ダンジョンマスターとの邂逅
俺は暗い空間でよく分からない浮遊感にあっていた。
全身に重い水が渦巻いているような、そんな感覚が俺を不快にしていた。
確か俺は零華を庇おうとして、この世界でならば神獣と呼ばれる強さを持つ狼にパクリと食べられた筈だった。
しかし食べられる直前、ちょうど胃の部分から空間魔法の気配を感じ取ったので避けるのをやめたが、あれがこちらを誘う罠だったとしたら見事と言う他ない。
この纏わりつくような水は身体をドロドロに溶かす作用や身体に害を与える作用は無さそうだが、かなり行動を阻害するだろう。俺ならともかく零華は指一本動かせないだろう。
そこで腕に零華の感触がないことに気づいた。
周りを見回してみるが暗くて見えない。
暗視も役に立たない空間ってことか。
しかし目に付随する効果があるのならば俺の神眼に見えないものは無い。
俺は神眼でこの空間自体を読み解く。
‥‥‥とりあえず分かったのは一応拘束具って事だ。
一応って言ったのはあまり意味を成していないからであるが。
俺は少し重い身体を強引に動かして移動するが、何というか全身に満遍なく重力を受けているようで、上手く移動できない。
〘スキル【泳技】が開封されました。〙
〘スキル【変身(魚人)】が開封されました。〙
〘スキル【空間走破】が開封されました。〙
ミシミシと体が変形して行き、水掻き、ヒレが生えてきた。
そして爆発的な速度で足で空間を蹴るようにして取り敢えず移動してみる。
『えっ?ちょっとっ!?何でその空間をそんな速度で移動できるの!?』
その空間に妙に響く透き通るような声が響く。高くもなく低くもない男性か女性かも判断できない声。
俺はその声に聞き覚えがあった。
「はっ、懐かしいな。その妙に頭に響く声。魅了と怨沙の声か。俺には無駄だってまだ分からないのか?」
俺が馬鹿にしたような口調で挑発する。
そもそもその組み合わせがおかしいが、死に誘う声が甘ったるい女の声に聞こえる結構危ない組み合わせだ。
『そんなの分かってるよ。て言うかその空間内で割と自由に動けてる時点ですでに化物だと思うんだよね。
その上、精神の耐性がそもそもおかしいよ。
暗闇に何分もいるって人間の精神ならそれだけで壊れてもおかしくないって言うのに。』
ハァ‥‥と声は呆れたように言う。
「うるさいな。昔同じ様な目にあったことがあるんだよ。
んで?そろそろここから出さないと壊すぞ?」
『うわっ!バイオレ〜ンス!普段はおとなしいのに人目がなくなった途端暴力的になるって〜。』
ピクッ
『女の子の前ではカッコつけたい精神?ねぇねぇ、そこんとこどうなの?』
ビキッ
『女の子の奴隷でしょ〜?最近街に行ったときに見かけたけど自分より強くないと認めないんでしょ〜?
それが無かったら引く手数多のいい身体してるよね〜?ね〜?ね〜?』
イラッ
「う‥‥えぇー‥‥!」
『え〜?何〜?何か言ったか〜い?』
「うぜえぇぇー!!!」
『わっ!?何?どったの急に?』
どったの?じゃねえよ!
何でこいつはこんなにウザいんだ!
「あー!面倒い!さっさとここから出せ!と言うかここに来るのならちゃんと一層を通ってから来いって言ったのはお前だろ!
ちゃんと全階層通ったぞ!
拘束されるいわれは無い!」
『階層間ぶち抜こうとしていた男の台詞とはとても思えないね。
はいはい、分かった分かった。』
パチン
指を打ち鳴らす音と共に周りの暗闇が晴れる。
そして目の前には中性的な顔立ちで髪も男性にしては長く、女性にしては短い男か女かも分からない人物だった。
「ほら、これでいいでしょ?」
屈託の無い笑顔を見せてくる彼?彼女?の笑顔に俺は憮然とした顔で返す。
何故なら俺の身体にまとわりついていた重い水みたいなのはあの神獣の涎だったからだ。
「うわっ汚ねぇっ!」
身体を震わせ、涎を飛ばしてから温めた水で全身を洗い流す。
直ぐに温風で乾かす。
軽く手を振って水気を落とすと、再びコイツの方へ向いた。
「ん〜、それじゃあ久しぶりに会ったんだし、食事でもしながら話そうか?ちょうどお願いしたい事もあったしね。
そこに君の良い身体した奴隷がいるから安心しなよ。
寝てるからって性的ないたずらしちゃ駄目だよ?」
「確かにそうだが別に手を出すつもりは無い。」
そんな俺の呟きを無視してパチンと指を鳴らすと周りの風景が歪んで貴族が使うような長いテーブルが現れた。
いや、現れたのでは無く、テーブルがある場所に転移したのだろう。
「さあ、掛けた掛けた。」
テーブルをバンバン叩いて促してくる。
その椅子の1つに零華が座りながら眠っている。
一応確かめてみたが特に状態異常はなかった。
「は〜い。料理持ってきて〜。」
「プコッ!」
軽快に鼻を鳴らしながら白いコック服に身を包んだ体長2メートル近くの肌が黄色い豚がヌゥと入って来た。
いや、あれはオークか。
さっきの音とギャップが‥‥‥あの体型ならブゴゴッて鼻を鳴らすべきだと思う。
そして更に不釣り合いなことに、その手にはオークの手の半分くらいの大きさしかない皿が乗っかっている。
「ありがとう。ブーさん。今日の献立は何かな?」
「プップコココッップクココクッ。」
何言ってんのか分かんない。
ねぇ、わざわざ聞く意味あったか?
「そうかい!良かったね優!家の献立でも材料の問題で滅多に出ない高級料理だよ!」
それが分かる意味が分からん。
オークの言語か?何言ってるか分からないから翻訳しろよ。
「ん?ああ、そう言えば優はブーさんの言葉分からなかったね。僕は時々街で買い物したりするけどブーさんって基本的に誰かと話すこと無いしね。」
さっきから思ってたんだけどそのブーさんって何だよ。
確かに肌が黄色なとことか似てはいるけど、あれは熊だし、流暢に人の言葉を話す。
そんなことを考えているうちにブーさんがコトリと見惚れるような見事な動きでテーブルに置く。
まったくヘラヘラしてるコイツには勿体無いくらいの部下だ。
「んじゃサッサと食べよう!この肉って絶品なんだよね〜。」
パクパクと食べ始めたので、俺も氷魔法でナイフとフォークを作って食べる。
口に入れた途端、比喩でなく旨味が襲ってきた。
口の中でホロホロと柔らかく崩れる肉汁たっぷりの肉に、ほのかに香る甘さと酸味の効いた濃厚なタレ。
確かに言うだけあってかなりの絶品だった。
食べた事はないが、超一流のレストランの料理にも劣ってはいないだろう。
と言うか焼き加減が絶妙だ。
やっぱりブーさん優秀だ。
「美味いな。」
俺がそう呟くと、横に控えていたブーさんが優雅に礼をする。
昔見た社交界での貴族の所作にも劣らない完璧な礼だ。
それを横目に肉の横に添えてあった白い団子のようなものを食べてみる、噛めば噛むほど旨味が出てくるが、味が薄い。
今度は肉を食べてからその団子を口にすると、白米のように口の中で肉汁やらと上手くマッチした。
「この団子は白米みたいな物か。」
俺が感心していると、無言で食べていた奴が一息ついたようで、ワインらしきものをグイッと煽ってフー、と深呼吸する。
「いやー、久しぶりに食べたけどやっぱり美味しいね〜。どうだった?本当なら優にこんな高級料理を出す気は無かったんだけどね。ブーさんが出しちゃったからしょうがない。
一口一口をちゃんと噛み締めて味わう事だよ。」
嫌味ったらしい口調で言うやつを俺は無視して食べ続ける。
添えてある野菜もかなり甘い。
「うううっんっ‥‥‥?」
「あ、起こしちゃった?」
「っ‥‥‥!?」
零華が目を覚ましたが、やつを目に入れると同時に床を蹴り、椅子ごと後ろに下がった。
そしてバッと身を翻して椅子の裏に身を隠しながらやつに特大の氷を放っていた。
それをやつはことも無さげに手を無造作に振っただけで掻き消す。
「っ!!!」
「‥‥‥やめとけ。コイツに零華の攻撃は効かない。」
そう言うとそこで初めて俺に気づいたようで、尻尾を丸めてそっぽ向く。
攻撃が通じなかった事と混乱していきなり攻撃した事の羞恥が合わさったようだ。
とは言え、こいつに攻撃が通じないのは仕方が無い。
ダンジョンマスターとはダンジョンの調停者であり、統率者であり、ダンジョンそのものだからだ。
そもそもダンジョンマスターはダンジョンの誕生と共にダンジョンが生み出すか、近くの生物をダンジョンマスターとして取り込むか、と言った手段で誕生する。
そしてダンジョンが死ねば己も死に、己が死ねばダンジョンも死ぬという運命共同体である。
なのでコイツは若々しい容姿と違ってダンジョンが出来たと推測されている300年以上生きている事となる。
知識でも、技量でも、経験でも、時間があればあるほど深まって行く。
竜や龍のように長命種は年齢に合わせてゆっくり成長していくが、人型は基本的に寿命が短い故に成長速度も早い。
その上、ダンジョンマスターと言う世界でもかなり希少な種族の特性であるダンジョン機能を使える。
恐らくだが1000年生きた龍種よりも強いだろう。
「お〜!起きたね零華ちゃん!
ほら〜、さっさと座って座って!今からブーさんに料理を持ってこさせるから!
あ、奴隷だから床で食べるなんて言わないでよ?
床のカーペットとテーブルじゃテーブルのほうが安物だから床で食べさせたりしないけど。」
その言葉にどうしていいか分からくなり、俺の方を見てくるので、俺は手招きして椅子に座るように指を指した。
それを見て、若干不安そうに、やつを警戒しながら椅子に腰を下ろした。
「さてと、ちょうど起きたし、さっき言ってたお願いを聞いてほしいな。
まあその話ってのは簡単さ。
優にはダンジョンを増やしてほしいのさ。」
「‥‥‥はぁ?」
何言ってるんだこいつ。




