勇者になりました
勇者になると聖女様に宣言をしてから、俺の生活は変わった。
正直な話、王子はそのことに対して複雑な表情だった。早々に勇者が決まってうれしくないのかと聞いたら、本来ならこの世界と無関係な俺を巻き込むのは嫌だったらしく、尻拭いをさせるようで申し訳ないと言われてしまった。ただ、良く決断してくれたと言ってくれたので、俺は少しだけほっとした。
やる気になっている俺に、王子は俺を死なせないために選りすぐりの教育係を付けてくれた。
午前中はこちらの一般常識がわからない俺に読み書きができるように、家庭教師のような人が付けられた。美人な家庭教師を想像していたのに対して、ひょろりとした中年の文官が俺の担当になった。
中年男が出てきてガッカリしたけども、このカテキョは王子の家庭教師もしたすごい人だった。それと驚いたことに授業は結構面白かったんだ。
花街に行けば女が抱けるとか、どこそこの娼館は美人揃いだとかそういった俗っぽい話から、真面目な政治の話、種族の間の対立、この国を始めとした各国の建国史などを様々な視野から教えてくれた。
「一般常識は兎も角として、この国で召喚されたんだから俺が知っておけばいいのって、この国の歴史だけでいいんじゃないの?」
と聞いたことがあった。この人の授業は面白いけど、他国の建国史なんか特に覚えることがありすぎて大変なのだ。俺が召喚された国の話だけで済むんじゃないかと思ったけど、このカテキョ曰く、
「勇者様はこの国の代表として、各地で起きている魔族の討伐に向かわれることになるでしょう。その際にその土地の者との意思疎通ができなければ、余計な反感を買うことになります。まさか、勇者というだけで理解者を得られるとは思っておりますまい?」
なんか、正論でバッサリ切られた。
でも先生が言うとおりだよ。その土地の人のことも考えられない勇者とか俺だったら必要ないもんなぁ……。
午後は騎士団に交じって剣術の訓練か、宮廷魔導師の爺さんによる魔法の訓練が基本となった。
異世界トリップの憧れでもある魔法の訓練に関しては、テンプレ通りイメージによる無詠唱ができたので、魔導師さんたちにはめちゃくちゃ驚かれた。レベル1の状態でもこの国でも選りすぐりの魔導師さんよりも多い魔力があったみたいで、この時点で俺は初めて自分がチートであると実感した。
剣術の訓練に関しては、騎士団の演習場でおっさんや兄さん方に交じっての訓練になったけど、俺の担当教官になってくれたのはミケーレ=ロアという女性だった。
彼女はロア公爵の娘らしいが、ミドルネームがないのでいわゆる妾の子というやつだと聞いた。
ミケーレさんは何も知らない俺に対してとても優しくて容赦なかった!
貴族の血を引いているだけあってやっぱり整った顔をしているし、ふんわりしたお姉さんといった雰囲気の彼女だけど、いつも栗色の長い髪を戦闘の邪魔にならないように結い上げられていて、訓練後なんか汗ばんだうなじは妙に色っぽくて俺は目が離せなかった。
「そういえば、ミケーレさんは貴族出身なのになんで騎士になったんですか? それに、この騎士剣も年季がはいっていますけど、騎士になってどれくらい経つんです?」
ある日、ミケーレさんに素振りのやり方を習っていた時に、気になっていたことを聞いてみたことがあった。
実力がない者は隊を率いる資格がないと騎士団長に言われたことがあった。実際、ミケーレさんは騎士団の中でもかなりの若手だ。既に隊を率いる立場にいるのは彼女が努力をした結果なのだろうけど、彼女のキャリアがどれくらいあるのかいつも不思議に思っていたんだ。
「そうですねぇ、私の恋人が騎士を目指してたので少しでも彼に近づきたくてですかね? 父にわがままを言って剣を握ったのは10歳くらいの頃から? まぁ、なんだかんだで剣術に関しては才能があったみたいで騎士見習いになって、騎士に叙勲されたのは16歳なので騎士歴8年くらいですね。こう見えても騎士団の中では結構な古株なんですよー」
そういって彼女はふんわりとほほ笑んだ。
ああそうか、彼女にはずっと想っている人がいるんだなと、この時初めてミケーレさんのことを知った気がした。
何度も言うようだけど俺の顔はかなり整っている方だ。この世界に来ても、貴族の女の子や城で働く侍女も俺に夢中になっていたから、どうせミケーレさんもそうなるのだろうなと思っていた。
けれど、彼女は全くと言っていいほど態度は変わらないし、顔めがけて容赦なく木剣を振り下ろすし、ぎりぎりのところで避ければにこっと微笑みながら拳でぶん殴ってくるし……。(遠い目
一度だけ魔術を混ぜて対抗しようとしたことがあったけど、反射的に魔力を感知した瞬間に能面みたいに無表情になって人間離れした速度で反応して、一瞬で首筋に短剣を突き付けられたこともあった。こっちは初心者だし、もしかしたら少しくらいはハンデをもらえるとか、手加減してもらえるんじゃないかと淡い期待していた俺としては、どうしてこの人はこんなにも容赦がないのか不思議に思っていたのだ。
短剣を突き付けられたときに関しては、本当に反射的にやってしまったみたいで、
「ごめんごめん、魔法使い対策で魔力感知したら反射的に喉を切ることにしてるの、今度から気を付けてね」
「あははは……」
マジで乾いた笑い声しか出なかった、本当に容赦ないなこの人って思った。(震え声
まぁ、この国の魔導師は詠唱するのが基本みたいだから詠唱できないように喉を突くのは合ってるんだろうけど、マジで怖いわ。正直、このやり取りをしたおかげで、ようやく俺は死なないように訓練を受けているんだと気が付いたんだけどな。
訓練の内容も俺が死なないように、叩いて伸ばす方式で始終そんな感じだったから、彼女のキャリアを聞いてみたんだけど、そっか恋人がいるのか……。
俺が眼中にないのは解るけど、どうにも面白くなかった。
ミケーレさんが心底惚れている相手は誰なんだろうと気にはなっていたが、その相手に会う機会は実戦訓練になってようやく訪れた。
ミケーレさんのにこにこスパルタ訓練を受けつつ、そろそろ実践も交えて魔物の討伐に行ってもいいだろうとミケーレさんからは何とかお墨付きを貰えたのだ!
教官であるミケーレさんにはまだボコボコにされるけど、チートで上乗せされた恩恵もあって実力的には、騎士相手に結構いい勝負になっていたのでまずは実践を積ませることを最優先ということになったらしい。
俺が中心になって討伐をするという名目だったけれど、魔物の討伐を専門としている第五騎士団の訓練に俺がくっ付いて行く感じになった。
しかし、この最初の討伐は本来ランクの低い魔物しかいないはずの訓練場の森なのに、運悪く高ランクの魔物が複数出没してしまった。
唐突に始まった実戦で、嗅ぎなれない血の匂いに本能的な恐怖が沸き起こって体がすくんで動かない。どうにか剣を構えて魔物に対峙しようにも、血だまりでぬかるむ足場で本来の動きが出せず、俺は同行していた騎士たちにかばわれる始末だった。
幸いにも、その時の同行者は今後の俺のパーティメンバーの選考も兼ねていたため、かなりの実力者が集まっていた。その中で第五騎士団の団長とその直属の部下に並びミケーレさんのレベルが桁違いだということを俺は初めて知った。
高ランクの魔物は知恵も回るため、騎士団の面々が数人がかりで倒していたのだが、ミケーレさんはひらりひらりと舞うように魔物の攻撃をかわし、的確に急所を突いていく。騎士団長に至っては、全体の指揮を執りながら、魔物に相対し既に数体を討伐いる。
しかし、それ以上に凄腕の騎士がいた。複数の魔物をたった一人で相手取り次々と切り伏せていく。鮮やかな捌きに俺は思わず見とれてしまった。
その騎士の名前は、ロビン=クライフと言った。彼は王家の剣として数々の武人を輩出している血筋で今回の指揮を執った騎士団長の腹違いの弟だった。
ロビン=クライフは、荒くれ者が多い第五騎士団の大隊長を務めており、戦場では数々の武勲を挙げ、騎士団長の腹心ともいえる存在であり、ミケーレさんの恋人だった。
片や周囲の評価も高い人物で相思相愛の恋人もいる騎士と、まだ実力がない名目だけの勇者で討伐に出ても役立たずな俺。
比べるまでもなく、ミケーレさんが俺になびくことはないと突きつけられるようで、俺は心底情けなくなった。
奴は身分の差はあるものの実力でカバーができる人材で、周りの人間は相思相愛の二人を好意的にみていて近いうちに結婚するだろうという噂もあり、初めて俺が敵わないと思わせられた相手だった。




