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幕間1 フローラ・イマニティ


「どうしてですか、お父様!? こんな――国がこんなにも変わり、穢れてしまおうとしているのに。何故、その事実を問うただけでこのような……こんな」


 煌びやかな王宮、金銀を(ちりば)めた調度品、色とりどりの美しい草花に彩られた中庭。

 数百人から泣く従者と侍女。沢山の王侯貴族に、意匠細かな鎧に身を包んだ騎士達。

 そんな、今まで暮らしていた世界とは一変した質素で小さな部屋。

 市中は今にも崩れてしまいそうな木造、壁は罅が目立つ石造り。

 この身を包むのは豪奢なドレスではなく村娘が纏うような布のソレ。この指を飾っていた大きな宝石を戴いた指輪もそこに無く、ただ細い指があるだけ。

 ああ、なんて――どうして。


「フローラよ。世が変わるという事はこういう事なのだ、善と悪すら転んでしまうものなのだ」


 木造の小さな椅子に腰かけて、小さなテーブルに置かれたシミが目立つカップを指で遊びながら、そう言った父の顔を覚えている。

 善き父とは言えなかったが、善き執政者であった父。王都の一角に屋敷を構え、代々王宮に仕えてきた家系。

 私はそんな父の背を見て過ごし、女の身で出来る事なら何でもやろうと意気込んでいた矢先の事。

 その日、私はすべてを失った。

 今までの家も、地位も、財産も。

 ああ、でも。父と母、そしてこの身だけが残っているのか。


「そんな、そんな――あんまりです。何故王は変わろうとするのですか、変えようとするのですか。森のエルフ達は今にもその矢を人へ向けようとしています、鉄を叩いて産まれた灰が大地を覆い、森が枯れようとしています……そうしてでも、魔は打倒しなければならない敵なのですか?」

「フローラ……」

「今までのままでは駄目なのですか? 人が手を取り合って生きていくだけでは、駄目なのですか?」


 何故、と。

 そればかりが思考に浮かぶ。頭の中を駆け巡る。

 何故、王は今まで国に尽くしてきた貴族達ではなく、いきなり現れた得体の知れない男の言に従うのか。

 何故、エルフやドワーフの反感を買ってまで、剣や槍ではなく銃などという得体のしれない武器を手にするのか。

 何故、今更になって魔族との戦いへ踏み切ろうとしているのか。

 王都の隅。日々の糧に困るほどではないが、けれど決して裕福とは言えない家庭が密集する場所。

 この家と同じようにボロが目立つ家屋、そこに住む子供達が道端に集まって遊んでいる。

 明るい声。健やかな声。

 その声を聴きながら、窓から外を見る。

 ……魔族と戦えば、この笑い声すら消えてしまうかもしれないというのに。

 それでも、戦わなければいけない相手なのか。

 その切っ掛けは、十年ほど前。

 突如現れた魔物の集団が王都を襲い、王城まで攻め込まれてしまった事件。

 その際に銃で王を助けたという、突然現れた男。

 この国に仕える騎士ではなく、貴族でもない。

 本当に、《突然現れた》のだ。その男は。

 田舎の村で生活していたらしいがその服装や考え方、何もかもが違うと父は言っていた。

 その男が、王を(そそのか)したのだ。


「フローラ――今すぐに戦争を起こすわけではない。その準備には数年、もしかしたらもっと長い時間が必要になるはずだ」

「けれど、戦争が起きるのでしょう? その為に、大量の銃を作るのでしょう?」

「…………」

「知っているのですか、お父様? 銃に慣れない子供がその引き金を引いて友達を傷付けた事を。球を打ち出す火薬の扱いを間違えて、家屋を燃やしたのではなく吹き飛ばした事を」


 一部の人は、銃は危険だと言う。

 けれど、大多数の人が銃なら魔物を駆逐し、魔族を倒す事が出来ると言う。

 その大多数の意見に圧され、その一部の意見を尊重していた父はその地位を奪われた。突然だった。突然過ぎた――屋敷に騎士や兵士達が押し寄せ、一切合切を奪っていった。

 屋敷に勤めていた従者たちだけでなく、私達まで屋敷から追い出され――僅かな手切れ金と共に、城下へと捨てられた。

 その手切れ金でこの家を借り……そして、これから過ごしていかなければならない。

 そんな現実に苛立ち、父や母に辛く当たってしまう日々。

 自分の心が荒んでいると思う。

 こんな事をしても何の意味もないのだと分かる。

 けれど、こうしなければ自分を保てない。

 学よりも武。勉強よりも身体を動かすことが好きだったからか、城下町の片隅で細々と生活するよりも剣を手に盗賊のような荒くれ物を退治する方が性に合っていた。

 いつしか、傭兵ギルドに声を掛けてもらえる程度には有名になり、そして傭兵になった。

 それでも、数年も経てば銃が一般に普及し、傭兵の武器も剣や槍ではなく銃へと変わっていった。

 修練など無くとも指があれば弾は打ち出せるし、目と勘があれば目標に当てる事が出来る。剣のように長い修練など必要ない。金を出して銃と弾を買うだけでいいのだから。

 そうして、人界で主流の武器は剣から銃へと変わり――剣や槍、盾と鎧に身を包んだ騎士は古い存在となりつつある。

 私が知る、私が憧れた、あの王城はもう何処にも無い。きっと、これからも変わっていく。

 ……けれど、今でも覚えている。

 きっと、一生忘れないだろう。

 ずっと問い続けるだろう。

 何故、と。

 何故戦うのか。戦わなければならないのか。

 魔族への復讐よりも、平穏を望む声があるのに――王は、人の心が分からなくなってしまったのか。



「俺はただ――戦争を止めたいだけさ、フローラさん」


 先日会ったばかりの男は、からからと陽気に笑いながらそう言った。

 それがどれだけ難しい事なのか理解しているのだろうか?

 そう思いたくなる、明るい顔だ。少し苛立ってしまうのは、同じような事を考えていただけの私とは違って、明確に口に出しているからだろう。


「ところでご主人、戦争を止めると言っても、何か考えがあるんですか?」


 タツミと名乗った彼の隣に座る金髪の少女の腕に抱かれた、妙な外見をしたドラゴン……らしい生物が口を開いた。

 いまだに信じられないが、このドラゴンに見えない生物――シュオン君は、ドラゴンらしい。

 私も書物で呼んだだけだが、ドラゴンとは大地を焼き尽くす炎を吐き、鳥よりも速く空を駆け、大地を蹂躙する魔物すら圧倒する存在。最強の種。

 多くの書物ではそう書かれている存在のはずなのに……目の前のシュオン君は、とても火を履いて空を飛べるようには見えない。

 なにせ、太っている。ともすれば、リィリアちゃんの上半身が隠れてしまうくらい太いのだ。

 そんなシュオン君がタツミさんへ問い掛けると、彼はまた声に出してからからと笑った。


「それを今から考える」

「相変わらず、いつも通りの行き当たりばったりですね。そういう所、嫌いじゃないです」

「お前に好かれてもなあ……」


 明るい掛け合いだけど、その言葉に肩を落としてしまう。

 戦争を止める。

 口にするのは簡単だけど、どうやって止めるのかと考えると想像もできない。

 戦争に参加している多くの人は魔族を憎んでいるし、シュオン君の話だと魔族はそんなに物騒な性格の種族じゃないという事だったけど剣や銃を向けられて大人しくしているとは思えない。

 自衛のために戦うとなれば、憎しみのある人族が戦いを止めない限り向こうも抵抗し続けるだろう。

 それは、考えるまでも無く想像できることだ。


「まあ、取り敢えずは『境界』の近くだな。前線の戦いを止めて、時間を稼ごう」

「稼いで?」

「その、銃を作ったっていう『科学者』と会う。多分、話が通じる奴だと思うし」

「ああ、なるほど」

「タツミさんは、あの男の事を知っているのか?」

「あ、『科学者』って男なんだ」

「…………」


 続けて漏れた発言に、呆れてしまう。私も名前は覚えていないから強くは言えないけれど、それでもこの人はこの歳にしてはあまりに物事を知らないというか、それとも知っていてこういう性格なのか。

 リィリアちゃんにお金の価値も教えていないし、なんというか、性格はのんびりしている。すぐ傍で戦いが起きている状況なのに、こんな田舎の村で過ごしている理由が分からない。

 リィリアちゃんの服装を見る限り、それなりに裕福な家庭なのだろうとは思う。本人は何処でも売っているような布の服だけど、その外套(マント)は細かな刺繍が施された高級品。

 なにより、ドラゴンを飼っている。一般の市民ではないだろう。


「それで、どうして話が通じる相手だと思うんだ。タツミさん?」

「んー……そこは秘密という事で」

「ご主人。それで信用してもらおうというのは、難しいと思いますよ?」


 本当に、だ。

 シュオン君の言葉に頷くと、タツミさんは困ったように指で頬を掻いた。


「取り敢えず、まずは人族が戦えないようにしないとな」

「戦えないように?」

「結局、今の人族を支えているのは銃って武器の存在だろう? なら、その銃を使えなくする」

「……?」


 何を言いたいのか分からなくて首を傾げると、タツミさんは「んー」と悩みながら天井を見た。

 そして、数瞬。


「銃って弾を装填して打ち出すだろ?」

「ん、そうだな」

「だから、その弾を全部使えなくしよう」

「……どうやって?」

「はっはっは。そんなの簡単じゃないか、フローラさん」


 簡単、だろうか?

 確かに弾が無ければ銃は何の価値も無い、ただの鉄の棒になってしまう。けれど、そんな事は誰もが知っている。

 銃は兵士達に配られ、その弾は纏めて保管されている。そして、保管場所は沢山の兵士や騎士達に守られている。それを簡単に奪うなど……。


「フローラさんはさ」

「どうした、タツミさん?」

「戦争を止める為なら、どこまで出来る?」


 その言葉の意味が分からなくて、タツミさんの顔を見返す。

 じいっと、彼は私を見ていた。目を見て、問い掛けてきた。


「俺は何でもやるよ?」

「なんでも……」

「魔族や人族に嫌われても、世界中を敵に回してでも――魔族と人族の戦争を止めようと思ってる」


 軽い口調だ。口元には笑みが浮かんでいる。

 けれど――なぜかその瞳から目を逸らせなくて、軽い気持ちで返事をする事が出来なくて、言葉に詰まってしまう。


「ご主人は相変わらず、自分勝手ですねえ」

「自分勝手というな。傲慢と言え――王様の特権だ」

「確かに」


 どこまで出来るのか。何を出来るのか。

 何故、と問い続けた日々だった。

 それでは何も変わらなかったのを知っている。けれど、頭ではどれだけ考えても、それで現実が変わるはずもない。

 結局は、行動しなければ何も始まらない。

 その結果がどのような事になろうとも――。


「大丈夫なのだわ、フローラお姉ちゃん。タツミはおバカで口が軽いけど、嘘は言わないのだわ」

「……褒められているのか、貶されているのか」

「はっはっは。ご主人のどこを褒めればいいんですか?」


 そう言ったシュオン君の首をタツミさんが鷲掴みにすると、そのまま窓を開けて外へ投げ捨てた。


「あうん」

「お前、取り敢えずセルディナの所まで行って話を聞いてこい」

「相変わらずドラゴン使いが荒い……」


 言葉尻が段々と遠くなっていく。投げた勢いはそれほどでもなかったけど、少し遅れて窓の外を見るとそこにシュオン君の姿は無かった。


「シュオンって飛べたの?」


 外を探していると、リィリアちゃんの声。その視線は外……空を向いている。

 私も空を見ると、そこに黒い影。大きな翼を広げて飛んでいるのは――シュオン君、だろうか。


「そういえば、リィリアが俺の所に来た時にはもう太っていたんだっけ?」

「そう、だったかしら? 覚えていないのだわ」

「俺が……だから、もう何年前だ?」

「そんなに昔から、彼は空を飛んでいないのか?」

「なんか、そっちの方が女の子に気に入ってもらえるから何とか――どうしてあんな性格になったのやら」


 そう言って、タツミさんはテーブルの上に朝食の代金を置いて立ち上がった。


「それじゃあ、シュオンが戻ってくるまでのんびりするか」

「久しぶりに二人っきりなのだわ。お邪魔虫が居ないのだわ」


 そう言って両腕を伸ばしたリィリアちゃんを、タツミさんが抱き上げる。


「あ」


 そのまま二階へ行こうとしたタツミさんの背中へ声を掛けようとして、止める。

 何を言おうとしたのか、分からなかったのだ。

 けれど、タツミさんは足を止めて私を見た。


「それじゃあね、フローラさん」


 ああ、それは。その言葉は。

 椅子に座って動けない私に向けられた言葉は、別離の言葉だった。

 たった一言なのに、すぐ目の前にその背中はあるのに、なんて遠い。

 遠くから向けられた言葉。

 それを聞いて――私は、何とはなしにシュオン君が飛んでいった空を見る。

 広い空。青い空。

 長閑な風景、静かな村。

 昔は、王都もこんな風景だった。人が多くて賑やかだったけど、自然が多くて、美しい場所だった。

 今の王都は……ちがう。

 鉄に囲まれて、息苦しくて、住みにくい。

 もう、あの美しい王都へ戻る事はないのだと……そう思うと、悲しい気持ちになる。

 諦めの気持ちが胸にある。

 けど、もしこれから先に同じような光景が広まるのを止める事が出来るなら――そんな事が可能なのなら。

 私は、どれだけの事が出来るのだろう。

 そう問い掛ける。

 何故、ではない。やれるか、やれないか。重要なのは、そこだった。


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