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第八話 不老不死の生きる意味


「はあ。これが人族の食べている食事ですか」


 テーブルを挟んで正面に座る――外見がアレなので、まるで椅子の上に飾られたぬいぐるみにしか見えない――シュオンが、運ばれてきた食事を見てそう呟いた。

 泊まった宿屋の一階。土地が余っていたからか村の規模からすると不釣り合いなまでに広い食堂には俺達の他に数人の客しか居らず、その客も同じ村の住人らしく服装は俺とあまり変わらない布の服。

 彼らは見慣れない俺達を最初は気にしていたが、今はそれほどでもない。

 ちなみに俺がこの服装をしているのは、目立たないようにである。いや、魔界の服装と人界の服装が違うと目立つだろうから、地味なものを選んだのだ。

 実際、俺は馴染んでいると思う。俺は。

 そんな地味な俺の隣に座るリィリアは昨晩とはまた細かな装飾が異なる――俺には昨日と同じに見える――黒いドレスのようなワンピース姿だし、正面にはデフォルメされて凶悪さなど微塵も感じさせないペットとして説明したドラゴン、シュオンの姿。

 ……目立つなという方が無理である。

 まあそんな事はどうでもいい。

 昨晩フローラさんからもらった報酬で頼んだ朝食は、ウサギ肉の塩焼きと新鮮な野菜を使ったサラダ、野菜たっぷりのスープ。

 魔界にはまだウサギのような小動物は生息しておらず、精々が小動物のような外見をした猛毒を持つ魔物である。

 ウサギを知らないリィリアは俺の隣で美味しそうだと目を輝かせており、後でウサギがどういう動物なのか教えたら泣くかもしれない。

 シュオンも同じようで、ウサギを食用肉としか思っていないようである。

 というか、異世界にウサギが居るのかと内心で驚いてしまった。

 まあ、魔界の海で獲れる魚だって地球の魚と似たようなものが多いし、星に生命が生まれているのだから似たような動物や魚に進化したのだろう。

 進化の過程や現状を考えるのは中々楽しい時間なのだが、生憎と俺は学者じゃない。異世界に召喚されただけのしがない大学生、持っている知識は精々がネット知識の延長線。

 そういうのは、頭の良い学者さんが長い時間を書けて考えるものだ。

 ああ、でも。俺も不老不死なのだから、暇な時間が出来たら考えてみるのもいいかもなあ、と。

 料理から離れた事を考えていると、いつの間にかリィリアとシュオンが俺を置いて料理に舌鼓を打っていた。


「人はお肉を食べるのね。少し硬くて嚙むのに苦労するけど、美味しいわ」

「ですね。住んでいる場所だと、食べられる肉って魔物ばかりだからねえ」

「それはシュオンだけなのだわ。私、お肉なんて滅多に食べられないもの」

「僕だって、魔物なら何でも食べるってわけじゃないですがね」

「腐ったお肉以外なら何でも食べるじゃない……」

「蛇も食べないよ――うわ、美味い。ご主人、このウサギって動物の肉、本当に美味いですよ!?」

「お行儀が悪いのだわ。食事はゆっくりと、静かに食べるものなのよ」

「そういうリィリアだって、野菜は食べないで肉ばっかり――」


 俺が考え込む事はいつもの事と割り切っているのか、これはこれで悲しいものがある。

 思考を現実に戻して、まだ温かいスープをスプーンで掬って音を立てないようにして啜る。

 しかし、あれだ。デフォルメされているとはいえ、ドラゴンが卓についてご飯を食べている姿はやはり微妙だと思う。勿論フォークもナイフも使わずに皿から直に喰っているが、なんというか行儀がいい。

 テーブルを汚さないように気を遣いながら肉を食っているのだ。見ていると、何故か溜息を吐きたくなる光景だ。精神的に疲れるという意味で。


「それでタツミ、今日はどうするの?」

「どうしようか。取り敢えず、のんびりと村で色々な事を聞いて回るかね」


 人界の情勢とか、村に住んでいる人が戦争の事をどう思っているのか。あと、近くの村まで歩いてどれくらいの距離なのか。

 地図が売ってあるなら、買っておきたいところだ。何せ、俺達には土地勘が無い。

 昨日は夜道だったので、人界の軍が展開している野営地までの道すらうろ覚えなのだから。その辺りはシュオンの鼻を頼りに辿り着けない事も無いだろうけど。

 ドラゴンというだけあって、鼻が利くのだ。


「素敵な事だわ。素晴らしい事だわ。私、タツミが言っていた道具屋という所を見て回りたいのだわ」

「ああ、道具屋ね」


 昔、リィリアとか魔族の子達に地球の事を聞かれて話した事があったような気がする。コンクリートの塔が立ち、鉄の馬車が走り、鉄の箱が空を飛び、海を泳ぐ。

 そんな地球の話をする一方で、人界がどういう所なのかも聞かれてゲーム知識を基準に話した事を思い出す。

 魔界の状況から本当にゲームの中のようなファンタジーな世界かと思っていたのだけれど……昨晩の事を思い出す限り、どうやらそうでもないみたいだし。

 リィリアのウサギ肉を切り分けてあげながらそんな事を考えていると、二階から降りてくる人影が視界に入った。昨晩、山賊に襲われていた所を助けた女性、フローラさんだ。

 明るい場所だとその紅髪が鮮烈で、まるで燃え盛る炎のよう。紺の軍服を連想させる上着に、下は深いスリットの入ったスカートという出で立ち。

 整った容姿に気の強さを表したような瞳、昨晩も月明かりの中で美人だと思っていたが、こうやって明るい場所で見ると殊更にそう感じる。

 彼女もこちらに気付いたようで、何故かバツの悪そうな顔をして歩み寄ってきた。


「随分と早いな、タツミさん――おはよう。タツミさんと呼んでよかったか?」

「ああ、呼び方は好きなように。おはよう、フローラさん。フローラさんと呼んでも?」

「そちらこそ好きなように、だ」


 一言断って、フローラさんがシュオンの隣へ座り、全員で挨拶。シュオンとリィリアも、一旦食事の手を止める。

 その話し方もあって、綺麗というよりも格好良いという印象だ。服装も軍服を連想させる厚手の服なので、凛々しい女軍人というフレーズが頭に浮かぶ。


「おはよう、お嬢さん」


 その女好きのシュオンだが、どうやら今は隣に美人が座った事よりも初めて食べたウサギ肉のおいしさに感動してそれどころではないようだ。挨拶をしても、すぐに肉の方へ視線が移ってしまっている。

 なんだか感動しながら肉を頬張っている。……本当、ドラゴンとは思えない顔である。デフォルメされたワニの方が似ているかもしれない。

 そんなシュオンを見て、フローラさんが息を吐いた。


「どうかした?」

「いや。シュオン君は本当にドラゴンなのかなあ、と」

「失礼な。お嬢さん、僕はこう見えても岩だって噛み砕けますし、鉄だって溶かす炎が吐けるんですよ?」


 どうやら、声は耳に届いているらしい。

 フローラさんの疲れた声に、食事の手――ではなく口を止めてシュオンが誇らしげに胸を張って言った。


「その外見だからなあ」

「ふっふっふ――外見と中身の差、その差に驚き、そして感動して女性は僕を見直すはずです」

「はずなのか」

「はずなのです」


 多分、見直さないと思うぞ。

 小さな声で呟くと、フローラさんが肩を震わせ、声を抑えて笑った。


「シュオン君は、女性が好きなのだな」

「もちろんです。女性は柔らかくて良い匂いがして、ドラゴンには無い温かさがありますから」

「変態か」

「ご主人が同じ事を言えばそうかもしれませんが、僕はドラゴン。種族が違います――僕は、女性に愛でられ、女性を愛でたいだけなのです」

「長い付き合いだけどな、シュオン。偶にお前が何を言いたいのか分からない時があるんだ」

「そうですか」


 意思の疎通を計れ。それとも、俺が理解できていないだけなのだろうか。

 コイツの発言は、これはこれで面白いのだが第三者からすると、まるっきり変なドラゴンにしか見えないだろう。もしくは面白いドラゴンもどき。

 現に、フローラさんはドラゴンという種に畏怖を感じている様子もなく、面白い物を見るような目で肉を頬張るシュオンを見ている。


「ほら、リィリア。ほっぺたが汚れてるぞ」

「ち、違うのだわ。私はシュオンみたいにがっついていないのだわっ」

「はいはい。ほら、こっちを向いて」


 こちらのお子様――お嬢様も、どうやら初めて食べた動物の肉に感動しているらしい。

 微笑ましいものだ。

 戦争が起きている敵国に居るとは思えない光景である。


「フローラお姉ちゃんも、朝ご飯を頼んだら?」

「ああ、そうしようか」


 そうして朝食を頼み、俺も食事を再開。


「昨晩はありがとう――今日生きているのは、タツミさんのお陰だ」

「ああ。今後は、ああいう人通りのない場所を夜移動するのは控えてくれ。今度は助けてやれないからな」

「仕事柄な……なるだけ、注意するよ」


 多分、難しいんだろうなあ、と。

 そう思っていると、リィリアが服の袖を引いた。


「そういえば、フローラお姉ちゃんは『傭兵』って言っていたわ。どういうお仕事なのかしら?」

「まあ、リィリアちゃんのような子は傭兵というのを知らない、か」


 その発言に、フローラさんは苦笑。

 多分、リィリアの事を世間知らずのお嬢様とでも思っているのだろう。現に、昨晩は初めて見た銃を『棒っきれ』なんて言っていたし。


「傭兵というのは、お金を貰って仕事をする人の事だ」

「お金。昨日教えてもらったコレね」


 そう言って、リィリアは昨晩フローラさんから渡された大金貨と小金貨をテーブルの上に置く。


「ああ。特に、傭兵というのは山賊や魔物、魔族と戦う事が多い職業なんだ」

「ふうん……戦ってお金を貰うの?」

「そうだ」


 昨晩のように、山賊が現れる可能性がある場所への荷物の配達なども、仕事なのだろう。


「傭兵って多いの?」

「多いぞ。金に困った国民は山賊や盗賊に身を落とすか、傭兵になって稼ぐ方が金回りは良いからな」


 聞けば、傭兵になるのには資格のようなモノは必要無いらしい。

 自分の身は自分で守り、危険は自己判断。昨晩のように、死んでも補償など何も出ない。

 特に戦時となると武器の運搬が増え、それを狙った賊が頻繁に現れるのだとか。中々に、人界は危険な場所のようだ。それとも、欲が深いと言うべきか。

 魔と人の戦争。だというのに、その武器を人が奪おうとしているのだから。


「不思議ね。人は魔族と戦っているのに、人からも襲われるなんて」

「まったくだ。人族が一つに纏まらないと、魔族に勝てるはずないのに」

「……どうして人は戦争を起こしたの?」


 リィリアが、俺の意を汲んだように核心を聞いた。フローラさんは朝食を受け取って、一緒に運ばれてきた水で喉を潤す。


「ただの傭兵でしかない私には理解できないが、アーシェル様が『銃』という力を手に入れ、それで魔族に勝てると言い出したんだ」

「アーシェル……王様ね。大金貨に描かれてる」

「ああ、そうだ。よく覚えていたな、リィリアちゃん。偉いぞ」

「えへ――タツミも褒めてくれる?」

「もちろん」


 その頭をなでてやると、リィリアは猫のように首を竦め、目を閉じた。撫でる俺の手に、僅かにだが頭を押し付けてくる。

 こういう仕草は、どうしようもなく可愛く思えた。


「んんっ。まあ、それでここ数年は銃の生産に注力して、ようやくある程度の数が揃ったから戦争を……という事らしい」

「なんだか、行き当たりばったりだな」

「私は知らないが、父が言っていた。王は銃をもたらした科学者の言いなりになってしまったと」

「科学者?」


 なんともファンタジー世界には似合わない肩書きである。

 聞き返すと、フローラさんは無意識にだろうけど乱暴にウサギ肉の塩焼きへフォークを突き刺した。


「国に銃を持ち込んで、王へその威力を見せた者だ。お蔭で人界の至る所に銃を生産する工場が出来、森の木々が切り倒され、エルフとの仲違い。それだけでなく、美しかった王都の自然が今も穢されている……」


 そういえば、昨晩もそのような事を言っていたはずだ。

 工場が出来て自然が穢れたとか。

 ……科学。という単語が頭に浮かぶ。

 人の生活を豊かに、便利にした科学。けれど、その代償に人間は地球を穢したのだと。偉い学者さんが言っていた。

 それが、この異世界でも起きているようだ。


「どうかしたのかな、お嬢さん。僕で良ければ、相談に乗るよ?」

「……少し嫌な事を思い出しただけだ。それより、食事にしよう。折角の朝食が覚めてしまってはもったいないからな」

「うん。何か困ったら、僕を頼ってよ」

「ふふ。シュオン君がそう言ってくれるだけで、私の胸は軽くなるよ」


 その言葉に、シュオンが「どうだいご主人。これが僕の魅力さ」と言わんばかりの視線を向けてきた。人はそれを社交辞令とか言うんだぞ、シュオン。

 食事を再開しながら、けれども思う事がある。

 多分、人は全員が全員戦争を良しと思っていないだろうし、その原因の一因である『銃』に悪感情を抱いている人が居る。

 目の前のフローラさんも、その一人だろう。

 先程の言葉、美しかった王都の自然が穢された――あのくだりには、明確な感情があった。苛立ちだ。

 何に、と考えるまでもないだろう。

 王都の自然が好きで、それが工場によって穢される――銃を作るに至って工場から排出されるゴミやらが原因なのだろうか。

 その辺りはこの目で確認していないので分からない。

 ただ。


「ふむ」


 一番気になるのは『科学者』という人物。

 この村で情報を集めて、集まらなかったら昨晩訪れた人界の野営地、もしくはこことは違う村か町へ行って。

 やりたい事が一気にできた。


「これからフローラさんは何をするんだ?」

「昨晩は気が動転して忘れていたが、仲間の遺品を回収しに行ってくる……彼らにも家族がいるからな」


 折角なので、馬車という移動手段を持つ彼女の予定を聞くとそういう答えが返ってくる。


「……家族」

「リィリアちゃんは気にしなくていい事よ。傭兵なんて仕事をしていると、こういう事はよくある事なんだ」


 また、リィリアの頭を撫でてあげる。

 魔と人が戦えば、死者が出る。その双方に。

 魔族にも、そして当然人族にも家族が居るのだ。それでも、銃を手に向かってくるなら応戦しなければならない。

 分かっているけど――元とはいえ人間である俺には、その命を奪う決心が出来なかった。だから、魔王の座を追われた。

 いや、今まで一緒に魔界で生きてきたからこそ、人と戦わないでいい様にと追い出されたのかもしれない。仲間達が何を思っていたのか――今は確かめる術がない。

 けれど。


「戦争が一日も早く終わればいいな」

「……ああ。その通りだな、タツミさん」


 それが、俺の本心だった。


17世紀の科学革命とか、勉強すればするほど奥が深い。

考えさせられます。


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