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第九話 村にて


 食事を終えて、宿の外へ。

 空は快晴。まだ早い時間だというのに外には村人が数人、薪を割ったりは慣れにある畑を耕していたりする姿が見える。


「お年寄りの方ばかりですね、ご主人」


 リィリアの腕に抱かれたシュオンが言う通り、いま村に居るのはお年寄りばかり。

 だとすれば屋内に若者が居るのかというと、そういう気配も無い。視線を動かして若者の姿を探していると、俺達から遅れて宿から出てきたフローラさんが俺の肩を叩いた。


「若者は昨日言った前線だ」

「戦争に行っているの?」


 俺の代わりにリィリアが聞くと、フローラさんは首を横に振る。


「こんな田舎だと、戦場にでも出なければ一生畑仕事だからな」

「よくわからないわ? 畑仕事の何が悪いのかしら?」


 ねえ、とリィリアが見上げてくる。

 フローラさんが何を言いたいのか、何となく理解できる。というか、こう、思う所がある。

 頭を乱暴に掻いて、溜息。


「あれか。戦場で一旗上げようとか、そういう感じか」

「そういうこと。折角の戦争なのだから、ここで目立った武功を上げれば王都の騎士も夢じゃない」

「きし……本で読んだ事があるのだわ。王様を守る高潔な者。守護者」

「ふふ。そうそう、その騎士になれるかもって、若い人は戦場に行くの」


 ふうん、と。気の抜けた声を出したのはシュオン。

 どうやら騎士というモノにあまり興味が無いらしい。ともすれば、欠伸を出しそうなくらいどうでもいいような顔をしている。


「騎士になれたら土地も貰えて、王様やお姫様、貴族のお嬢様と会う事も出来る――そう夢見ている人が多いのよ」

「あれ、なんだか貴族の人達に悪い印象でも抱いてます?」


 僅かな声音の変化を敏感に察したシュオンが、今までの気の抜けた顔からは想像できない真摯な声を出した。

 本当、美女が相手だと敏感なヤツである。

 そんなシュオンの言葉に、フローラさんは苦笑い。俺の顔を見て、どうしたものかと一瞬思案した後、首を横に振った。


「あまり話す事じゃないわ。気にしないで、シュオン君」

「そうですか? お悩みがあるなら相談に乗りますよ。そういうの、誰かに話すと楽になるって言いますし」

「それは、親しい誰かに話したら、だけどな」

「何を言われる、ご主人。昨晩命を助けた僕は、もう親しいでしょう」


 さりげなく「僕」個人が助けたように言うシュオンに苦笑すると、フローラさんも小さく笑った。


「本当だな。シュオン君と話していると、気持ちが楽になるよ」

「そうでしょう?」


 器用に、リィリアの腕の中で胸を張るシュオン。抱き辛くなったのか、リィリアが嫌な顔をしているが気付かない。

 その首根っこを掴んで持ち上げる。


「あまり甘やかしたら調子に乗るから、ほどほどに」

「本当だとも。ありがとう、シュオン君」

「どういたしまして。美人の笑顔の為なら、一晩中だって――ベッドの中でお話を聞きますよ」


 これが無いと良い話だったのになあ。

 それが何を意味するのか……まあ、見た目はぬいぐるみなので精々が抱き枕程度だろうが……フローラさんは微妙な顔で、けれども口元には笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。

 いい人だなあ。


「二人……三人は、今日は村で過ごすのか?」

「ええ、社会勉強で」


 そう言って、シュオンを持ち上げているのとは逆の手で軽くリィリアの頭を叩くように撫でる。


「なにせ、家から遠出するのは初めてで」

「そうみたいだな――長閑な村だがタツミさんから離れないようにな、リィリアちゃん」

「ええ、分かっているわ。それよりも、タツミの方が私を置いてどこかに行かないかが心配なのだわ」

「……行かないよ」

「嘘なのだわ。シュオンと二人、女の人が居たら追いかけちゃうくせに」

「はっはっは。確かに」

「投げ捨てるぞ、この駄目ドラゴン」


 そう言って、膝を曲げてシュオンを地面に転がす。勿論背中から。


「ぎゃーっ。起きられないからやめてくださいっ、ご主人」

「投げ捨てないだけありがたく思え」

「ふふ……それじゃあな、シュオン君」


 転がった亀のように暴れるシュオンへ言葉を残して、フローラさんが昨晩停めていた馬車の方へ歩いていく。


「ぁ、もう少し見ていたかったのに」

「何を言っているのかしら、シュオン?」

「いや、この角度だとスリットからパンツがね、見えていたんだ」


 まるで中年男性のビール腹のように膨らんだ腹へ、拳を振り下ろす。風船のように、拳が腹へ沈みこんだ。


「ごぶぅ」


 ぬいぐるみっぽい外見にあるまじき悲鳴を上げて、シュオンが一度痙攣した。仰向けの口から、唾液が零れる。

 それでも朝食を吐き出さない辺り、頑丈だと思う。吐いた唾液で咽ているけど。


「変態なのだわ。救いようがないのだわ」

「だって、リィリアのパンツなんて見慣れたし」


 その言葉を聞いて、リィリアがスカートを押さえながら後退った。珍しく、その表情は羞恥の赤に染まっている。


「ばっ、ばかじゃない!? どうしてそんな所ばかり見るのだわ!?」

「いや、こうやって倒れると角度が丁度良くて……ドラゴンって、夜目も効くし。長いスカートだって、中は良く見えるんだ。というか、昨晩は裸になってご主人に身体を拭かせていたのにどうして下着を見られたくらいで照れるのさ?」

「あ、当たり前なのだわ!?」


 いやまあ、言いたい事は分かるけど。裸で肌を拭かせたくせに、スカートを覗かれるのは嫌というのは色々と納得がいかない事があるのかもしれない。


「まあ、それが女心ってやつだ、シュオン」

「……ご主人は女心が分かるんですか?」

「分からん。男だからな」

「僕も雄なんで」

「ダメダメなのだわ、この主従」


 まだ顔を赤くしたまま、リィリアが疲れたように呟いた。


「ちなみに、色は?」

「桃色の、外見に似合わず可愛い柄でした」

「……男って、ヘンタイばかりなのだわ」


 リィリアからジト目で見られた。


「まあ、そんな事はさて置き」


 バカな話をして場を和ませてから、シュオンを抱き上げてその背についた土を払ってやる。

 和ませる必要が無いと言ってはいけない。こういう明るい話を娘とするのはもみゅニケーションの一環なのである。言い訳だけど。


「少し話を聞いて回るか」

「…………」


 リィリアが臍を曲げてしまっていた。唇を尖らせて、俺達とは逆の方へ顔を向けたまま歩き出してしまう。

 その後を追うようにして歩くと、どうやら目的地は宿屋から離れた場所に見えていた武具屋と思わしき店。

 軒先に野草が天日干しされていて、その周囲には何やら瓶詰の液体。

 店内には乱雑に並べられた刀剣類、他にも槍や弓――質素だが、鎧や盾もいくつか置かれている。

 武具屋というか、万事(よろず)屋といったところか。


「ほら、何か買ってあげるから機嫌を直してくれ」

「……もう、そうやっていつもモノで釣ろうとするのだわ。駄目な大人なのだわ」

「じゃあ、いらない?」

「そんな事は言わないわ。どんな時でも、タツミからのプレゼントは嬉しいもの」


 そんな事を話しながら、お店へ。

 腕の中で、シュオンが必死に笑うのを堪えていた。


「ごめんくださいな、お爺さん」

「はいはい。どうなさった、お嬢さん」


 そう言いながら店の奥から現れたのは、六十は越えているであろうご老人。

 腰が曲がって、少し足取りも怪しいが声はしっかりしている。肌があまり焼けていないのは、日中はずっと店内に居るからだろうか。


「ここにはお嬢さんに似合うような可愛らしいお人形なんかは置いていないんだがね」

「そういうのは間に合っているのだわ。ウチのは可愛くないけれど」

「えー?」

「確かに、可愛くないな」

「ご主人まで……冗談が冷たいですよ」


 冗談じゃなくて本心なんだけどなあ、と。これで、魔界の女性陣にはそれなりに人気があるのが不思議である。

 口を開けば下心丸出しなのに……こういう肉食系な所が良いのだろうか。自分で考えていて、肉食系の定義がよく分からないけど。


「それにしても――」


 その老人の視線が、俺に向いた。何だろうかと見返すと、続いてその視線がシュオンへ。


「ドラゴンを連れた旅人なんて聞いていたからどんな強面かと思っていたが、案外普通だな」

「は、はあ」

「よく回りから威厳が無いとか言われてますもんね、ご主人」


 一言多い奴め。愛想笑いを浮かべると、ご老人はフン、と鼻を鳴らした。

 あまり歓迎されていないように感じるのは、気の所為ではないだろう。


「すまんね。あまりよそ者は好きじゃないんだ」

「どうやらそのようで」


 肩を竦めて言うと、ご老人がまた鼻を鳴らす。

 宿屋の雰囲気だと、それほど排他的な村という印象も無かったが。中にはこういう人も居るのだろう。

 それほど悪く感じないのは、そういう人も居るんだと割り切っているからだ。

 むしろ、魔族ほど多種多様な種族が存在せず人間という一個の種族からの反応なら元は人間という立場からすると受け入れやすい。


「少しお話をしたいのだわ」

「おや。なにかね?」

「若い人が少ないのだけれど、戦争に行ってしまったの?」


 リィリアが、その幼い外見を利用して老人を上目遣いに身ながら言った。


「魔性の女ですよ、ご主人」

「だなあ」


 そこが可愛いのだけれど。

 リィリアの『声』を聴いたご老人が、俺に向けていたのとは真逆の、柔らかな笑みを浮かべながら膝を曲げてリィリアに視線を合わせる。



「ああ、そうだよ。徴兵されてね――それでも、喜んで出て行ったのさ」

「武功を上げて騎士になる為?」

「ああ。儂らもそうだが、魔族との戦いなんて百年以上も昔の話でな。もう憎しみなんて無くなってしまっているというのにのお」


 その言葉に、首を傾げる。シュオンも、俺を見上げてきた。


「昔、魔族から取られた土地を取り返すための戦争じゃないの?」

「いいや。誰もが違うと思っている。この戦争は人族の尊厳の為じゃない――取り返すんじゃなくて、奪うための戦いじゃ」


 話を聞きながら店内へ進み、いくつかの椅子を持って外へ。ご老人へ椅子を勧め、俺達も座って話を聞く。

 ご老人は、リィリアの『命令』に従って、座って話し出した。それは、幼い少女へ昔話を語る老人のように周りからは見えるだろう。

 実際は、リィリアの『声』が命じるままにこちらの質問へ答えているだけなのだが。

 淫魔――サキュバスであるリィリアの声に『男』は逆らえない。それこそ、よほどの格上でなければ。

 魔族が持つ特有の異能。淫魔サキュバスの異能は『男性特攻』。

 特にその声は、『魅了の歌』を持つセイレーンを凌駕するほど。まあ、むこうは性別関係無し、リィリアは男性限定という違いはあるが。


「王様が銃に心酔して、そればかりに注力したのが始まりじゃ。王都周辺の土地は穢れ、緑が消え、そうなると今度は地方へ工場を作り……王都だけでなく人界の至る所で自然が消えつつある」

「だから魔界の土地を奪おうとしているの?」

「村人は皆そう思っておる。勝てるか分からない戦争を起こし、魔族から奪われた土地を奪い返す――そう言っているが、銃の威力を試したいだけ、とも」

「あの棒っきれの威力?」

「人同士の小競り合いでは精々が数十丁しか使わんからの――数百、数千丁の銃を使ってその威力を試したいのだろう」


 魔族相手に銃の実験、か。

 なんとも迷惑な話である。けれど、銃をこの世界で生み出した――持ち込んだ相手は、中々に頭が良いともいえる。

 ちゃんと、同族ではなく敵に対して銃を使おうとしている。人界の中でそれをしようものなら、銃の危険性が広まるはずだ。

 簡単に命を奪える――それこそ、子供ですら引き金を引くだけで人を殺せる。

 そうなれば、銃を危険視して廃止しようとする人が現れるはずだ。剣や槍とは違う、技術を学ぶ修練も必要としない兵器として。

 けれど敵なら、敵を簡単に殺せる武器としてなら、受け入れられる。受け入れられて、もっと広く浸透してしまったら、その問題が浮上しても完全に排泄する事など不可能になる。

 まあ、その人物が何を考えているのかが分からないので、思うのはそれくらいだが。


「要約すると、人は魔族を憎んでいない。けれど人界の自然が穢れたので魔界の土地を奪う……あと、銃を人界へ広めるために戦争を起こしたってところでしょうか?」

「だな。まだ一人目だから、断言はできないが」

「凄いですね、ご主人。ご主人以上に自分勝手に思える行動ですよ」

「俺は自分勝手じゃなくて、傲慢なだけだぞ」

「どっちもあまり変わらないですよ」


 ははは、とシュオンが笑う。


「魔界は荒れ果てた土地だと聞いておるからな。そんな土地が穢れてもどうでもいい、という考えじゃ」

「ひどい!? 僕達が百年以上も掛けて、半分くらいは綺麗にしたのにっ」

「もう半分は年中雪に覆われたりしていて、現状だとどうしようもなかったんだけどな」


 けど、人界だと魔界はまだ荒れ果てているイメージがあるのか。

 『境界』近辺は人界側だから土地が綺麗だとでも思っているのかもしれない。


「なるほどなあ……それじゃあリィリア、他の人からも話を聞いてみるか」

「もういいの?」

「取り敢えず、戦争を始めた理由が聞ければいいや……ああ、あと」


 もう一つ、と。


「銃を広めたのはこの国の王様――アーシェルだったか。あと、フローラさんが言っていた『科学者』。そいつの事を聞いてくれ」

「分かったのだわ。……アーシェルという人物は何者なのかしら?」

「この国の王様じゃ。昔から良い噂は聞かなんだが、それでも魔族相手に戦争を起こすほどではなかった、精々が重税を敷いて儂らを苦しめ……おかげで山賊の類がここ十数年で一気に増えたもんじゃ」

「最初は山賊相手に銃を試すつもりだったんですかね?」

「さあな……けど、時系列的には、辻褄が合う、のか?」


 どうにも深く考えるのは苦手だ。探偵や学者じゃないのだ。

 なのでさっさと次に進む事にする。考えるのは、もっと情報が集まってからだ。


「次は『科学者』だな」

「銃を最初に作った『科学者』の名前は?」

「知らない――ただ、十二年前に魔族が魔物を使って王都を襲い、対抗するためにアーシェル王が異世界から人を召喚した。その少し後から、銃が広まった」


 あ、それだと。

 気の抜けた声が漏れた。


「魔族が?」

「魔物は魔族が操るものじゃ。知らんのか、嬢ちゃん?」

「知らないのだわ。タツミ、操れる?」

「無理無理。ドラゴンとは話せるけど、操るのは無理だなあ」

「魔物は災害ですもんね」


 シュオンの言う通り、魔物とは災害だ。総称が無く、その見た目から俺がそう呼び、いつの間にか広まっていた呼び名。

 その生態は――まあ、あれだ。本当に災害の一言。

 作物を食い荒らし、生命を食い荒らし、眼前にあるあらゆるものを食い尽くす。石や鉄以外は何でも食べる災害。

 そして、数が多い。

 一匹一匹なら並の魔族にも及ばないが、その総数は数えるのも億劫なほど――それこそ限り無い、無限。どこに住んでいるのかというと、魔族の目が及ばない辺境、しかも地下や高い山。

 姿はゲームに出てくる小鬼(ゴブリン)(オーガ)(オーク)などなど……形はどこかで見た事があるような、けれどもその何倍も、何十倍もおぞましいバケモノ。

 どういう繁殖方法なのか見当もつかない、それこそ一匹見付けたら三十匹は居るような存在だ。


「……でも、人界だと魔族が操っているって事になっているのかあ」


 なんとも悲しい話だ。あんなバケモノ、操れるはずがない。おそらくだが、人界よりも魔界の方が被害は多いと思うのだが……。

 年に二、三回は集団で襲ってくるし。

 今回の戦争騒動に駆り出された魔族の戦士達も、本来ならそういう魔物に対抗するための戦力だ。

 戦争なんかで減らしたくないというのも、俺が人界との戦争に踏み出さなかった理由の一つである。

それにしても。


「その『科学者』って人、ご主人と同じですね。魔界と人界の違いはありますが、国の危機に異世界から召喚されたって」

「だからって、親近感は抱かないけどな」


 溜息を吐く。


「それじゃあ、次だ次。行くぞ、リィリア」

「わかったわ」


 椅子から立ち上がって、リィリアがパンと両手を叩き合わせて鳴らした。

 それに合わせて、ご老人が大きく身体を震わせる。催眠――魅了が解けた時の反応は、老若男女、あまり変わらない。


「お爺さん。ありがとうなのだわ」


 その日、あと数人に同じような事をして話を聞いて回ったが、聞けた情報はほとんど変わらなかった。

 戦争を起こした理由は村人の主観が入っているので正しいのかは分からないが、少なくともこの村の住人全員があまり戦争をよく思っていないというのは分かった。

 あと、銃。

 作った人物が何者なのか、は結局分からなかった。フローラさんも名前は知らなかったし、これはもっと王都に近い場所、もしくは王都へ直接言って聞く必要があるだろう。

 そうこうしている内に太陽が傾き、フローラさんが戻ってきて、今日も一日が終わった。

 そして、次の日。

……長い一日が始まる。


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