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魔王の騒動

出された料理を全て食べ尽くした俺はゆっくり椅子にもたれ掛かりながら、ゆっくり息を吐き出した。


「それで?優はこれからどうするの?

一応外は夜だよ。泊まってく?」

「あ〜もう夜だったか。他の冒険者の目や零華がいるとは言え、本格的にやって半日以上掛かるとはな。

ちょっと屈辱だよ。かなり鈍ってる。」

「僕のダンジョンって遥か古代からあるダンジョン以外のダンジョンの中なら結構強いほうだよ。

それを簡単なんて言える優が異常なだけだよ。」


そしてそんな軽口を叩き合う。

零華は疲労のせいか机に突っ伏して寝ている。


「ん〜俺は別に昔した約束を果たしただけだからな。

ちゃんとした手段で攻略するってな。」

「うーん。僕としては思いもよらない方法でここまで来た君への愚痴だったんだけどね。

まぁ、優が来てくれたおかげで優が言うレベル以外の戦闘技術、スキルだったかな?それを重要視するようになったしね。」


この世界ではレベルが上がる毎に、身体能力が上がるので、レベルとステータスは浸透しているが、ステータスを見れる道具も少ない上に、レベルが高ければ高いほど強いという意識が定着しているので、技や技術を軽視する傾向があった。


昔ここに来た時は少し生命の危機だったので、食料もらったりと色々世話になったお礼に我流の対人戦闘術を人型の魔物に教えたりした。


「まぁ、そのお陰で最下層近くの人型モンスターは人の急所を確実に撃ち抜き、意識を刈り取るせいで人間側の攻略が最近全く進んでないよ。」


ひとっ飛びで越えてきたから地上のモンスターを相手にしてないから分からなかった。

帰るついでに神眼で見ていこう。


「最初の方は殺してたんだけど、そうすると来る相手が極端に少なくなってね〜。

丁度よいからって殺さずに帰すようになったんだよ。

後悔しても知らないよって言い聞かせてはいるんだけどね。

実はダンジョン内では自らを強化する事と自らの脅威となる敵を殺す2つのサイクルがあって、今日、優が敵を殺す方を起動させまくっちゃったから暫くは力を蓄えるよ。」


どうやら俺は敵を殺し過ぎたらしい。

襲って来たならそれ相応の報いを食らわすのが当たり前だと思うんだけどな。


「それで?さっきも聞いたけど今日はどうするの?」


「あ〜、零華をちゃんと寝かせておいてくれ。

あまり食べてなかったけど、寝とけば傷は治るし、自然治癒力も高まるからな。

それで俺は‥‥‥‥まぁ、造るダンジョンの構想でも練っておくよ。」


「そうかい。じゃあ僕は寝るよ。おやすみ優。

あ、でも零華ちゃんに手を出すのは僕が寝静まった後にしてね。」

「いや、しねえよ。」


そんなふざけたことを言ってくるヤツを無視するように努めて、俺は創るダンジョンの構想について頭を巡らせていた。




魔王の座を譲った弟に呼び出された私は敵対する他の魔王の軍勢に対して一人で向き合っていた。

どいつもこいつも大した魔力を持っておらず、軍勢の生物の魔力を全部あわせても優はおろか私にすら及ばない。


この軍勢の主は最近魔王と呼ばれ始めただけの小童だ。

ノーライフキングを自称していたが、種族はリッチ程度の矮小な存在だ。

ゾンビやレイス系統の魔物は単体の能力はそこまで高く無く、数を増やすことに特化していると言って良い。


生前の能力によって個々の力にバラツキはあるが、()()()人間がいくら強くなろうと、私や優のように圧倒的な力の前では関係ないのだ。


「せっかく優と二人っきりになりたかったのに。」


この程度の軍勢すら私の手を借りないといけない弟にはガッカリだ。

自らが動けば良いものを、魔王は前線に出てくるものではないというこだわりを持っているせいか。

動きたく無いのならば、もっと強い部下を育成すれば良いのに。


「広域に広がり過ぎて一発では出来なさそう。

けどその程度、どうにでも出来る。」


私は手始めにアンデッドに効きやすい()()魔法を無理矢理広域に広げて叩き込むことにした。

空中で滞空していた私から魔力が溢れてきて、こちらに気付かれた。


『‥?何だあ‥‥‥ま‥‥嫌な‥‥いは?

全‥ん!それ‥れ固まって防ぎ‥態勢‥取れ!!』


私がよく弟の部下と使う念話によく似た技法だったので、簡単に盗聴することができた。

そのお陰で敵の大将らしき一際大きなアンデッドホースに乗っていたローブを羽織った骸骨を見つけた。

囮の可能性もあったが実際に指示を出しているので恐らく当たりだろう。


「間抜けが。死ね。」


広角を上げて笑っていた私から浄化の光が無慈悲に降り注いだ。

浄化によって大軍の中にポッカリと穴が空く。

全ての雑兵がバラバラの骨と肉に成り下がった。


「グオオォォッ!赦さんぞ小娘ぇ!」


その中心で身体から煙が出たりしている、アンデッドホースに乗ったリッチが猛り立っていた。

リーサは魔族であるが故に浄化の適性はあまりないと言っても良い。

だがそこは元魔王。馬鹿げた魔力量と魔力操作で、そのハンデを補って余りある威力があった。

それを防ぐのは流石魔王を名乗るだけある。と言えるだろう。


「喰らえぃ!【腐蝕の剣(アシッドソード)】」


リッチが腰に帯剣していた禍々しい見た目の剣をリーサに振り抜いた。

その瞬間、彼女が滞空していた空間を一筋の剣筋が通り抜けた。

アンデッドは肉弾戦闘は不得意なので剣は魔法を使う為の触媒の一種だろう。


身体を残像が残る速度で躱したリーサに、一足でリーザがいる高度まで跳躍してきたアンデッドホースに乗ったリッチの凶刃が幾度も振り抜かれた。


「ホアアアアッ!」


それをリーサはその凶刃を左腕で受け止めた。

その際、何かがパラパラと落ちて行くがリッチに気にする余裕はなかった。

空気を切り裂く鋭い音と、金属と金属がぶつかり合う硬質な音が響く。


「ヌゥっ!?」


その瞬間、リッチの腕が赤くて細長い針のようなもので、ズタズタに穿かれ、跨って乗っていたアンデッドホースはリーサの脚で蹴られて、首が数回転して絶命した。

しかしリッチは気にする様子も無く、負傷した腕を大きく振りかぶって魔法で攻撃した。


「【亡者の砲撃(デッドマンズカノン)】」


アンデッド特有の黒くて靄の掛かったような極太の魔力が負傷した腕から放たれ、リーサに直撃する。

モウモウと煙は上がっているが、リッチは追撃をする。


「【紅炎の隕石(プロミネンスメテオ)】」


煌々と輝く炎の岩が煙の中を突き抜ける。

手応えがないこと警戒して、浮遊していた魔法を解いて重力に任せて地面に降りる。

その瞬間、遠く離れた場所にいたリッチの部下が、最初と同じ様に次々と浄化されていった。


「なっ!?儂の軍勢が‥‥‥っ!こうも容易く‥‥‥。

‥‥‥クハハハハッ!!素晴らしい強さだ小娘!」


リッチは煙が上がっている場所から離れた場所で滞空しているリーサに向かって声を荒げた。


「所詮は有象無象。弱い。

あとはお前だけだ。」


リーサは眼下のリッチを見下した。

リッチはリーサを見て、ニヤリと腐りかけの顔を醜く歪めた。


「ハァッァァアアアッ!」


醜悪な笑みのまま再び跳ねた。


鎧骨(がいこつ)


飛び跳ねると同時に、周囲から骨が大量にリッチに向かって飛んできて、そのままの勢いで身体に突き刺さった。

すると身体中を覆う、骨で出来た白い鎧になった。

ズタズタにされた腕も元通りになっていた。


「これが儂の奥の手の一つじゃ!」


飛行する魔術でリーザと同じ高さで浮遊する。

リーサを真っ直ぐに見据えて敵意のこもった視線で禍々しい剣を構える。


「さて、この鎧骨は身体能力と魔法の二つの威力を上げる。

その威力。どの程度上昇したか見せてくれようぞ!

腐蝕の剣(アシッドソード)】!」


高速で近づいて、至近距離でさっきと同じ様に振るわれた剣は、段違いの威力でリーサを襲った。


「‥‥‥無駄。」


しかし、萎縮返しのつもりか、リーサも同じ様に片腕だけで防いだ。

金属音が鳴り響く中、リッチは納得した様な顔を浮かべていた。


「ほう!これは血液か、小娘は吸血鬼であったか!」


その視線はリーサの腕を覆っていた血液の塊が剥がれる様子を見ていた。

リーサの血液は鎧のように身体中に纏わせ物理攻撃も魔法攻撃も遮断して、その硬度は鉄よりも硬く、欠けることはほぼ無い。

奇しくも同じような戦い方であった。


「ハハハッ!我の【腐蝕の剣(アシッドソード)】は肉だろうが鉄だろうが全てを腐らせる!

魔力ごと腐らして腕を叩き切ってやるわ!」


黒い魔力を剣に纏わせながら斬撃を飛ばす。

それを防いだ血鎧はボロボロと剥がれていく。


「ほれほれどうした?どんどん剥がれておるぞ?」


リッチは調子に乗って次々と斬撃を飛ばす。

それを黙々と処理する。

すると今まで滞空していたリーサが地面に降りてきた。


「ん?魔力が無くなったと言うわけでもあるまい。

どう言うつもりじゃ?

もしや‥‥‥儂の下に下る気がおきたか?」

「私より弱い雑魚の下につくなんて天地がひっくり返ってもありえない。」


憮然と言い放つリーサに呆気にとられ、直ぐにその言葉に激怒する。


「調子に乗るなよ!小娘がぁ!!」


リッチの周りに全長30メートル近い水球が幾つも現れる。

それら全て赤黒く染まって、見る者の吐き気を催す見た目であった。


「穿け!【死を与える腐水の槍(デッドランス)】」


1つ1つの水球から、細長い螺旋状に渦巻いた水が槍と成ってリーサに何百本も迫る。

それを大して速くない動きで、まるで舞踊しているかの様な無駄のない美しい動作で次々と避けて行く。

避けられた水はリーサの後ろで急に方向転換して後ろからリーサを襲う。

だがそれを、見る事もせずに動き、カスリもしない。


「掛かったな!!」


そうリッチが言った途端に避けた水がリーサを閉じ込めるように球体になった。

リッチが放った本当の魔術は【潰し裂く水石球の檻(ミンチデスケージ)】と言う物だった。

そして本当の狙いはこうしてリーサを水球に閉じ込める事であった。


潰し裂く水土球の檻(ミンチデスケージ)】は、対象を水で閉じ込め、その範囲を段々狭くして水流の速さと水の中に紛れ込ませた石のように硬い寄生虫を体内に侵入させて、外からも内からもグチャグチャに破壊する魔術だ。

()()()これで決着がつくような対単体特化の魔法だが、リッチもこれで終わるとは毛頭思っていない。

追撃の準備をして魔力を溜めようとした瞬間、水球が爆発によって吹き飛び、中から掠り傷すら負っていないリーサが悠々と出て来た。


「貴様っ!どうやってあの水球を‥‥‥っ!」

「教える訳が無いだろう。その足りない腐った脳はそれすらも分からないのか?」

「グッ‥‥‥。」


リーサがやった事はすごく単純であり、力ずくな手でもあった。

ただ水の流れと同じ速さで身体を動かし、水の中で魔力を暴走させ、爆発させただけである。

だが魔力の支配権を奪い取ったという行為は、魔法の腕の差に直結する。


「今度はこちらの番‥‥‥。」


そうリーサが言った瞬間、リッチの腕が根元から吹き飛ばされた。

死人だから痛覚は無いが、バランスを崩して地面に倒れ込んでしまう。

知覚すら出来なかった攻撃に戦慄していると、上空から降ってきた巨大な血柱によって、上半身と下半身が分かれてしまう。


「グガァッ!!」


口からグチャグチャの腐肉を吐き出し、荒い呼吸をする。

アンデッドは死人なので呼吸は必要ないのだが、本来魔物や魔獣というのは呼吸によって空気中の魔力を取り込むことで回復を早めたりする。

リッチは必死に空気中の魔力を取り込もうと喘ぐ。


「ハッ!ハッハッハっ!!!」


まるで笑うように喘ぐリッチにリーサは侮蔑と軽蔑の目で見る。

そのまま身体に纏っていた血とは段違いに赤黒い血液で作られた大槌を上に構える。


「っ‥‥‥!」

「‥‥‥‥フッ!!」


振り下ろされた大槌は、地面を5メートル近く陥没させ、亀裂が周囲30メートル以上広がった。

大槌は血液の球体となって、リーサの周りをまるで衛星のように浮遊して守っている。

【血界衛星】という能力で、不意討ちの対処、即死攻撃の身代わり、自動カウンターと様々な能力がある。

次の瞬間【血界衛星】の1つがグチョグチョに腐り落ちた。

即死攻撃を受けたのだ。


「チッ!油断してる今なら殺れると思ったんだけどなぁ〜!」


そう言ったのは、クレーターの中で佇んでいる一人の青年、アンデッド特有のモヤモヤした黒っぽい魔力を纏ってはいるものの、肉が腐ったりしている様子は見られない。

今の攻撃を無傷で防げて、そのうえ反撃も出来るとなると、この青年も魔王クラスの実力はありそうだ。


「き‥‥‥貴様っ!何故っ!?」

「あのね〜。計画の前に勝手に動かれたら困る訳。たかが雑兵ならいくら使い潰しても構わないけど、君はちゃんとあの方に役目を決められたんだから‥‥‥‥おっとっ!」


飛んで来た魔法を身体を強引にひねって躱し、その勢いで何かを投げた。

その物体はリーサがサッと身を躱した所で爆発的な光量を放出した。その光量ゆえにそれにともなう熱量も放出された‥‥‥が光も熱もリーサには一切通用しなかった。


「‥‥‥もういい死ね。」

「はぁっ?」


青年が疑問の声を上げるが、やはり無言で見下す様に見ながら、リーサは初動から一気に最高速度まで持っていき、そのままのスピードでリッチとその横の青年を殴りつけた。

鎧骨がバキバキに壊れ、リッチの身体に捻り込まれた様な穴が空く。


「ゴボァッ!?」


血を大量に吐き出しながら、ちょうど後ろにあった岩に肉片が撒き散らされる。

身体強化と大量の血液を使った速度上昇は、2人の認識速度を大きく上回り、パンチの威力を跳ね上げた。

その結果、リーサの血の鎧は腐蝕して剥がれ落ちたが、リッチの骨の鎧は身体を守りきることが出来ずに完全に破壊されたのであった。

そしてその横にいた青年も咄嗟に腕を割り込ませたが、両腕が潰れて吹き飛ばされた。


「‥‥‥本当に面倒。」

「バゲモノめっ‥‥‥!ベェァッ!!」


四肢が弾け飛びながらも、まだ生きていたリッチだが、すぐに目の前の光景を見て終わりを悟る。

リーサは片腕で巨大な岩を持ち上げていた。

パラパラと落ちる砂が、腐った肉の上に乗り、混ざり合う。

その瞬間、豪腕によって振り下ろされた岩に、奇怪な悲鳴を上げながら押し潰された。


「ぐっ‥‥‥‥【帰還】」


青年はその隙を見て、転移魔術の一種である【帰還】を使い逃げた。

それをわざと見逃して、フーッと一仕事した様に息を吐きながら岩を置く。


「やはり雑魚と糞虫は叩き潰すに限る。」


魔王として若輩者で、調子に乗っていたとあっても、一人で国を落とす程の力を持つ化け物。

そんな災害に匹敵する脅威の魔物を2体も倒したというのに、その反応は、まるで家の中に出た虫を叩き潰したかのような淡白なものだった。


それが元魔王にして()()()()()()のリーサウェルの力だった。

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