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8.駆けよスレイプニル

 シャイナの遺品であるボロを懐に仕舞って、私は立ちあがった。


 そして、そこら中に転がっている転生者の遺体を広場に集めていった。魔力を浴びて死んだ原住民が生ける屍(ゾンビ)となって甦るというのなら、転生者もそうなる可能性があると考えてのことだ。決して、埋葬してやるためではない。


 村を出ると、スレイプニルが待ち構えていた。


「旦那、相変わらずの無双ぶりで」


「無双?」


「気にしないでください」


「それはそうと、火を起こしたいのだが」


「火を?」


 訝るスレイプニルに、事情を説明した。


「確かに、この世界じゃ火葬が一般的ですし、転生者の遺体も焼いてますね。しかし…」


 スレイプニルは首をひねり、眉間に皺を寄せて言った。


「俺は馬ですから、火は起こせませんし、村の家屋がほぼ全焼しているとなると、火つけの道具も全滅でしょうし…」


「ふむ、まあ転生者が生ける屍(ゾンビ)化したところで、私には関係ないことだがな」


「神が与えた力ってやつで、火を出せないんですか?」


「無理だ」


 天上にいた頃の私なら、自然現象をある程度生み出すことはできたが、今では打ち消すことしかできない。


「旦那の力って、光属性ですよね」


「属性?」


「気にしないでください。光というやつは、波長によっては物を温めたり、熱エネルギーを持ってるわけでして……いや、やめましょう。とにかく、旦那の力を思いっきり高めて、ぶっ放してみてくださいよ。多分、燃えるか爆発するかします」


 私が眉を寄せて聞いているのを見て、半ば呆れた様子で話すスレイプニルに、私はふと思ったことを尋ねてみた。


「今は馬の身とはいえ、汝にとってやつらは同朋であろう。私がやつらを狩っても、なんとも思わないのか」


 スレイプニルは、私の問いに一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに口を開いた。


「俺は、あいつらを同朋だなんて思っちゃいませんよ」


 鼻を鳴らしてから北の方を見て「俺が大事なのは、ユカリだけです」とつぶやいた。


「ふむ」


 私は、ユカリという転生者をどうするのだろう。ユカリが、魔力を持たないただの人間として転生していてくれればという思いが、少しだけ私の中にあった。


 また、先ほど殺したイシオカの子供が、いつか私の前に現れるだろう。それを考えると、少しだけ心が痛んだ。


 シャイナとスレイプニルと関わることで、私の心に現れた変化は、時として私の考えを鈍らせ、決意を挫こうと絡みついてくる。


 我知らず、懐のボロ布を握りしめていた。


「とりあえず、ささっと燃やして、町まで帰りましょうや」


「そうだな」


 スレイプニルに促され、私は彼の背に跨った。


 スレイプニルとともに村の広場へ戻り、私は普段より大型の光弾を死体の山に向けて放った。


 結果としては、遺体の山は消し飛び、跡には巨大な穴が穿たれた。スレイプニルが「引くわ……」と言ったので、その意味を尋ねたが、答えは得られなかった。


 ルドルフは、事が済んだら夜のうちに戻ってくるようにと私に言った。町を出る際には、彼が付き添ってくれていたので、問題なく出立できたが、入るときはどうすればよいのだろうか。


「旦那、結局は全滅させちまったようですけど、先に村にいた転生者たちは、待ち伏せだったわけじゃないんですよね?」


「そのようだった」


生ける屍(ゾンビ)はどうなったんです?」


「村にいた転生者が全滅させたと言っていた」


 私の答えを聞いたスレイプニルは、何か苦いものでも噛み潰したように口元を歪めて言った。


「うまく出来過ぎてる……と思いませんか?」


「汝はそう思うか」


「思いますね。このまま町に戻ったら、今度こそ待ち伏せがあるかもしれませんよ? 調子のいいことを言っておいて、旦那を一旦町から遠ざけて、町民の避難と大部隊を呼び寄せる時間を稼いだだけかも……」


「それなら、また殲滅するだけのことだ」


「……」


 その後はお互いに口をきかず、私たちは街道を進んだ。




「旦那、そろそろ櫓から見える位置です」


 スレイプニルが声を潜めて告げてきた。遠くに赤いかがり火がちらほらと見える。


「旦那、このまま町には寄らず、森を迂回して北を目指しませんか」


「なぜだ」


 唐突な提案に驚き、私は理由を尋ねた。


「だーかーら!罠かもしれないって言ってるじゃないですか!」


 スレイプニルは苛立たしげに足を踏み鳴らした。人間で言うなら地団太を踏んだというところだが、馬上の私はバランスを崩して彼の背から落ちそうになった。馬の扱いは苦手だ。


「スレイプニル、先ほども言ったように、それならそれで構わないのだ。私がなすべきことは、変わらぬ」


「ですが、旦那……!」


 そこで言葉を詰まらせて、スレイプニルは下を向いて歯噛みしていた。彼がここまで町に入ることを拒む真意が分からず、私は困惑していた。先ほど自分でも言っていたように、ユカリ以外の転生者がいくら死のうと、彼には関係ないことではないのか。


「スレイプニル、いったい何が――」


「旦那!」


 私の言葉を遮ったスレイプニルは、そのまま少し黙っていたが、やがて意を決したように言葉をつないだ。


「このままベルの町に入るなら――」


 彼はいったん言葉を切り、振り返って黒い大きな瞳で私をまっすぐに見た。


「ここで俺を殺してください」


「スレイプニル……?」


 スレイプニルの視線は、私を捉えて放さなかった。


「町には、魔法都市の救援が到着しているはずです」


「三日ほどかかると、ルドルフが言っていたではないか」


「それは、あいつの嘘です」


 スレイプニルはそう言うと、私に降りるよう促したので、私は彼の背から降りて正面に回り、話を聞いた。

 

 北東の魔法都市の名はレザイア。


 馬の足で休まず走ったとして、丸二日かかる距離にそれはある。転生者の中には、土木建築作業に役立つ魔法を使うものがおり、彼らが作り上げた都市には、魔力を帯びた者だけが使える魔道具が溢れている。


 それゆえレザイアには、原住民はほとんど住んでおらず、一万人ほどの住民の九割は転生者とその血族で占められている。


 彼らの半分以上が魔道具の製作か、都市の建築に関わる仕事に就いていて、ベルの町から北東へ延びる石畳の街道も、かつて彼らが二日程度で造り上げたものだ。


 残りの半分は、先ほど現れた魔法騎士団のように、戦闘に特化した転生者たちで占められている。彼らを育成する学校まで設立されており、その実力は確かなものだそうだ。新たに転生してこの世界にやって来た者たちは、この学校目当てにレザイアに集まる傾向にある。


 一割程度の原住民は、王都とレザイアを行き来する商人の関係者がほとんどであり、彼らは魔道具を生産する工房に投資をしたり、王都へ品物を届ける役割を担っている。


 そこで生産される魔道具は大変に便利であり、中でも重宝されているのが、転移魔法陣だ。どのような原理かわからないが、転移魔法陣は一瞬で遠距離の移動を可能とする。


 そしてそれは、レザイアとベルのギルドに設置されているというのだ。


「ベルの町にある魔法陣は小さいので、一度に移動できるのは人間なら三十人くらいですがね」


 一度使用すると、魔力を補充するのに数十分かかるそうだが、私が村で狩りをしている時間と、町と村を往復する時間くらいあれば、かなりの人数を移動させられるだろう。


「魔法騎士団も、それを使って現れたということか」


「わかりませんが、あいつらは馬に魔力を流して、とても速く走らせることができるそうですから、自力でやって来たとしてもおかしくありません」


「そうか」


 ギルド長たるルドルフが、転移魔法陣の存在を知らないはずもない。

魔法都市に救援を求めたのは、それに応えて集まった転生者を私に狩らせるためということだったが、その到着時間を偽り、時間的に余裕があるのでと、ビットの村に向かうよう仕向けた。私が戦っている間に、魔法陣を使って大量に転生者を呼び寄せ、町に陣を敷いて待ち構えている――。


「とまあ、これが俺の考えですが、旦那にしてみれば、もっと早く言えよってところですよね」


「うむ」


 たしかにそのように言おうと思っていた。スレイプニルの言葉に私が頷くと、彼は目を伏せて言った。


「すみません。ユカリのためだったんです」


「どういうことだ」


「実は俺は、ユカリがどこにいるか知っています」


 目を閉じたまま、スレイプニルは言葉を続けた。


 ユカリ・アマサキは、レザイアで魔法陣技師として働いている。魔法陣の設置のため、何度かベルの町を訪れたこともあるそうだ。たまたまそれを見かけたスレイプニルは、彼らの会話からユカリの現状を知り、戦いに身を置く立場ではないことが分かって安堵していた。


 そこへ現れたのが転生者殺し(リバースキリング)である。


 出会った夜の会話から、ユカリと私が出会えば必ず殺されると確信したスレイプニルは、どうにかしてベルの町とレザイアから私を遠ざける必要があった。そこで、ユカリの所在を隠し、世界の事情に疎い私を、別の都市へ誘導しようと考えていたのだそうだ。


 しかし、ベルの町で事態は大きく動いてしまった。


 まず、知らない転生者がヒイラギ家にやって来た。スレイプニルが転生したのは九年前なので、当時すでにミツアキ、アイカとショータの三人は家を出ていた。

そして、私とシャイナが家から出て来なくなった。


 七日間で私とシャイナの身に起こった事態に驚き、本気で悲しんだが、それもつかの間のこと。ルドルフが私の転生者狩りに協力を申し出たのだ。


 大量の転生者を移動させるのに、魔法陣を使う可能性は高く、繊細な装置であるそれは、よく故障を起こす。そうなれば魔法陣技師のユカリが町にやってくるかもしれない。


 そう考えたスレイプニルは、ルドルフに対する疑念を私に植え付けつつ、町を離れようと考えた。


「結局、旦那を騙そうとしていた点では、俺もルドルフと一緒です」


 相変わらず目を伏せたままのスレイプニルが、頭を垂れた。


「ルドルフが嘘をついている確信があるわけじゃありませんが、その気になれば半日で大量の救援を呼べるのに、それを偽ったことには、何か裏があるはずです」


 そこまで言うと、スレイプニルは顔を上げた。秘密を吐露したことへの罰の悪さと、どこか寂しげな光が目に宿っていた。


「俺が話せるのはここまでです。旦那、最後にもう一度だけ聞きます。転生者は、全員殺すんですか?」


 スレイプニルの視線が、私の目に固定された。


「……そうだ」


「「例外はない」」


 いつか、私が転生者にやったように、私とスレイプニルの言葉が重なった。


「くく……」


「へへへ……」


 私たちは笑った。


 私は、すっと右手を上げた。


 それを見たスレイプニルが、硬く目を閉じた。


「行け。ベルの町にユカリという転生者が居たら、汝が思うように動け」


 私は、町を指さして言った。


「旦那……?」


 私の言葉を聞いたスレイプニルの目が見開かれた。


「スレイプニル、私が殺すのは転生者だけだ。魔力を持たない馬など殺して何になろうか」


「旦那、じゃあ……」


「早く行くがいい。言っておくが、私とユカリが出会ったら、必ず殺す……もし、出会ったらの話だが」


「すみません……ありがとうございます。ありがとうございます!」


 スレイプニルの黒い瞳から、涙があふれていた。


 一声嘶くと、スレイプニルは町へ向かって駆けて行った。その姿はすぐに、闇夜に溶けて見えなくなった。


 さらに数分待ってから、私はゆっくりと歩き出した。


 歩き始めてすぐ、町の方からスレイプニルの嘶きが聞こえた。


 嫌な予感がして、私は速度を上げた。




 腹に三本、背中に二本の矢が刺さったスレイプニルが、横倒しに倒れていた。周囲には的を外れた矢が散乱していた。


 櫓から放たれた矢が背中に突き刺さり、倒れたスレイプニルに向かって追撃が為されたことを、腹に垂直に刺さった三本が物語っていた。それはつまり、威嚇などではなく、明確な殺意をもって為された行為であることを示していた。


 私が乗って行った馬が、攻撃された。


 この町は、私の味方などではない。


「スレイプニル!!」


 私が倒れたスレイプニルの側に駆け寄ると、苦しげに歪んでいた口元から血の塊が吐きだされた。


「へっ……参りましたよ……町に入ることすらできやしない」


「すまない……私が一緒に来ていれば……」


「よしてください……転生者殺し(リバースキリング)と一緒に町に入るなんざ、自殺行為ですよ」


 ほれ、この通りと言ってスレイプニルは口角を上げた。呼吸が荒くなり、上げた口角から血の泡が出ている。


「スレイプニル!?」


 矢傷を負い、瀕死と思われたスレイプニルが立ち上がった。


「旦那。実は俺……魔法、使えるんです」


 スレイプニルの身体から、真紅のオーラが噴出した。


「転生するときに、神様が言ってたんです。死ぬ間際の一瞬だけ、他人のためだけに使える魔力を授けるって」


 真紅のオーラはスレイプニルの全身を覆い、スレイプニルの身体に新たな四本の足が生えた。


 オーラの放出を終えたスレイプニルの全身の毛は黒く染まり、八本足の蹄は真紅であった。


「さあ、乗ってください」


「スレイプニル……」


「旦那、俺はもうすぐ死んじまいます。ほんとは旦那に殺されかけたときに、この力でユカリを連れて逃げるつもりだったんですがね」


 櫓門の方が騒がしくなり、転生者たちが魔力を乗せた矢をつがえたのが見えた。


「さあ、旦那!」


 私は、スレイプニルに跨った。


 同時に矢が放たれた。スレイプニルが雄々しく嘶き、前足を高々と上げた。その真紅の蹄から風が巻き起こり、次の瞬間、私を乗せたスレイプニルは空中へ駆け上がった。


 取り巻く風が矢を散らし、そのまま櫓門を飛び越える高さまでスレイプニルは駆け上がった。


 門の内側に待ち構えていたのは、今では見慣れてしまった銃を構えた転生者たちだった。


 私たちの姿が見えるやいなや、色とりどりの魔弾が放たれ、スレイプニルの纏う魔力とぶつかって、夜空を染めた。不思議なことに、私はそれをきれいだと思っていた。


「ギルドへ向かいます!」


 スレイプニルはそのまま降下し、転生者たちを踏みつけ、蹴散らして町の中心へ駆けて行く。


「……ぐっ」


 スレイプニルの周囲の風を通過した魔弾が、彼の身体に着弾した。大分魔力をそがれたらしく、爆発こそしなかったものの、それはすでに瀕死のスレイプニルにとっては、止めとなるに十分な破壊力を秘めていたようだ。


 スレイプニルが倒れ、直前に飛び降りた私は、彼の顔の側にしゃがみ込んだ。スレイプニルの身体から魔力が霧散していき、もとの栗毛に戻っていた。


「旦那……どこです?」


 スレイプニルの目は赤く濁り、目の前の私を視認していないようだった。


「私はここだ」


「ああ、へへ……落ちて死んじまったかと思いましたよ……」


 笑ったように歪んだ口から、大量の血が吐きだされた。


「スレイプニル……」


「よしてくださいよ……湿っぽいのは苦手なんです」


 ひゅうひゅうと、細い息遣いでスレイプニルが言った。


「……ありがとう」


 私は、何とかそれだけ言えた。それを聞いたスレイプニルの目が閉じられ、彼は最後に息を吐いた。


「ああ、ユカリにも……見せたかったなあ……」


 最後の吐息に含ませるように言って、スレイプニルの呼吸は止まった。




 転生者の群れが、道の前後から迫っていた。


 私は立ちあがり、転生者の群れの向こうにそびえる石造りの建物を見た。建物の屋上に、かがり火に照らされて光を放つ、眼鏡をかけた青年が立っていた。


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