表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

第六話 人界で過ごす最初の夜


 それは月の明かりが最も強くなる夜も深い時間。純白の月が夜の闇を蒼に染め、僅かな音すらもその深淵へと飲み込んでしまう。

 馬車がガタゴトと小石を踏んで音を鳴らすが、その音にも慣れると遠くに聞こえてくるかのよう。まあ、あれだ。代わり映えの無い景色と振動に、眠気が強くなる。


「タツミは、夜は弱いね」

「これでも、夜更かしは得意だったんだけどなあ」


 比べるのが魔族だと、人間なんてどうしても夜が弱い種族になってしまうだろう。俺とは違って元気なリィリアの声を聞きながら欠伸をすると、そんな俺に釣られてフローラさんも欠伸をした。


「もうすぐ村に到着するから、我慢してくれ」

「あ、はい」


 眠たげなフローラさんの声を聴いて、どれだけの時間が過ぎただろう。

 十を越える欠伸をしたのは覚えているが、それ以降は数えていない。ただ、リィリアはそんな俺を眺めて楽しんでいた。

 表情はニコニコと明るい笑顔。子供特有の無邪気な笑みは、この時間だと余計に眠気を促進させるような気がした。

 眠気覚ましに、膝の上に居るリィリアを抱え直す。脇の下に手を入れて持ち上げると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げて俺を見上げてきた。

 その笑みが、先程よりも深まる。


「何か楽しいものでもあるのかしら?」

「ええ。楽しいわ、嬉しいわ。タツミがこんなにも私を構ってくれるのだもの」

「あら。普段はあまり構ってもらえないの?」

「タツミは一番偉いのに。いつも畑を耕したり、川の様子を見に行ったり、家畜の世話をしたりするの」


 リィリアがそう言った時だった。

 馬車が深い森を抜け、頭上に木々の枝葉に遮られていない純白の月が現れる。明るい光、けれど僅かに欠けている。

 あと僅かで満月。そんな月を見上げていると、リィリアが「わあ」と声を上げた。

 視線を前に向ける。

 森を抜けた先に広がっていたのは、どこまでも続く草原。

 蒼に染まった草原は、まるで海原のように月光を反射して白くざわめいている。

 そんな草原の先。蒼い海原の中央。暗闇の中に、小さな光点が少し。

 少し離れた場所に、それはあった。村だ。

 人間を辞めて夜目が利くようになったからか、闇夜の中にくっきりと浮かぶ村の姿。規模はそれほど大きくない。

 あれが、フローラさんが言っていた今晩泊まる村だろう。


「綺麗ね、タツミ」

「お前の方が綺麗だよ、リィリア」


 ……俺じゃない声が、そんな事を言った。


「気障な言葉ね、シュオン君」

「ふふ。人の事は、日々勉強していますから」


 その勉強する努力を、もう少し他の方向へ向けられないものか。いや、ドラゴンが人に興味を持つ――それはそれで意味があるのだろうけど。

 ふと、黙っているリィリアを見ると、両手で頬を押さえて体をくねらせていた。

 あ、これ。シュオンが言ったって気付いてないな、と。

 気付いていたら走っている馬車から絶対こいつを投げ捨てるくらいするもん、この幼女。外見、見た目も相まって、無邪気な残酷さであっさりとやるからな、この子。


「それじゃあ、もうひと頑張りね」


 フローラさんが、そう言って手綱を強く打って馬に活を入れた。馬車が少しだけ勢いを強くして走り出す。

 目的地が見えてくると、僅かに眠気が収まるのは何故だろう。

 村が近付くにつれて欠伸の回数が減り、先程の台詞がシュオンの物だと気付いたリィリアがその唇を横へ無理矢理開かせて遊んでいると、あっという間に村に到着した。

 それでも、深夜――月が僅かに傾くだけの時間が過ぎていたが。


「お疲れ様……今夜は色々と大変だったね」


 先に御者台から降り、リィリアを抱えて下ろすとフローラさんへそう告げた。

 名前も知らない傭兵たち。弔ったけど、俺よりも付き合いの長い彼女からすると、色々と思う所があるだろう。

 俺がそう言うと、彼女は悲しそうな顔をして、胸当てで守られていない胸を服に皺が出来るくらい強く握る。

 酒場と宿屋だろうか。建物から漏れる明かりに照らされた、ポニーテールに結われた髪が風に吹かれて横に揺れた。


「皆を弔ってくれて、ありがとう」

「ああ。あまり、深く考え過ぎないようにな」


 言えることはそれくらいだ。

 百年以上も生きていれば他人の死にも鈍感になるが、それでも慣れる事はない。ましてや、俺のように自然死――寿命や飢え死んだのを経験したのではなく、誰かに殺されたとなるとその悲しみがどれ程か……想像もできない。

 だから、言える事はそれくらい。他人事を、と怒られても仕方のない上辺の言葉。

 そんな俺の言葉に、フローラさんは泣きそうな顔をして笑った。


「それじゃあ、宿を借りるか。リィリア」

「ええ。そうしましょう、タツミ」

「いや、ご主人。リィリア。待って、待って下さい。なに、良い話をしたとか満足してるの。僕も下ろしてよ!?」


 馬車が村へ到着するなり、荷台へ転がされていたシュオンが悲鳴のような声を上げた。


「夜なんだから静かにしろよ、シュオン」

「だったら下ろしてよ……」


 荷台を覗くと、転がったシュオンが亀のように手足を暴れさせていた。

 少し可愛い。


「下らない事で私を怒らせたシュオンは、馬車の荷台で一晩を過ごすといいのだわ」

「やだよ!? 僕だって柔らかいベッドで眠りたいよ!? 折角の村なんだよ? もう堅い地面も木の床も勘弁だよ!?」


 その声があまりに必死だったので、左腕で抱えるようにして下ろしてやる。

 リィリアより軽いけど、このサイズのぬいぐるみと比べるとやっぱり重い。まあ、内臓が詰まっているのだから当然だけど。


「リィリア、部屋の借り方は知ってるか?」

「え?」

「言われたが砕けお金を払うんだ。ちゃんと、俺とリィリアは別々に二部屋借りるんだぞ」

「お金? お金ってなあに?」


 少しワザとらし過ぎただろうか。そこで、俺達に仕事の報酬――といっても、人軍の野営地へ荷物を届けて村まで一緒に行動しただけなのだが、その報酬をもらっていないアピールをフローラさんへ。

 それに気付いたフローラさんは、苦笑しながら野営地で貰った革袋を胸のポケットから取り出した。

 抱えているシュオンの視線が、その胸に向く。まあ、魔王の城を出て数日。一緒に居たのはリィリアなので、この膨らみは女性好きのシュオンからするとどうしても目を奪われる光景なのだろう。

 何故か、俺の足がリィリアから抓られたけど。


「お金っていうのは、買い物をする時に必要な物よ」

「お買い物……」

「え。普段、何か欲しい物が有ったらどうしていたの?」

「タツミが用意してくれたわ。食べ物も、ぬいぐるみも、服も。ぜんぶ」


 すると、フローラさんが俺を軽く睨んできた。先ほどまでの暗い表情ではないのは嬉しいのだけれど、美人からにらまれるというのは少々心臓に悪い。


「リィリアちゃんが可愛いのは分かるけど。こういう事はちゃんと教えないと」

「耳に痛い」


 というよりも、魔界には貨幣制度というのを導入していない。何かが欲しい時は物々交換。その方が、近所付き合いは盛んになるし、そもそも貨幣制度を導入するほど魔界の経済状況は進展していない。

 畑を耕し、作物を育て、食って生きる。まだその段階なのだ。

 だというのに、剣や槍といった武具の生産だけは盛んなのだから謎である。いや、俺が召喚されるまでは農耕よりも製鉄の方ばかりに力を注いでいたのが原因だ。

 土地を育てるくらいなら豊かな自然を人界から奪う。奪うために武具の生産に力を入れる――土地を手に入れるために必要な武具は無償で戦士へ配られるからお金なんて概念は生まれない。

 その結果、経済という観点からすると魔界は人界と比べるとかなり劣っている。

 むしろ、魔界と同じ感覚で考えていたので、人界に銃やお金の概念がある事に俺は驚いているくらいだ。

 交流が無いとはいえ隣同士なのに、ここまで違うのかと。

 こんなことなら、昔のわだかまりなんか捨てて、やっぱり人界と交流を盛っておくべきだったと思う。これでは、魔界は何時まで経っても人界に歩み寄れない。

 ……まあ、土地を奪われていた過去を持つ人界からすると、魔界に歩み寄ろうだなんて思わないだろうけど。今回の戦争が、分かり易い行動だろう。

 取り敢えず、魔界や俺達の状況などはフローラさんに気付かれずに済んだ。ただ、どうやら俺は子煩悩な親バカとでも思われてしまったようだ。


「取り敢えず、外で立ち話もアレだし。宿へ行きましょうか」


 フローラさんに先導されて、宿屋へ。

 隣は酒場なのか、こんなに遅い時間なのに時折笑い声が聞こえてくる。

 建物は、木製だ。年季の入った二階建て。両開きのスイングドアを押して中へ入ると、一階部分は沢山のテーブルと椅子が並んだ広間――食堂だろう、奥にはキッチンらしい場所も見える。

 ただ、ランプの灯は消されていて、薄暗い。今から料理を頼む事は無理そうだ。

 魔族はそれほど食事を必要としない……それこそ、数日飲まず食わずでもある程度行動できるのだが、こうやって人里に来ると何か腹に入れておきたいという気持ちが湧いてしまう。

 まあ、明日の朝、人界の料理を楽しませてもらおう。


「いらっしゃい」


そうして内装を確認していると、まだ若い男性が眠そうな顔をして俺達を見た。こんな時間まで番頭をしているようだ。


「部屋を二つ」

「じゃあ、小金貨三十枚か、大金貨三枚ね」


 なんだか、とんとん拍子で話が進んでいく。

 フローラさんが革袋を開くと、大量の金貨が中から出てきた。大きさとしては小指の先くらい。どうやら、これが小金貨らしい。

 その表面には、女性のような人物の横顔が彫られている。


「これが小金貨よ。表面にエルドルア王妃が彫られているの。それで」


 それとは別の革袋――どうやらこちらはフローラさん自身の持ち物らしい――から取り出したのは、親指の先くらいの大きさがある金貨。こちらは厚みもある。

 表面に掘られているのは、男性だ。


「表面に人界の王、アーシェル様が彫られているのが大金貨」


 彼女は小金貨と大金貨を一枚ずつリィリアへ渡して、仕事の報酬から小金貨を三十枚、宿屋の青年へ渡した。


「へえ……これがお金」

「お買い物をする時には、このお金が必要なのよ。小金貨十枚で、大金貨一枚分になるの」


 どうやら裏には何も掘られていないらしい。リィリアが物珍しげに大小両方の金貨を手の平の上で転がしている間に、借りる部屋まで決まっていた。

 どうやら、俺とリィリアは同室らしい……しょうがない、フローラさんの中では、俺はこの子の保護者のようだし。こんな子供を一人で田舎の宿に泊めるというのも、人道的にどうかというのもあるのだろう。

 現に、近くにある森には野党が出没しているし。

 山賊と言っていたので、近くの山を根城にしているのだろう。


「お風呂は無いのかしら?」

「あー……風呂って、貴族の人が使うような? 生憎と、ウチじゃあ近くの川で汗を流すくらいしかできないなあ」

「リィリアちゃん、お風呂に入るの?」

「当然なのだわ。淑女(レディ)として、好きな男の人の前では常に綺麗で居たいもの」


 どうやら、風呂という文化はそれほど広まっていないようだ。

 それとも、それは田舎だけで人が集まる大きな町のような場所だとそうでもないのか。


「そう。だったらお水でいいわ。身体を拭きたいのだわ」

「あいよ。そっちのお姉さんも一緒にどうだい?」

「それじゃあ、そうするわ」

「小金貨二枚ね」

「はい」


 ……水を貰うだけでもお金が掛かるのか。まあ、貨幣制度が導入されているなら、田舎だと余計に旅人から稼ごうとするのかもしれない。

 器用に両手へ水が注がれた木製の桶を持った男に案内されて、宿の二階へ。二階は全部が客室らしく、その数は八。

 中央に一本の廊下があり、その両脇に扉が四つずつ並んでいる。

 一番手前が俺達、廊下を挟んで正面にフローラさんの部屋だそうだ。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、色々とこの子に教えてくれてありがとう」

「……本当なら、それは貴方がしないといけない事なんだけど」


 そう言って、別れる。

 明日の朝も合えるだろうと、別に別れの言葉も口にしない。

 番頭の男が部屋に木の桶を置いて、出ていく。ドアが締められると、それを確認して腕の中のシュオンが息を吐いた。


「珍しく黙っていたな」

「僕が喋ると、驚かせてしまいますからね」


 こういう所はよく気が利く奴である。まあ、リィリアへ一言多いのは、態となのだろう。

 そうしている間に、リィリアは抱えていた自分と同じくらいの大きさがあるカバンを床に下ろして部屋の中を見回した。

 多分、二部屋で小金貨三十枚というのはそれほど高価な部屋ではないのだろう。ベッドは一つ、部屋の中央にテーブルが一つ。椅子は二つ。

 部屋もそれほど広くないし、相手がリィリアとシュオンだからいいが、成人した女性となると二人で止まるには手狭な印象を受ける。

 この辺りは、多分フローラさんが説明を忘れていたのだろう。出来ればベッドは二つが良かったと思うが、まあリィリアだし、と思うことにする。

 人間での成人――元の世界でだが、二十歳を過ぎた彼女と一緒のベッドで眠った事は一度や二度ではない。それが気にならないのは、外見同様に彼女の内面もまだ幼いからか。


「それじゃあ、タツミ。背中を拭いてほしいのだわ」

「もうそろそろ、そういうのは一人でするべきだと思うんだがね」

「しょうがないのだわ。私はまだ身体が子供なのだもの」

「ほんと。ご主人、早くこの子を大人にしてあげてください」

「誤解を招く言い方をするな」


 シュオンの頭を軽く小突くと、リィリアは恥ずかし気も無く身に纏っていた黒のドレスを脱ぎ始めた。

 細い腕を後ろに回し、小さな手を動かして首裏にあるボタンを外す。そのまま、背中に沿って手が動くと、彼女の雪のように白い肌が少しずつ露わになっていく。

 そこに羞恥の感情が浮かばないのは、昔からこういう事を何度もしているからだろう。慣れ、というものだ。

 肉体の成長が止まっているから、この行為がどれだけ恥ずかしい事なのかも思い付かない。

 魔族だからこその、羞恥心の薄さとでもいうべきか。 

 外套を外してベッドの上へ放る。そうしている間にも彼女の手はよどみなく動き、ドレスを留めているボタンを外し終わるとその背中が完全に露わになった。

 下着の支えなど必要ない程度の膨らみだというのに、彼女はきちんと上下お揃いの下着を身に着けている様だった。

 あと、ドレスに合わせたのか幼い外見のくせにガーターベルトなんてのも着用している。

 こちらの背を向けてドレスを脱ぎ終わると綺麗に畳んでベッドの上に置き、そのまま下着も外してしまう。小振りな胸とお尻を包んでいた布面積が少ない下着もちゃんとベッドの上に置くと、彼女は腰まである長い金髪を肩から前へ垂らし、無防備にその小さな背中を俺の眼前に晒した。


「さあ、タツミ。拭いてちょうだいな」


 その声に、幼い外見からは想像もつかないような艶が混じる。それは彼女の本質、魔族としての本能――淫魔としての声なのだろう。

 これが人間の男なら、きっとリィリアの《声》には逆らえない。

 魔法にも似た超常の力、特定の魔族だけが持つ特殊能力。リィリアにもまたその特殊能力は宿っており、それが声。男を魅了する、魔性の声だ。

 けれど、俺にはその声の能力が発動する事はなく、けれども仕方ないと溜息を吐いて水に浸してあった布巾を絞ると彼女の小さな肩に乗せた。


「ひゃっ」

「冷たかったか?」

「ええ。驚いたのだわ――でも、タツミの手は温かいから、そのままでいいのだわ」

「あいよ」


 状況からすると、幼女の肌に触れる男という構図なのだろう。けれど、疚しい気持ちなど僅かも無く、むしろ気持ちが落ち着いてくるような気がした。

 こういうのが父性なのかねえ、と彼女の肩、首筋、そして背中を拭いてあげながら思う。


『ああ、ああ――王よ。魔王よ。異なる世界から呼んでしまった私達をお許しください』


 長い時間、一緒に居た。この子が生まれ、産声を上げ、母親の乳を飲む事が出来なかった時の事は今でも思い出せる。

 それがどういう状況で、なぜそうなったのかは思い出せないけど、この子が生きる事を望まれていた事だけは思い出せる。


『我らをお助け下さい。作物が、育たないのです。子供達では、川の水の毒性に耐えられないのです』


 魔界は酷い状態だった。腐った大地から逃げるために土地を奪い、その奪った土地も数年も経てば腐ってしまう。

 その繰り返し。延々と、魔族は土地を朽ちさせていった。

 どうしてそうなるのか分からない。人族のように土地を生かせない。その焦りが苛立ちを呼び、性格を乱暴にさせ、苛烈な侵攻で人族を追い詰めていった。

 そこに、限界があった。

 土地は有限で、魔族の命も有限なのだ。

 どれだけ土地を奪おうと、僅かな食料を得ようと、生きながらえるのは強靭な大人。弱い子供は生きられない。

 魔界とは、子供にとって過酷な土地だった。

 だから俺が呼ばれた。召喚された。求められた。

 ……それは身勝手で、傲慢で、こっちの事情などお構いなしで――けれど、切実な願いだった。

 頭から角を生やした魔族。身体の一部が鱗に覆われた魔族。人間の身体に獣の頭部、獣そのものの外見をした魔族。

 その姿は様々だけれど、全員が願っていた。

 子供が生きていける土地にしてほしいと。


「タツミ、もう少し強くしてくれると気持ち良いのだわ」

「ああ、そうか」

「……優しすぎるのだわ。私はもう少し乱暴にされても、平気なのに」


 そうして、リィリアは生きた。他にも、沢山の子供が居きた。

 ここに来るまで、沢山の子供が、その子供を生かそうとして身を削った沢山の大人が死んでいった。

 今日まで人界に関わらなかったのは、純粋に、それだけの余裕が無かったからだ。

 他人にかまけている暇があったら、少しでも魔界を緑豊かに、子供達が過ごしやすい環境に、全員に食料が行き渡るように。

 そう考えていた。

 その結果が、これだ。戦争だ。

 こちらから手を出さなければ何もしてこないと勝手に思い込んでいたら、今度は向こうから侵攻してきた。

 そりゃあ、百年以上も昔に奪われた土地を奪い返そうという考えも分かる。

 こっちは人族に構っている暇なんてなかったのに――おかげで情報なんて何も無い。

 なんだよ銃って、と怒りすら湧く。

 あんな大量破壊兵器――戦争に投入したら、それこそ泥沼だ。魔族は退かないし、きっと人族も退かない。前線の戦士が全滅するまでの殲滅戦。

 ……はあ、と溜息を吐くと後ろでシュオンが同じように溜息を吐いた。


「ご主人。またあの『銃』の事を考えているんですか?」


 両手を上げたリィリアの脇を拭いてあげながら、その言葉に頷く。


「どうするかねえ」

「そんなに厄介なんですか?」

「俺やお前くらい強ければ問題無いんだけどな。リィリアみたいに戦闘向きじゃない魔族だと銃弾を見切るなんてできないし、戦場で何百丁っていう中から弾が放たれれば、それを避けるのも出来ないし」

「当たったら痛いの?」

「皮膚なんて貫通するよ。血がいっぱい出るし、頭や心臓に当たると即死さ」

「あの棒っきれがねえ」


 相変わらず、リィリアは銃を棒っきれと呼ぶ。それが微笑ましくも恐ろしい。

 銃は危険だ。

 リィリアのような幼女でも、引き金を引けば人を殺せる。もしそれを異世界の人間が実行したら、泥沼どころか女子供すら殺す大虐殺に発展する。

 ……銃の知識があるなら、そのくらい思い付くはずなのに。


「よし、拭き終わったぞ」

「ん。少しさっぱりしたのだわ」


 そう言って、リィリアはバッグから新しい下着と服を取り出した。やはりというか、下着なんて必要な異様な膨らみなのに、ちゃんと上下お揃いの……しかも、外見に似合わないレースやらフリルやらが沢山使われた下着を身に着けていく。


「女性の下着には疎いけど、そういうのって流行ってるのか?」

「やあん。タツミ、助平なのだわ。女性の下着姿を、そうまじまじと見るものではないのだわ」


 そう言いながらも、声がどこか嬉しそうなのはアレだ。娘のような少女にそう言われると、色々とむず痒い感じになってしまう。


「甘いですね、ご主人。女性の下着事情は、人界のソレに引けを取っていませんよ」

「そうなのか?」

「ええ。十数年前から『境界』付近で人の女性を捕まえては、その辺りを研究している一団があるくらいですから」


 ……知らなかったんだけど、そういうの。


「だから戦争が起きたんじゃないだろうな」

「安心してください。乱暴するような事はしていません。人の下着に興味を持っていたのは、魔族の女性ですから」

「あっ、そう」


 なんだそれ。

 なんでお前、そういうのに詳しいの?


「それより、早く寝ましょうよ。少し硬いですけど、久しぶりに地面じゃない寝床なんですから」

「そうね。しかもベッドは一つ――シュオンは床で寝るのだわ」

「やだよ」


 人界で過ごす最初の夜。

 俺とシュオンとリィリアと。三人で一緒のベッドで眠った。あれだ。川の字とか、そんな感じで。


ニーアオートマタ、クリア。

……へこむ。気分が落ち込む。

パスカルぅ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ