第十九話 王都へ
「ふう。いい仕事をしました」
星の光が瞬いていた夜空が蒼色に染まり始める頃。
周囲に何も無い平原、その中央へ巨大な陰が舞い降りた。――鋭角的な形状をした巨大なドラゴン、シュオンだ。
まるで人仕事を終えたおっさんのような声を出しながら地面へ降りると、翼を畳んで休憩の体勢に入る。
どうやら、今日はもう飛ぶつもりは無いらしい。
まあ、森を駆け回ったり飛び回ったり人間を追い払ったり。それが終わったら、今度は俺達を乗せて一晩中飛び続けたのだから、いかなドラゴンでも体力的にはまだ余裕があっても精神的に疲れてしまったのだろう。
ただでさえここ数十年はダラダラとした生活を続けていたのだから、慣れない長時間の飛行は答えたように見える。
それでも空の上からは目的の場所、人界の王都が見えるくらいの距離まで飛んでくれたのだから感謝の念を込めて首筋を撫でてやると、くすぐったそうに身動ぎをした。
「シュオン、もう飛べないのかしら?」
「あー、うん。もう無理。疲れた。眠い」
「……おっさんか」
呟くが、返事はない。どうやら軽口に返事をする余裕も無い程度には疲れているらしい。
「それじゃあ、ここからは歩くか……フローラさんは、大丈夫?」
「ああ……うん、大丈夫だ」
俺の言葉に、けれど返ってきたのはどこか力のない声。
夜通し空を飛んで疲れたのだろう。人間なら、こうやってドラゴンの背に乗ることも初めてだっただろうし、蜘蛛より少し低い場所を跳ぶというのも初めての経験だっただろう。
先にシュオンの背中から飛び降りると、まずリィリアの手を取って下ろしてあげる。
翼を休めるように身体を丸めたシュオンだが、それでも俺の身長より身体の位置は高い。リィリアでは足が届かないのだ。
「よ、っと」
「ありがとう、タツミ」
「どういたしまして」
手を取って……それでも危なっかしかったので、結局両手で抱えるようにして下ろしてあげる。
次はフローラさんだ。
こちらは身長があるので飛び降りられるだろうかとも思ったが、どうやら慣れない空の旅で足腰に力が入らないらしい。
最初は自分で降りようとしていたが、両足が生まれたての動物のようにプルプルと震えていて無理な様子。
「ちょ、ちょっと待っていてくれ」
とは言ったものの、どうにも降りられそうな気配は無い。
アレだろうな。リィリアと同じように、かかえて降ろされる事が恥ずかしいんだろうな。
何となくそんな事を考えながら降りる事が出来ないフローラさんをしばらく眺めていたが、流石に空が蒼から青色に変わり始める頃になると、悠長に待っているのも難しくなってくる。
なにせ、今のシュオンは大きなドラゴンだ。
ドラゴンの中で小柄な部類に入る体躯だが、それでも太陽が昇ると目立ってしまう。
「それじゃあ、フローラさん。掴まって」
「う、ああ、分かった」
一瞬言い淀んだのは照れからか。
差し出した手を握ってくる彼女の手は小さくて、けどその皮膚は少し硬い。
これが剣を振ってきた手というやつだろうか。
そんな事を考えながらフローラさんの手を握って引くと、倒れ込んできた彼女を抱きしめるように受け止める。
「きゃっ」
「っと。大丈夫?」
そのままゆっくりと下ろすと、尻餅をつくように草原の上へペタンと腰を落とした。
それを待ってから、シュオンが欠伸をした。
「それじゃあ、ご主人。しばらく休憩しますね」
「おう。お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
そうして、見る間にシュオンの身体が小さくなっていく。
尖ったナイフのように鋭利な形状をしていた鱗の先端が丸くなり、空を裂くように大きく広げられていた翼は縮んでしまった。
巨大な岩すら噛み砕いてしまいそうな牙も身体が縮むのに合わせて小さくなり、俺達三人を乗せても余裕のあった大きな体躯が見る見るうちに……見慣れたぬいぐるみもどき姿へと変わってしまう。
何度見ても思うが、絶対にドラゴンの姿をしている方が格好良いだろう。
魔族の女性にも、そっちの方が受けは良いと思うのだけど、シュオンとしてはこのぬいぐるみもどきの姿の方が『愛嬌』があって良いらしい。
「小さくなった……」
「こっちが本来の姿ですから」
「違うだろ」
フローラさんの言葉へ当然のように返事をしたシュオンにツッコミを入れ、その小さな身体を抱きかかえる。
軽い。本当にぬいぐるみのような軽さだ。
「確か、向こうだったな」
空の上から見た王都の方角を確かめると、シュオンを抱えているのとは逆の手をフローラさんへ貸して立ち上がらせる。
「どうする。少し眠ってから王都に行った方が良い?」
「ああ……あ、いや。少しでも急いで王都へ行こう」
「大丈夫? 突かれているなら休んでいいよ、フローラお姉ちゃん?」
無理をしているのかと心配して、リィリアが言った。その手には、シュオンに積んでいた私服などの荷物が入ったバッグが握られている。
「いや。私達……というか、シュオン君とタツミさんの事を知らせるために、全英基地から王都へ向けて早馬が向けられるはずだ」
「ああ、なるほど」
いくらシュオンの翼で距離を稼いだとはいえ、いつ俺達の事を知られるか分からない……その事を心配してくれているのだろう。
確かに。俺とシュオンなら人の兵士や騎士に囲まれても逃げる事が出来るけど、そうなると荒事は避けられない。
そして、人間を傷付けたらこっちの話……戦争を止めたいという意思をどれだけ伝えても聞いてもらえない事は考えなくても分かる事だ。
「そういえば、あそこから王都までって馬でどれくらいの距離なんだ?」
「馬車で五日だから……早馬なら三日くらいの距離、かな?」
「なんだか自信無さげなのだわ」
「ぅ……馬を走らせた経験が無くて」
という事らしい。まあ、それなりの目安にはなるだろう。
そう思いながら、山の合間から顔を覗かせ始めた太陽へ視線を向ける。
夜明けだ。
「三日か。今日中に王都へ行って、宿を借りて、明日から動くとして時間的には二日か」
その間に、王都というからには城もあるだろうから城へ侵入する方法を探して、王様と話す方法を探して、戦争を止める方法を考えて。
……やる事と言ったら、大まかにはそんなところだろう。
多分後から沢山考えないといけない事が増えるだろうけど、まずしなければならないのはその三つ。
城への侵入。王様と話す方法。戦争を止める手段。
これがゲームとかだと、主人公は正面から城に堂々と入れるんだけどなあ、と。
そんな事を考えながら歩きだす。
「そういえば、フローラさんって王都に住んでいるんだったか?」
「ん? ああ。父と母、三人で暮らしている」
「だったら、王都ってどんな所か教えてほしいのだわ」
歩き出した俺の後を追っていたリィリアが、フローラさんの隣に並びながらそう言った。
明るい声は、まだ見ぬ人界の王都への興味がありありと浮かんでいる。
俺も聞きたかったので黙っていると、フローラさんがコホンと咳払いをした。
ちなみに、シュオンは俺の腕の中で寝息を立てている。……ドラゴンなのに、体力がないヤツである。
よっぽど、リィリアやフローラさんの方が元気だ。同じ、徹夜している蓮なのに。
「人界の王都――というと、一番有名なのは、やっぱり王城だな。岩山から何人もの人が岩を運んで、形を整えて、何百年も昔に作られたとされる白亜の城。城内は絢爛豪華な宝石や調度品で彩られ、中庭にはその季節によってさまざまな色の花が植えられているんだ」
「お花かあ。お城というくらいだから、やっぱり綺麗なのかしら? 人はどれくらい住んでいるのだわ?」
「城には常時詰めている兵士や騎士、それに貴族や神官達が何百人と居る。王都の民は、全部で……どれくらいかな。細かく数えた事はないが、確か五千人程度だったかな?」
「五千人!? 凄く多いのだわ。どれくらい人が集まっているのか、想像も出来ないわ!」
どこか歌うように、踊るように、手に持った荷物と一緒にくるくると回りながらリィリアが言った。全身で驚きと喜びを表現しているようだ。
その仕草を愛らしく思いながら、シュオンを抱え直す。
「それだけ人が居ると、なんだかごちゃごちゃしてそうだな……」
「そうだな――私も、時々そう思う時があるよ」
しみじみといった様子で、フローラさんが呟いた。その意味が分からないリィリアは首を傾げて、俺とフローラさんを交互に見上げてくる。
「賑やかなのは良い事だわ。魔界は静かだから」
「静かなのが良い事の時もあるさ、リィリアちゃん」
「……そうなの?」
聞かれて、肩を竦めて返事を誤魔化す。
人が多くて賑やかなのが良いのか、人が少なくて静かなのがいいのか。それこそ、人それぞれ。感じ方の違い、感性の違いという奴だ。
「っと。ここからは道なりでいいのか?」
しばらく歩くと草原とは違う舗装された道――平らな石が敷き詰められ、馬車が進みやすいよう舗装された道に出た。
その道は、目指していた王都があった方向へと延びている。
「ああ。あとはこの道なりに進めば王都だ――」
ふう、と息を吐く。
「リィリア、荷物は重くないか?」
「大丈夫。タツミは過保護なのだわ」
過保護というか心配しているからなんだが、リィリアからすると子供扱いされているように感じているのかもしれない。
五十年も生きているけど、精神はまだどこか外見相応……幼さを感じさせる幼女。
まあ、つまり。この年頃の女の子はどう接したらいいのか分からなくなってしまう時がある。
フローラさんを見ると、そんな俺の感情が伝わったのか口元を手で隠して肩を震わせていた。
明日……今日からか。
誤字の修正を行わせていただきます。
指摘して下さった皆様、対応が遅くなってしまい申し訳ありません。




