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5.捕獲

 ヒイラギの屋敷には、館と敷地の正門を隔てる広い庭がある。そこに六頭の馬がいた。先頭は栗毛のスレイプニルで、騎乗しているのは少々太り過ぎの男だった。馬の頭一つ分下がって彼の左右に二頭の馬がいた。


 左側の馬には初老の男が、右側には若く身なりの良い男が乗っていた。


 さらにその後方に、武装した人間が乗っている馬が三頭並んでいた。この三人は兜を被り、揃いの鎧をきていた。いずれも屈強な体格をしていた。


「それにしてもミツアキ様、見事な一撃でしたなあ!」


 左に控えた初老の男が言うと、先頭の太った男がそちらを振り返った。


「むふふん。確かに吾輩の鉄拳は強力であるが、そう何度も言われると世辞ではないかと思ってしまうのである」


「これは失礼いたしました。先ほど魔物を屠ったミツアキ様のお姿が思い出されてしまい、その感動がつい口に出てしまうのです。ご容赦ください」


「むふふふふふふん。それでは、仕方ないのである!」


 がははと太った男が笑った。


 連れだって魔物狩りにでも行っていたのだろうか。


 バルコニーを支える柱の影からそれを見ていた私には気付かず、彼らは厩の方へ方向を変えた。先頭の太った男の特徴的な話し方と声から、ミツアキと呼ばれた個体がヒイラギ家の父親だと判断した。


 不思議なことに、ミツアキの姿を確認しても、私の心は静かだった。

私は、気配を殺してゆっくりと彼らを追った。


 


 厩の裏に回り、明り取りの格子窓から中の様子を伺うと、武装した男たちが馬から鞍を外していた。


 私と、スレイプニルと目が合った。スレイプニルはギョッとした顔になり、今にもしゃべり出しそうになったので、私は首を横に振ってそれを制した。


 厩の中に、ミツアキと他の人間がいないようなので、私は厩の側面に回り込んだ。


「ミツアキ様が町に戻られて、民も喜んでおりましょう」


 先ほどと同じ男が、わざとらしい賛辞を送っていた。


「左様であるか」


「ホケ教の庇護のおかげで、我が町の食糧事情は安定致しました。転生者様のおかげで魔物の数も減りまして、民は皆感謝してもしきれないと申しておりました。故に転生者殺し(リバースキリング)の件ではまことに……」


「うむ。吾輩の息子たちも犠牲になったと聞いて、教会支部より急ぎ帰還した次第である」


「しかし、この世界では無敵の転生者様を次々と葬る実力者とは、何者なんでしょうか。かの者が現れたという報告から明日で十日……いまや国中のギルドは、転生者殺し《リバースキリング》の話題で持ち切りです」


 もう一人、高級そうな身なりの若い男が言った。


「ギルド長殿、ミツアキ様がいらっしゃれば、万事解決でございましょう」


 若いギルド長とやらの発言を受けての初老の男の言葉にミツアキは答えず、にやにやと笑っていた。


 ミツアキと私が出会ってから、今日で八日目のはずだ。彼は、私を捕らえて地下に監禁していたことを、原住民には明かしていないのだろうか。


「終わりました」


 作業を終えたらしい三人が出て来ると、ミツアキが胸を張って言った。


「では町長殿、ギルド長殿は館へ参られよ。お前たちは休んでおれ」


 ミツアキが、町長とギルド長を連れて館の方へ去って行った。


 武装した三人は彼らを見送ると、厩から少し離れた芝生に腰を下ろして談笑を始めた。


 私は厩の裏に回り、格子窓から中を覗いてスレイプニルを呼んだ。


「旦那! いったいどこにいたんです!?」


「大きな声を出すな。近くに人間がまだいるのだ」


「それはわかってますが……」


 心配したんですぜというスレイプニルに、今日までのことをゆっくり説明している時間はない。


「詳しいことは後で説明してやる。悪いが先に教えてほしいことがあるのだ」


 私は、町長とギルド長が転生者でないことを確認して、まさに館に入ろうとしている一行を追った。

 

 

 

 私が館に入ると、地下室のある方向が騒がしかった。


 どうやら、拷問で弱り切った私を町長とギルド長に見せつけるつもりだったようだ。子供たちに準備させている間に彼が何をしていたのか知らないが、真面目に勤めを果たしていた子供たちは私が殺した。その残骸はそのまま放置してある。当てが外れた上に家族を失っては、平生ではいられないだろう。


 それにしてもあんな悪臭漂う地下室に、町の力ある者を招いて、残虐の限りを尽くした様相を見せつけることに何の意味があるというのか。転生者というものの異常性を身体で味わった私は、彼らに対する憎しみをより一層強め、全てに否定的になっていた。


 思えば、私が天から堕ちてしまったのも、このような感情の芽生えが原因なのかもしれないなどと考えながら、私が地下室へ続く扉がある廊下へ到着すると、ミツアキがそれを開けて顔を覗かせた。


「むむ?」


 ミツアキは私の姿を見て、一瞬目を丸くしたが、すぐに平生な顔に戻って言った。


「地下で、アイカとショータが死んでいるのである。お前と奴隷女を助けた者がいるのか?」


 私はゆっくりと首を横に振った。


 それを見た彼は、身体から青白い魔力を噴出させた。これまでに見たどの個体よりも、その波動は強かった。


 それが脅しのつもりなのかわからないが、私が質問に答えないでいると、顔の肉を歪ませてミツアキは笑った。


「ショータは細切れになっていてよくわからんが、アイカの状態から見て、お前がやった可能性もある。転生者殺し(リバースキリング)はやたらと首を狩るらしい。どうやら復活ということであるか」


「……」


「どうした。私も男として、強者との戦いは望むところなのである。アイカもショータも、転生者の中でも実力は高い方だったのである。それを抵抗の跡もなく屠ったという実力、ぜひ見せてほしいのである!」


 そう言うと、ミツアキはさらに魔力を高めていった。無駄に噴出されていたように見えたそれは、やがて体表の周囲を循環し、特に両拳に強く集まっていった。

それを見ていた私の心は、急速に冷えていった。


 地下で起こった出来事は、私の精神を破壊しかけていた。しかしシャイナは、心も身体も汚され続け、それでも最期は笑って逝った。転生者に対する恨みごとの一つも言わず。私に復讐を託すこともなかった。もし彼女がそれを望んでいたら、私は怒りのままに狩りに出かけていただろう。


 シャイナが、私の心を静めてくれたのだ。


 私は、転生者をいくら傷つけ、殺しても心が揺れ動くことはなかった。それは、彼らを異世界からやって来た外来種で、ただの害獣だと思っていたからに他ならない。

 

 しかし、死に瀕しても、悲しみと怒りに我を忘れそうになった私を気遣っていた彼女の精神は、人間特有のものだろう。そんな彼女が、転生者の子だと聞かされて、私の心は揺れていた。


 転生者たちにも、このような精神を持つ者がいるかもしれないと思っていたのだ。


 家族を殺されたことで、ミツアキは深く悲しみ、私に呪いの言葉を吐くだろうと思っていた。たとえ狂人であっても、家族を思う気持ちは、シャイナの精神に通じるものがあるはずだと。


 だが、眼前に立つ男は違った。


 家族の凄惨な死を目の当たりにして、それを成した者に対面してなお、笑みを浮かべて戦いを望んでいた。


 復讐などではなく強者を倒す、他者の命を奪うという欲求を満たすために。


「どうした転生者殺し(リバースキリング)! 来ないのなら吾輩から――」


 言い終わる前に、ミツアキの背後へ回り、首を絞めた。


 今は殺すつもりはない。色々とこいつには聞きたいことがあるが、それは階下にいるだろう人間たちをどうにかしてからだ。




 床に崩れ落ちたミツアキを置いて、私は地下に降りた。異臭が充満する狭い部屋に、できるだけ赤黒い塊や、金髪少女の首、胴体などから距離を置いて、二人の人間が身を寄せ合っていた。


「あわわわ、降りてきましたぞ! ギルド長殿!」


 町長が、私が梯子を使わずに地下に降りたのを見て、若い男の後ろに隠れた。


「汝らをどうこうするつもりはない。少し話があるだけだ」


 私はそう言って、上階へ上がってくるよう促した。


「先に上がれ」


「そんなことを言って、う、後ろから襲う気だろう!」


 ギルド長の後ろから顔だけ出して町長が言ったが、それをギルド長が制した。


「町長殿、彼がそのつもりなら、僕たちはとっくに死んでますよ」


 そうですよねと私に目で問いかけて、ギルド長は梯子に手をかけた。それを見た町長が大声を出した。


「待て、ルドルフ! わしが先だ!」


 ギルド長はルドルフという名前らしい。町長が焦った様子で彼を押しのけ、梯子を上って行った。


「では、お先に」


 町長が上がり切ったのを確認して、ルドルフが梯子に手をかけた時、上階からドスンと音がした。次いで「うわあ、ミツアキ様!?」と町長が叫んだ声が聞こえた。


 私は天井を見上げ、町長が焦って逃げようとしてミツアキの身体につまずいたか、倒れた彼を見て驚き、尻もちでも突いたのだろうと考えた。私の様子を見ていたルドルフが、軽く肩をすくめた後、梯子を上がって行った。


 私も梯子に手をかけようとしたが、ふと床に目をやると、アイカの見開かれたままの目が私を見つめていた。なんとなく「死ぬほど後悔するよ」と言う声が聞こえたような気がした。


 

 

 一階に戻ってきた私は、へたり込んで、床に倒れたままのミツアキを呆然と見つめる町長と、さらにそれを冷やかな目で見ていたルドルフに話しかけた。


「私は、これからこの転生者を殺すが、汝ら原住民に手は出さぬ」


「ひ、ひい……」


「なぜ転生者は殺すのですか」


 町長は怯えた表情でずりずりと床を這うように私から遠ざかろうとし、ルドルフは私に質問してきた。


「転生者は魔力を垂れ流し、この星を汚染する害獣だからだ」


「全員、殺すのですか」


「そうだ」


「ルドルフ! そのような化け物と、何を話しているのだ! 早く、外のガーディアンを!」


 淡々と会話を始めたルドルフに向かって、町長が声を荒げた。外にいる武装した三人のことを指しているのだろう。


 ルドルフはそれを無視して、質問を重ねた。


「転生者が居なくなったら、僕らは魔物の脅威に晒されます」


「この世界の魔物は、汝ら人間の悪意が形を成したものだ。汝らはかつて、知恵と勇気でこれに対処していた。転生者の魔力によって変性したものいるが、彼らが絶滅して魔力汚染が無くなれば、元あった形に戻る。少々時間はかかるだろうが、対処できるはずだ」


「……」


 腰が抜けて立てないのか、床を這って逃げようとする町長の服の裾を踏みつけて、ルドルフは思案顔になった。町長が「何をするんじゃぁ!」と、半狂乱になって暴れているが、足はびくともしなかった。


「これから、その転生者にすることを見せてもらえますか」


「構わないが」


 それをみてどうするのだと言おうとしたが、ルドルフの目に狂喜が宿ったように見えて、やめた。


「町長殿」


 ルドルフが町長の服の裾から足を離して、町長の眼前にしゃがみ込んで言った。


「僕はこのあと、この方とお話があります」


「ルドルフ……?」


 その目に宿る狂喜を見てとってか、町長が怯えた表情を作った。


「町長殿、ガーディアンと一緒にご帰宅ください。あとで説明に伺いますから。それとこの件は他言無用です。もし誰かに話したら、あなたは王都ギルド長の長男を敵に回すことになります」


「……!」


「じゃあ、後ほど」


 町長が無言でコクコクと頷いたのを見て、ルドルフは笑顔で手を振った。


 先ほどまでの腰砕けが嘘のように、脱兎のごとく町長が走り去って行ったのを確認して、ルドルフは私に向き直った。


「それじゃあ、始めてください」


「ふむ」


 私はミツアキの左足を掴んで、館の二階へ向かった。


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