第五話 人界の歴史
「わあ……」
夜の森を進み、代わり映えの無い景色をのんびりと眺めていると、御者台に座る俺の膝の上でリィリアが声を弾ませた。
それもそのはず。
今は夜だというのに、暗闇の森の先が茜色に輝いていたのだ。
「眩しいのだわ。凄いのだわ――人間は一夜を過ごすために、一体どれだけの火を燃やしているのかしら」
見た目相応に、まるで子供のように両足を動かしながらの呟きに苦笑すると、隣で手綱を握るフローラさんも肩を震わせていた。
「リィリアちゃんの家では、夜は火を使っていなかったの?」
「いいえ、いいえ。ランタンの明かりは途切れなかったけれど、ここまで明るくはなかったのだわ」
「そうなの?」
「質素倹約が家訓でね。最低限明るければいいかなあ、と」
「まあ、それが普通でしょうね」
はしゃぐリィリアが微笑ましいのか、フローラさんの声音は明るい。
どうやら、男達に襲われた恐怖はいくらか薄れているようだ。その事を良かったと思っていると、深かった森が突然開ける。
それは本当に、突然。
周辺の木々を伐採して作られたのだろう、森の終わりに現れたのは大きな木の柵。
そして、その奥には見張り台と、高い櫓だ。
そこから人の視線を感じたが、フローラさんに緊張の色は浮かばない。どうやら、ここがこの馬車の荷台にある荷物を運ぶ先――人界の軍が駐屯している場所なのだろう
そう予想していると、木の柵と同じく木材で造られた……けれど太い木の幹をそのまま使っているので材質以上に頑丈に見える門が内側から開かれた。
「途中で問題が起きたけど、これで仕事は終わりね」
漏れた声が沈んで聞こえたのは、気の所為ではないだろう。人の死――自分の事を傭兵だと言っていたけど、それなりに長い付き合いだったのだろうか。
その事が少し気になったが、しかし視線は正面へ。
開かれた門から現れたのは、全身を鎧に包んだ二人の兵士。その後ろには、軽装の兵士がこちらも二人。
全身鎧を着こんでいる二人は、鉄――だろう。関節までを包んだ重厚な鎧に、まるで中世の剣闘士が身に着けているような穴が開いた兜。手には盾と槍。
しかし、その後ろに控える二人はフローラさんのように厚手の服に鉄製の足甲という軽装。腰に剣を吊り、しかしその両手には荷台に積まれているような単発式であろうライフル銃がある。
……物凄く違和感を覚えるのは、中世の騎士と近代の銃兵が並んでいるからか。
どういう時代背景だと、ツッコミを入れたくなってくる。
銃なんて普及しているなら、ヘルムじゃなくてマスクにした方が視界は確保できそうだが。
「今日の昼に運ばれてくるはずだった物資か?」
「はい。途中、山賊に襲われたり、食料が不足して村へ立ち寄ったりしたので遅れてしまいました」
「……荷物を見せてもらうぞ」
顎まで覆われたフルフェイスヘルムの下からくぐもった声が聞こえた。男の声だ。
まあ、全身鎧なんて重い物を見に纏っているのだから、中身は体格の良いおっさんなのだろうと勝手に予想。一緒に並んでいるもう一人の騎士より身長は低いが、中身はドワーフだろうか。
「どうぞ。一緒に襲ってきた山賊も縛ってありますので……あ」
「ん?」
「山賊に襲われた際に、こちらの方に助けていただいたのですが」
突然紹介されて、軽く会釈。
礼儀正しいのか、身長が低い全身鎧を纏った騎士も会釈をしてくれた。
「こちらの方、ドラゴンをペットとして飼っておられまして……」
「どらごん? ドラゴンって、文献にある、あのドラゴンか?」
「そうらしいです。文献に載っているドラゴンとは全然違いますが」
話している間に、シュオンの事を聞いた他の三人が身長に馬車の荷台へと移動する。後ろの方で、荷台を覆っていた厚布が取り払われたのが分かる。
「シュオンはドラゴンらしくないから、驚かれるのだわ」
「は、はは」
呟いたリィリアの声に、フローラさんが苦笑い。
そりゃあ、見た目はアレだからなあ、と。
御者台から後ろを振り返ると、眠そうに欠伸をしているデブ――ふくよかに太った、ぬいぐるみのようなドラゴンの姿。
銃を構えられても動じないのは、まだアレがどのようなものか深く理解できていないからか。それとも、銃弾など効かないからか。
「え、なにこの状況?」
「なんだ、コレ……」
「コレって……僕みたいな愛らしいドラゴンを捕まえて、あんまりな言い草じゃないかな……」
「喋ったぞ!?」
あれだな。珍獣みたいな感じで驚かれていた。
少し面白い。喋るドラゴンは魔界でも珍しいけど、魔王として仕事をしていた時はもう何十年も一緒だったから、周りがシュオンの言動に慣れてしまっていたからなあ。
「え、っと。取り敢えず、荷物を納品してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……凄いな。貴族が道楽で魔物をペットにするのはよく聞くが、ドラゴンなんて」
「初めて見ましたよ、俺」
「俺もだ」
「シュオンがドラゴンの普通と認識されるのは、ドラゴン達にとって悪夢だと思うのだわ」
「本当にな。そうなったら、アルフヴァンも草葉の陰で泣いているだろうよ」
知っているドラゴンの名前を口にして、軽く伸びをする。そんな俺達の心配など気にする様子の無いシュオンは、人間達に驚かれながらもさっさと荷台に乗せていた山賊たちを蹴落とすように下ろしていた。
「邪魔者は下ろし終わりましたよ、お嬢さん」
「ありがとう、シュオン君」
「いえいえ。どういたしまして。フローラお嬢さんの為なら、何でもしますとも」
相変わらず、女性にはいい格好をしようとする奴である。そんなシュオンの声を聴きながら、フローラさんが手綱を振った。
馬が歩き出し、馬車が進む。そのまま、門を通って人界の軍――その中へ。
門の周辺もそうだったが、門の内側も相当な明るさだった。至る所に篝火が焚かれ、もう夜遅いというのに相当数の人族達が活動している。
雰囲気で、察する。周囲の緊張を。
魔族との戦争――まだその先端は開かれていないけれど、その時が近いと感じさせる雰囲気だ。
「それじゃあ、先導しますね」
不意の声に顔を向けると、馬車に並走するようにして先程話し掛けてきた身長の低い全身鎧を纏った騎士の姿。
よくそんなに重そうな装備なのに走れるものだと驚いてしまう。
「凄いのだわ。人が沢山――こんなに沢山誰かが居る所、初めて見たのだわ」
目を輝かせながらリィリアが声を弾ませる。
ざっと見た感じでも、百人は軽く越えているだろう――遠く、開かれたままになっている『境界』の門の外側に広がる篝火は、前線に立つ兵士達が居る証だろう。その数だけでも、数えるのも億劫になってしまうほど。
そして何より気になるのは、この場に居る兵士達の装備だ。
先ほど見たように全身鎧に身を包んだ騎士の数はそれほど多くなく、殆どは軽装。腰に帯剣し、負い紐を肩に引っ掛けて銃を背負っている。
騎士よりも銃兵が目に付くのは、こちらが人界の軍の本陣だからか。それとも、前線の兵士達にも銃は配られているのか。
その事が気になったが、このまま前線の兵士達を確認しに行くのも目立ちすぎるだろう。
フローラさんに聞こえないよう、リィリアの耳元でその事を聞くように言うと、リィリアがくすぐったそうに身を捩った。
「フローラお姉ちゃん、みんな銃を持っているのだわ。銃って、沢山作られているの?」
「そうでもないかな。銃を持っているのは箔を付けるために参加しているお金持ちの貴族と、あとは前線に出ているちゃんとした訓練を受けた一部の兵士だけじゃないかしら」
お金持ちの貴族、辺りは小声になりながらリィリアに説明してくれる。
どうやら、それほど多くの銃を戦場へ投入する事は出来ないらしい。生産が追い付いていないのだろうか?
よく考えると、銃が普及しているのに、いまだに馬車を使っているというのも変な話だ。これだけ製鉄技術が進んでいるなら、馬車に代わる乗り物が発明されていてもおかしくない。
こめかみを右手の指で軽く叩きながら、記憶を呼び起こす。
銃の歴史――地球の歴史で銃が最初に登場したのは、千年前後だったはずだ。中国の王様に献上されたとか何とか。そんな感じだったはず。
そして、千三百年くらいに、銃身を持つ銃が開発された。そこから約七百年という時間をかけて俺が生きていた時代まで銃は進化し続けたのだが……車の歴史はどうだっただろうか。
蒸気自動車が開発されたのが千七百年の終わり、千八百年代だったか?
ガソリンエンジンが開発されたのは近代……千九百年に近かったはず。そう考えると、車より銃の方が歴史は古いのか。それに、化石燃料――ガソリンを製造する技術が無いのかもしれない。ガソリンは原油を洗練し、オクタン価を調節して作成されるのだったか。
元の世界の知識を百年経っても思い出せるのは、今の身体の良い点だと思う。ビバ、不老不死。永遠を生きるというのも、偶には悪くない。
それでも、いくつかの記憶は忘れてしまうのだけれど。
なんとも悲しい体質である。
「それじゃあ、荷物を下ろします。しばらくお待ちください」
考える事に没頭していると、くぐもった声が耳に届く。先ほどの身長が低い全身鎧の男が荷台に回り、一人で銃器が積まれた箱を下ろし始める。
一箱に結構な数の銃が積まれ、重量にすると数十キロはあるだろう。しかし男は特に足取りを重くすること無く、軽々と運んでいる。兜で表情は見えないが。
荷台にあるのは銃だけでなく、銃弾や手投げ弾も。それ等も数があるので相当な重量のはずだ。
「手伝いましょうか?」
武器庫も見てみたかったので、善意を装ってそう口を開くと男は「いいえ」と即座に反対した。
「武器庫へ近寄られては困りますので」
「それもそうか」
まあ、期待はしていなかったので特に気にはしない。
荷物はすぐに下ろし終わり、別の兵士からフローラさんが報酬を受け取って仕事は終了。山賊の分も受け取ったそうで、彼女は微妙に落ち込んだ顔をしていた。
死んでしまった仲間の事を思い出したのだろう。
「ふう」
仕事が終わって立ち去る一瞬前、先程荷物を下ろしていた全身鎧の男――と思っていた人が、フルフェイスヘルムを外した。
現れたのは、汗を吸って重くなった永い茶色の髪と、男というには可愛い、美しいという表現が似合うであろう幼い容姿。
兜の所為で声がくぐもって聞こえたのだが、どうやら中身は女性だったらしい。彼女は滲んだ汗を取り出したタオルで拭きながら、火照った息を吐いた。
その様子に目が惹かれてしまうのは、リィリアのような人形然とした美、フローラさんのような活発な美とは違う、健康的な美があるからか。
荷台で、男の手伝いなどするものかと決め込んでいたシュオンが、彼女の顔を見て慌てて顔を上げた。
「……なん、だと」
「シュオンが驚いて尻尾を立てているのだわ」
ネコか。
「お嬢さん、お嬢さん」
そのまま、自力で起きる事の出来ないシュオンは転がるように荷台の床を転がって、女性騎士の元へと移動する。
もうここまでいくと、呆れるより感心してしまう。なにがこのドラゴンを駆り立てているのだろう。女性への興味だけとは思えなかった。
聞くと、「女の子に愛でられたから」とか言うのだ。もう、何が本心なのか分からなくなる。
「ん?」
「お嬢さんのような可憐な女性に会のような重いモノを運ばせてしまい、申し訳ありませんでした」
シュオンがいつものように、ぬいぐるみ然とした外見のくせに気障ったらしいセリフを吐いた。
「よく回る舌だよな」
「タツミもあれくらい舌が回ればいいのに」
「え?」
てっきり同意してもらえると思っていたら、リィリアからそんな事を言われてしまった。
驚いて膝の上に座っている彼女の頭頂を見るが、その表情はうかがい知れない。隣のフローラさんには見えているようで、なんとも微笑ましい物を見るような目で見られていた。
「いや、オレは男だけど」
「……え?」
「……え?」
シュオンと同時に声が出た。
そして、その声と同時にリィリアから太腿を強く抓られた。反射的に、全身が驚いて震えてしまう。
「……男、だと?」
「男だよ、ドラゴン君……君、でいいよね?」
「あ、はい」
なんだろう。シュオンの紅色の鱗が、篝火に照らされているとはいえ夜の暗闇の中で真っ白になったように錯覚した。
「男の人、だったんですか?」
「あー……まあ、誤解されるのには慣れてますから」
黙ってしまったシュオンの代わりに聞くと、曖昧な笑顔。
どうやら、女性扱いされるのはあまり好きではないらしい。表情は笑顔だが、さっさとこの場から離れようとしているのがすぐに分かってしまった。
「それじゃあ、荷物は受け取りましたので。来た道を戻りますね」
兜を被って、また馬車の前へ。来た時と同じように馬車を先導してくれたが、その下の顔を見たというのに、なんとも話し掛けづらい。
微妙な雰囲気のまま、俺達は人族の軍、その前線基地から出る事になった。
知った事と言えば、沢山の人が居て、銃が沢山配備されていて、けれど中世の騎士みたいな兵士も居るという事。
目を閉じて、見た景色を思い出す。
人の数は、おおよそだが五千といった所か。フローラさんの言葉を加味して、武器庫周辺には銃で武装した貴族が数百人。鎧騎士が同数。
『境界の門』の先に展開した前線――篝火の数と、そこにあった幕舎の数。テントの中に四人から五人の兵士が居るとして、その数は五百ほど。前線の兵士は二千から二千五百。
総数は、多く見積もっても四千に届くかといったところか。
対する魔族側は、戦える戦士を総動員しても二千に届くかといった所。
リィリアが驚いていたのは、純粋に人が沢山居たからだ。
なにせ、魔界――魔族はそれほど多くない。土地の広さこそ人界とそう変わらないが、そこに住んでいるのは人族の半分にも届かない。
人口の少なさは、兵士の総数に比例する。
この前線を押し返したとしても、人界側はまだまだ予備選力が居る事だろう。
それを押し返せるのは人知を超えた異能である『魔法』なのだが、銃を前に『魔法』がどれ程の効果を発揮するかというと……よく分からない。
ファンタジーのオヤクソク、剣と魔法ではなく銃と魔法の戦い。
「困ったな」
自然と、口からそんな言葉が出た。
魔族側がそう簡単に負けるとは思わない。けれど、勝ち目が高いのかと聞かれれば首を傾げてしまう。
俺は人だ。元だが、人間だ。
銃がどれだけ厄介なのか、面倒なのか、危険なのかを知っている。身をもってではなく知識として、知っている。
「どうしたの、タツミ?」
「いや。俺が知らない間に、みんな銃を使うようになってるなあ、と」
「この棒っきれ? そんなに気になるの、タツミ?」
そう言ったリィリアは、俺を伝って荷台へ移動すると手に銃をもって顔を出した。
「……どうしたんだ、ソレ?」
「山賊の人からもらったの。だって、手足を縛られていたら使えないのだわ。だったら、タツミが貰った方が良いと思うの」
「俺はいらないけどな」
「そうね。タツミは殴って蹴る方が強いし、似合うもの」
そう言って、リィリアは破顔した。
「リィリアちゃん、危ないからそんなのは捨て……ても駄目だし、お姉さんに預けなさい」
「やあ、なのだわ。タツミはこればっかり気にしているから、私はこれを持っているのだわ。タツミは、もっと私を気にするのだわ」
「もう……」
リィリアの言葉に苦笑しながら、フローラさんが俺を見る。
何を言いたいのかを察して、ちゃんと頷いて応えた。
「後で言い聞かせておくよ」
「そうしてちょうだい。……銃は、子供でも命を奪えるんだから」
ああ、と思う。
この人は多分、本当に銃が嫌いなんだな、と。
その声音から察する事が出来た。




