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第七話 始まりの回想

こっちを最初に持ってくればよかった


 この世界に召喚されて最初に見たものは、美しい空でも、雄大な自然でも、荘厳な教会でも、現実にはあり得ない魔法でもない。

 石に囲まれた冷たい地下、松明と枯草で作られた祭壇、そして人間ではない異形の存在――魔族達。



 薄暗い地下の石室に二十人ほどの魔族が集まり、祭壇へ祈りを捧げている。

 一心不乱に。

 神無きこの世界で、神ではないナニカに祈りを、願いを、捧げている。


「ああ――王よ、世界よ」


 彼らが祈る相手は、王だ。世界だ。

 神ではない。姿無き概念に世界は救えない。何者も救えない。

 救いを求める者が『救われた』と錯覚するだけ。故にこの世界には『神』という概念は存在しない。人は、魔は、自己の意思で生き、自己の意思で選択する。

 けれど。それでも――どうしようもない事があった。どうにもできない事があった。

 彼ら魔族は、奪う事を良しとして今まで生きてきた。

 肥沃な大地を、豊かな作物を、奪って今日まで生きてきた。人から……人間から、亜人から、獣人から。

 緑豊かな土地を奪い、そこにある食糧で飢えを凌ぐ。

 そこに『残す』なんて考えはなく、ある物すべてを奪っていく。

 それは暴風。嵐。災害。

 身体能力も、生命力も、そして『魔法』という特別な異能も。何もかもが及ばない人は魔族に奪われるだけの日々。

 けれど、魔族はそれだけだった。

 奪うだけで、そこから何かを学ぶ事が出来なかった。奪ったからこそ、人は魔族に何一つ伝えようとはしなかった。

 緑豊かな大地は数年でそこにある様々な命を枯渇させ、魔族が住む魔界という領域は生命が住み辛い命内大地へと変わり果てる。

 草木は枯れ、花は散り、川は濁り、湖は淀む。

 そうして作物が取れなくなり、強靭な肉体を持つ魔族でも住めなくなるとまた人界を襲って土地を奪う。

 その繰り返し。

 彼らは学ばなかった。教えてくれる人が居なかった。

 そして遂に、戦える魔族が少なくなった時――助けを求めた。

 神無きこの世界で、形の無いナニカに祈りを捧げ……魔界を蘇らせてくれる何者かを望んだ。

 ああ、確かに。

 彼らの願いはなんとも傲慢で浅ましいだろう。

 けれども、彼らはこの段になってようやく『自分から学ぼうとしていたのだ』。

 そうして召喚されたのは、一人の人間だった。

 身体の半分が鱗に覆われた人型、上半身は人で下半身は獣や蛇、翼を持つ者、頭部は人で身体は獣、身体は人で頭部は獣。

 その個体差は様々なれど、それらを総称して『魔族』と呼ばれ……その魔族の中に、一人の人間が召喚された。

 祭壇に黄金の扉を連想させる光が現れ、彼は現れた。

 周防辰巳。

 地球から召喚された、大学生。二十歳。

 容姿は平凡。黒髪黒目、身長は百七十を少し超えた程度。太っているわけでもなければ、痩せているわけでもない。

 上は白のTシャツに黒のジャケット、下はジーパンというラフな格好。荷物は何も無い。

 大学が休みの日、昼ご飯を食べに外へ出たところで突然召喚された――彼は、この現状を認識できずに目を白黒させながら周囲を見回した。

 そこには映画の中に居るような異形の存在達。

 信じられない、非現実的な光景。ビルが立ち並ぶ現代から召喚された彼は、枯草で作られた祭壇すらアリエナイ物に思えた。


『ああ、ああ――王よ。魔王よ。異なる世界から呼んでしまった私達をお許しください』


 背に黒い翼を持つ女性が、祈りを捧げる集団から一歩前に出て頭を下げた。祈りを捧げていた時よりも深く。石床に膝をつき、両手を胸の前で組み、まるで巡礼者のように目を閉じて。

 黒い翼とは対照的な、長く美しい金髪が下げた頭を追って床に垂れる。

 そこでふと、周防辰巳は気づいた。

 この場に居る全員が身に纏っている服――服というにはあまりにも質素な、局部を隠している布。男は腰に、女は胸と下半身を隠す程度のソレ。

 その姿は――その威容からは想像できないほど、なんというか、みすぼらしかった。


『我らをお助け下さい。作物が、育たないのです。子供達では、川の水の毒性に耐えられないのです』


 それが、彼らの願い。

 奪い続けてきた代償。そこから何も学べなかった罪。

 それに対する罰は――魔族の滅亡。子供が育てず、戦士がその強靭な肉体を維持するための食料も得られない。

 土地を奪えなければ、魔界には食料を得る術がない。

 あるのは、枯れた草木と腐った水。


『魔王よ。お助け下さい――私達はどうなってもいい。けれど、子供達を死なせないで下さい。その為なら、私達は何でもします。どんな事でもしますから……』


 そして、日本語が通じないという『現実』だった。



 一年が過ぎた。

 何が変わったのかと聞かれると、『何も変わっていない』としか言えない。

 周防辰巳には、知識があった。現代日本の大学生。ネットワークで得た知識。確かに、知識はあった。けれど実践した経験も無く、しかもここは食べるものにすら苦労する異世界。

 学業の合間に妄想していた『理想』と、滅びの道を辿っている魔界の『現実』。

 その差に絶望し、嘆いて数日を無駄にした。

 何より問題なのは、言語が違うという事。意志の疎通が出来ず、何をしてほしいのか理解できず、こちらの意見を伝える事も出来ない。

 元の世界に戻りたいと思った。

 願った。

 けれど、それは無理らしい。その事を身振り手振りで必死に伝えると、なんとか伝わったのか黒い翼の女性が鳴きそうな顔をして首を振っていたのだ。

 多分伝わったと思う。

 情けないと言うなかれ。

 人間、見知らぬ土地へいきなり放り出されたら誰だって地元に帰りたくなる。言葉が通じないなら尚更だ。

 その孤独感と絶望感――二十歳の男でも枕に顔を埋めて泣いてしまうほどである。

 けれど、戻れないのなら、やる事は一つ。

 そういう思い切りの良さは、周防辰巳の『長所』だった。

 言葉が通じないなら、覚えればいい。拙い言葉なら、絵に描いて伝えればいい。

 身振り手振りと地面に絵を描いて意思の疎通を図り、毎日言葉を習いながら――一年。

 結局何も進まなかった。何も出来なかった。

 この一年で、数百人の魔族が死んだ。飢えで。

 その半数以上が、子供だった。

 泣いていた。

 姿形は違うけど、母親が、父親が、子供の死を嘆いていた。子供のために自分達が食べる食事の量を減らし、飢えて死んだ大人も居た。

 冬の寒さに耐えきれず、凍死した魔族も居た。

 ……ここは魔界ではなく、地獄だと思った。

 一年経って、ようやく彼らが自分に何を求めているのかを理解した――彼らは、周防辰巳に魔界の変革を願ったのだ。

 だから、変えた。

 大地を耕し、川を普請し、湖の淀みを解消し、食物を育てる事が出来ないならと漁を教えた。

 この世界には海で魚を捕るという概念が無かったらしく、取り敢えずの食料は得る事が出来た。


――二年が過ぎた。


 周防辰巳は、病気がちになった。

 当然だ。異世界の住人とはいえ、特別な能力を持っているわけでもない。飢えた魔族達よりも健康だったが、それでもただの人間だ。

 寒暖の差が激しい魔界の奇行は、彼にとっては過酷だった。形だけとはいえ魔王という立場上優先的に食事をとっていたが、それでも栄養が不足していたという事もある。

 死ぬほどではなかったけれど、ベッドの上から動けない日が多くなっていた。

 それでも彼は、指示を出した。病気がちになった事で言語の勉強をする時間が増えたので、日常会話なら問題無いレベルになっていた。

 ベッドの上で黒い翼の女性に作業内容を説明し、その女性が他の魔族に指示を出す。

 二年目は、そうやって過ぎていった。

 この時から、周防辰巳は『もうすぐ自分は死ぬんだろうな』と達観し始めていた。死にたくないという考えも浮かばない――この過酷な世界で自分が生きていけるとは思っていなかった。

 ただ、自分が死んだら魔族達は変われない。

 その一心で、必死に生きた。


――三年目は、一番大変な時期だった。


 漁で安定した食料が得られるようになり、年間の死亡者数はいくらか減った――数を数えていないのでよく分からないが、それでも魔族達は喜んでいたので減ったのだろうと思う。

 けれど、周防辰巳はベッドの上から動けなくなっていた。

 魔界の空気が、体に合わないのだ。

 排気ガスで汚れた現代の空気よりも濁った魔界の空気が身体を蝕み、眠っている時間が増えていった。

 それでも目が覚めるとネットで覚えていた知識を――どれが役に立って、どれが役に立たないのか。自分なりに考え、現場で働く魔族の意見を踏まえて、どうすべきか伝えていく。

 それにも限界があった。

 机上の空論。口伝に与えられる現場の変化。経験のないネット知識では実際にどう変化しているのか分かり辛い。

 そしてなにより、魔族はそんな自分を信じてくれていた。心から――俺なら魔界を変える事が出来ると、信じてくれていた。

 三年目になると、自分の体調よりも、現場に出たいという気持ちが強くなっていた。

 仲間意識が芽生えたのかもしれない。

 一緒に考えて、一緒に行動して――一緒に悩んで、泣いて。

 姿形は違うけど、魔族を他人と思えなくなっていた。

 地球に戻れないからではなく、自分のひ弱さが情けなくて涙が出た。

 だから願った。チカラを。強靭な肉体を。

 だから――得た。チカラを。強靭な肉体を。不老不死の呪いを。

 一緒に生きるために。魔界を変えるために。世界を変えるために。命を救うために。命を生かすために。


 俺は――――を喰った。

 そして、百年以上の時間が過ぎた。


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