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第零話


 この世界に神は居ない。存在しない。

 この星に生きているのは人族と魔族、そして魔物の三種類だけだ。

 天の使いなど存在せず、神の奇跡も存在しない。

 居るのは元の世界と同じ人間と、耳が尖ったエルフ、身長が低いドワーフ、獣耳と尻尾を持つ獣人。

 『魔法』と呼ばれる異能を扱う『魔族』。

 単純(シンプル)である。

 大きな大陸が一つ、そしてその大陸を二分する二つの種族。

 魔物はアレだ、災害のようなものだ。

 家畜のように役立つ魔物も居れば、自然災害のように移動するだけで周囲に害をなす存在も居る。

 小さく可愛いモノなら制御も(あた)うし、食用として飼えるものも居る。

が、巨大で強大なモノとなると殺す事も一苦労。

 中には言葉を喋り、意志の疎通を図れる魔物も居るがそれは稀だ。

 そんな異世界。

 人族と魔族が大陸の東西を支配する世界。

 大陸の覇権を巡って争う世界――のはずだった。

 正しく『魔王』が召喚されていたならば。



 ずっと遠く、視線の先にある山脈の陰から太陽が昇ってくるところが窓から見えた。

 壁一面がガラス張り。

 窓の外にはバルコニーが作られていて、その先に広がるのは何処までも続く地平線と、頂上が雲で霞んでしまっている高い山脈。

 誰の手も加えられていない、緑豊かな大地。

 濃い蒼色だった世界が青に変わり、暗かった世界に光が灯る。影に色が付き、山脈が輝き始める。

 朝が来た。

 空にはうっすらと白い月が浮かび、その数は一つ。

 元の世界と変わらない夜明け。

 星々の位置は違うのだろうけど、星の構造はほとんど変わらない。

 月は一つ。星は無数。星座という概念は無いけれど、きっとそのうち偉い学者さんがそういう物を作ってくれるかもしれない。

 ああ、でも。

 『神話』という概念も存在していないから、星座は作られないかもしれない。

 そんな事を考えながら、手に持っていたグラスを傾ける。

 ちなみに、注がれているのは水である。

 酒は苦手だ。すぐ酔ってしまうし、酔うと口が悪くなるかすぐ眠ってしまうのどちらからしい。らしいというのは、憶えていないからだ。

 なので、酒は飲まない。

 夜明けの世界を堪能しながら格好つけて手に持ったグラスを揺らしていると、グア、と人が出すには少しばかり無理がある低い声が部屋の中に響いた。


「おや、ご主人。今日はお早いようで」

「おはよう、シュオン。今日は遅いじゃないか」


 部屋の同居人……ではなく、俺のお目付け役である紅色のソレが声を上げた。

 短い手を器用に使って寝惚け眼を擦りながら、身体を起こす。

 小さい。

 ――人とは全く違う肉体構造の生命体。

 言うなれば『ぬいぐるみ』だ。大きさは胸に抱ける程度。

 小さな頭に、大きく出っ張ったお腹。短い手足に、その身体を支えるには不十分だと言わざるを得ない小さな翼と尻尾。

 デフォルメされたとしか言いようのない、脅威を全く感じない角と牙。

 ドラゴン。

 言葉を解し、意志の疎通を図る事が出来る魔物。

 その炎は大地を焼き、その翼は何よりも早く空を駆け、その爪と尻尾などんなモノも破壊する。

 災害とも呼べる魔物の中でも一際凶悪な魔物――であるはずなのだが、俺のベッドを占領しているぬいぐるみを連想させるドラゴンからは、そのような威圧など一切感じない。

 俺の考えになど気付かないドラゴン――シュオンは、ベッドの上で伸びをすると体重を支える事が出来ずに後ろへコロンと転がった。


「ご主人、起こしてください」


 当然の事のようにシュオンが呟いた。


「……お前って、ドラゴンなんだよな?」


 倒れたら起き上がれないドラゴンってどうなんだろう。じたばたと手足を動かす様子は、裏返った亀である。

 シュオンから求められるままその身体を起こしてやる。見た目の小ささに反して重く感じるのは、出っ張っている腹の所為だろう。

 中年男のビール腹のような見てくれは、男の俺から見るとなんとも可愛くない。


「お前、いい加減に痩せろよ」

「分かってないですね、御主人。こういう少し太った体型が、女性に気に入ってもらえるのです」


 ドラゴンが女性を語るというのもどうかと思いながら、起こしたシュオンを再度ベッドへ下ろす。ボスン、とぬいぐるみが出すには少々重たい音が鳴った。少しではなく凄く太っていると思う。

 そのまま、部屋の中を見回す。

 質素な部屋だ。特に目立つ私物は無く、精々が大きなクローゼットくらいなもの。

 壁は石造り。支柱は木製。長年住んでいるので石壁の至る所に罅が目立つが、それを隠すようにして沢山の花々が飾られている。

 色とりどりのそれらは、毎朝この『城』を掃除してくれている侍女(メイド)が届けてくれているものだ。

 あまり贅沢を好まない俺の為にと、お金が掛からない花を摘んでくれているのだとか。

 今日も、シュオンが目を覚ますよりもずっと早くに部屋を訪ねて来て、花を飾っていってくれた。

 その花の一つを指で触れると、シュオンが大きな口を開けて欠伸をした。

 ……本当に可愛くない。


「ご主人に花なんて似合いませんよ」

「お前にもな」


 俺の事をご主人と呼びながら、しかしどこか小馬鹿にした印象を受けるのはやはりその外見ゆえだろう。

 その頭を軽く小突くとまたコロンと転がって、助けを求められたので起こしてやる。


「けど、こんなにゆっくりしていていいんですか?」

「ああ。今日はそういう気分なんだ」


 この世界に召喚されて、どれだけの時間が過ぎただろう。

 同じだけの時間を一緒に過ごしているこのシュオンとも、もう随分と長い付き合いだ。

 正確な時間は分からない。この世界には、時間――時計のようなモノは無い。

 何事か約束をする時は何日後か、昼か夜か、といった具合にとても曖昧だ。

 この世界に召喚されて何日過ぎた、何年過ごしたかなんて、すぐに忘れてしまった。

 元の世界の記憶はあるけれど、それもほとんど色褪せてしまっている。親の顔も、名前も。友人の顔も名前も。

 それを悲しいと思っていた感情すら忘れてしまい、今ではただただのんびりと毎日を過ごしている。


――ああ、永遠なんて下らない。

  普通に死ねる事のなんと尊い事か――


 そんな風に声を高くして歌えるくらいには、過去も元の世界も割り切ってしまっている。

 それが今の俺だった。

 もう一度、窓から外を見る。

 太陽の輝きに照らされた世界。魔が住まう、魔界。

 百年前は荒地だったこの大地も、今では緑豊かな楽園となっている。この光景からは『魔界』という物騒な名前は似合わないと思ってしまうほどに。

 ここまで百年。百年以上。

 長かった。本当に永かった……。

 俺が召喚された理由は、単純だった。

 荒れ果てた大地には魔族も住めず、住める場所を求めて召喚された。

 力として。暴力として。

 魔族には人間界から土地を奪う『チカラ』はあっても、その土地を利用する術が無かった。

 だから召喚された。人間界の土地全てを奪う敵――『魔王』として。

 けれど、俺は違う道を示した。違う生き方を示した。

 魔族全員で土地を耕し、淀んだ湖を洗浄し、川を整備し、村と村を繋ぐ道を作る。

 百年以上という時間を使い、ここまで魔界を緑豊かで住みやすい場所へと変えた。

 素晴らしい。俺凄い。

 今では俺の信者ばかり――というのは夢物語だが、まあ元人間だけど『魔王』として一定の信頼を寄せてもらっている。


「ただまあ、そろそろ仕事をしないといけないかね」

「そうそう」


 そう言って、いつものようにシュオンを胸に抱えて部屋を出る。

 花で飾られた、住み慣れた部屋。

 百年以上という時間を過ごした部屋だ。

 何となく、部屋を出る前にその光景を見たのは虫の知らせだったのかもしれない。

 その日、俺は魔王をクビになった。

 理由は簡単だ。

 ――人族との戦争が始まったから。

 土地を奪うよりも土地を耕す選択をしたように……俺は、戦争否定派なのだ。


新作を始めました。

よろしければ、読んでいただけると嬉しいです。

これからよろしくお願いします。

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