視線
退屈な毎日だ。
生きる意味を探す、それすらできない僕はどう生きればいいんだ。
悲しむ家族すらいない僕が、死んだところでどうなんだ。死を選ぶことすらできない僕は、生きていながら死んでいる。死ぬことすらできずに生きている。
僕は、理由がほしい。
生きる理由、なんて贅沢は言わない。せめて、死ぬ理由だけでいい。
「僕に理由をください」
神は非情だ。生きたいと願う人に死を与え、死を願うものに死を与えず。
均衡を保つのが神の役目なら、理不尽すら許せというのか。
僕はいつでも神を憎む。
「加藤くん仕事」
作業着に着替えてすぐに仕事が入った。
「今日はあんまり散らかってないから、すぐにあがれるよ」
ゴム製の手袋をはめ、ふうと一息を吐く。
待機室を後にし、駅のホームへ向かい歩き出す。
ホームでは声の出し方を忘れたように人の声だけが消えていた。誰かが押したのであろう非常ボタンの音だけが、虚しく響いている。
「遺品の回収よろしくね」
この異常な事態に冷静でいる自分が怖かった。
きっと僕はこの人たちと種類の違う人間なんだ。
そう言い聞かせ、僕はホームから線路へ降りた。
「あ、あれ、さ、さっき飛び込んだ人」
中学生だろうか、一人の少女が僕の目の前を指す。
やり場のなかった大勢の意識が僕に集まった。
彫刻のように固まった顔が僕の前に落ちている。首は強引に引き千切られ、涙のように血が流れ落ちた。赤黒い断面は日の光を受け不気味に輝き、近づけば吸い込まれてしまいそうなになる。
「なんで、自殺なんて……」
あまりの衝撃に目を逸らせずにいた女子高生が呟いた。
なぜ自ら死を選んだのか、きっと彼女には理解できないだろう。
彼女の視る世界では、死はとても遠いところにあるから。
僕の隣には死がいる。でも、僕が近づけば離れてしまう。遠ざければ消えてしまう。
自らの意思で死を選んだこの人を、僕は羨ましく思った。
「こっちで身元は確認したら、加藤くんはそれを片付けちゃって」
手渡されたビニールシートで頭部を包み、いつのまにか到着していた警官に渡す。
シートの隙間から血が流れ、警官は一度手を引くしぐさをしたが、すぐに受け取った。
頭部の重みが消え、死に直接触れていた手が僅かに震える。
死にこうして近づけば、何かが見つけられると思った。
血で汚れたこの場所が何かを教えてくると思っていたが、死を見せるだけで決して語ることはなかった。
「……」
ふと、自分に向けられた視線に異なるものを感じた。
「……」
何かを告げている視線がある。
僕はその視線を探すように、駅のホームへと目を向けた。
困惑する人々が人の死に意識を割く中でひとつだけ、僕を掴むように視る目がある。
「き、瀬界真……」
彼女は僕の中を覗いている。視線は僕に向けられているが、彼女が見ているのは僕ではない。加藤雄介という人間の価値だ。彼女は僕を値踏みしている。
彼女は僕を視て、おもちゃを見つけた子供のように嗤った。
加藤 雄介 かとう ゆうすけ 主人公
瀬界 真 せかい まこと 同級生
狩野 岬 かの みさき バイトの先輩