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6.原住民の協力者

 ヒイラギ家の二階には各人の寝室が並んでいたが、一部屋だけまともな家具が置かれていない部屋があることは、事前に確認していた。


 その部屋には、鉄棒の両側に丸い重りが付いた道具や、表面が弾力のある素材で覆われて、斜めになっているテーブルのようなものなど、何に使用するのかわからないものが置かれていた。


 私はそれらを部屋の隅にどかして、隣の部屋から両開きの扉が付いた、人間たちが洋服などを収納するのに使用していた箱を移動させ、その中に入っているようにルドルフに指示すると、ミツアキを中央に転がした。傍らにしゃがんで、その顔を軽く殴打した。


「!!」


 目を覚ましたミツアキはまず起き上がり、瞬時に距離を取ろうと跳躍の構えを見せた。


「うぐっ!!」


 あらかじめ、両足の骨を砕いておいて正解だったようだ。むしろその状態でよく半身を起こせたものだと感心してしまった。


 おかしな方向にねじ曲がった両足を視認して、同時に激しい痛みを自覚したミツアキは顔を歪めて喚いた。


「貴様! よくもこのようなこと…!」


 苦痛に歪んでいた顔には憤怒が浮かんでいた。額に青筋を立てて、再びその身体から不浄な魔力の噴出が始まった。子供たちが死んでも平気な顔をしていたくせに、自分の足が砕かれたことに怒りを顕にするのだな。


「転生者……お前にいくつか質問させてもらう」


「断るのである」


 この害獣をできる限り早く始末したかった私は、彼の怒りは無視して質問することにしたのだが、ミツアキは協力してくれないらしい。私は、以前学んだ方法を試してみることにした。


「……ならばさっさと傷を癒せ」


「なんのことであるか?」


「私の目には、汚らわしい魔力の流れが見えるのだ。お前の身体を循環している魔力は、外傷を癒す力があるのだろう?」


 青白い魔力の波動が、ミツアキの両足周辺に渦巻いていた。非常にゆっくりとだが、ねじ曲がった足が修復されていく。


「ばれていたのなら仕方ないのである!」


 ミツアキが言うやいなや、足の周囲を取り巻いていた魔力が一気に密度を上げた。ほんの数秒後、彼は立ち上がった。


 彼の魔力は炎を生んだりすることはできないが、とことん肉弾戦に特化しており、骨折程度の負傷はすぐに癒すことができる。それをルドルフから聞いていた私はたいして驚かなかった。足の骨折を癒して戦いを挑んでくることは想定したが、そんなことをしなければ楽に死ねたのにと、私は彼に憐憫を込めた視線を送った。それが気に食わなかったのか、やや憮然とした表情でミツアキが言った。


「ともあれ、これで五分である! ゆくぞ!」


 何をもって五分とするのかわからない。それはそうとミツアキには、朱鉄拳という二つ名が付いているそうだ。重度の戦闘狂いである彼は、魔物退治に明け暮れている。その戦い方は実に原始的で、魔力を込めた己の肉体を最大限に生かした肉弾戦である。戦いを終えて戻ってきた彼の両拳がいつも魔物の血で真っ赤に染まっていることから付いた二つ名だそうだが、そんなことはすこぶるどうでもいいことだ。


 巨漢に似合わない速さで私の眼前に迫り、自慢の拳を遠慮なく顔面に叩きこもうとしているミツアキを、私は黙って見ていた。


 左側頭部に衝撃。


 打ち抜いた勢いのまま回転し、同部にもう一撃。


 次いで顎を下から突き上げる拳。


 さらに腹部に側面から。


 最後に正面から胸部に。


 瞬く間に叩き込まれた五発の拳が私の外殻にぶつかり、爆ぜた魔力の余波で窓ガラスが割れた。一瞬、ルドルフはどうなったかと思ったが、悲鳴の一つも上げないので、大丈夫なのだろう。


「終わりか?」


 六発目の右拳を額で受け止めたまま、私は尋ねた。


「まだまだである!!」


 ミツアキの纏う魔力が膨れ上がり、さらに密度を上げた。その分放出される魔力を至近距離で浴びて、私はとても不快だった。




「終わりか?」


 ぜいぜいと肩で息をし、汗だくで膝を付いているミツアキを見下ろして、私は再度尋ねてみた。目の前で巨漢の転生者が目まぐるしく動き回り、拳やら踵やらをもって懸命に私を打つ姿は実に滑稽であったが、そろそろ見飽きてきたというものだ。


「なぜ……であるか……吾輩の攻撃が……」


 私を見上げるミツアキの目には、かすかだが脅えが見て取れた。もうひと押しか。


「なぜか……だと?」


 言いながら一歩踏み出した。ミツアキが立ち上がって拳を上げるが、そこにはもう魔力がほとんど宿っていない。魔力が枯渇するギリギリまで攻撃し続けたということだろう。


「それは、お前が私より弱いからだ」


 私は、右手で手刀を作り、それに少しだけ力を込めた。私にはぼんやりと光るそれが見えるのだが、ミツアキはどうだろうか。


 アイカは、私がショータを殺した際に放った光弾を視認していただろうか。今となってはわからないが、ミツアキは少なくとも、私の手刀を凝視して、顔色を青ざめさせている。屠殺される前の家畜のような表情だ。頃合いか。


「転生者、私の質問に答えろ」


「こ、断ったら?」


「ほう」


 アイカと同じ言葉を吐いた。さすがは親子だなどと感心してしまった。しかし、親子そろってその対応はいただけない。


「何を――ぐぬう!!」


 私は、手刀を作ったままの右手を水平に振った。


 両腕の肘から先が落ち、切断面はぶすぶすと焼けていた。


「ルドルフ、出てきていいぞ」


 痛みにのけ反り、もんどり打つように仰向けに床に倒れて悶絶しているミツアキの腹を踏みつけ、私はルドルフを呼んだ。


 薄い木の板の向こうから、少しふらつきながらルドルフが現れた。彼は「すごい衝撃でしたよ……」と言って、なぜか私に非難がましい視線を送ってきていたが、それは無視してミツアキに向き直った。


 両腕に残り少ない魔力が集中している。少しでも傷を癒そうというのだろうか。できれば、腕が再生するところなど見せないでほしい。私は、手短に済ませることにした。


「私とシャイナを監禁するように指示したのはお前か」


「そ、そうだ」


 ミツアキは、両腕を切断されながらも、大きな悲鳴を上げたりはせず、私の質問に答えた。これが抵抗を諦めた結果ではないようだ。なぜならミツアキの目には、再び光が宿っていたからだ。魔力もほぼ枯渇し、自慢の両拳も失って、一度は消えかけたはずだが。なにが彼にとって光明となったのだろうか。


 それを考察すくらいなら本人に聞けばいいのだが、まずやっておかなければならないことがある。


「シャイナの処遇を決めたのもお前だな?」


「そうだ」


「うむ」


 私はミツアキの答えを確認して、腹を踏んでいた足を彼の股間に移動させた。何をされるのか瞬時に理解したのだろう、ミツアキの顔がまたしても青くなった。


「やめ――ふぐあっ!?」


 一気に床まで踏み抜いた足を、私は急いで抜いた。妙な形につぶれた下腹部を覆う着衣は、すぐに赤く染まり、床に赤黒い水たまりを作り始めた。


「お前は、ホケ教とやらの教会に属する者か」


 私はそれを避けて彼の側面に回り込み、質問を続けた。


「ぶっ、ぶぐぐ……」


 ミツアキはしかし、口から泡を吹いて白目をむいている。短くなってしまった両手は痙攣していた。


 これでは質問できそうもないなと私が嘆息していると、私の後ろに隠れるようにして立っていたルドルフがひょこひょこと近づいてきた。


「うわ、容赦ないことするなあ……」


 もしかするとミツアキは、ルドルフの姿を認め、助けが来たとでも思ったのかもしれない。それを確認することはできなそうだが。


 私は、ルドルフに向き直って、彼に質問した。


「汝は、いったい何なのだ」


 この町の転生者と原住民は、どうやら良好な関係を築いているようだし、この町のギルドとやらでは私は倒すべき敵として認識されているのだろう。その長たる者が私を前にして取るべき態度ではないように思えた。


「僕はルドルフ・アテライです。ベルの町でギルド長をやっています」


「ギルドは私を手配しているのだろう。なぜ私にさっきのガーディアンとやらを差し向けず、転生者を弄るのも止めようとしないのだ」


 ルドルフは、そうですよねえと言うとニヤリと笑った。


「僕は、貴方を応援しようと思っているんですよ」


「……なんだと?」


 私の反応が面白かったのか、ルドルフは笑みを浮かべていた。


「貴方がなさろうとしていることは、大変意義のあることだと思います。しかし、魔力を持たない僕らのような原住民は、転生者とその血族に大部分が依存、あるいは隷属しています。望むと望まざるとに関わらず、魔力の庇護なしには暮らしていけない者たちが必ずや貴方の障害となるでしょう」


「……」


 ルドルフは、いまだに痙攣を続けるミツアキの周りを歩きながら、言葉を続けた。


「この豚は本当に強かったのです。それを簡単に倒して見せた貴方の力は確かに凄まじい。しかし転生者とその血族の数は多く、中にはもっと恐ろしい力をもった者も少なからずいます」


 股間から流れ出した血を踏んでも気にする様子もなく、ルドルフは一周回って私の隣に戻って来た。


「目的達成は、まず効率よく、かつ適切なペースで狩りを行うことが重要です。それには、ギルドを利用すればいいのです! 僕が、貴方に最高の狩場を提供しましょう!」


 ルドルフは、私の反応を伺うように下から覗き込んできた。しかし私は、彼の話の意味を理解できず、首を横に振った。


「具体的に説明しましょうか。まず魔物を大量に集めます。そういう技術がギルドにはあるのです。そして、転生者をそこへ討伐に向かわせる。僕はその情報を貴方に提供します。貴方は、転生者が魔物を殺した後、彼らを狩ればいいのです」


 魔物が集まると聞いてシャイナが頭に浮かんだが、技術と言うからには関係ないのだろう。


「さらに、貴方の討伐依頼を定期的に出しましょう。例えば、人里離れた山などにあなたが潜伏しているという情報を流して、王令クラスの討伐依頼を作成する。貴方はその山で待っていれば、勝手に転生者が大挙して押し寄せてくるわけです。これらを繰り返せば、魔物を減らしつつ、転生者を効率よく狩れると思いませんか!?」


 興奮した様子でまくしたてるルドルフであった。その目にはまたしても狂喜が宿っている。彼の提案は確かに魅力的だが、そんなことを繰り返せば、誰でも転生者殺し(リバースキリング)との繋がりを疑われることになると思うのだが、気付いているのだろうか。


 そして、ルドルフがこんなことを提案してくる動機がわからない。私は、魔力を持っているとはいえ、見た目は原住民とそう変わらない人間を虐殺しようとしているのだ。それを積極的に手伝うなど、正常な考えとは思えない。


 だが確かに、ただ場当たり的に転生者を狩っていても効率が悪い。転生者が居なくなっても、原住民たちがなるべく平生に暮らせるような配慮は必要なことも事実だろう。私は今まで、転生者を狩り、星を浄化することのみを目的としていたが、その過程で原住民にどのような影響が出るのかまでは、深く考えていなかった。


 星が浄化されても、そこに暮らす民や動物が弱りきっていては話にならない。


 少し、試してみればいいのだ。


「ルドルフといったか」


「はい!」


「どのような結果になるかわからんし、ずっと継続するかどうかも保証できん。それでも良ければ、協力を頼めるか」


「お任せください!!」


 その後私は、ギルドという組織の成り立ちや、ルドルフの立場について簡単に説明を求めた。


 ギルドとは、先にスレイプニルから聞いていた通り、もとは様々な職種の原住民たちが集まり、互いを補い合う組織だったそうだ。星に魔物が現れると、魔物が多い地域に出かけて彼らと戦いながら採集などを行う人間たちは冒険者と呼ばれ、ギルドで依頼をこなす労働力の中心となっていった。


 今では転生者とその血族が大半を占める冒険者たちは、なぜかギルドの依頼を達成することに無上の喜びを覚えるそうだ。


 ルドルフは、王都にあるもっとも巨大なギルドの長たる人物の長男であり、現在は実地訓練ということで、ベルのギルド長に就任した。王都には当然王がいる。この大陸を治める国の王は、なんと転生者の子孫だそうだ。


 王政はきちんとこなしているが、好色な王はルドルフの姉を後宮へ強引に連れ去った。王も当然、受け継いだ転生者の力を有しており、王族には誰も逆らえない。


 私が彼らを全滅させてくれるというのなら、きっと王都ギルド長たる父も協力を惜しまないだろうとのことだ。


 私は、ホケ教の開祖についても尋ねた。


 王都の北に総本山を構え、転生者と血族、奴隷で構成されたガーディアンは、あちこちで布教活動という名の殺戮を繰り返していることは知っているが、開祖についてはわからないそうだ。どのみちそれもいつか殺すのだから、今こだわる必要はない。


 ルドルフはだが、それについても調べてみましょうと請け負ってくれた。


 そんなにことがうまく運ぶとも思えないが、利用できるものは利用させてもらおう。



 失血死したミツアキの死体を放置して、私は厩に身を潜めていた。


 館に監禁されてから今日までの顛末を聞いたスレイプニルは、悲しげに嘶いてシャイナの死を悼んだ。


 夕方になって、ルドルフがやって来た。日中はかけていなかった、眼鏡をかけていた。


「この町の転生者全滅の報が王都に届くまで一週間はかかります。まずは、北東の魔法都市のギルドへ救援を求めました。そこから大量の冒険者がやってくるのにやく二日というところです。その間、僕はこのベルの町ごと、貴方の味方に付けようと考えています」


 ルドルフの眼鏡が、夕日を反射してきらりと光った。


Kill:0000030

ぬるい感じが続きまして申し訳ございません

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