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7.参謀

「町ごと味方に?」


「そうです」


 眼鏡の端をくいと上げて、ルドルフは話し始めた。


「貴方が転生者を狩るにあたって、我々原住民が障害となり得ることは、先ほどお話しした通りです。長きにわたる転生者の支配から、そう簡単に身も心も脱却できるものではありません。こういうことには、イメージ戦略が大事なんです。」


「……すまないが、よくわからない」


 私が首を横に振ると、ルドルフはやれやれといった様子でため息をついた。


「貴方という人は、超人的な戦闘能力以外はからっきしのようですね……そういえばまだ、お名前も聞いていませんでしたね?」


「……セイタン」


 少し迷ったが、私は答えた。


「セイタン?」


「神が、私に与えた名だ」


 それを聞いたルドルフの目が点になった。


「神が与えたとは?」


「私は、神によって創られた。この星が生み出されるよりはるかに昔のことだ」


 私は星の創造と歴史について、かいつまんで説明した。魔物のように悪意を持ってしまったことで天から堕ち、転生者によって翼を切り取られたことも。


「なるほど。貴方の力は、かつてこの世界の神が与えたものですか。それなら、あの強さも納得というものです。それにしても堕ちた天使で、名前がセイタンとは……」


 話を聞いたルドルフは、私の名前について思うところがあるようだ。私も転生者たちの世界の言語をいくつか知っている。セイタンとは、彼らの星で広く使われていた言葉で神の敵、悪魔を意味するのだ。それを神が知っていたのかはわからない。それに名前など、どうでもいいことだ。


「ホケ教に敵対するものとして、ぴったりのお名前じゃありませんか!」


 ルドルフが両手をパンと合わせて言った。


「セイタン殿! ぜひとも今後は、魔王サタンと――ぐあっ! な、なにをするんだ! この馬は!?」


 なぜかスレイプニルが、ルドルフの頭に噛みついた。




 日が落ちた。


 私はスレイプニルの背に跨り、かつてシャイナと馬車に揺られた街道を進んでいる。


 街道に転がっていたはずの転生者共の死体は、誰かが片付けたようだ。


「旦那、本当にあの参謀気取りの男は大丈夫なんですかね」


「……わからない」


 スレイプニルは、ヒイラギ家の厩でルドルフが「作戦」について嬉々として語る様子を、眉間に皺を寄せて聞いていた。


 ルドルフが言うには、転生者の魔力によって殺されたビットの村人たちは、放っておくと生ける屍(ゾンビ)という魔物になってしまうそうだ。それを防止するために、転生者たちは死体を焼くのだが、私がそれを成す前に殺してしまったので、村には生ける屍(ゾンビ)が発生しているのだそうだ。


 その討伐依頼を出して転生者たちを村に向かわせるので、町民を味方に付ける根回しをしている間に、まずはそちらを狩ったらいかがでしょうと言ったルドルフは、その目に妖しい光を宿らせていた。


 そしてその作戦に従って町を出た私たちは、またしても焼け落ちたビットの村へ向かっている。


「俺は、あの男は信用できません」


「なぜだ」


「虫がよすぎる話には、大抵裏があるんです」


「ふむ」


 スレイプニルは、いらだたしげに鼻を鳴らした。


「旦那、転生者がこの星を半ば牛耳るようになったのは、最近の話じゃありません。原住民の中にはそれを快く思っていない連中もいますが、俺の感想じゃ都市部ほど転生者の数が多くて、その魔力に依存して生活が成り立ってます。王都出身の坊ちゃんが、姉を後宮に取られたくらいで転生者殺し(リバースキリング)に協力するなんてあり得ません」


「そうか」


「旦那……真面目に聞いてますか?」


「うむ」


 スレイプニルが、またしても鼻を鳴らした。確かにルドルフの提案は、私にとって都合が良すぎると言えよう。


 ただ私は、神が創造してから数十億年も大事に保存し、星に降ろされた人間たちの善の部分を信じてみたい。そんな気持ちだったのだ。スレイプニルにそれを話すと「甘いと思いますけどね」と言われてしまった。地下で拷問を受け、シャイナを失った私は、精神的に少し弱くなったのかもしれない。


「旦那、もうすぐビットの村です」


「何か聞こえるか?」


「いや……これと言って異常な音は」


「そうか」


 私たちはそのまま進み、村の入り口までやって来た。


「怪しすぎますよ……生ける屍(ゾンビ)ってのを見たことはありませんが、何の気配もしないですよ」


 スレイプニルが憤然としている。


「旦那、こりゃ待ち伏せがあると思った方がいいです」


 たしかに魔物の気配は感じない。


 街道の転生者の死体は処理したが、その先にある村の死体は放置しているという状況もおかしい。


 そして風に乗って、かすかに魔力の匂いを感じる。


「くく……」


 私は、笑っていた。


 これは、スレイプニルの言う通りだったか。転生者を待ち伏せするつもりが、こちらが待ち伏せられているなど、滑稽な話だ。仮にルドルフがこうなるように仕向けたのだとしても、私のなすべきことは変わらない。


「旦那……?」


 私はスレイプニルの背から降り、その肩を軽く叩いた。


「誰か来たら、鳴いて教えてくれ」


 私は、ゆっくりと村へ入った。




 村の様子は、私とシャイナが去ったときと比べて、たいして変わっていなかった。違いといえば、広場に積み上げられていた原住民と、私が殺した転生者たちの死体が無いことぐらいか。


 いや、目を凝らせば半壊した建物のそこかしこに、靄がかかったように、霞んで見える部分があった。そこからわずかだが、魔力が染み出している。


 私はそれらに注意を向けつつ広場を抜けて、懐かしい家の跡地へと向かおうとしたが、空気に混じる魔力の匂いが濃くなり、それを感じた私の足は自然と止まった。さきほどの奇妙な魔力を纏った何かが、私の周囲を囲み始めた。距離を大きくとって、私を中心にして扇型にそれらは展開していく。


 どうやらこれで、隠れているつもりらしい。


 私がそのうちの一つに近づこうとした時、馬の嘶きが聞こえた。スレイプニルの声もだが、もっとたくさんの馬が、村になだれ込んできたようだ。徐々に蹄の音が近づくに伴って、振動が足元に伝わってきた。顔だけ振り返ると、広場に騎馬が集まり、隊伍を組んで迫っていた。その数およそ三十騎といったところか。


 そして私の前方では、霧状の奇妙な魔力が消え去り、その持ち主たちが姿を現した。


転生者殺し(リバースキリング)!! 霧の旅団が、てめえを完全に包囲した!!」


 ざっとみて五十匹はいるだろう。そこかしこで景色を歪ませていた魔力が消えると、そこには転生者たちが武器や杖を構えて密集していた。 


 集団の中から、分厚い毛皮を上半身に纏い、下半身には妙に広がった形の服を着用した一匹が進み出て、声を張り上げた。


「南方ガルダより北を目指す途中、たまたま廃村に群れていやがった生ける屍(ゾンビ)どもを狩ったが、まさかこんな賞金首に出会えるとはな! 大人しく投降すりゃ、丁寧に痛めつけてギルドに送り届けてやるぜ…?」


「……」


 武装した転生者の一団は、北へ向かう途中で、たまたま訪れた村で魔物を狩っていたようだ。その行動はルドルフとは関係ないとみていいのだろうか。待ち伏せではなかったのなら、なぜ姿を隠していたのか。


 この霧の旅団とかいう集団は、私を待ち伏せしていたわけではないということか。ということは、後方から迫る騎馬隊は、ギルドの依頼を受けてやって来た冒険者たちか。 


「我らは北方より参った魔法騎士団である! ベルのギルド長より、この廃村にて魔物退治を請け負って参ったものであるが、生ける屍(ゾンビ)どころか魔物一匹いないではないか!!」


「北の気取り屋! この町の|生ける屍≪ゾンビ≫は霧の旅団が殲滅したぜ!」


 一際見事な装飾が施された鎧と、兜の赤い羽根飾りが特徴の騎馬が一騎駆けてきて喚き出したが、それに応えたのは毛皮を纏った男だった。どうやら冒険者ではなく、どこかの騎士団が差し向けられたようだ。


「南の蛮族どもめ! 我らの獲物を横取りか! 生まれ変わっても金貸しの下卑た性格は治らんようだな!」


「うるせえ! 異世界に転生したからって、それっぽい言葉遣いに直しやがって。八百屋の息子のくせに、なーにが魔法騎士だ! 悔しかったら借金返してみろってんだ!」


「はい、出ました馬鹿発言! 借用書とかお持ちですか? 無いですよね? 借用書ないこれすなわち借金もないOK? はい、論破ぁ!」


「誰が馬鹿だ、こらあ!?」


「やんのか、ああン!?」


 彼らの前世にどのような関わりがあるのか知らないし、興味もない。


 騎士は馬上から降り、毛皮男も鼻息を荒くして近づいてきた。そして私を挟んで、転生者同士で言い合いが始まった。


「なあタガミ、俺が騎士の家柄に生まれて、なんでお前は薄汚い泥棒一家に生まれたかを考えろ」


「イシオカ、泥棒じゃねえって何回言えばわかるんだよ。トレジャーハンターだっつってんだろ?んなこともわかんねえとは、脳みそ入ってんのか?その羽飾りはあれか、『鳥並の脳しかありません』っつーアピールか?」


「…おい」


「やってることは同じじゃねえか!? 最近じゃ昔の転生者の墓まで暴いたってなあ? 王都の百老がお怒りだぜ!」


「あの依頼を出したのは南の王族だ。文句があんならそっちに言いな! つーかすぐ王都の名前出しゃビビると思ってんのかよ!? さすが鳥脳だわ。マジ考えが浅いわ。乾きかけの水たまりくらい浅いわ!」


「……おい」


 滑稽な言い争いを続けるタガミとイシオカの二匹であったが、これ以上私を挟んで汚らしい唾を飛ばし合うのは許せることではない。やはり転生者関連で存在を許せるのは、歌声くらいのものだ。


「ああ!? てめえはちっと、すっこんで…」


「そういやお前誰だ? んー? どっかで見たような…」


 タガミはようやく、私の存在を思い出したようだ。石上も私の顔を見て、何かを思い出したらしい。


「「転生者殺し(リバースキリング)!!」」


 二人同時に短く叫び、一跳びでそれぞれの集団の元へ戻って行った。なかなかに息の合った所作であった。


「タガミ! なぜこいつがここに!?」


「知らねえ! 俺たちが生ける屍(ゾンビ)どもを狩り尽くして霧の中で休んでたら、ふらっと現れやがったんだ!」


 タガミとイシオカは大声で会話すると、お互いの得物を手にした。タガミは手甲に金属製の爪が付いた武器を右手に装着し、イシオカは長大な両刃の剣であった。


「「…一時休戦だ」」


 ぴたりと言い合わせると、二匹の転生者は得物を振り上げて、自陣の一団を振り返った。


「レザイアの騎士たちよ! 悪名高い転生者殺し(リバースキリング)だ! 打ち取って名を挙げよ!!」


「野郎ども! 騎士団に先を越されるな! 報酬は俺たちのもんだあ!!」


 それぞれの集団が鬨の声を上げ、突撃の構えを見せた。


 次の瞬間、私は跳躍していた。騎士団の頭上を通り越して、その背後に着地した。広場の奥には、シャイナが隠れていた地下室をもつ家屋がある。ただでさえ基礎以外はほぼ全壊しているのだ。戦いの余波で破壊が進んではたまらない。


「な!?」


「一瞬で背後に!?」


 などと騎士団が馬上から驚愕の言葉とともに、とっさの攻撃を放ってきた。魔法騎士団と言うだけあって、突き出された槍にはきちんと魔力が通っていた。それを左手で掴んで馬上の騎士ごと引きずりおろし、迫る攻撃の盾とした。


 軽い振動と共に、その身体に投擲された槍が数本突き刺さった。


「な!? カズヒコ!?」


「ちくしょう! なんて卑怯な奴だ!」


 百近い数で一を攻めるのは卑怯ではないのかと思ったが、それを尋ねてみる前に、私を卑怯者呼ばわりした騎士の首が飛んだ。光弾を薄く三日月のように整形し、打ち出せば、離れた相手にも有効であろうという試みは成功だった。しかしまだ、光刃と名付けたこれの生成に時間がかかるため、このような乱戦では使いづらいようだった。


「うわあ!」


 突然隣の騎士の首が飛んだことと、その傷口から勢いよく噴き出した血に驚き、左側で数体の騎馬が暴れ始めた。ようやく後方の敵に対処すべく整い始めた陣形が崩れていく。


 私は崩れた一角に向けて光弾を乱射しつつ、その後方で魔術の詠唱をしていた騎士数匹の首を狩った。


「くそ! 速いぞ!」


 中央から私を狙って投擲される槍を避け、散発的に飛んでくる魔法の類もできるだけ避ける。無駄な力を使わず、百以上の害獣を狩る必要がある。


「密集するな! 散れ! 距離をとって囲むのだ!」


 イシオカが指示を出し、騎士たちが動いたその隙間を縫うように、別の集団が広場へ乱入してきた。


「おらああ!」


 タガミによく似た毛皮を纏った男が、大人の背中ほどもあろうかという巨大な斧を私めがけて振り下ろしていた。


 それが地面に深くめり込んだとき、男の頭も同じくらいの深さにめり込んでいた。


 立ち上がりざまに左右に向けて光弾を放つ。それは奇妙な形に曲がった剣を振りかぶっていた女たちをなぎ倒した。


 その後方から複数の黒い装束を着た男が飛び出して、環状の刃が付いた武器が投擲された。回転が加わって、回避困難な軌道で迫るそれは、面倒なので身体で受けた。火花と魔力の波動がほとばしる。


 さらに円錐状の武器が大量に投擲された。その中には爆発を起こした物もあった。


 彼らは着地とほぼ同時に、光弾か、私の手刀によって絶命した。




 乱戦の中で、蛮族が接近戦に挑み、騎士が後方から魔法を放つという陣形が出来上がっていた。お互いの支援部隊が負傷者を癒していた。奇妙な連帯感でもって彼らは奮戦していたが、結局のところ私が傷を負うことはなかった。


「お頭! 逃げ――」


 タガミに何か叫ぼうとした蛮族の腹から、私の左拳が突き出ていた。


「団長!! 撤退しま――」


 イシオカの方へ走り、その手を取って馬上へ引き上げようとした騎士の頭が、光弾によって弾け飛んだ。


 左手に付着した害獣の残滓を払い、私はイシオカとタガミを見た。


「ウソだろ……霧の旅団が……」


「バカな……我が騎士団が……」


 二匹とも腰が抜けてしまったのか、並んで地面にへたり込んで、立てないでいる。


 私は、どちらを見逃すか思案していた。


 初日に私が、一人の転生者をわざと見逃したことで、私の存在は転生者に広く知れ渡ることになった。二匹のうちどちらかを生かすことで、同様の結果を得ようと考えていたのだ。


 この考えをルドルフはしぶしぶといった様子で受け入れたが、一つ条件を出してきた。それは「できるだけ馬鹿がいい」ということだった。


 私の戦い方や、力を正確に伝えて、対策を打ってくるような転生者を逃がすとあとあと面倒なことになるというのだ。


 たしかにそういう可能性は十分に考えられたので、私はその条件を飲んだ。


 そして、この二人はうってつけの素材だろう。


「タガミ……いや、タガミさん」


 さて、どちらを残したものかと思案していると、イシオカが口を開いた。


「なんだ……急にさん付けなんかでよぉ」


 呼ばれたタガミも困惑顔だ。


「借金の件……すいませんでした……」


「イシオカ……?」


「俺が食い止めますから、タガミさんは逃げてください」


 イシオカが、大剣を支えに立ち上がった。


「この敵には絶対に勝てませんが、足止めくらいならできるでしょう。前世でさんざん迷惑かけた、お詫びです」


「なっ!? イシオカ、てめえ!」


 驚いたことにタガミが立ち上がった。これでタガミが逃げるなら、それでいいかと思っていたが、事態は妙な方向へ向かっていった。


「イシオカ! だったらてめえが行けや!」


 タガミはイシオカを庇うように、立ちふさがった。


「ちょ、タガミさん!?」


「行けえ! イシオカ!!」


 タガミは振り返らずに言葉を続けた。


「ガキが……生まれたんだろ?」


「タガミさん……何で……」


 イシオカとタガミはその後、抱き合って泣き始めた。


 私は、二人とも殺すことにした。




 そこは変わっていなかった。シャイナが着せられていたボロ雑巾のような服と、私が着ていた血まみれのローブがきちんとたたんで置いてあった。


 シャイナが黒い原住民の装束を着て、はしゃいでいた姿が思い出され、私は経験したことのない悲しみに襲われた。胸の辺りに違和感があった。まるで、内側から何者かの手によってそこを握りつぶされているかのような。


 どんなに抗おうとしても、顔が歪んだ。


Kill:0000108

タガミとイシオカのスピンオフ…なんて興味ないですか…そうですか…

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