観察者の思惑
「順調だな。」
感覚をダンジョンと一体化していた優はポツリとそう呟いた。
最後の最後で油断して空気弾を食らっていたものの、常に警戒をさせる事と彼等の大体の実力確認と仕込みは完了した。
姉に関してはまだまだ何か隠してもいそうだが、あれがユニークスキルなのだろう。
昔に召喚術の使い手には会ったことがあるが、強化率が格段に違った。
最後の暴走したアイツもユニークに目覚めて、その片鱗を使ってはいたが力の把握が終わっていなかったのだろう。
このダンジョンは、ああいったバカをあぶり出す役目もあり、相応の罰を与えている。
しかしまぁ、姉に関しては何の心配もいらなさそうだ。
常に冷静で頭の回転が非常に早い。
美紅の方は色々課題があるが、実力的には申し分無く、冷静な判断も出来る。
基本的に放置でも問題は無さそうだ。
保険は掛けたが一つである必要はないので、あと何個か掛けるつもりだ。
「さてと、もう外に出たみたいだし、残ってる勇者君達を見てみるか。」
目の前に手をかざすとブヴォンいう音と共に透明な板が現れ、そこには中層に入る直前の場所にあるボス部屋の前で休憩をとっている柊とその取り巻き3名が映し出された。
彼等はこの先にいるであろうボスへの対策を話し合っていた。
『この階層は基本的に多くの種類の魔物がいる。
その共通点は何だと思う?』
『相手が何であろうと叩き潰せば良いじゃねぇか!!』
『フフフ。脳筋ですねぇ達也は。それが簡単にできたら苦労しないんですよ。』
『僕は獣か昆虫かどっちかだと思うよ♪二足歩行の魔物はゴブリンしか見かけてないからね♪』
雑談しているようにしか見えないが、彼等の推測は通常のダンジョンならば正しい。
ダンジョンは基本的に試練であるが、人間達からすると魔物が無限に湧き出すコロニーで魔石採掘場だ。
だがその常識はこのダンジョンでは通用しない。
確かに上層は獣と昆虫によるものと錯覚させたが、上層には魔物はレベル固定のゴブリン達と虫と幻覚作用のある植物しかいない。
そして行きはともかく帰りは数々の意表を付くトラップがあるのだ。
そんな誰も気付いていない上層のコンセプトは油断をしない事と危機的状況でも冷静に対処できるかだ。
だから何人か適当に魔物に殺させて、混乱を意図的に引き起こしたり、偽物の希望を見せたりした。
そしてそもそもこのダンジョンは姉と美紅を守る為に鍛錬場として創り出したものだ。
だからその他大勢が死んでも別に構わない。
「ギィギィ。(主。飯出来た。)」
「分かった。」
部屋に入って来たゴブリンが食事を置いて出て行った。
ヤツの迷宮にいたブーさんの料理は素材の希少さと旨さを抜いても超一流の技術だった。
だから俺もブーさんのように料理人を作って、今修行をさせている。
「美味い!」
置いてある骨付き肉のガツンとした美味みを噛み締めながら、俺はダンジョンの魔物と遠隔操作する。
視界が一瞬で切り換わる。
壁に設置してあるランタンの炎が照らしている密室にいた。
いつもよりもずっと高い目線で見ている。
「ゴオォ!グアオァァグァッ!!(ほう。これはなかなか面白い感覚だな。)」
喋っても喉から出るのは獣の唸り声の様に低くて迫力のある声だった。
自分の身体を動かして確かめてみると、顔は牛のようで、頭には大型のトラックでも容易く穿けそうな巨大な角、腕は剛毛が覆っていて、下手な刃物は斬れもしなさそうだ。
筋骨隆々で身長が5メートルを越している。
そして脚は牛の身体がそのままついて神話にある半馬半人のようになっている。
牛頭半人と半馬半人が混ざった様なこの魔物が第一層のボスだ。
『グルォッ!(よっ!)』
しかしこの姿は後から来る普通の冒険者達の為のものだ。
だが、柊達には別の姿で相手をする。
『ゴルロロォォッ!!(身体改造)』
体中の毛が流動し、黒かった肌が肌色に変わり、頭部からは角が無くなり、トサカのようなものが生え、顔も凹んでたらこ唇にどんどん変わって行く。
脚も普通の人間と変わらない。
そしてデコに特徴的な肉の文字があった。
「古いか。」
そう呟きながら遠隔操作を切って立ち上がる。
最初は○肉マンの姿のまま戦わせて、倒されたら第2ラウンドで直接操るつもりだ。
その方が楽しそうだからな。
そう考えながら俺は口に咥えていた骨を噛み砕いた。
荘厳な扉の前に何とも煌びやかな鎧と剣を装備した集団が身体を休めていた。
彼等は今代の勇者。
異世界からの転移者たちであった。
勇者に相応しい煌びやかな装備をダンジョンの地面に投げ出して、寝転がっている男子もいる。
「俺が正面から迎え討つから、竜介と優磨は後ろから魔法を、達也は俺と一緒に攻撃を加えるのを基本としよう。
それで竜介は近接も遠距離もどっちも出来るから、俺が手が空いてないときは優磨の援護を最優先してくれ。」
「おうよっ!!」
「うん。」
「ふむ。それが妥当ですね。」
その中で扉の奥にいるであろうボスに向けての戦い方を相談している彼等は勇者達の中でも頭一つ抜きん出た実力者達であった。
「今集まってるのは僕達を含めて4パーティー。
ボスを中心に囲むようにひし形に配置するべきだ。1番危険な正面は必然的に僕達になるだろうがね。」
「そんなもん俺達だけで言ってても仕方無くねぇか?」
「そうだな。」
「じゃ〜僕が皆に話すよ!
お〜い!みんなちゅ〜も〜く!」
軽い感じで優磨が呼び掛けると、一瞬ビクッと身体を震わせて、呆れた様に脱力する。
「この後のモンスターの倒し方を相談したいんだけど〜僕達の元に各パーティーの代表、誰でもいいから一人来てね。
そんだけだから!よろしくね!」
ニパッ!と擬音が付きそうな屈託の無い笑顔で優磨がそう告げると各々パーティーで誰が行くのかを話し始めた。
優磨からの唐突な無茶振りは日常茶飯事なので、もう全員慣れていた。
「まったく。いつもいつも唐突すぎるぞ。」
「アハハハハ!!良いじゃねぇか!!手っ取り早くてよぉ!!
さっさと決めて、戦いに行こうぜ!」
達也が笑いながら、拳をボキボキと軽快に鳴らす。
「よしっ!じゃあここに集まってくれ!作戦を考える!その作戦は代表を通して聞いてくれ。」
彼等は代表の数人が集まって、懸命に策を考え始めたのだった。




