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第十七話 ドラゴンを喰ったニンゲン


 それは一種、異様な光景だった。


「何だこの人間?」


 呟いて、右腕を一振り。

 暗闇の中、それなりの威力で放った一撃は空気を裂いて向かってきた少年を殴る直前――けれど死海から少年の姿が消え、死角から放たれた片刃剣の一撃を、一瞬の判断で避ける。

 続けて少年の後ろに隠れている数人の射手達が放った銃弾を左腕で受け止め、次の斬撃が来る前に弾丸を当てないように注意して投げ返す。

 集中すれば、暗闇の中でも何となく放たれた弾の弾道は読めるようになった……ような気がする。ほとんど勘だけど。

 ともすれば左腕の皮膚を突き破り、肉に食い込んだ弾丸を指で取り出して投げ返すが、これが中々悪くない。

 自分には遠距離攻撃の方法が無いと思っていたが、こんな戦い方が出来るとは。自分でもびっくりである。……おかげで左腕は血塗れだけど。

 何度もやりたいと思える戦い方ではない。服は使い物にならなくなるし。


「このっ!!」

「っと!?」


 下から掬い上げるような一撃。背を逸らすようにして避けると、懐へ踏み込んできての体当たり。小柄な身体からは想像できない威力は鉄の鎧を纏っているという事を差し引いても相当の痛み。

 それでもその痛みをやり過ごして距離を開けると、少年も後ろへ下がった。

 この少年もそうだが、草むらに隠れて発砲してくる兵士連中も一向に退く気配が無い事に苛立ちを感じながら、同じように驚きも感じる。

 正面から向かってくる少年……兜を外したその顔には、見覚えがあった。

 初めて前線基地へ向かった際に少し話した、少女のような容姿をした男の子だ。

 重い鎧を纏っているというのに、ともすれば死海から見失ってしまうほど速い。放たれる斬撃は細い木を両断し、持っている剣は両刃ではなく片刃。

 フローラさんが持っている反りの大きな曲刀ではなく、もっと見覚えのある……記憶に残っている形状。

 カタナだ。

 日本刀。それに似ている、と思う。

 鞘も独特の形状で、こちらにも見覚えがある。夜の闇の中、それでも人間離れした視力は黒塗りの鞘をしっかりと見据えながら放たれる斬撃を避けていく。

 その隙を縫って拳を返すが、これは簡単に避けられてしまう。

 これはあれだな。経験の差だ。

 避けるというよりも、動作を見てからどのような攻撃をするのかを『読む』のが上手い。現に、こちらが反撃をしようとすると、その時には既に回避運動に移っている。

 こっちは身体能力を頼りに戦っているだけに、なんとも相性が悪いように感じながら銃弾を手で受け止めて少しずつ連中の意識をリィリア達が隠れている場所から遠ざかっていく。


「ふう」


 もう何度目か、数えるのも億劫になる発砲。銃弾を受け止め、斬撃を避け、適当な反撃。

 これだけやられても、こっちを殺しに来ている人を殺す気になれない。殺意が湧かないのではなく、殺しては駄目だと自分に言い聞かせる。

 目的は戦争を止める事であって人を殺す事ではない。

 綺麗事だと言われるだろうけど、まあ、殺さないでやり過ごせる場面なら極力血を流さずに収めたい。俺は血を垂れ流してるけど。

 その傷も、適当な数え方だが、一分も経たないうちに治っている。

 頭や心臓、急所に当たれば厄介だが、それだけ。不老不死の肉体にとって、銃というのはそれほど脅威ではない。

 けれど、『魅了』の力は凄まじいがただの淫魔でしかないリィリアや、人間のフローラさんにとってはそうではない。

 あの二人は頭や心臓を撃ち抜かれれば死んでしまうし、腕や足に撃たれても運が悪ければ失血死してしまうだろう。

 そう考えると、俺がここで攻撃を受け続けて珠切れを誘うのが一番。それに、これだけ撃たれてもひるまない相手だ。途中で怖くなって逃げてくれるかもしれない。


「タツミ!?」


 何度目かの銃撃。それを受けると、リィリアが俺の名前を呼んだ。


「ばか!?」


 ――叫ぶと同時に、視界の隅に銃口が映る。

 妙な気配。その銃口は俺を向いていない……勘というよりも予知に近いレベルでソレが何を狙っているのか判断し、車線上に身体を割り込ませる。

 夜の森をけたたましく騒がせる銃撃音に混じって、一発の弾丸が放たれる。

 それを腹部に受け、衝撃で数歩後ずさる。

 致命的な隙だ。足が止まった。緊張が途切れた。

 その一瞬を見逃さず、女顔の男の子が刀を手に突撃。後ろに下がろうとしたが、足が動かない。銃弾が一瞬の判断を鈍らせた。

 なんとか背を逸らそうとするが、それまで。

 振り下ろしの一撃を何とか避けるが、続けて放たれた掬い上げの攻撃に反応出来ない。

 なんとか致命傷だけは避けようと身を捩るのが限界。

 顔面を狙って放たれた斬撃を左腕で受け、肩から先に灼熱感。撃たれたり切ったりしたのとは違う、焼けるような痛み。一瞬、思考が焼けた。


――気が付くと、先程俺の腕を『斬り落とした』少年が、顔を血で染めながら後退っていた。


 そして、俺の左手には、斬り落とされた右手が握られている。なんか、自分で自分の腕を握っているというのは、思うよりも不気味な感じがした。

 少しだけ、記憶が途切れているのが分かる。懐かしい感覚だ。

 少年は顔が血だらけになっているし、多分返り血ではなく……この斬り落とされた腕で殴って退かせたのかもしれない。我ながら、なんて攻撃だ。


「ったく……」


 息を吐いて、肩から斬り落とされた右腕を切り口へ合わせるようにすると、先ほど感じた灼熱感に似た感覚が蘇る。

 喪われた神経が繋がっていく。『無くなっていた』右腕が、元に戻っていく。そこに無かったものが、復活する。

 ……あっという間に、右腕が繋がった。肉も、骨も、神経も。


「何者だ、お前は――っ!?」


 右腕を見下ろして、ちゃんとつながった事を確認。拳を握って、開いて……数回繰り返すと、腕を斬り落とした少年が声を張り上げた。


「ローデリア、退け! そいつが魔王だ、敵の親玉だっ!!」

「酷い言い草だな……まあ、間違っちゃいないけど」


 親玉と言うほど、何か悪巧みをした記憶はない。けど、この世界の在り方、常識から考えると魔と人は敵同士というのが常識なのだ。

 魔王イコール倒すべき敵というのは、当然の考え方なのかもしれない。


「殺す気はないんだ――退いてくれると助かるんだがな」

「ぬかせっ! あんたをここで殺せば、この戦争も終わるっ!!」


 むしろ、魔王の名前を聞いて気合が入ったのか、さっきよりも勢いよく懐へ飛び込んでくるローデリアと呼ばれていた少年。

 今までもそうだったが、躊躇いなく刀を振り抜く攻撃を見切って避ける。動体視力が良くなったというか、攻撃が見える。

 あれか、腕を斬り落とされて興奮し過ぎたか。


――昔、ドラゴンを喰った。

  生きるために。脆弱な人間な肉体を強靭な肉体へ作り替える為に。

  俺を必要としてくれた魔族と、一緒に生きるために。

  不死の竜はその役目を俺に託し、俺は『永遠』を手に入れた。

  不老不死。

  老いず、死なずのバケモノ。人間でも魔族でもない存在。

  強いて言うなら、ドラゴン。

  この世界で最強にして最高の生命体。

  星と共に生きる、星を見守るモノ。

  その中でも最も力の強い不死の竜は、星と共に生きる役目を俺に託した。

  生きたいと、死にたくないと願った俺の願いを叶える代償に。


 ゾクリ、と。背筋が震える。

 この『チカラ』を使うのは、これで何度目だろう。

 肌が粟立つ。息が乱れる。

 目はしっかりとローデリアの攻撃を見切っているのに、思考が鈍くなっていく。けれど、身体の動きは僅かも鈍る事無く、むしろ時間が経つごとに早く鋭くなっていく。

 皮一枚という距離で刀の切っ先を避け、暗闇の中で銃弾どころか離れた位置にいる兵士達の息遣いすら視認できそうなほど。

 感覚が鋭くなるというレベルではない。

 この空間に居る全員の存在を知覚する。

 ――ボウ、と。右腕が内側から弾けた。

 皮膚が裂け、鮮血が飛び散る。

 丁度、首を狙って斬撃が放たれたところだった。それを、皮膚の下から現れた『鱗』で受ける。

 竜麟。ドラゴンの鱗。

 青白い光で地上を照らす月光に、その威容が浮かぶ。

 最初に右腕が変質した。少し遅れて、今度は左腕。

 両腕の肘から先が変質する。鱗に覆われたドラゴンの腕が顕現する。強固な鱗、鋭利な爪。周囲にある巨木どころか、歯が音すら簡単に引き裂く爪だ。

 それを、わざとらしく合わせてカチカチと鳴らす。


「退かないのか?」


 態と、低い声で言う。

 戦いに、腕を斬り落とされたという興奮に血が反応している。こうなると、完全に戦場から離れて落ち着くまでこの状態を抑えるのは難しい。

 だから引いてくれるかと思って声を向けるが、それでもローデリアと呼ばれた少年は刃を下げない。


「そうか」


 だから、一歩を踏み出した。


「え?」


 気の抜けた声が聞こえた。すぐ傍だ。

 たったの一歩。

 ただそれだけで懐へ飛び込むと、重い鎧を着こんだその身体に拳を叩き込む。極力手加減したつもりだが、それでも少年の小柄な身体が浮き、吹き飛んだ。

 後ろにあった巨木へぶつかろうとした直前、空中で体勢を整えると、ぶつかろうとした巨木を足場にして移動。まるで軽業師のようだという感想を抱く間に、地面に降りて刀を下段に構えて突撃。

 ……その踏み込みは、今までで最速。

 人間の出せる速さじゃない。それが、答え。

 異常な身体能力を持つローデリアは、そのまま鞘に刀を収めて俺の脇を抜けて後ろへ。

 攪乱が目的の、最速による移動。

 振り返ると、そこには抜刀の構えで突っ込んでくる姿。

 月光を弾いて刀身が煌めき、けれどまだ届かない――と思っていると、空間が微かに歪んだ。


「……魔法か?」


 足で勢いよく地面を踏む。それだけで魔力の波が周囲へ広がり、斬撃に合わせて放たれた魔力の刃を打ち消す。

 魔族にしか使えないはずの魔法を使う人間――一瞬興味がわいた瞬間、その刹那を狙って二度目の抜刀。納めて抜いて、また納めて抜いた。

 そんな事が可能なのかは知らない。ただ、目の前の人間はそれを成す。

 今度は魔力だけでなく実体剣を以ての攻撃。


――それを、刀身ごと鷲掴みにして、握り潰した。


 手の中で刀が砕け、放たれるはずだった魔力も霧散する。


「え……」

「惜しかったな」


 そのまま、もう一度鎧の上からその腹を殴りつける。押さえつけていなかった小柄な身体が再度吹き飛び、今度は地面を勢いよく転がって止まる。


「あ」


 一度目の攻撃で鎧が砕けていたのだろう。鱗を纏った手に、堅い鎧を殴ったのではなく柔らかい人の肉を殴った感触が伝わって、気の抜けた声を出してしまった。


「これで分かっただろう? その戦力じゃあ、勝負にならん。さっさと退け」


 けれど、ローデリア少年が呻き声を上げながら身動ぎした事で生きていることを確認して、そんな事を言ってみる。

 格好良いというか、威圧感があるように。

 案の定、倒れたローデリア少年を背負うようにして、この場に居た人界の兵士全員が我先にと逃げ出した。


「ふう」


 少し強めに殴ってしまった時は慌てたが、それ以外は概ね問題無し……と思っておく。

 息を吐きながら振り返ると、草むらからこっちを窺っているリィリアとフローラさんの顔が見えた。

 特に、フローラさん。

 伏せていたというか、単に喋りたくなかっただけというか。伝えていなかった事もあり、俺が何者なのかしっかり聞いていたであろう彼女は、驚きと恐怖が混じったような顔をしていた。


「それじゃあ、逃げようか」

「え、あ……」

「シュオンと合流したら、ちゃんと話すよ。それでいい?」


 言葉が出ない、というべきか。コクリと無言で頷く赤毛の女性にどう接していいか分からずにいると、フローラさんの手を引いてリィリアが歩き出した。


「タツミはその腕を治さないと……その手だと、私もフローラお姉ちゃんも、手を握れないのだわ」

「あー……そうだな」


 それは問題だな、と。大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 それだけで腕を覆っていた鱗が剝げ落ち、身体から分離すると灰のようにボロボロと崩れて霧散してしまった。

 残ったのは、肘から先が千切れてしまった服と、剥き出しの両腕だけ。そこに、傷は僅かも残っていなかった。


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