ダンジョン創造 (中)
魔力を流し込んだ途端、コアから光る粒子が肉体を構成していく。
そうして現れたのは紅い髪をした無表情な吸血鬼。
その能面の様にピクリとも動かない顔は、感情や自我を感じられない。
「おい。これ意識あるのか?」
ヤツにそう問いかける。とニコニコと悪意の無さそうな表情で、頭を横に振って否定の意を示してきた。
それでも命令は聞くようなので、感情にとらわれずに命令を実行できるだろう。
「無いよ。そもそもダンジョン内で産み出された子達は、長い時間を掛けて、闘っている攻略者達の感情を吸い取り学習して、自我を構築していくものなのさ。
産まれたばかりだと、ダンジョンに簡単な知識を与えられているけど、識ってるだけで、使えないよ。
獣型の魔獣だったら関係ないけどね。」
意思を持たない個体はそれだけで力が同じであっても劣る。
フェイントや罠にかかりやすいし、何より向上心を持たないから技術面が成長が遅い。
「はぁ〜。」
俺は思っていた以上に使えない事にため息をついた。
時間を掛けさえすれば強大に、凶悪になる大器晩成型。
今求めているのは即戦力になる個体で、時間を掛けなければいけない個体に費やそうとは思わない。
「えっとさぁ〜、優は転移門の門番が欲しいんだよね?」
「?‥‥‥ああ。」
当たり前の質問に疑問に思いながらも、無難に応える。
「じゃあ門番としての知識をインストールしたついでにダンジョンの統率個体にしたら?」
「それが何の意味があるんだ?」
「統率する子は人間をよく観察するから、知識の理解度や学習速度が他の子達と比べて格段に上がる。
それに例え何万キロ離れていたとしても、ダンジョンの状況を教えてくれるしね。」
まぁ、コイツからの攻撃を備える事は大事だが、今現在あっても無くても関係ないから、そこまで神経質になる必要は無い。
前も言ったような気がするが、俺を利用しようとしていたとしても、利用し返してやればいい話なのだ。
「分かった。」
コアを操作して知識を吸血鬼―――――名前はまだ無い―――――にインストールする。
すると彼女―――――名前無いから代名詞で言う事にした―――――が鼻血やら血涙やらを出して、ドチャッと地面に倒れ込んだ。
ジト目でヤツを見ると、慌てて弁解しだした。
「産まれたばかりの子に膨大な知識は脳が保たないものだよ。
普通は時間を掛けて慣らしていくものだけど、まぁこの子は再生と種族スキルの急速回復を併用している様だし、あと3、4日くらいで起きるんじゃない?やっぱり肉体があると不便だね〜?」
「なる程な。じゃあ目的は決まってるし、それに合わせた魔獣を産み出しておくか。
手伝えよ。そもそもこんなに無駄に時間を使ったのは、お前のせいだからな‥‥‥。」
朝までサティの事をまるで悲劇だか美談だかの様に話しまくっていたからな。
「オーケーだよ。それで?どういった能力が欲しいの?」
「そうだな。予定としては一定の期間まで勇者しか入れなくする。」
「ほ〜、それまたどうして?」
不思議そうに問う。
優が勇者や他人に興味を示さない事を知っているからこその疑問だった。
「俺の義姉と幼馴染がいるから、最低限の自衛くらい出来る様に鍛える。
それと保険だな。」
「ふ〜ん。保険ね〜。」
興味深げに呟くが、それが本当に保険のことか、義姉達のことか判断がつかない。
敵になり得る相手には常に優位に立てるように情報を集めて考え得る手を幾つも準備する。
それがコイツの戦法だ。
「鍛えるからには、あらゆる状況に瞬時に対応できるようになる事と、油断しない事と、奇襲を察知出来るようになる事が最低条件だな。」
「勇者ってまだこの世界に来たばかりなんでしょ?ハードじゃない?やっぱり優って鬼畜ドSだよね〜。」
誰がドSだ。
そもそも戦闘においての基本的な知識は本来、国が教えるべき事だが、勇者をかなり特別視している節があるせいか、見習い騎士でも知っている様な事すら教えていない。
「ん〜まぁその条件なら這い寄る蛇とかかな〜?それと将軍が率いるアンデッド軍か、迷宮奇術師とかが良いかな〜?」
気配を消して奇襲する蛇、連携が人より上手い魔物パーティー、罠に人を嵌めてケタケタと笑う醜悪なピエロ。
勇者達の慢心を叩きのめすには、丁度良い相手だ。
「それと状態異常を引き起こす魔物、回復能力が高い魔物、ステー‥‥‥いや、能力一点特化の魔物、雑魚でも数が多い魔物。
今思いつくのはその程度か。」
格上でもない雑魚を仕留められないのはストレスが溜まるだろう。ここで自分の能力の確認と工夫を見せてくれれば良い。
格上への対処の仕方は、せめて10階層に行けてから出現するように設定するつもりだ。
「あ!そうそう、勇者君達って殺しが無縁の世界に産まれたんだっけ?
人殺せるの?」
「‥‥‥それも課題だな。人に酷似した魔物でも殺させて自覚させるか‥‥‥?多少なりとも転移された時に精神に影響を受けているから大丈夫だろ。」
優も転移された時に、人の命に大した価値を見い出せなくなった。
そして内臓が飛び散ったりする光景にも、最初は少し戸惑いを覚えたものの、一切動じなくなった。
恐怖は多少感じていたものの、アンデッドも幽霊もこの世界では、当たり前にいる魔物の一種であるので、すぐに見慣れた。
そんな優自身の体験からして、精神に関しては心配する必要はないだろうと判断した。
「ふ~ん。じゃあ早速子供達を創っていこうか!」
無駄なハイテンションのコイツを半ば無視して、コアに魔力を流し込んだ。
そして現れたのは、複数のゴブリンだったが、見るからに姿、形が普通の個体とは異なっていた。
「ん〜?普通のゴブリンと色も筋肉の付き方も違うね〜?能力一点特化にした影響?それとも優がイメージしたのかな?」
皮膚が赤く筋骨隆々の赤ゴブ、脚の筋肉が異様に発達した青ゴブ、細身だがローブに身を包んだ黃ゴブ、筋肉を無理矢理押し固めたような身体を持つ緑ゴブ。
それ等が何体も出現した。
それぞれが剣、大剣、レイピア、短剣、刀、弓、斧、槍、斧槍、盾、杖、鎖文銅、篭手など多種多様な武具を身に着けている。
ダンジョンを放浪させるには少ないが、これはテストケースなので問題は無い。
「次だな。」
優が再びコアに魔力を流し込み、奇襲する蛇を産み出す。
粒子が空中で集い、パタパタと床に落ちて行くが、直ぐにスゥッと周りの風景に溶け込んだ。
カメレオンのように体表の色を変化させているのである。
光学迷彩のように光を屈折させて消える個体もいる。
「次。」
産まれたのは、迷宮奇術師。
悪辣で人の意識を逆撫でするような罠を仕掛けて、危険となれば罠とジャグリングの様に飛ばして来る短刀で逃げ回る厄介な魔物であった。
「次。」
アンデッド達は人間の腐った肉体がボロボロの鎧を身に着けた姿だった。
汚らしい身体にはウジ虫が巣食い、どこから来たのか蠅が飛び回っていた。
それが将軍を含めて30体近くもいるので、凄まじい腐臭が部屋を埋め尽くしていた。
「うえぇ~。臭いよ。」
人より五感が優れているせいか、涙目になりながら鼻をつまんで匂いに耐えている。
「うぅ、何の臭いですか?」
起きてきた鼻を手で覆いながら(前日の疲労が残っているのか)ヨタヨタと覚束無い足取りで歩いて来た。
そして俺が産み出した魔物を見ると、眠たげだった瞼もキリッと引き締まって、瞬時に戦闘態勢になった。
「ユウ様。これは一体‥‥‥?」
魔物が襲ってこない事に疑問を覚えながら、おれに問い掛けてくる。
その間も視線を俺に向けながら、魔物達から意識を離していないところは流石に戦い慣れている。
「ぅあ!そぉれぇは優が僕と同じになったぁからぁだよぉ?」
「同じ?」
「うんうん!僕と優は運命の―――――――」
無理矢理、零華から引き剥がして、ヤツに言われたことに、俺の解釈を混ぜて説明した。
困惑しながらも持ち前の知識を動員して、理解していく。
自分の持つ常識を簡単に覆せるのは難しい。
天才と呼ばれる者達の中でも、理解しても納得がいかないと言うことが多いが、零華は完全に理解し、納得したようだった。
「‥‥‥なる程。それでは私はこの部屋から退室させて頂きます。」
そろそろ臭いに耐え兼ねたのか、鼻を覆いながら小走りで逃げ出してしまった。
ヤツはさっきのは演技だと言わんばかりに、出したソファーでくつろいでいた。ウゼぇ。




