ずっと○○のターン!
宿屋で合流予定だったのに、サラが一向に戻ってこなかった。奴隷の首輪のおかげで、自力で主人である俺から離れた場所にはいけないはずだから、誘拐されたと考えるのが妥当だろう。
「サラが帰ってこない!」
「時間にはきっちりしている子ですのに、何かあったのでは?」
「勇者君と別れたのはお昼頃だったんでしょ? 何かおかしなことはなかったの?」
「いや、いつも通りだったんだけど……」
「盗賊ギルドに言って探してもらうといいにゃ!」
勇者のパーティの中で力を持たないサラを狙ったのではないかという意見もあった。それに、かわいい子だから人さらいが連れ去ったとしてもおかしくはないというのが俺たちパーティの意見だった。
ひとまず手分けをして探したのだけど、俺たちはサラがどこに行ったのか心当たりもなく、ただただ闇雲に探し回った。結局大通りから人通りもなくなった頃になっても見つからず、シーに頼んで盗賊ギルドに人探しの依頼を出してもらった。非合法な手段ではあるけれども、俺の嫁(予定)であるサラを見つけるためには背に腹は代えられなかった。
夜も更け、サラがそのうち帰ってくるのではないかと淡い期待と共に布団に入ったけれども、目がさえてしまって眠れなかった。むしろ俺を慰めるようにブレンダがすりついてきたので、そっちが滾ってしまい寝不足になってしまった。ごめんよ、サラ……。
翌朝、テンションが低めの俺を何とか励まそうと、みんなが慰めてくれているところに来客があった。良い所で邪魔しやがってと思って応対をしたんだけども、宿屋の人が連れてきたのは予想外の人物だった。
「すみません、勇者様はいらっしゃいますか?」
「俺ですけど」
「お客様がお見えになっておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「客? ああ、貴方は奴隷商人の……」
「お久しぶりでございます。二年ぶりになりますかな? 少しばかりお話をと思いまして」
「? わかりました。ここじゃなんですから、中に入ってください」
どうしてこんな時に顔を見せたのだろうかと首を傾げながら、俺は奴隷商人と連れの使用人を部屋に通した。
使用人も結構いい身体つきをしているなぁ……。護衛の心得とかもありそうで、太ももなんかムチムチしている。多分、俺がこの街に居るって知ったから声をかけて来たんだろうな、即金でサラを買った上客だしな!
「今日はどのような要件で?」
「こちらの荷物をお届けに参りました。それと、サラはお元気ですか?」
「サラがどこにいるか知っているんですか!?」
「昨日私のところに来ましたよ」
「本当に!?」
サラを探しに行こうと思っていたところだったから、情報が入ってきて助かった。
考えもよらない人からの情報だったけれども、俺ってやっぱりついてる!
シーの情報も助かるのだけれど、なるべくなら合法的な手段を使いたい。俺は勇者だからダーティなイメージが付いてしまっては困る。
「ええ、自分を奴隷から解放してほしいと言ってきましたよ」
「え……」
「解放するのに十分なお金を持参されましてね、特に問題もありませんでしたので、その場で奴隷から解放致しました」
「なんだって?! どうして引き留めてくれなかったんですか! 奴隷の主人なのは俺なのに、俺の許可なしで奴隷を解放するなんて!!!」
「いいえ、私は勇者様にサラをお売りする際に、債務奴隷は債務が返済され次第解放されるとお伝えいたしましたよ? 債務奴隷が借金を支払うのは契約主か、奴隷商人のどちらでもよいと売買契約をする際の契約書にも記載してあることです。サラは契約通り私に債務となっている分と手数料も含めて支払いに来ました」
奴隷商人が言った言葉はまさに青天の霹靂だった。サラを解放したというのだ。
そんな、まさか……。
サラが俺たちを捨てるなんてあり得ない!!
今までパーティメンバー全員でうまくやってきたのに何故!?
「うそだ……。だって、サラにはそんな、俺たちとも仲良くやっていたのに。お前が別の人間に売り飛ばしたんだろう!! それにサラがそんな大金を持っているわけがないじゃないか!」
「そうよ! 戦闘にだって参加していないのに、解放に必要なお金を持っているわけがないわ!」
「いいえ、嘘ではありませんよ。きちんと勇者様の筆跡で、危険手当としての報酬であるという書面まで持ち込んでおります。私と鑑定スキル持ちの担当が確認をしましたので間違いはございません。複写スキルを持っている奴隷が複写をいたしましたが、ご覧になられますかな?」
俺にはそんな大金を渡した覚えなんてなかったし、アリアもそんなことは知らなかったから、二人して奴隷商人の話を否定したのだけれども、奴隷商人が目の前に出したのは、俺がサラにお小遣いをあげた時に書いてあげていたメモ書きだった。ご丁寧にスキルを使って複写したため俺の筆跡で間違いない。
でも、サラに渡した金額は大したことないはずだ、そう思ってクロエがパラパラと複写のメモ書きを見ているのをちらりと横目で見ると、一番古いメモ書きはサラをパーティに入れたころからものまであった。サラは、いつか解放されることを期待して貯めていたって言うのか!?
古いメモ書きを眺めながら、俺はサラに信頼されていなかったのだと突きつけられたような気持になった。
「彼女は債務を完済致しましたので、自由の身でございますね。奴隷解放の手続きはこちらでいたしましたので、私は返済された金貨をお持ちしに伺ったんですよ」
「そんな、それじゃあ……」
「勇者君……」
奴隷商人の使用人がずっしりと重たそうな革袋を俺の目の前に置いた。中身は金貨に違いない。
意気消沈する俺をブレンダが慰めるように、背中にそっと触れてきた。ブレンダの温かさがやけに俺の身に沁みるようだった。
「それとですね、勇者様には確認をしなければならないことがあるんですよ」
「……」
もはや奴隷商人の話を聞くことすら億劫になっているのだけれど、奴隷商人は構わずに話を進めた。
サラはもう俺の手の中には居ないのに、確認をしなければいけないことって一体なんだろう……。
「サラから聞いた話ですが、奴隷とはいえあの子は戦闘力を持たない子でした。それを無理やり戦いの場に連れ出したというのは本当ですか?」
「そんなことはしていない! 遠目で、戦っている魔物の鑑定をしてもらっていただけだ」
「それを連れ出したというのです。戦闘スキルを持っている戦闘用奴隷ならまだしも、あの子はまだ成人もしていない幼子です。話には聞いておりましたが、奴隷の扱いが酷いにも程がありますな!」
「そ、それに関しては、この通り勇者殿が危険手当を払っているから問題はないはずだ! それに、我らが彼女には危険が及ばぬように近くで守っていたのだ!!」
「それでも、戦えぬ幼子を魔物の住処に連れて行ったと? あの子に付きっきりで守っていたとしても、幼心にどれほど恐ろしかったことでしょうなぁ?」
奴隷商人の言うとおり、サラを魔物の住処に連れて行くことは俺たちにとっていつものことだった。サラの鑑定眼の効果はすさまじく、俺たちが効率よく魔物を討伐できたのも彼女があってこそだった。
クロエは、俺が書いたメモ書きに目をやって反論するも、サラを戦いの場に連れ出したのは事実だった。
「それだけではございません。幼子の目の前、若しくは近くで御嬢さん方と性行為を行ったとか? 彼女は性奴隷ではございませんので、そのような行為をされますと性的虐待と同義になりますよ」
「そんなことはしていない、サラは眠っていたはずだ!! なぁ、みんな!!」
「……」
サラが眠った時に盛り上がってしまったことはあったが、その時のサラは疲れて眠っていたはずだった。
同意を求めようとブレンダたちに声をかけたが、みんなして目を逸らしてしまった。
たまたまサラが目が覚めて目撃してしまったのだとしても、俺はそんなことが性的虐待になるなんて知らなかった!!
「まぁ、埒があかないのでこの話はこのくらいにしましょう。奴隷売買の契約書にもございますが、奴隷は主人か奴隷商人に債務を返済すれば解放されます。奴隷商人に返済をした場合は、奴隷の主人に対して不満があったと見なされます。これも契約の際にお伝えいたしましたが、覚えておりますかな?」
「それは……」
「覚えていらっしゃるようで結構。まぁ、覚えていらっしゃらなくても売買契約書にも記載がございます。まぁ、今となっては無用の長物でしょうが、後程ご覧になられたらよろしいかと」
「……」
「私の従者ですが真偽発見スキルを持っておりまして、先ほどの発言に嘘がなかったことが確認できました。ですので、サラの証言と合わせて勇者様には今後奴隷の売買ができない処分が下されますのでご承知おきください」
「そ、そんなの私が国に掛け合ったら解除されることになるのよ!」
「聖女様は奴隷解放派の勢力なのではないのですか? 神殿の派閥はいつも私ども奴隷商人に対して圧力をかけてくるのですが、聖女様の意見は反対でいらっしゃる?」
アリアが国に掛け合えばというと、それを奴隷商人は真っ向から論破してくる。神殿は平等な精神を謳っているため、奴隷商人とはどうにも相性が良くなく、様々な圧力をかけているのだという。
それなのに、聖女という神殿の象徴ともいえる存在が、神殿の教義と真っ向から反対する意見を言うのもおかしな話だ。さすがにアリアもこの意見には反論できず口をつぐんでしまった。
「さて、この件につきましては法に基づいて申請を致しますので、あしからず。別に法で裁かれるというわけではございませんのでご安心ください。それから、パーティメンバーの方々につきましては、今回は所有者ではなかったということで見送らせていただきますが、今後奴隷をご購入されました場合はご注意願います」
奴隷商人はそう言い残し、使用人を連れて部屋から出て行った。この場で始末してしまえばよいのではないかと一瞬頭によぎったが、それはどう考えても独りよがりの考えだった。
パーティメンバーの気を使うような視線に、無性に腹が立った。
俺はサラと奴隷商人に完敗したのだった。