?」
そう言いながら、わたしは杖の青いボタンを押した。
彼女のオナラを吸い込む。
『ええ、まかせてください』
風が舞い。女の人の紫のオナラが杖に吸収されると、わたしは赤いボタンを押した。
「魔法の杖よ。この人の服を……直して!」
『了解。「修復の力」発動!!』
風が巻き起こったかと思うと、目の前の女の人の服がどんどん元に戻っていった。破れた箇所がくっついて、千切れた繊維が元の位置に戻っていく。
そして、しばらくするとすっかり綺麗に直った。
「あ、すっ、すごい! なんとお礼を言っていいのか……」
わたしの方もなんと言っていいかわからない。
さっさとこの場を離れようと思ったが、女の人が無事に一人で帰れるか心配になってきてつい言ってしまった。
「あ、あの良かったら……お家まで送っていきましょうか?」
おずおずとそう言ってみる。すると、女の人はびっくりした顔をした。
「ええっ、そそ、そんな! あ、でも……やっぱりお願いしようかしら……。きちんと、お礼もさせてもらいたいし」
「え?」
まさかそう言われるとは思っていなかった。
女の人はニコニコしながら言う。
「あなたのお名前……何ていうの? 良かったら聞かせて?」
「えっと……ひ、平野風子です」
「ヒラノ・プーコちゃんね! あたしはメープル。よろしくね!」
「え? あの……」
名前が……ちょっと違う、とはなかなか言い出せなかった。