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第十五話 彼らの『戦争』3


 基地を飛び出して暗い森の中へ飛び込むと、背後でもう一度爆発が起きた。

 さっきよりも少しだけ小さい音。多分、武器庫に残っていた最後の弾薬に火が引火したから。

 それを耳に届く音で判断しながら、フローラさんの手を握ったまま森の中を走り出す。

草むら、木の枝。それらが服の上から肌に当たり、中には尖った枝があったのか布の服を裂いて肌を軽く切ってしまうほど。

 僅かな痛み。出血。血の匂い。

 ああ、でも。『人間』にこの臭いは分からない。鼻が利く獣、それか魔物――僅かな出血の匂いを辿れるモノなんて、それくらい。

 だから気にしない。

 どうせ血はすぐ止まる。それよりも、人界の兵士達が爆発で混乱している間に距離を稼ぐべきだと思いながら走るスピードを上げる。

 さっきよりも勢いよく木の枝が当たり、頬が裂けた。


「タツミ、タツミっ!」


 一瞬、頬の方へ意識を向けた時。ようやく、抱きかかえていたリィリアが俺の名前を呼んでいる事に気付いけた。

 必死に俺の名前を呼んで、服の胸元を引っ張っていたのだろう。胸元の生地が少し伸びていた。


「タツミさん、待って!? 少し、少しでいいから!?」


 後ろからの声。フローラさんだ。焦って、呼吸が乱れている。けど、待てと言われて待つはずがない。

 というよりも、このままだとすぐに追いつかれるのが分かる。

 離れている。距離は稼げた。

 けれど、建物が燃える音は響いているけれど混乱の声はもう聞こえない。鍛えられた軍隊だ、奇襲を受けた時の対応もしっかりしているんだ。

 すぐに追っ手が向けられる。足音はまだ追ってきていないけど、もう少し離れないといけない――。

 そこまで考えて、リィリアが無理矢理俺の顔を掴んで横を向かせた。


「あ、どうした?」

「急ぎ過ぎなのだわ。お姉ちゃん、付いてこれてない」


 言われ、足を止めて振り返る。

 手を引いて走っていたからか距離は離れていなかったけど、後ろに居たフローラさんは息をぜえぜえと吐きながら、なんとか小太りなドラゴンのシュオンを抱えている状態だった。


「あ、ごめん」

「す、すごい体力だな……タツミさん」

「体力バカですからね、ご主人」


 ぅ、と。

 反論が出来ない。追われることに緊張して、フローラさんの事を考えていなかった。


「大丈夫、フローラさん?」

「ぁ、ああ……大丈夫。けど、少し休ませて……」


 その言葉が終わると同時に、リィリアから軽く胸を叩かれてしまった。

 俺がフローラさんに合わせずに走ったからだ。


「ごめんなさい」

「分かっているならいいのだわ」


 普段は子供っぽいのに、こういう所はなんだか俺よりも年上のような態度だと思う。

 息を吐いて、握っていたフローラさんの手を離す。

 フローラさんは、俺が手を離すと少し痛そうに手首を摩った。


「ちょっと見せて」

「あ」


 リィリアを抱え直して首に抱き付かせると、返事を待たずに服の袖を捲る。

 月明かりの中、夜目の効く目に月光の明かりを吸ってうっすらと蒼く輝く白い肌と、そこにある黒い影……俺が強く握ったせいで赤くなった痣があった。


「……ごめん」

「いや、いいんだ。逃げないと、危ないから」

「…………」


 また、今度は頭をリィリアから叩かれた。


「女の子の肌は宝物よ。タツミは、重罪を犯したのだわ」

「はい。ごめんなさい」


 素直に謝ると、それが面白かったのかフローラさんはまだ少し息を乱しながら、けどプッと小さく噴き出した。


「はは、なんだ、それは」

「ダメよ、お姉ちゃん。タツミは悪い事をしたんだから、ちゃんと怒らないと」

「そうですよ、お嬢さん。女性の肌は珠の肌。治るとはいえ痕を残すなんて、許されない蛮行です」

「……そこまで?」

「もちろんです、ご主人。危険な場所から脱出するためとはいえ、女性はちゃんと気遣うのが紳士の嗜みですよ」


 ドラゴンに紳士の嗜みを言われる俺って、いったい……。

 なんだかちょっと落ち込みそうになっていると、またフローラさんが笑った。


「大丈夫だよ、リィリアちゃん、シュオン君」

「ごめん、フローラさん」

「そうやって謝ってくれる……気にしてくれるだけで十分さ」


 そこまで言って、よし、と小さく気合を入れる。


「それより、早く逃げないと」

「ん」


 明るい遣り取りで俺の緊張を解してくれたのかもしれない。さっきよりも落ち着いた気持で耳を澄ます。

聞こえるのは、フローラさんやリィリアとシュオンの息遣いとは違う足音。

 数は……分からない。足音で人数を確認するなんて、俺には出来ない。

 けど、離れた場所から人が居ってきている事くらいは分かる。人間を辞めた事で夜目が利くようになり、嗅覚も聴覚も人間とは違う域に至ってしまった。

 だから分かる。同じように、シュオンも気付いたのかフローラさんの腕に抱かれながら俺を見上げてきた。


「どうします?」

「足止めをしてくれ」

「分かりました」


 言葉はそれだけ。特に気負いもなく言うと、シュオンも気負いなく返事。

 フローラさんの腕に抱かれ、その胸の柔らかさを堪能したであろうぬいぐるみのようなドラゴンの首根っこを掴むと、あっさりと夜の森――その草むらへと投げ捨てる。


「もう少し優しくする事は出来ないんですか!?」

「うるせ。十分楽をしただろうが、少しは働け」

「また喧嘩なのだわ。こんな時くらい静かに出来ないのかしら、男って」


 リィリアが溜息を吐いて、俺の首に回している腕に少しだけ力を込める。

 その小柄な身体を左腕で抱え直すと、右手で……今度は優しくフローラさんの手頸を握る。


「後で……追ってこい。村には戻らないからな」

「分かってますよ」


 このまま戻ったら村の人達に迷惑がかかるだろうし。さすがに隠しカメラのようなモノは開発されていないだろうけど、追われているのだ。

 何処に人の目があるか分かったものじゃない。


「あと」


 手を引いて走り出す。同時に、爆発音とは違う、けれど甲高い音。

 発砲音。

 フローラさんが身を竦めると、狙ったわけではなかったようで遠くにあった草むらが大きく震えた。多分、弾丸がそこを通ったのだろう。

 流石に、離れた場所から自分を狙わずに放たれた弾丸までは目で追えなかった。


「殺すなよ」


 最後にそれだけを伝えて走り出す。


「ちょっ、タツミさん!? シュオン君が」

「アイツなら問題無い。それより、やり過ぎないかの方が心配なくらいだよ」

「でも彼、まだ子供ですよ!?」


 その言葉に、足を止めずに振り返る。

 そういえば……。


「説明してなかったっけ?」

「え?」

「お姉ちゃん。シュオンはタツミとあまり変わらない歳よ?」

「……え?」


 草むらを掻き分けて進む。肌が切れるのは気にしない。

 痛みなんて、ほとんど感じない。むしろ、痛いというのは普段感じない感覚なので少し楽しいとすら思えてしまうくらいだ。

 それより、後ろのフローラさんが怪我をしないようにと体を張って道を作っていく。

 追ってくる足音は、そう多くない……と思う。

 シュオンのところで足止めできたと考えるべきだろう。少し減ったような気もする。

それに、アイツ、戦いになるとそれなりに目立つし。半分くらいは退きつけてくれたかもしれない。


「でも、シュオン君。あんなに小さいのに!?」


 追われている事に気付いていないフローラさんが、声を上げて言ってきた。

 向こうにこっちの居場所を知らせるようなものだけど……まあ、声を聞いただけでどっちの方向、どれだけ距離が離れているなんて理解できる人間も居ないか。

 取り敢えず、こっちに女性が一人以上は居ると確認されたくらいに思っておく。


「あれでも一応ドラゴンだし」

「そんな!?」

「心配しなくても、タツミと同じくらいシュオンは強いわよ?」

「そうかあ?」


 俺、これでもこの前初めて人間を殴ったくらい戦いの経験なんてないんだけどなあ。

 そう思いながら、ふと思う。

 追ってくる人間――距離を離せない。

 どれくらい走っただろう。そろそろ諦めるなり、シュオンの方へ意識を向けるなりするはずなのだが。こっちに狙いを絞ったまま、引き返す様子が無いように思う。


「ストップ」

「え?」

「あ、違う。待って」


 英語は通じないよなあ、と思いながら足を止める。

 フローラさんの乱れた息、そして少し遠くからガサガサと草むらが揺れる音。

 フローラさんは息を呑んで俺の腕から手首を引き離すと、暗闇の中で腰の剣へ手を添えた。


「木が多い。長物は振りにくいよ」

「分かっている」


 そのまま、腰のベルトに吊ってあったナイフを抜く。うーん、この。は物ばかりを持っているのも、銃が嫌いと言っていたからだろうか。

 折角美人なんだから、刃物なんかより花とかお菓子が似合いそうとか変な事を考えてしまった。


「リィリアを頼む」

「え、でも……丸腰じゃ」

「殴る方が得意でね」


 剣なんか振った事も無ければ、刃物なんて包丁くらいしか握った事も無い。人の切り方なんか知らないし、それよりも殴る方が楽だと思う。

 力加減を間違えなければ、殺す事も無いだろうし。

 そう考えていると、俺達を追っていた足音が止まる。

 丁度、頭上が僅かに開けた場所。木々の隙間から、純白の月、そして遠くには茜色に染まった夜空が見える。


「凄いな」


 抱きかかえていたリィリアを下ろすと、幼女は夜目が利かないフローラさんの手を引いて後ろへ。直接的な戦いに向いていない淫魔でも、フローラさんよりもこの状況では目も耳も効いている。

 離れているけど、こっちの気配に気付いている。

 銃を……構えているのかな?


「うーん」


 このなんとも言えない間。微妙な気持ち。

 これがアレか。緊張か。

 柄にもなくそんな事を考えながら、面倒臭げに頭を掻く。実際には面倒臭いという気持ちは僅かも無くて、むしろさっさと終わらせたいとか向かってこいとか思っているけど、それは表情の裏に隠してしまう。

 それよりも……。


「アイツ、ちゃんとやってるかな」


 シュオン。

 俺と同じ。俺と一緒に産まれたドラゴン。

 俺が目を離すとすぐに手を抜いて、挙句、あんなにぶくぶくと太ったドラゴンらしからぬドラゴン。

 まあ、でも。

 俺とアイツは一緒だ。どこまでも、どこへ行っても。どれだけ離れていても。


「やるか」


 首をコキと鳴らす。小気味いい音が、暗い森の中へ響く。

 まるでそれが合図だったかのように、ガチャ、という音。

撃鉄を起こす音? 

 違う。

 基地の中で見た連中が持っていた銃に撃鉄は付いていなかった。あれだ、弾倉に弾丸を装填する音。多分それ。

 あ、来るな、と。

 そう思った時には、身体がズレた。

 最初に感じたのは衝撃。次に音。

 鼓膜が破れそうなくらい大きな発砲音は六発。発砲と同時に顕れた閃光で位置を確認。

 正面に三人、右に一人、左に二人。


「かはっ」


 そこまで確認して口内に溜まった血を吐き捨てる。倒れる事はない。

 痛いけど、気を失うほどでもないので両足もしっかりと大地を踏みしめている。

 何処を撃たれたのか分からない。全身が痛い。衝撃で数歩後退り、それでもしっかりと前を見る。

 これが銃――『人』殺しの道具。

 誰かが悲鳴を上げた。リィリアじゃない、聞き慣れない声――誰だっただろう。それも忘れる。消えていく。今は、必要無い。

 暗がりの中、それだけを考える。

 人を殺す道具。それを、俺に向けて撃った。躊躇いなく、『人の形をした』俺を撃った。

 それで理解する。連中は、人を撃つ訓練を積んでいるのだと。

 ――殺すな。

 シュオンへ告げた言葉だ。

 こちらを殺そうとする相手に殺すなという言葉だ、

 それに、どれだけの意味があるのだろう……ふと、そう思った。

 そこでまた、撃たれた。視界が揺れる。目に星空が映る。

 倒れた。夜空を見上げながら、ようやくその事実に思い至った時はまた血を吐いていた。



「なんだ、これ?」

「わからん……俺達を呼び止めたのは、コレか?」

「魔物か?」


 ああ、なんてことでしょう。

 僕のご主人は、あろうことかか弱い僕を独り残して美女美少女を連れて先に逃げてしまいました。

 まあ、何人か追ったようだし、数的にはちょうど半分を僕が受け持った形になるのだろうか。

 文句は言われない程度に受け持つ事が出来たと考えながら、顔を上げる。

 いつもは乱暴に投げ捨てて地面に転がすご主人。でも、こんな時ばっかりちゃんと計算して僕が怪我をしないように柔らかな落ち葉が集まっている場所へ投げているのは優しさか、それともちゃんと働かせようとする愛の鞭か。

 ……どっちにしても、碌なものじゃないなあ、と。顔を上げながら、呆れた視線を向ける。


「生き物、か?」

「当然でしょう。喋っているんですから、生き物ですよ」


 銃――その銃口。ご主人の言葉を信じるなら、弾丸を吐き出すという小さな穴。

 弾丸というのはその銃口から発射され、まっすぐに跳ぶ小さな鉄の弾らしい。なんとも曖昧な想像しかできないのは、ご主人の説明が分かり辛いからだ。

 あの人は昔から……僕が生まれた時からずっと見てきたけれど、何度も何度も同じような説明をしては失敗して、その度に頭を悩ませていた。

 それと同じ。

 銃と言われてもどんなモノか想像できないし、鉄を鍛えたとか火薬で小さな弾を発射するとか言われてもピンと来ない。

 大体、鉄の弾なんて僕の鱗には無意味だし、火薬にしても遠く夜空を茜に染める火焔――あの程度。

 あれでは、到底僕達ドラゴンには傷一つ付けられない。

 火はドラゴンの象徴だ。

 火と熱。爆発と破壊。


「そんなモノで、魔族を――ドラゴンを殺せると思っているの?」


 純粋な疑問。

 フローラお嬢さんの話だと、何年か前に魔物が人界を襲ったらしいけど、その銃で何かが変わったのだろうか?

 分からない。

 分からないが、ご主人が気にするなら一定の価値があるという事だろう。

 自分に向けられた銃口を見返していると、僕を囲んでいる十人程度の人間が一斉に銃口を向けてくる。


「妙なヤツ!!」

「魔物か!?」

「ドラゴンですよ!?」


 こんなにも可愛くて愛らしい外見をしているのに、誰が魔物か。僕はあんなに節操無しに何でも喰らい、意思も無くただただ大地を蹂躙するバケモノではない。

 僕は僕の意思で喰らい、自分の意思で蹂躙する。

 それがドラゴン。竜種。この世界における、生命の系統樹、その大元にして頂点に存在する種。

 ゴキリ、と。

 体内から異音がした。


「そんな『棒っきれ』で僕を殺す気ですか?」

「ふん」


 ドン、と。

 大きな音。銃口が火を吹き、吐き出される鉄の弾丸。

 向かってくる。額に当たる。

 その衝撃で後ろへ吹き飛んだ。地面を転がる。草むらへと突っ込み、視界から人の顔が消える。僕を見て笑っていた人間の顔が見えなくなる。

 ゴキリと、体内で異音。


「ほら、効かない」


 元の形態を取り戻した右腕で体勢を整え、爪で地面を抉って転がる勢いを無理矢理止める。

 次は左腕。

 身体は女性達から好かれるずんぐりとした体形のまま、けれど両腕だけが元の形態。巨大な、ドラゴンの腕。

 紅の鱗に覆われた、成龍の腕。

 体内の異音が連続し、際限なく大きくなっていく。


「グ、――――ゥゥゥウウウウ!!」


 身体が、翼が、尻尾が、元の形へと戻っていく。

 ご主人の腕に抱かれる程度だった大きさから、ご主人とリィリア、そしてフローラお嬢さん。三人を乗せても余裕のあるドラゴンの身体へ。

 口から漏れるのは急激な肉体の変化による苦痛ではなく、ようやく本能のままに暴れられる――ドラゴンの暴力に肉体が耐えられる状態になった事への歓喜の声。

 ああ、だめだ。


――殺すな


 その一言が頭を過ぎると、たったそれだけで溢れ出そうとしていた暴力が萎んでしまう。

 ああ、なんてこと。

 ドラゴンの矜持。目の前の『獲物』を殺して喰らう。

 それすらも萎んでしまうくらい、主人の言葉が重くなってしまっている。

 僕と同じ日に産まれたドラゴン。高位の火竜である僕よりも格上の――――王。


「ふう」


 息を吐く。

 たったそれだけで、口から溢れた火焔が周囲にあった草むらと樹木を焼いた。

 炎が広がる。

 暗闇だった森に緋が灯る。

 人間達が僕を見ていた。

 見ているこっちが可哀想に思えるくらい腕を震わせて、銃の弾を必死に籠めようとしている。

 ああ、ああ。手元を見ていないから、弾を幾つも落としてしまっている。

 それを勿体無いと思うのは、魔界での暮らしが長いからだろう。あそこは、物資が少ない。食べるものも。何もかもが足らない。

 それでも懸命に生きて、助け合って、一日でも長く『みんな』が一緒に居られるよう頑張っている。努力している。

 そんな世界。


「まったく」


 まるで雷鳴のようにとどろく、銃の発砲音。

 僕がぼーっとしている間に弾込めの終わった男が放った弾丸は、けれど僕の鱗へ傷一つ付ける事も出来ずに火花を散らして弾かれてしまった。


「喜んでいい。――殺されないんだ、喜べ」


 殺すなと言われたから殺さない。

 それだけの理由。だから生かされる。それ以上の幸運などありはしないだろう。

 変質した身体を起こす。首を擡げ、頭を上げる。

 成人している人間の男達を見下ろす。先日見た『騎士』という風貌ではない。軽装の、銃を使うことに重点を置いた服装の男達。

 その数が、十と……四人。


「撃てっ! 撃って散れっ!!」


 そんな僕の顔目掛けて銃弾が放たれる。避ける必要もない。

 鱗への衝撃は痛みすら伴わず、躊躇いなど微塵も浮かばない。

 手足を進める。ただの数歩。けれど、人間達の目からするとどう見えたのか――腕が届く範囲にまで近寄ったというのに微動だにしない。

 殺さないように意識して、右腕を振るう。

 ――男が三人、吹き飛んだ。吹き飛んで、木にぶつかって崩れ落ちる。

 人間を殴った右腕を見る。鉄……だろう。鎧を砕いた感触が、少しだけある。多分、骨は折れていない……と思う。


「――――」


 やり過ぎた、と。少し後悔して今度は左腕を振るう。吹き飛んだのは二人。

 さっきよりも優しくしたはずなのに、それでも成人男性の身体が木の葉のように舞って、落ちる。

 ……む、難しい。

 人間って、こんなに軽くて脆いのか。


「距離を置いて撃て!! 近寄るなっ、」


 また、攻撃。

 鱗に当たった銃弾が火花を散らすが、僕は痛くも痒くもない。

 そのまま森を焼く炎を散らしながら突進、また数人の人間を吹き飛ばす。今度はちゃんと手加減したので、浮いたのは少しだけ。

 地面を転がった人間は気絶して、手から銃を離した。

 面倒だったので、地面に転がった銃を噛んで破壊。

 鉄程度なら踏み潰すだけでも良かったけど、こっちの方が怖がるかなあと思ったのだ。

 案の定、銃を噛んで破壊した僕の威容に、いよいよもって人間達は悲鳴を上げて逃げだした。


「はっはっは」


 意味は無いけど、高笑いをしてみる。

 虚しい。

 ……戦いは虚しいものだ。なんか、そんな事を考えてしまった。


「それじゃあ、追わないとな」


 ご主人――スオウタツミ。

 僕の様に強固な鱗を持たない彼は、銃で撃たれたら痛いだろう。

 けど、それだけだ。

 何一つ心配する事無く翼を広げ、美しい星が瞬く夜空へと舞い上がった。




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