side雪菜②
私達はダンジョンの前に来ていた。
洞窟型のようで、入り口に異世界の言語で【勇者以外立入禁止】と書いてあった。
結花ちゃんが試しで近くに居た騎士の人を押し込んでみたけど、バリっという音がして、電流が流れたので勇者しか入れないというのは本当のようだ。
異世界の言語が読めるのは最初からなんとなく分かった。
「全員集まりましたか?」
ザワザワとしている中で凛とした高くて良く通る声が響く。
全員が声のあった方へ注目すると煌びやかな銀色の鎧に身を包んだ女騎士が立っていた。
髪の毛も鎧と同じ銀色だ。
「くっ、くっ殺っだあぁぁぁっ!」
男子生徒の一人が発狂でもしたかのように声を上げる。
な、何ですか!?と身構える女騎士。
叫んだ男子はアホっ!?と隣の友達に殴られている。
「えっと何なんでしょうね?雪菜さん?」
「さ、さあ?」
美紅ちゃんに困惑顔で聞かれたが私もよく分からない。
そこにスススと結花ちゃんが近づいて、言う。
「彼は大島 天馬。出席番号6番。誕生日10月7日。学校では普通の生徒を心掛けているが家では女騎士物をこよなく愛す隠れオタク。
校内イケメンランキング302/542の中の中の容姿。
女騎士物のアニメや小説や漫画やゲームを網羅しており読んだ冊数は2000冊超え。
現在自身で女騎士物をくっ殺ペガサスというペンネームで執筆しており、その中では女騎士がくっ殺せという台詞を連発して、女騎士ファンから熱烈な人気を誇る作品。
そしてその執筆速度は尋常では無く、1日に平均1万文字から3万文字投稿している速筆作家。
書籍化もしており‥‥‥。」
「ちょっと!?結花?何でそんなこと知ってるのよ!?」
呆然としていた私は美紅ちゃんのツッコミにハッと気を取り直した。
「別に〜、ただ私は少し調べてみただけだしね〜?」
何の悪気も無さそうに片手を振りながら答える結花ちゃん。
何時か噂で聞いことだが結花ちゃんはクラスの影の女王と呼ばれているらしい。
その理由を垣間見た気がする。
「少しってレベルじゃないでしょ?」
呆れた表情で処置なしと言いたげな表情をする。
そうこうしているうちに件の男子生徒の興奮も収まってきたようでゴホンと咳払いをしつつ話に戻る。
「私は騎士団副長のエリーナと申します。
騎士長は所用がありまして説明に来られませんので、私が説明させて頂きます。」
警戒に満ちた表情を少しだけ緩めて、そして少し心配したような色を見せて話し出す。
「勇者様方の役目はこの洞窟型ダンジョンのダンジョンコアの破壊、もし無理そうならば出来るだけ多くの魔物を倒して下さい。
魔石や有用な部位があれば国が色を付けて買い取ります。
ですが無理はしないで下さい。
蛮勇と勇敢は違います。
勇者様方の優先順位は必ず生きて帰ってくる事です。
では武運を祈ります。
その言葉を皮切りに一人の男子が活きり立つ。
クラスの中心人物である柊 輝だ。
「よし!みんな!この短時間だが俺達も結構強くなった。
みんなの力を合わせれば絶対に攻略出来るぜ!」
「おおおっ!!!」「やるぞぉぉっ!!!」
全員がそれを聞いて自らを奮い立たせる様に雄叫びを上げる。
私は彼の事はあまり信用していない。
この世界に来た直後もそうだけど、出来る事と出来ない事をちゃんと区別した判断をするべきだと思う。
まあ、この場合皆の士気が高い方が良いのだが、無責任にそんな事は言うと調子に乗ってしまう人が必ずいるので、危険だ。
「雪菜さん。一緒に頑張りましょうね。」
「うん、そうだね。頑張ろ結花ちゃん。」
洞窟の中に前回と同じパーティーで少しずつ間を開けながら入っている。
私達は優くんがいないので一人足りないのだが、何故かレベルと技量が他より上なので三人でパーティーを組んでいる。
当初は暗かったが奥に行くに連れて壁が淡く光って薄暗い通路を照らしている。
「予想はしていましたが暗いですね。」
「確かに不気味な雰囲気があるわね。」
ポツリと呟いた美紅ちゃんの言葉に私も同意する。
そこに微かな音でギンッギンッと金属の打ち合う音が聞こえてきた。
「あっ、奥で誰か闘ってるみたい。どうします雪菜さん?闇討ちか傍観か。」
「や、闇討ち!?物騒な事言わないで結花!」
「え〜、冒険者間じゃあ戦利品の奪い合いでダンジョン内の戦闘なんて日常茶飯事って聞いたよ?」
「それはそれ!これはこれ!」
「冗談だって〜。相変わらず美紅は冗談が通じないわね〜。」
結花ちゃんと美紅ちゃんが仲良くしていて、微笑ましい。
「う、うわあああぁぁぁぁっっ!!!」
前方にいた男子が突然悲鳴を上げる。
しかし、戦っていたのは数匹のゴブリンだけ、悲鳴を上げる要素が見当たらない。
「嫌だぁぁっ!!だ、だすげでぇぇぇっっ!うわァァァ‥‥‥!!」
最初に叫びだした彼の横にいた男の子が急に頭を抱えて、叫び出す。
その間にもゴブリン達は妙に上手い連携で残った二人を攻め立てている。
ダンジョンの中に響き渡る悲鳴で、ゾロゾロと様々な魔獣が集まって来て、それと同時に仲間の悲鳴を聞いたクラスの面々も現れる。
「ボーッしてないで助けないとっ!」
「ご、ごめん結花。行きますよ雪菜さん!」
私達は比較的近くにいた事から、直ぐに連携の上手いゴブリンを倒し、彼等と合流した。
「近藤くん!菅生くん!この二人は大丈夫!?」
「小野さ‥‥さん!すいません!コイツラいきなり叫び出して‥‥‥。」
困惑した様に頭を掻く様子を見ると彼らがおかしくなった理由を分かっていなさそうだった。
すると突然背中が泡立つような危機感に駆られて私は後ろに跳んだ。
その感覚は訓練してもらった時、騎士長の得意技の一つである突き技を前にした感覚だ。
その感覚に従った私の直感は正しかったようで、地面から急に伸びてきた蒼白い透けた腕を避けることが出来た。
「キャッ!何これ!?」
結花ちゃんが地面から生えた腕に悲鳴を漏らす。
とっさに斬りかかるが剣をすり抜けてしまった。
「大丈夫か!?結花!?雪菜さん!?」
そこに悲鳴を聞いてやってきた柊君が小走りでやってきた。
そこで地面の腕を見て、警戒したように動きを止め、腰の剣に手をかける。
「健二。倒れた二人を連れて奥の方に連れて行ってくれ、そこに結構大きな広間があってそこは何故か知らないけど外と同じ様に明るいから、それと何人か集まってるから女子の誰かに回復魔法を掛けてもらえ。」
「お、おう!」
「私達も奥に移動しましょう。」
「うん。広い方が戦いやすいからね。」
私達は地面の腕をピョンッと跳び越える。
多少の身体能力のズレを感じながらもゆっくり離れる。
「気をつけて。その透けた手を見る限りレイスかアンデッド系の魔物だと思うけど、下手に刺激して襲い掛かられたら堪らないからな。」
「ええ、分かっています。結花と雪菜さんも疲れたでしょうから広場で休憩しましょう。」
警戒しながら魔法の詠唱を唱えて周りに魔を通さない結界をして、広場についた。
「ふ〜、想像以上に疲れるな〜。」
「あ!小野さまぁぁあーあー‥‥‥んんっ!!小野さん!お疲れ様です。水どうぞ!あ!肩をおもみしましょうか?」
さま!?結花ちゃんは一体どうしてそんな敬称をつけられているの?どうして彼にこんな畏怖と憧れの対象を見るような目で見られてるの!?ホントに怖い。
「ありがと。でも水は持ってるし、別にそこまでしてもらう程疲れてないから。各自で食事と休憩をとって身体を休めてなさい。」
そしてそれを当然のように受け入れ命令を下してる結花ちゃんってホント何者!?
「それじゃあ雪菜さんと美紅も食事にしましょうか。」
「う、うん。」
広場では同じ様に休憩をとっている人達が何パーティーがいた。
先程倒れた彼等も何事も無かったように起きて、休憩をとっていた。
「はい。水筒と保存食、栄養補給は簡単だけどちょっと味気無いから‥‥‥ジャッジャーン!ここで出ますのは美紅が作った保存食!乾燥した物!団子っぽい物!どうぞ!」
「ちょっと!結花!?その悪意を感じる紹介はどうかと思うわよ!」
「うんうん、美紅はそうでなくっちゃっ!幼馴染の優君がいなくなって表面上は取り繕ってたみたいだけど、かなり気落ちしてたわよね?
でも今のはちゃんと心からの言葉だったわよね?」
うっ!と図星を付かれたようにうめき声を漏らす美紅ちゃん。
そっか私と同じ様にやっぱり美紅ちゃんも優くんの事を考えてたんだ‥‥‥。
「そんな心持ちじゃ、とても危険だからここで立て直させておこうと思ってたのよ。」
結花ちゃんは『まあ、気持ちは分かるけどねっ!』と付け足した。
「うん、ゴメン。皆の事も面倒見ないといけないのに私‥‥‥バカ優の事ばっか考えてた。」
「そういうことを言ってるんじゃなくて‥‥‥。ハァ〜何でそんなに面倒見がいいかな〜。」
結花ちゃんは呆れたように言うが、私はやっぱりそこが美紅ちゃんの美点だと思う。
そう思いながら、ふふっと笑って私は干し肉を頬張った。
「あっ!美味しい。」
「あああ!!雪菜さんに先を越された!」
「結花ぁ‥‥‥。ハァー、私も食べよ。」
ドライフルーツや蜂蜜と小麦粉を混ぜた団子をモキュモキュと食べる。
他のパーティーは自分で作って持ってくるという発想が無かったのか私達のことを羨ましそうに見ていた。
「ふぃ〜、お腹は膨れないけどこれくらいで丁度いいかな。」
結花ちゃんがお腹をさすりながら背伸びする。
そしてこのダンジョンはポカポカと暖かいくらいの温度なので私は軽くふわぁ〜と欠伸をする。
隣では結花ちゃんもムニャムニャと眠そうにしている。
「眠くなっちゃいましたか?」
「うん‥‥‥眠いな〜。ファァー。」
結花ちゃんが身体を前後左右に揺らしながら答える。
最後の欠伸だけはわざとらしい気がする。
「しょうが無いですね。私が起きて見張っておくので二人は仮眠をとっておいてください。」
「え?いいの!?やったー!美紅ちゃんマジ天使〜。」
ギュ〜とミクちゃんを抱きしめる結花ちゃん。
こういうやり取りは訓練で何度もやっているので遠慮は無い。
「というわけでお休み〜。」
「お休み。」
「美紅ちゃんも、出来る限り身体を休めておいてね。お休みなさい。」
ぐっすりと短時間睡眠をとって頭もスッキリしたので意気揚々と攻略を続けて行った。
起きてすぐ情報を共有させて、下層へ続く階段を教えてもらった。
そして私達はその前に立っていた。
「もう既に結構な数のパーティーが降りているようですね。」
「そうみたいね。私達も行こう。」
魔物の身体の一部と思われる肉塊が落ちていた。
おそらく誰かが戦った跡だろう。
足元の小さい塊が見えるくらいの明るさがある。
「もう全然暗くないですね。」
ボワ〜とした感じで壁が光っているので視界を確保する為に魔力を使わなくて済む。
すると降りた直ぐに男子生徒のパーティーがへたり込んでいた。
「おお!こんなところに絞りカスみたいなのが。」
結花がそう言った途端、男子生徒が雪菜たちに気付いた。
そして目があったらサッと恥じ入る様に目を逸らす。
「くっ!まさか‥‥‥ここまで遠いとは‥‥‥っ!」
「フッ、燃え尽きたぜ‥‥‥グフッ!」
何故か真っ白に見える彼らの話を聞くと、どうやら少し前に行った草原の中では簡単に倒せていたゴブリンに、何体か上位種がいたとは言え敗れて、自信を喪失しているらしい。
「あの恐ろしいほど洗練された連携、回復と防御の担当の素早さ、足止め役の嫌らしい罠の数々。
本物の強者ってのは、ゴブリンのことを言うんだな‥‥‥。」
何故か彼の中でゴブリンの評価がグングン上がっていく、ゴブリンなど圧倒的強者には敵わないのに‥‥‥。
彼はこれから強さの基準をここのゴブリンですることになるだろう。
『お前は強い‥‥‥。だがゴブリンより弱かったな!』
『グッ、コイツっ、ゴブリンより‥‥‥強いっ!!』
と言う風に。この世界の住人からしたら何言っているんだ?って言うレベルだ。
「えっ?ゴブリンでしょ?
平原で倒したゴブリンは全く強くなかったけど?」
いかにも不思議そうに問う結花。
そんな反応を見て彼等はフンッと鼻で笑う。
「それならば、確かめてみれば良い。それで奴等の恐ろしさをその身に刻むだろう。」
異世界に来たせいでもう頭がハイになったらしい‥‥‥と結花が憐れみの視線を向け、雪菜と美紅は困った顔を浮かべる。
それでも行ってみるしかないので彼等を後目に先に進む。
「ブルルルッッッ!」
背後から聞こえた鳴き声に咄嗟に構える。
一応気配を読めるようになってきたけれど、全く気配を感じなかった。
しかし牛の様な鳴き声がしたのに、そこにいたのはずんぐりした体型のゴブリンだった。
へっ?と言う風に結花が拍子抜けした声を上げる。
しかしそれが駄目だった。
そのゴブリンは一声鳴くとダンジョンの床を殴った。
破片が散らばり、飛んでくる中でゴブリンはドスドスと近付き、雄叫びを上げて雪菜に殴りかかった。
「ブオオオオッ!!」
ドゴッ!!!!
「カハッ!!??」
数十メートル吹き飛ばされながら予想以上の威力に狼狽する。
なんとか受け身をとって大勢を立て直そうとするが、分かれ道になっていて、壁に叩きつけられる。
その間、美紅と結花はゴブリンに攻撃をしようとするが、皮膚に当たった剣が硬いゴムに当たったようになって斬れない。
同じ様に二人も吹き飛ばされ壁に身体を叩きつけられる。
「くっ、このゴブリンがさっき言ってたの?」
「連携が上手いって言っていたから多分違うわ。それに力押しに見えるけど何か格闘技をやっている動きよ。」
そう言っている隙に弾丸のような速度で突っ込んでくるが、間一髪で避ける。
そのまま壁にめり込んで下半身を空中にブラブラさせていた。
「よし!今がチャンス!」
そう叫ぶや否や短剣を取り出し、遠距離から綺麗なフォームで投げつける!
ゾブゥッと生々しい音を出して脚に刺さる。
痛さ故か、めり込んだ頭を強引に抜け出そうと壁に手を当てて力を入れると、壁にピシピシとヒビが入る。
「不味い!二人共本気で仕留めるよ!」
その声を聞くまでもなく雪菜は魔法の詠唱に入っていた。
『燃えろ燃えろ、あらゆる物体を燃やし尽くす豪炎よ。
溶かせ溶かせ、蒼き深き蒼炎よ。
槍と化して敵を討て!豪炎王槍』
魔力が炎の槍を形作り、壁にめり込んだゴブリンに向かって一直線に飛んでいく。
ドドドドドドッッッ!!!!
爆音を立ててゴブリンが炎に包まれるのを眺めていた3人は油断せずにジッと煙がモウモウと上るその場に構えていた。
いくら威力を騎士長に保障されたからと言って相手は正体不明なのだ。
『オオオおおオォおおオオオぉぉ!!!!』
煙の中から重く響くような鳴き声が広がっていく。
すると、『おおオッおオッ!』『ギラララリりっルルるーっ!!』『ぽギョロロロろりゃあ!!』『クルるァァャャャッ!!!!』
『おわっ!?何だ!?』『わわわわっ!?強いっ!』『何でこんなに興奮してるんだ!上の階層へ逃げるぞ!』『お、俺達も上に逃げるぞ!』
ドドドッといろんな鳴き声が聞こえてきて、その後にクラスメイトの声が聞こえる。
通常、溢れたりしない限り魔物は迷宮の階層から動かない。
だから近くにある階段を目指しているのだろうが、通路の先にはあのゴブリンがいる。
「急げっ!あと少しで階段だ!っ!?雪菜さん!小野様!委員長!」
「待ちなさい!そこには強い魔物がいるわ!」
「マ、マジかよ。後ろから魔物の大群が迫ってるんだぜ。その一匹一匹が弱そうな外見のくせに無駄に強い!」
止まった彼等の後ろから、確かにどれも弱そうな外見の魔獣がワラワラと迫って来ていた。
だが移動するスピードは尋常でなく速い。
群れているせいで邪魔をし合っているが、彼等の移動速度を優に超えるだろうと予測できた。
ボガッ!ガラガラッ!ドンッ!!
「っ!通路がっ!!」
天井と壁を殴ってゴブリンが階段へと続く通路を防ぐ。
「やべっえっ!!あ、危ない!」
雪菜が飛び掛かって来た魔獣にカウンターで迎撃しようとしたが、明らかに剣の速度が足りていないと分かった。
魔物の得物である金棒がその顔に迫り、あと数センチと言ったところで、横から超高速で来た何かによって掻き消された。
「一体何が‥‥‥!?」
恐る恐る魔物を一瞬で殺した存在が居るであろう方向を見る、そこにいたのは水色の身体をプルンと揺らす、いたって普通のスライムだった。




