第二十話 人の国1
「……ようやく着いたな」
その声は、これまで聞いてきた中で一番弱々しい印象を受けた。
視線の先には高い壁――ように見える王都の外壁。岩を削って均等な大きさにしてから積み重ねられた高い石壁。
どこか魔界と人界を隔てる『境界』を連想させる壁のように感じる。
その壁を見ながら、少し呼吸を乱したフローラさんが言った。
ちなみに、今は昼間である。
……急いでいたとはいえ、夜通し歩くというのは人間には辛かったのかもしれない。傭兵という事で体力には自信があると言っていたけど、少しは気にするべきだった。
陽が上る頃になると徹夜明けのテンションというか、妙に元気が良かったから体調は大丈夫そうだと思ったけど、カラ元気だったようだ。
「王都に付いたら休もうか」
「ああ……家に案内するよ。宿を借りるとなると、結構な出費になるからな」
そうなのか、と。
もう随分と近くに見える王都を見ながら、そう呟く。
そして、その王都の前。
入り口だろう大きな門はまだ朝だという事で閉じられているが、その門の前にある沢山のテントが視界に入る。
「あのテントは?」
「ん? ああ、王都へ入る順番待ちだな」
「……順番待ち?」
「よいしょ。街へ入るのに、順番なんてあるの?」
肩にある大きな銃を担ぎ直しながら、リィリアが聞いた。手には大きなカバン。肩には銃。
まるでどこかの少女傭兵を連想させる風貌だけど、カバンと銃の重さに振り回されてフラフラとしている様子はとても微笑ましい。
持ってやろうかといっても自分でやれるの一点張りだし、こう、子供扱いされたくない年頃なのかもしれない。
それはそれで可愛いし、王都まで歩いている間は特に目を惹く者も無かったのでいい楽しみでもあった。
「銃が武器の主流になってからは、技術の漏洩、物品の不法流出を防ぐ為という名目で出入りが厳しくなっているんだ」
「ぎじゅつのろうえい?」
意味が分からなかったようで、リィリアが気の抜けた声で呟いた。
「銃や弾丸の作り方を王都の外へ漏らさないように、商人や職人の出入りを監視しているって事だな」
「その通り。私の子供の頃と比べると、随分と難しい世の中になったよ」
「文明が発展するっていう事は、そういう事だ」
法律とか、種族とか。
元の世界でもそうだったけど、人が増えればどうしても生きていくための『決め事』とというものが必要になってしまう。
昔は全然気にしていなかったけど、魔王という立場にあるとその辺りが何となく分かるようになっていた。
意志のある生き物を纏める為には、誰かが上に立ち、指示を出して統制するのが簡単だという事だ。好き勝手に生きて『自由』を叫ぶのは、生活が落ち着いた者の特権。
明日の命すら確約されていないこの世界では、『王』の命令の下、民を纏めるのが一番安全に『多くの命が生き永らえる』。
それでも、全部の命が生き永らえる訳ではないのだけれど。
まあ、そんな事はさて置き。
「技術の漏洩って事は、銃の作成は王都以外では行われていないのか?」
「いや。王都の周囲――貴族領が六つあって、それぞれで作られている。技術を漏らしたくないのは山賊のような無法者に対してだ」
「……なんで、そこで山賊?」
「王が魔族との戦いを打ち出してからは、山賊に身を窶す者が増えたんだ」
今度は俺も、リィリアと同じように首を傾げてしまう。
俺の腕の中で眠っていたシュオンに顎が当たり、大きな欠伸をして目を覚ます。
「もう朝ですか?」
「王都に付いたぞ、寝坊助」
「本当に。シュオンはだらしないのだわ。起こさないと、いつまでも寝てるんだもの」
「敵意があれば敏感にもなるのですがね……それで、どうしたんですご主人。難しい顔をして」
「ああ、人界の事をフローラさんから教えてもらっていたんだ」
そう言って、先を促す。
俺の意図が伝わったのか、フローラさんはどこか嬉しそうに頷いた。
「この人界における賊というのは、魔族と戦うよりも人間と戦った方が安全だと思っている連中の集まりなんだ」
「あー、なるほど」
そりゃあ、百年以上も前に戦った得体のしれない人外よりも、自分と同じ人間と戦った方が安心だと思うだろう。
そして、そんな山賊へ技術――銃の作成方法や、銃そのものや弾丸の売買を行えばそれなりの稼ぎになると思う人間も出てくるという訳か。
「分かり易いね、どうにも」
「人間同士で戦うの?」
「ああ。『境界』の前に基地が作られる前は、人は人と争っていたんだ」
「……よく分からないのだわ。どうして? 仲間でしょう?」
「本当に……リィリアちゃんの言う通り、どうして人は人同士で争うのだろうな」
その声音はとても悲しそうで、フローラさんもそんな人間の在り方に疑問を抱いている様だった。
けど、人間同士の争い……それは、地球でも異世界でも変わらないらしい。
きっと、山賊達には山賊達の、何かしらの考えがあるのかもしれない。無いかもしれないけど。
「なるほどな。だからあの基地にあった銃と、リィリアの拾った銃では造りが違うのか」
「ああ。基本的に、山賊に売り込む銃は型落ちした物……だけど、それも数が揃えば脅威なんだ」
そう話しているうちに、王都周辺にあるテント群の近くまで歩いていた。
俺達の話が聞こえたのだろう、中にはテントから顔を出して何ものなのかを確認している人間も居る。
「まあ、山賊の話はさて置き。それで、王都に入るにはどうすればいいんだ?」
「傭兵や商人ならこれ――」
そう言って、軍服に似た上着の胸ポケットから金属製の板を取り出す。
両面に何かの模様が彫られているが、見慣れないものだ。
「それは?」
「身分を証明するものだ。これは傭兵ギルドに所属して一年ほど働いた事で、王都外の仕事を受けられるようになった証でもある」
「ああ。外に出ても大丈夫だって、信用された証か」
「そういう事だ」
「それって、俺達も一緒に通って大丈夫なの?」
「ああ。門で名前を聞かれて記録されるから、もしタツミさんが問題を起こしたら私の問題として傭兵ギルドの方へ話が逝く事になるだろうな」
なるほど。簡略されているけど、フローラさんが俺の保証人になるって事か。
もう一度、その金属製の板を見る。
「中々便利だな」
「受けた仕事の難易度よりもどれだけ長くギルドに所属したかが大切だから、直ぐには貰えないぞ?」
「別に、王都に住むつもりもないし、仕事を探しに来たわけでもないさ」
次の問題は、と。
「門は閉じているけど、いつ開くんだ?」
「もうすぐだ。太陽が上ったし、外壁の上に見張りが出てきた」
言われて視線を上へ向けると、石造りの外壁の上に動く人影が見える。アレが見張りらしい。
「見られていますよ、ご主人」
「テントの外に出ているのは俺達だけだからな」
周囲を見回すが、まだ多くの商人や旅人達……野宿組は朝食を食べたり、身嗜みを整えていたりしている。
多分、外壁の向こうに居る兵士達も似たようなものなのだろう。
『境界』付近では戦争が起きているというのに、王都周辺は何とも緊張感が無いように感じられる。
ああ、でも。
確かに人間は――俺が地球に居た頃も、テレビの中で事件なんかが起きても他人事だったように思う。
……やっぱり人というのは、直に自分が巻き込まれなければ危機感を抱けない人種なのだろう。
そんな事を考えていると、フローラさんが周囲を見回していた。
そして、小さな「ぐぅ」という音。
「お腹が空いたか、リィリア?」
「違うのだわ!? さ、さっきのはシュオン。シュオンのお腹の音なのだわっ!」
「えー、僕ぅ?」
「そう、シュオンよ。シュオンよタツミ」
肩を竦めると、リィリアからぽかぽかと叩かれてしまった。
そういえば、昨日の夜から何も食べていない。俺もシュオンも数日食事を抜いたくらいでは空腹なんて感じないから、その辺りを完全に忘れていた。
まあ、空腹を感じないだけで味覚も食欲もあるから、ご飯を食べるのは好きなんだけど。
「食事を分けてもらおう。ちょうど、商人達が起き出したし。金を払えば分けてくれるはずだ」
「そう……私はまだ我慢できるけど、シュオンがお腹を空かせているからしょうがないのだわ」
「うん、そうだね。お腹が空いたね、リィリア」
「私はまだ我慢できるのだわっ」
その大きな声でテントの中で眠っていた人達が起き出す。
うるさくしてしまっただろうかとも思ったが、どうやらあまり気にしていないらしい。
俺達など気にせず、朝食の用意を始めた。
「それじゃあ、どこかに混ぜてもらおう」
「あ、でも。お金って、あとどれくらいある?」
リィリアが見上げてきた。ポケットから、先日フローラさんを助けた報酬として貰った貨幣を取り出す。
「ああ、いい。食事代くらい、私が出すよ」
その言葉に甘える事にした。




