姉としての悩み
雪菜視点です。
今日は何処かに魔物を狩りに行くと説明された。
良く分からなかったが、実践訓練と言うことだ。
魔の森という場所で行うらしい。
皆やる気十分だったが、優君はやる気があるように見えて、呆れているように見える。
確かに過剰に反応しすぎかもしれない。
いきなり環境が変わって戸惑っていたが、段々慣れて来たみたいだ。
鎧を装着した勇猛そうな騎士さん達が護衛をしてくれることになったが、優君の方が頼もしく、強そうに見えるのは身内贔屓なのだろうか?
ある程度進むと、とても深く、大きく、暗い崖のある場所までついた。
そこで、魔物を狩るために、4人ずつの組み合わせ(パーティー)を組むことになった。
学年が違うかった私は美紅ちゃんとその友達、そして、何故か周りから敬遠されているのか誰もよってきていなかった優君と組んだ。
「ユゥ~~君は私が守ってあげる~えへへへ。」
嬉しくなって若干呂律がちょっとおかしくなった。
優君がいると、どうしても甘えてしまう。
「全く、優は皆より戦えないんだから、私が守ってあげるわよ。」
美紅ちゃんも、私を安心させるためか、優くんを気遣う事を言ってくれる。
実際、優くんが訓練で使っていた魔法は、他の人と比べると、やはり威力が足りないように見えた。でも何となくだが、そんな心配をされているのは、私たちの方だと言うような気がした。
そして、この世界に来てから、初めて魔物と戦った。
人に危害を加えるとしても、生き物の命を奪うことには、かなりの抵抗を覚える。
そんな私を配慮してくれたのか、美紅ちゃんとその友達の結花ちゃんが積極的に前に出て、魔物を倒してくれた。
そのお陰で、私は後ろからの支援をやり易かった。
私達が多くの魔獣を倒せば、優君も同じように強くなるから、危険が減る。
そう考えたら攻撃するのを躊躇っていた魔獣も気にならなくなった。
優くんは、近くで横から、斜めから、後ろから、と美紅ちゃん達に当たらないように、配慮している。
難しそうで、とても私には出来そうにない。
皆とパーティーを組んでいるので、経験値が等分に分けられていて、魔物を何匹か倒したらLv UPのファンファーレが鳴り響く。
私達のパーティーは1度も危険に陥っていないので、騎士さんの出る幕が無いので、休んで欲しかったのだが、一切油断せずに周りを警戒してくれた。
こういうところを見ると、私達はまだまだ経験不足ということを感じる。
私も頑張って優君を守れる位には強くなりたい。
頑張っているうちに、魔獣を倒すのにも馴れてきた。
「優君、疲れてない~~~~?」
私は大丈夫だが優君は疲れてないか心配だ。
「うん、大丈夫だよ。余所見は厳禁だよ。姉ちゃん。」
安心させるためか、ニッコリ笑いながらそう言ってくれた。
無用な心配だったようだ。
考えてみると、体育の授業や激しく運動した後でも優君が疲れたところを見たことがない。
魔物と戦っていると、いつの間にかお昼になっていて、休憩となった。
複数あるテントの1つで身体を休めながら食事をとった。
この世界は魔法が発展していて、科学はあまり発展していないのだが、持ってきた食事は時間が経っても変わらず美味しかった。
「それにしても優があそこまで出来るなんて予想外ですね。
いつものやる気の無さからは想像できないです。」
そうなのかな?私は学年もクラスも違うから分かんないけど、昔からやる気を出せば出来るのにってお母さんたちも言っていた。
あ、そうか!やる気を出さないのか。
「ふっふ~ん!成る程、成る程。
簡単に言うと昔からの幼なじみが普段と違う姿にギャップ萌えしてるのか~。」
美紅ちゃんの仲の良い友達、結花ちゃん‥‥だったかな?‥‥に弄られている。
美紅ちゃんも顔を真っ赤にして、あーだこーだと言い訳している。
可愛い。
やっぱり美紅ちゃんは家族みたいで好きだ。
私の本当の妹になってほしいくらいだ。
「もうっ!結花のバカ!」
羞恥心でか、顔を真っ赤に染めながらぷんっぷんっと顔を背ける。
昔から照れ隠しするときと同じ仕草が懐かしくて新鮮である。
その横で、優くんにいつもやっているように、あーんって食べさせてあげていたら、ガランドさんが「何があった!?」って叫びながら走ってきて、私達の方を見て、何やら納得していた。
一体何だったんだろう?
その後、レベル上げを再開していたら気付けば少し暗くなっていた。
私がテントに水を取りに行ったときに、ピィィィとけたたましく音が鳴り響いた。
まだまだ集合するのには早いし、何事かと思って周りを見回して見ると少し離れたところに、今日倒した魔物よりも更に大きいグリュグリュと動く軟体生物がいた。
そしてその近くに優くんがいた。
「スライムには物理攻撃が一切効かない!
魔法に馴れていないお前たちは攻撃力が足りない。全員退避せよ!」
ガランドさんから危険だから下がれと命令があった。
少し口調が焦っているように思える。
ガランドさんでも焦ってしまう魔物が優君の近くにいると分かり、再び優君の方を見ると、大きな体からは考えられないスピードで優君に襲い掛かっていた。
「優君!危ない!」
咄嗟に駆け出して助けにいこうと思ったら、騎士や他の子達に止められた。
「離して!優君が、優君が‥‥!」
私は必死に抜け出そうとしたが、数人がかりで抑え込まれた。
「落ち着け!今君が向かったら君も死ぬかもしれない!更に彼を助け出せる確率が更に低くなる。」
騎士の一人に説得されるが、私は納得できなかった。
その間にも優君はスライムの攻撃を危なっかしく避けて、隙を突いては攻撃を加えているが、あまり効いていない。
それどころか怒らせてしまったようだ。
「キュアァァギャァァ!」
スライムが叫び声かさえもよく分からない奇声を発し、触手のようなもので、辺り構わず攻撃し始めた。
優君も炎を纏わせた腕で防御に徹していて、周りの騎士も簡単には近づけないようだ。
優君は段々崖の方に追い詰められていく。
すると突然優君が崖の方向に走り出して‥‥‥飛んだ。
比喩ではなく、本当に飛んだ。
ロケットの炎のように噴き出した。
それで、ギリギリで向こう側の崖にたどり着いた。
スライムも悔しがっているのか、体をボコボコと動かしている。
しかし、ホッとしたのもつかの間、向こう側にいた魔物が、まるで砂糖に群がる蟻のように集まっていた。
そして、一番近くにいた猿の魔物に左腕を掴まれて目の前に持ち上げた。
食べられる‥‥‥。と思われたが、優君は崖を飛んだ魔法を使って猿の顔に浴びせた。
猿の顔に浴びせた魔法は先程よりも強力で、少なくとも私には出せそうにない。
実力を隠していたのだろうか?それだったら何時もの余裕も納得できる。
でも、その威力で猿が優君の腕を離してしまった。
そのまま崖の底に叩きつけられると、ひとたまりもない。
「優ーーーくーーん!!!」
手が届かない。
もっと強かったらきっとこの手も届いただろう。
私は自分の無力さを強く感じた。でも、今さら後悔しても遅い。
そう思ったときだった。
崖の下から何かが飛び出してきた。
その´何か`は落ちていく優君を受け止めて、そのまま空中に停止した。
そこで気付いた。
それは優雅に空中に浮く、コウモリのような羽の生えた綺麗な女の人だった。
優君は女の人を見て、慌てた素振りを見せたが、その女の人にぎゅっと抱き締められていて身動きがとれないようだ。
そのまま優君にキスをした。
長い間生き別れた恋人と愛を確かめるように唇を貪ってゆっくり離す。
「なっ!?吸血鬼だと!?何故上位魔族がこんなところに‥‥‥。」
優君が助かった安堵と、いきなり女の人が飛び出してきた驚きで上手く聞き取れなかった。
でも、それはどうでもいい。
重要なのはこの女が優君にキスをしたと言うことだ。
自分の中からどす黒い感情が湧き出てくる。
「フフフッ、優は私の物だ。矮小な人間程度が私の物と楽しそうに会話することすらあってはならないのよ。」
ピクッ、ビキッビキビキッ。
頭が沸騰しそうだ。ここまで感情が昂ったのは優君が行方不明になって帰ってきた時以来かな。
‥‥‥優君は貴女の物じゃない。
吸血鬼の言葉に更に怒りの感情が湧いてくる。
「ちょっと!優君に何をするつもりよ!」
声を張り上げる。
だが、まるで聞こえてないかのように無視される。
「ふふ、優行くわよ。私が存分に可愛がってあげるから。ベットの上でね。」
私の内心を知って、挑発してくるかのような言い草だ。
ペロリと舌舐めずりをしながら優君を見ている。
そこで後ろから少しの違和感を感じた。
咄嗟に振り返ると、騎士達が一斉に様々な魔法を放っていた。
「死ねええ!吸血鬼!」
「くたばれ魔族が!」
「消え去れ!」
殺傷性の高い魔法の連続攻撃。
多分、私達の誰かがあの中の1つにでも当たったら大怪我するだろう。
そんな魔法をあの吸血鬼は何事も無かったかのように彼女の前で消失した。
後に聞いたが、高濃度の魔力で魔法を防いだらしい。その魔力は今の私達全員の魔力を足して更に5倍にしても足りない。
圧倒的な力の差を感じたが、だからって優君が危ないのに、逃げるわけにはいかない。
直後、強大な魔力の流れがその吸血鬼に集まっていった。
この魔力が魔法として放たれれば、この辺り一帯が抉れて、更地になるだろうと確信できた。
騎士の人もその様子を見て、慌てて少しでも遠くに離れるようにしているようだ。
すると、新たに魔力の揺らぎが起こり、次の瞬間には‥‥‥吸血鬼が優君と一緒に消えていた。
私は数日後、ジオドラ国に支給された部屋で絶望にうちひしがれていた。
『また優君が私の前からいなくなってしまった。』
そう考えると、自然と涙が溢れてしまう。
消えてしまった直後には唐突だったこともあり、まだ近くにいるのかもしれない。とそんなことを思っていたら、騎士団が帰り始めた。
私はきつく抗議したが、騎士団の人達が言うには、最後に消えたのは転移と言う魔術で、既に近くにいる可能性は低いとのことだった。
それに、あの吸血鬼には危険だから関わらない方が良いようだった。
あの吸血鬼は魔族の中でも異質に強いようで歴代最強と言われた先代勇者でも苦戦するかもしれない、とのことだ。
先代勇者は圧倒的な力と速さを誇り、魔法を併用した達人の剣技で、一対一でなら無敗。
怪我をしたことすら数回しか無いそうだ。
その上、常に切り札を隠していて、彼の本気を見た者は誰もいないと言われている。
本気を見た者は全員、既に死んでいるらしい。
私もそれぐらいの力が有れば、優君が連れ去られるのを防げたかもしれないと思うと、悔しさが込み上がってくる。
「うう、優君。」
それを見かねた美紅ちゃんや他の女の子達が私の元にやって来て慰めてくれた。
「大丈夫ですよ、雪菜さん。優は‥‥‥しぶといですし。」
美紅ちゃんも私ほどでは無いにしても、ショックを受けているだろうに。
気を使わせてしまったことに罪悪感を覚える。
「そうですよ雪菜さん!元気出してください!柊君が居なくなったのは非常に残念ですが死んだわけではなく、連れ去られただけです。
今は無理でも、強くなればきっと取り返せる筈です。」
断言はしなかった。既に死んでいたら無理だからだ。
だが、あの女が危害を加えるつもりは無さそうだ、と言う理由で直ぐ様、心を切り替えた。
「そうね。今も優君が何されてるか分からないし、帰るためにはどのみち魔王を倒さないと帰ることも出来ないだろうし、私、強くなる。」
「そ、そうですよ!きっと何処かで再び会うことが出来ますよ!」
「ありがとう。」
目標ができたことで憂鬱になっていた気分は晴れて、心が軽くなった。
にっこり笑うと何故か彼女達は頬を赤く染めて、何やらブツブツと喋っている。
「フフ、お姉さまに褒められたわ‥‥‥。」
「お姉さま‥‥‥。」
何だか恍惚の表情を浮かべている。
「‥‥‥?」
何だかよく分からないのでもういいか。
「強くなるには実戦を積むのが一番だって聞くけど、どうすればいいかしら?」
ふと思った疑問は急に来た騎士の人によって掻き消された。
「勇者様方!至急、修練場へと集まってください!」
「どうされたんですか?」
「それを含めて修練場で説明いたしますので!」
かなり慌てているようだったので、女の子達はぞろぞろと修練場へと向かった。
修練場では、既に男の子達は集まっていて模擬戦、魔法の練習、筋力トレーニング等、各々が自由に行動しながら、まだかまだかと、待っていた。
そして、そこから少し経つと、騎士長のガランドさんと騎士達が一斉に入ってきた。
「待たせてすまない。
だが、緊急事態であったので許してほしい。」
「ガランド騎士長、何があったんですか?」
そう誰かが聞くと、神妙な顔になって語りだした。
「実はな‥‥‥王都の近くにダンジョンが新しくできたんだ‥‥‥。」
皆はそれを聞き、首をかしげている。
ダンジョンが新しく発生するのは珍しいが、そこまで慌てる事ではないことだった筈だ。
「問題は‥‥‥そこには何故か勇者しか入ることができないらしい。」
「「「「????」」」」
それがどうしたのだろうか?
皆も何がダメなのか分かっていないようだった。
「いいか!分からんかもしれんが、ダンジョンとは自然にできる物であって、誰かが創造する物ではない。
しかし、王都近くのダンジョンは明らかに人為的に高度な魔法が掛けられている。
それも勇者しか入ることができないと言う魔族の罠の可能性が非常に高い。
しかし、中に入って討伐しなければ、王都に魔獣が溢れかえってしまう。
そこで、我等は出てきた魔獣を討伐し、時間を稼ぐ。
その間に更に強くなり、ダンジョンを攻略してくれ!」
ガランドさんが真摯に頼んでいるのと、騎士達の決意の籠った目がこの場に緊張感を与える。
私は丁度良く実戦を積む機会がやって来てくれた、と喜んだが油断は禁物だ。
時間を稼いでくれている間に誰よりも強くなって、ダンジョンで更に強くなり、優君を助けに行こう!と決意した。