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神に近い者のチュートリアル

ダンジョンの外へと脱出した雪菜達は、それぞれ自分たちのグループで集まり、愚直に訓練したり、何かをコソコソと話し合っていたりしていた。

そんな彼等を騎士の一人が誰かに話しかけるでもなく、ジッと人数を数えていた。


『16‥‥17‥‥18か。半分はまだ内部にいると聞いていたから一人足りないな。

人数が足りないパーティーのメンバーは話を聞けそうな精神状態じゃなさそうだ。

二人目の犠牲者、いや最初の一人は誘拐されて行方不明か。』


彼は崖の下から飛び出して来た恐ろしい吸血鬼の姿を思い出す。

美麗にして華麗、男の目を引きつけて止まない優美な肢体。

その外見とは似ても似つかない圧倒的な魔力量と人を見下した無感情な目。

その目を思い出すだけで、身体が無意識に震えてしまう。


そう考えながら彼は勇者と呼ばれる若者達を見る。

彼等が召喚された理由については、深く知っているわけでは無いがあのような存在に彼等が対抗できるかと問われると、否と答えざるを得ない。


いくらこの世界で成人と認められようが、それは争いが多い故の子供の自立が早いことが原因でもある。

聞くところによると彼等の国は争いも小規模で人が死ぬほどの被害にあうことも滅多に起こらないようなので、この世界の同年代と比べるとやはり子供のように甘っちょろい。


『確かに潜在能力と成長速度は驚異だが()()()()()の方達程ではない。

あれは国家の在り方すら揺るがす化け物だ。』


そんな事を考えながら視線を彼等のリーダー的存在になっている雪菜に向ける。

彼女は少し他の勇者達より歳上であるから自然にリーダーになったなどでは無く、言動から有り余るカリスマ性が感じられ、実力も他の勇者とは頭一つ抜きん出た実力を持っている。

最初から魔物や魔獣を殺すことに躊躇いを見せ無かったその精神力も現役の騎士である自分から見ても驚嘆すべきものだ。

今も彼女はパーティーの仲間と何かを話しているように見えて、魔力を常に動かして操作の訓練をしている。

その様を見て彼は思う。


『復讐‥‥‥いや、連れ去られた彼が生きていると信じているからそれは違うか‥‥‥。

何はともあれ彼等にはたっぷり休んで英気を養って‥‥‥』


彼がそう考えながら、勇者達から視線を外すと同時に地面から急激に光が放たれ、その場にいた全員が瞼を咄嗟に閉じる。


「ぐぅ!?何だ!!??」


誰かが上げた声はこの場にいる全員の気持ちの代弁だった。

彼等の身体を光が包み込むと、そのまま数秒間その状態が続いた。

光が収まるとダンジョンの周囲から誰も居なくなっており、静寂が辺りを包み込んでいた。



ダンジョンのある一室の中心から小さな光が漏れ出て、広大な広場をほのかに照らす。

しかしそれも一瞬の事だった。

光が中心からさざなみのように周囲へと広がり、強い光が溢れ出した。

そんな状態が数秒間続き、収まると多数の人間が困惑の表情を浮かべながら、周囲を見回していた。


「ここは一体?」


騎士が驚愕と警戒の感情を押し殺して武器を構える。

実力は段々と騎士達に近くなってきている彼らだが、こういう所では、やはり騎士のほうが何手も上手であった。


「グルルルッガァッ!!」


唸り声を上げながら、数匹の狼が突然襲い掛かってきた。

騎士達は突如として訪れた危険にも、慌てずに冷静に戦闘へと移る。

襲い掛かってきた狼を一息で切斬り伏せる。

騎士長はそれよりも速く数匹を仕留めて、油断無く剣を構えていた。

そんな膠着状態を破ったのは、彼等の警戒を嘲笑うかのように響いた陽気な声だった。


「ハァハハハァァッ!!よぉうこそぉ〜!!」


その言葉には言霊のような効果もあるのか、全員が指一つ動かせなくなっていた。

中央の地面が盛り上がって、その上に何者かの影が見える。

そして頂上にいたのはピンクタキシードに水色マント、紫と茶色の瞳に黄色の髪と犬耳を持つカラフルな少年だった。


「貴様!?まさか貴様が我等をこの場所に召喚したのか?」


騎士長のガランドが警戒をしたまま少年に問う。

そんな様子の彼を見ながら頭上で少年が不敵に笑う。

その様子を肯定と受け取ったガランドが、ひとっ跳びに少年へと斬りかかる。


「ガランドさん!?」


何故か雪菜が慌てた声で叫ぶが、彼は一直線に突き進み、普通の騎士が持つ剣よりも少しばかり大きな騎士剣が正確に少年の首に命中した。

しかし彼の剣は少年の首に当たった途端に砕け散った。


「なっ!!??」


驚愕の声を漏らし、ガランドがすぐに剣を投げつけ、その剣はその皮膚に当たると同時にグシャグシャに潰れた。


「ハァッハハッ!!効かないさ。ここは僕の空間だ。

神に最も近い僕達の空間では権限主(マスター)に対抗できるのはそれに近い力を持つ存在だけだ。」

「神に最も近いだと?ふざけるな!!目的は何だ!?」


騎士が吠えるように問うと、少年は高らかに笑いながら尊大な動作で雪菜達を指差した。


「そこの勇者達を強くする。それが僕の何の変哲も無い目的さ。」

「‥‥‥‥?」


彼等は訳が分からないと言った表情を浮かべるが、少年は周囲に構う事なく大仰に両腕を振り上げる。


「さぁ、よく来た勇者達よ。

チュートリアルを始める!!」

「は?」


パチッと指を鳴らすと同時に地面から染み出すように色とりどりのゴブリンが出現しだした。


「チィッ!またゴブリンか!!

だが最初はやられたが、もう既に対処法はわかってるんだよ!!」


威勢よく飛び出した一人の勇者が青ゴブリンの周囲へと土の壁を魔法で作り出し、逃げ道を防いで特攻する。

もう既にパターン化した戦術で速度特化()()()ゴブリンへと剣を叩き込もうとする。

身体が不自然に盛り上がっていることにも気付かずに。


完全に油断していたその勇者は、軽く防ごうとした拳の予想外の威力に、身に着けていた防具ごと身体を吹き飛ばされた。


「ゴホッ!?」


理解出来ないと言う表情で血を吐き出しながら地面を滑るように転がっていく。


「ガハッ!?なんでだ?」

「身体をよく見て!!攻撃力特化のゴブリンよ!!」


よく見るとところどころ赤色の肌が見られ、ペンキか何かを即興で塗りたくったようであった。


「ッ!!なめ腐りやがってっ!!」

「駄目!!危ないっ!!」


激昂するパーティーメンバーを無理矢理止めると、彼の目の前を高速の岩が通り過ぎて行った。

横を見てみると、杖に大量の魔力を込めている紫色のゴブリンだった。


「次は魔力特化かよ!!」


悪態をつくと同時に飛んで来た魔法を避ける。

攻撃を避けて、ホッとすると、背を目視出来るか出来ないかと言う恐るべき速度で、又もや何かが通り過ぎる。

ギャリリッ!!と金属を擦り合わせたような不快な音が遅れて響き、彼の鎧にナイフで傷つけられた跡が残っていた。


「クソォッ!!」

「五月蝿い。」


近くに居た雪菜が鬱陶しいとばかりな不快気な声を出した。

目に見えない程の速度で動いていたゴブリンが、地面に吸い込まれるように消えると、雪菜は目の前にある召喚陣の直ぐ前に剣を軽く振るう、すると急に出てきたゴブリンが剣で切り刻まれて、肉塊が辺りに散らばった。


「まず一匹。」


剣に付着した血を振り払って、雪菜は他のゴブリンを()()しようと周囲に意識を割いた時だった。

床に散らばる肉と血がドロリと溶け始めた。


「!?」

「っ!死体を生贄にした召喚術の一種か!!

何かが出てくるぞ!警戒しろ!!」


騎士が起こっている状況を看破し、すぐに警戒を促す。

かつてゴブリンだったそれは、ウネウネと蠢き、やがて人の輪郭を形作った。


(ひかる)!?まさかこいつ等に‥‥‥!?」


何があったかをハッキリと言及せずに、一先ず怪我が無いか確認しながら彼を背に庇う。

その様子を見て、雪菜とガランドが激しく顔を歪める。


「くっ!戦争の鉄則を分かっているのか!!

忌々しい勇者の敵め!!」


ガランドが普段の言動からは想像もできないような呪詛にまみれた言葉を発する。

敵を殺さずに負傷させるのは、治療の為に薬を消費させ、移動させる為に労力を使わせると言う、戦争では当たり前のように使われる戦略の一つだ。

今の未熟な勇者達では、こんな初歩的な戦略でも苦戦を免れないだろう。


「ふぅ〜。」


息を整えるためか大きく空気を吐き出し、そして騎士団に吠えるように指示する。


「騎士団よ!戦局的不利により第一制限の解除を騎士長ガランドが許可する!!

勇者達よ!!我等の本当の力の一端を刮目せよ!!」


そう宣言すると、騎士団に劇的な変化が起こった。

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