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第十二話 彼にとっての『戦争』3


 その日、シュオンが戻ってきたのは夕方ももう遅い、太陽がほとんど山間の無効へ隠れてしまった時間帯だった。

 茜色の空、黄金に近い色に輝く雲。

 しかしその輝きは瞬く間に青から蒼へ。黄昏時から夜へと変わっていく。

 場所は外。宿の部屋は、すでに引き払っている。

 傍に居るリィリアは手に自分の身体程もある荷物がたくさん詰まったバッグを手に、肩には先日山賊から貰った銃を担いでいる。

 ゴスロリ衣装の少女が銃を肩に担いでいるというのは、中々どうして。銃がリィリアの身長とあまり変わらない大きさと言う事もあり、なんだか子供がコスプレをしているように見えてしまった。


「ああ、疲れた」

「たったそこからそこまでなのだわ。運動不足じゃないのかしら、シュオン?」


 久しぶりに空を飛んで疲れたのだろう。名前も無い村へ戻ってくるなり、その膨らんだ腹を見せつけるように仰向けになっている姿は、人懐っこい野良猫を連想させる。

 一応ドラゴンなんだけどなあ、コイツ。

 そんなシュオンの腹を、リィリアが人撫ですると、すぐに手を退かした。


「ブヨブヨしていて気持ち悪いのだわ」

「酷くない!? いくら僕でも傷付くよ、リィリア!?」

「いや、痩せろよ。どこからどう見てもドラゴンって体型じゃないぞ、お前」


 もう何度目の遣り取りか。

 俺がそう言ってもシュオンは痩せる気が無いらしく、少し怒ったような声を上げたがすぐにいつも通りののんびりとした雰囲気を纏って地面を転がり出した。


「起きれない……」

「痩せなさい、シュオン君」


 起き上がろうと四苦八苦しているシュオンに、宿屋から出てきたフローラさんが言った。

 リィリアほどの大荷物ではないけれど、その手には小さなカバン。そしてその腰には鞘に納められた反りのある片刃剣。

 森の中で見た、傭兵衣装。

 山賊に壊されたベルトは直したのか、下はスカートではなく軍服を連想させる厚手のズボン姿だ。


「はあ」

「どうしたの?」


 起き上がろうと転がっていたシュオンを抱え上げるなり、溜息を吐いたシュオンを不思議に思うフローラさん。


「お姉ちゃんがスカートじゃなくて残念がっているのだわ」

「?」


 リィリアが何を伝えようとしているのか分からなかったようで、フローラさんが小首を傾げると慌ただしくシュオンが咳払いをした。

 わざとらしい。というか、ドラゴンが咳払いをするな。不自然にもほどがある。

 その反応が面白くてクツクツと笑うと、フローラさんが深い蒼に染まりつつある空を見上げながら咳払いをした。


「こんな時間に、どこへ……と聞いても?」

「もちろん。悲しい事に土地勘がなくてね、人の軍が展開している場所まで道案内をしてくれる人が居ると凄く助かるな」

「そこまでするつもりは……」

「じゃあ、どうして出てきたの?」


 宿を見ながら言うと、フローラさんはバツが悪そうに俺を見た。

 目が合う。その視線は、どこか怯えを含んでいるように見えるのは気の所為ではないだろう。いきなり現れて、幼女とドラゴンを連れた謎の男。

 不思議どころか、不審に思わない方が変である。

 最初会った時に助けたからと今まではその感情が鳴りを潜めていたのだろうが、昼間話して、今の時間まで深く考えれば俺が不審人物だと誰だって思う事だ。

 それでもここにいるという事は――。


「俺達を止める?」

「……」

「助けていただけると嬉しいですよ、お嬢さん」

「お前は黙っていろ、シュオン」

「はいはい」


 長閑な村にピッタリののんびりとした返事だが、今この場では流石に浮いている。それに気付いているのかいないのか、シュオンはそのまま欠伸をしてフローラさんの胸を枕に目を閉じた。

 本気で寝たら、後で地面に投げ捨ててやろうと思う。


「その」

「うん」

「……本気で、戦争を止める事が出来ると思っているのか?」

「もちろん」


 笑みを浮かべ、その言葉に間髪入れず頷く。


「止めるよ。その為なら、なんだってする――俺は、そう決めているんだ」


 他人はこの考えを、どう思うだろう。

 現実が見えていない馬鹿か、自分勝手な男か。

 戦争は一人で起こすものではない。沢山の人と人、命と命がぶつかり合うもの。

 少なくとも、俺は『戦争』と言うものの本質を理解していないし、この考えは俺の勝手な想いでしかない。

 もしかしたら俺が創造も出来ないような高尚な理念の下に起きた戦争なのかもしれない。だったらきっと、部外者が横から邪魔をするなんてしてはいけない事だろう。

 けれど……知った事か。

 戦争を止める。そう決めた。だから行動する――。

自分勝手?

 わがまま?

 傲慢と言え。それこそが、王にだけ許された特権だ。

 誰を犠牲にしてでも、何を捧げてでも、自分の傲慢を押し通せ。その生き方だけが、王に許された生き方なのだから。

 その過程で何を無くそうと、犠牲も生贄も受け止めて自分が想う世界を創る。

 その誓いを抱き、胸を張る。

 そんな俺を見て、フローラさんは息を呑んだようだった。


「私も力を貸すのだわ。それに、シュオンも」

「僕は別に、人族がどうなろうがどうでもいいんですけど……」

「タツミが人にも死んでほしくないと願っているのだわ。だったら貴方も、タツミに力を貸すのだわ」

「え、要ります?」

「もちろん。俺だけだと、出来る事なんてそう多くないからな」


 笑って言うと、シュオンは溜息。これまで俺がシュオンの力を借りて、こいつがまともに過ごせた事はない。

 その事を思い出しているのだろう。まあ、そんな目に遭っても俺と一緒に居るのだから、どうしようもないもの好きである。


「私は……」

「俺をここで止める? それとも、先に言って俺達が来るって軍の人に伝えてもいいさ」

「……一つ、聞きたいんだ」


 シュオンをリィリアに渡し、腰にある片刃剣の柄に手を添えながらの質問。質問するというには物騒な体勢、けれどそれほど脅威も感じない。

 彼女の手は剣の柄に添えられているけど、握られてはいない。


「私は銃が嫌いだ。けれど今の人界には銃が普及して、それを使った戦いは激しさを増していく……きっとこの戦争は、今までの歴史に無いほど、激しいものになる」

「よく分かっているじゃないか」


 銃がどういうものか知っている、どれだけ危険かを知っている声だ。

 その銃を肩に担いでいるリィリアは、不思議そうな顔で俺とフローラさんの顔を交互に見ている。

 引き金を引くだけで人を殺せる、命を奪える兵器。

 武器という言葉ではもう表せない、危険な兵器。

 それをこの世界に持ち込んだ。

 きっと世界は変わる。もっと、ずっと。……危険に。

 それが運命だというのなら、どうしようもないのだろう。けれど、そんな時の為に俺が居る。

 魔王。人類の敵。人類に倒される存在。そして、神と世界を苦しめる者。

 神無きこの世界で魔王を名乗るのなら、それに匹敵するものを敵に回そう。

 運命。

 魔と人が争う運命だというのなら、その運命を捻じ曲げよう。

 俺が思うままに。俺が好きなように。

 傲慢に、不遜に。

 それが、王の特権。魔王の義務。

 永遠に生きる俺は、この美しく愛おしい魔界(せかい)を維持するために戦おう。


「魔族との戦いが終わったら、きっと人はその銃を人に向ける」

「いや、そうじゃない」


 フローラさんの言葉を否定する。

 知っている。世界は違うけど、生きているのは同じ『人』だ。きっとこの運命も、変わらない。


「戦いは終わらない。魔族との戦いが終われば、次は人同士の戦争だ。富の奪い合い、土地の奪い合い。大地は疲弊して、緑は減り、川は今以上に濁る……魔界以上に住み辛い世界になるかもな」


 まあ、流石にそれは言い過ぎかもしれないけど。

 ……この世界に来て百年以上。元の世界……地球は今、どうなっているのだろう。

 エスエフ映画でよく見た、空飛ぶ車や何も無い空間に浮かぶホログラムテレビなんかが流行っているのだろうか。


「今、戦争を止めたら……その未来を回避できると思うか?」

「いいや。精々が、十年か百年か、送らせる程度だと思うよ」


 そう言って、リィリアの腕の中で黙っているシュオンの首根っこを掴んで持ち上げる。


「それじゃあ行くけど――道を教えてくれると嬉しいな」


 教えてもらえなかったら、シュオンの鼻を頼りに人の匂いを追うしかない。

 昼間、馬車に乗った人が通っているのだから、まあ半日以上の時間は経っているけどドラゴンの鼻なら何とか追えない事も無いだろう。


「いや、無理ですから。いくら僕でも、もう人の匂いなんて負えないですからね!?」


 俺の考えを呼んだのか、シュオンが慌てた声を上げた。

 驚いたふりをして、その顔を見る。


「なんで分かったんだ、みたいな顔をしないっ。何年ご主人と一緒に居ると思っているんですか」

「羨ましいのだわ」

「じゃあ替わろうよ。僕は喜んで替わるよ」

「リィリアに犬の真似なんかさせられるか」

「余計酷いよ!? 何この王様、ドラゴン使いが荒いにもほどがあるっ」


 褒めるなよ、と言うと褒めてないと怒られた。

 ……と、あまり騒ぎすぎると、村人たちに怪しまれるか。まあ、今更とも思うが。

 関わってこないのは、単に面倒事に巻き込まれるのが嫌だからだろう。


「それじゃあ、行くけど。どうする?」


 歩き出して、背中越しに声を掛ける。

 フローラさんは、立ち尽くしている。どうするべきか迷っている。

 それを強要するつもりは無い。そもそも、本当ならリィリアも居ないシュオンと二人だけでやる予定だったし。

 魔界を出た時は、目的は決まっていてもその過程が漠然としていた。けれど今は違う。

 少なくとも、やらなければいけない事は決まっている。

 今はそれでいい。

 その結果がどうであれ――今までと変わらない。

 やって、その結果を受け入れる。それだけだ。

 首を乱暴に持っていたシュオンを左手に持ち替えると、リィリアが俺の右側に立った。


「その」


 一歩を踏み出して、けれどフローラさんは躊躇いがちに口を開いて、閉じて……何度かそれを繰り返して、リィリアとは反対側、俺の左側に並んで歩く。


「世界を救うつもりなのか?」

「まさか」


 その言葉に、失礼かもしれないけど笑ってしまった。

 太陽の明かりが消え、月の明かりに照らされた暗い森を歩きながら、陽気に笑う。


「タツミなら世界を変えれると思うのだわ」


 リィリアがそう言って、俺の右手を握ってくる。小さくて、けれど幼い少女と言うには冷たい手の感触。

 カバンと銃が同じ側にある成果、歩き方がどこかぎこちない。それが微笑ましくて、足取りが軽くなる。


「似合わないだろ」

「そんな事はないわ。タツミなら、どんなタツミでも格好いいのだわ」


 そんなに真っ直ぐな気持ちを向けられると、本当に気恥ずかしい。

 フローラさんは、リィリアの言葉に毒気を抜かれたのか、深く息を吐いて、肩から力を抜いたように見えた。


「戦争を止めると聞いた。その為なら何でもする、とも」

「そう言ったね」

「ご主人は、取り敢えず思った事をなんでも口にするのはやめた方が良いと思います」

「はっはっは。投げ捨てるぞ、コノヤロウ」


 シュオンを持っている左腕を大きく振ると、暗い森の中に小さな悲鳴がこだました。

 目的地はまだまだ先だけど、気付かれたら面倒なのですぐに止める。鷲掴みにされているシュオンは、本物のぬいぐるみのようにぐったりしていた。


「それで、何を聞きたいの?」


 改めて、フローラさんに問う。

 彼女は咳払いをして、喉の調子を確かめて、それから足を止めることなく俺の目をまっすぐに見ながら気合を入れたようだった。


「どうして戦争を止めようと思うんだ?」

「ああ」


 その事か、と。てっきり、俺が何者なのか聞かれるのかと思っていたので、少し拍子抜けしてしまう。

 まあでも、普通は人間と同じ姿をしていたら、人間としか思わないか。

 俺は元人間だし、リィリアも人間とほとんど変わらない容姿をしているし。シュオンだって、多分まだペットだと信じているんだろうな。

 と、思考が逸れたので咳払いをしてフローラさんの目をまっすぐ見返した。


「人族も魔族も好きだからね――どっちにも死んでほしくないだけさ」


 本心だ。心からの言葉だ。

 だから気負いも躊躇いもなく、しっかりと口にする事が出来た。


たくさん小説を書いてると、話がこんがらがってくるような、こないような。


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