表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/59

17.共闘

「……レミア」


 ペオーズとの話し合いを終えた私は、苔むした石を枕に寝息を立てていた魔物を呼んだ。これで三回目だ。


「…………」


 イスキリスに生息していた魔力による汚染を逃れた純血の魔族は、耳だけをピクリと動かしはしたものの、私の呼びかけには応えなかった。それどころかゴロリと寝返りを打って、私に背を向けてしまった。


「レミア、ペオーズとの話し合いは終わった」

「…………」


 現れたときと同様、ペオーズの姿は一瞬にして消えていた。

 辛うじて、北の方へ飛んだことは認識できたが、本来の干渉者の能力をある程度残しているペオーズの速力は尋常のものではなかった。もし戦いになり、あれほどの速さで立ち回られた場合、私が現在行使できる力ではペオーズを捉えられないだろうと思われた。自分を上回る速さの敵に抗する手段を考えなくてはなるまい。

 それはともかく気配には敏感なレミアが、干渉者が去ったことに気づいていないはずもない。私が声をかけていることは言わずもがな、なぜこのような態度を取るのだろうか。


「レミア、私は移動しなくてはならない」


 内心では首を捻りながらも、なんとなくそれをレミアに悟られたくなかった私は、左手でぼりぼりと尻を掻く彼女を見下ろして嘆息した。


「……魔王様、酷いです」

「……?」


 むくりと起き上がったレミアは、私に背を向けたまま両手で膝を抱えた。耳は力なく垂れ下がり、それとは対称的に長く黒い尾だけが持ち上がった。しかし、その先端は湿った草地に向けて下がっていき、背の低い小さな草花を器用に絡めとってむしり始めた。


「さすがに三時間以上無視されては心が凍えます。ボクは魔王様と血の盟約を交わした、配下という枠組みには到底収まらない……いいえ、収まってはならない存在ですよ?」

「ほう」

「『ほう』じゃありませんよ……はあ~」


 草をむしる手を、いや尾の動きを止めたレミアが深くため息をついた。その後、「ちぇっ、拗ねてみせても変わりなし……か」と呟いて立ち上がった。どうやらペオーズと話している間にやたらと絡みついてくるのを放置していたことに腹を立てていたらしい。無視されることが快感になるとも言っていたような気がしたので、彼女がそのような行動に出た場合は積極的に無視するといういささか矛盾した行動に努めているのだが、魔物の心情は思ったより複雑なようだった。

 しかし呼びかけに対して反応がない、というのはあまり気分のいいものではないことがよくわかった。恐らくレミアが思っているよりも、私は彼女の不可解な行動によって不安という感情を覚えていた。これからは少し、彼女を無視する手を緩めてみよう。

 

「魔王様、干渉者――ええと、パオーンでしたっけ? あいつの計画に乗るんですか?」

「……ペオーズだ」


 得心がいったところで、レミアが私に向き直った。私は彼女の間違いを正してやり、どう答えるべきか思案した。

 ペオーズ――私とは違った形で堕ちた干渉者との話し合いの中で、彼はある計画を持ち掛けてきていた。


 一言で言えばクーデター。

 ペオーズはこのように言って口角を吊りあげていた。

 クーデターの意味が分からなかった私は無反応だったが、ペオーズは酒が切れるからとそれには取り合わず、話しの先を急いだ。

 彼の話からすると、クーデターとは要するに武力でもって政府を転覆させることだった。その目的は、エオジットの魔法文明化計画を絶つことにある。星の魔力汚染を完全に食い止めるためには魔力を振るう存在全てを抹殺する必要があると思うが、敵に回れば脅威であろうペオーズの計画にひとまず便乗することは、お互いにとって損のないことだと思えた。彼から他の干渉者たちの情報も多く聞き出すことができたことも加えて、先の話し合いは有益だったと言えよう。

 ペオーズは、人間の生存を脅かす魔物と戦うにあたって必要最低限の戦力を残すべきだと主張していたため、転生者殲滅を目指す私とは最終的に敵対することになるだろう。干渉者たちから見放され、絶望しかかっていた彼を助けた転生者たちを守りたいと明言した以上、それは間違いあるまい。どのみち殺すのであれば、という考え方も間違いではないが、現エオジット政府とペオーズの両方を敵に回すことは、やはり得策とは思えなかった。

 

「私は、奴の計画に乗ろうと思う」

「そうですか!」

「……嬉しそうだな」


 私の答えを聞いたレミアがパッと顔を輝かせたが、私はそれを奇異に感じた。「転生者(ゴミクズ)を率いる干渉者と共闘なんて!」などと言いだすのではないかと思っていたのだが、彼女は嬉々として続けた。


「嬉しいに決まってるじゃないですか! これから魔王様と一緒に大暴れできるなんて、レミア・フェレスにとってこれ以上の幸せはありません! ええと、魔王様は魔王様ですから、ボクは……そうですね、“魔王妃様”って感じですかね!?」

「…………」

「うわ。久々に出ましたね……その虫けらを見るような目も好きですよ♡」


 レミアもやはり、戦いとなれば魔物の血が騒ぐようだった。

 大暴れするかどうかは別として、戦うべき敵対勢力は二つある。

 一つはエオジット政府だ。保有する戦力は転生者を中心とした司法の犬(ケルベロス)と呼ばれる法の番人たちで、これはイスキリスで言うところの騎士団のようなものだろう。先刻相手をした雑兵たちはいざ知らず、“三巨頭”と呼ばれる組織の最高戦力には注意すべきだ。干渉者ペオーズをして、そう言わしめる三匹の情報は以下のようなものだった。

 一匹目はデストラ。平素は北方の鉱山地帯の治安維持を担当し、「氷鉄の女王」という二つ名をもつ。その名が示す通り極低温を作り出す魔力を操るそうだが、ペオーズによればその戦闘力は「天災」を冠する干渉者ハガルをその身に宿した百老の比ではないそうだ。またデストラは以前から反体制運動を行っているペオーズを敵対視しており、ペオーズとしては一刻も早く消えてもらいたい存在だと言っていた。

 二匹目はシニストラ。大陸南部に活動拠点を置く「雷帝」の二つ名をもつ転生者で、魔力で雷を起こして戦うそうだ。三巨頭たちの戦いぶりに関する逸話は、エオジット中に掃いて捨てるほど伝わっているという話だが、中でもシニストラに関するものは、他の二匹のものより頭一つ抜け出ているらしい。その理由は、好戦的と言うよりは戦闘狂と称する方がふさわしいと思われる彼女の性分によるところが大きいそうだ。司法の側の人間でなければ、彼女自体が犯罪者として手配されていただろうとペオーズは語った。ちなみにシニストラが反体制運動を行うペオーズを襲ってこないのは、デストラが裏で抑えているからだと、政府の内通者から情報を得ていると彼は語った。

 三匹目はセントラ。三巨頭唯一の男性であるが、表舞台に顔を出すことはほとんどなく、ペオーズにしてもその男に関する情報は名前と噂話くらいしか持ち合わせていなかった。

 二つ目の敵対勢力は、言わずもがな冒険者たちだ。

 私が魔王を名乗りこの地で転生者を狩るということに変わりはない。すでに指名手配となって司法の犬(ケルベロス)と国中の冒険者に敵対視される身だ。相手はいくらでも湧いてくるだろうし、三巨頭ともいずれまみえるだろう。結局のところペオーズが持ちかけてきたのは、私との戦いの後弱体化した政府をペオーズらの勢力が叩くという至ってシンプルな計画だった。

 ペオーズの息がかかった冒険者を殺してしまわないようにしなくてはならない。ペオーズは彼らを集めて北へ向かうそうなので、私たちは南に拠点を置くことを勧められていた。


「拠点……か」

「魔王様! ついに“魔王城”建設ですか!?」


 レミアがいっそう目を輝かせた。その真意は計り知れないが、拠点に腰を据え、戦力を増強することは必要だろう。イスキリスを滅ぼしたときは転生者の能力を利用したが、同じ手は使えない。今にして思えば、あの転生者は生かしておくべきだったかもしれない。


「ひとまず、雲竜たちと合流しよう」

「了解です!」


 私とレミアは翼を広げ、夕焼けに染まる空へ上がった。


「そういえば、司法の犬(ケルベロス)とかいう奴を一人忘れていましたね。どこに行ったんでしょう?」


 レミアが上空から木々の隙間を探すようにキョロキョロするのを見て、私は笑った。


「逃げたのであれば放っておけ。いずれまみえることもあるだろう」

「はい」


 雲竜たちとの再会は予定より早まることになる。まだまだ成長途中の竜人族は戦力として期待できまい。レンと婚約者の白竜はどのような日々を送っているのだろうか。

 私たちは沈みゆく夕日を背に、白竜の里を目指して飛んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ