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14.司法の犬たち

「いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、卑怯千万! だが聞くのだ、リバースキリングとやら!」


 黒弾を顔面に受けた男は棍棒を私に向けたままではあるが、額と頬から流れる血を脱ぎもせずに声を張り上げた。


「お前たち二人は殺人容疑の他に、経歴詐称、不法入国及び不法就労、さらにはエオジット全土の冒険者に対する殺害予告――共謀罪の嫌疑がかけられている! 故に指名手配犯として、我々はお前たち二人を逮捕し、司法の場へと連行する使命を賜った!」


「……それがどうした」


「それがどうした、だと!?」


 男はおうむ返しに答え、目を丸くした。

 自由意志をもつ人間たちは、自らが属する集団の定める規則――法に従って行動しなければ罰せられることくらいは知っているし、冒険者の初心者講習の場で、そういった方面についても教えられたので、男の言っていることは分かる。

 要するに、様々な罪状で私が指名手配になったので司法の犬(ケルベロス)たる自分たちが捕まえに来た、と言いたいのだろう。


「何をすました顔をしておるかっ!? 先ほどの誤射はともかくとして、これ以上抵抗するなら身の安全は保障できんぞ? 我らは精鋭ケルベロス。数もそちらの倍以上だ。下手な抵抗は……」


「一発目は、誤射ではない。純粋に、そのよく喋る口を閉じさせるため――お前を殺すために放ったものだ」


「なんだとぉ?」


 私は、百の黒弾を背後に従え、驚愕の表情を浮かべた男たちを睥睨した。大小様々な黒弾は、私の意志を受けて彼らを包囲し始めた。


「ぬううう。ここまで明確な殺意を向けられては止むを得ん。ケルベロス第八十八分隊! 総員戦闘態勢!」


 なぜ一発目を受けてすぐにこうならなかったのか不思議でならないが、ようやく司法の犬どもが先ほどから放っていた殺気をぶつける気になったようだ。


「散!!」


 掛け声一つを発し、分隊を率いているらしい男が、正面から飛び込んできた。私との距離が五メートル以上はあるというのに、奴は腕一本ほどの長さの棍棒を突き出した。魔力の放射でも受けるのかと思いきや、先端に突いていた金属製の突起が射出された。

 後方から続くケルベロス隊員たちの半数は、散開しながら同様に攻撃してきた。残った連中は上空を漂う黒弾に向けて同様の攻撃を開始した。


 それは、初めて見る形状の武器だった。


 鈍色の魔力を纏って錐もみ回転しながら迫る円錐形の金属は、かなりの突貫力を秘めているように思えた。速さこそ銃弾に劣るものの、そのまま身体に受けてよいものか判断がつかず、私は飛んでそれを避けた。


「ちょ! 魔王様!? 痛てててて!!」


 背後に居たレミアが被弾したらしく、悲鳴を上げた。円錐形の金属は着弾しても爆発などは起こさなかったが、防御力だけならお墨付きの彼女をして「痛い」と言わせるほどの威力はあるようだ。


 レミアの観察を終えて、黒い男達の方に視線を戻した。


「はっはあ!! あれ?」


 私の跳躍を待っていたとでもいうように、飛び上がって会心の笑みを浮かべた隊員が、棍棒を振り下ろしてきたが、私はその個体が棍棒を振りかぶった時にはその背後に回っている。翼があるおかげで、空中での移動も可能だ。


 徐々に数を減らしつつある黒弾を操作し、背後で呆けた声を出したものに叩きこんだ。五発当てたが、煙に包まれて落下していくそいつの死を確認している暇はない。すでに私の眼下には三人の隊員が固まっており、手に手に握る棍棒から大量の金属塊が射出されていた。


「なんだと!?」

「盾も作るのか!?」


 かつて、干渉者をその身に宿した百老の一人と戦った際、光り輝く翼は信じがたい防御性能を誇っていた。私の身に流れる力も同じような性能を持つのであれば、盾の容易に使用することも可能だろう。外殻を強化するだけでも防げないことはないのだろうが、放たれたものは何かに衝突しなければ、いつかは放物線を描いて地面に落下する。その方向には原住民の暮らす町があるのだ。

 レミアなら「痛い」で済むが、原住民ではそうもいくまい。


 幸いというか当然のごとく、私が生成した黒い――といっても半透明で向こう側は見えている――盾は、全ての金属塊を受け止めた。私の側に突面が来るように曲面を作っていたため、弾かれた金属塊は曲面の内側、すなわちケルベロス隊員の方向に向かっていった。


「ちっ! 避け――」

「うおっ! いつの間に!?」

「な! 上からも――うがあ!?」


 さすがにそれに被弾するほど鈍間(のろま)ではなかった。彼らは反射してきた金属塊を避けようと再び散開する構えを見せたが、彼らを取り囲む黒弾にまでは気が回らなかったようだ。彼らは三十ほどの黒弾と、頭上からそのまま被せるように叩き落とした盾に押しつぶされる形となった。


 ドーム状の盾の内側で爆発が起こり。地面を揺るがした。遠巻きに見ていた群集が悲鳴を上げて逃げ去った。


 背後のそれを振り返ることもなく着地した私の前に、よく喋る個体が愕然とした表情で立ち尽くしていた。


「なんだこの男の速さは。一分もかからず四人も……」


 奴は呟くと棍棒を構えたまま、黒弾を撃ち落とすのに専念していた連中の方へじりじりと後退を始めた。


「お前!? 何をす――ぐはあ!!」

「アンガス!? 何で仲間を――ぎゃあ!?」


 その集団から突然悲鳴が上がり、バタバタと倒れていく。


「ふふふ……いい夢見れたかな?」


 その中でもっとも屈強な体つきをした男の肩に手を回し、レミアが妖艶な微笑みを浮かべていた。彼らの周囲には、その男によって打ち倒された隊員が転がっていた。


「同士討ちだと!? いったい何が……ぬをっ!? アンガス!?」


 恍惚とした表情を浮かべていたアンガスと呼ばれた男は、突如白目を剥いて泡を吹き、崩れ落ちた。

 レミアが夢の中で死を命じたのだろう。

 仲間の不可解な死を目撃した男はさらに目を大きくし、獣の様な殺気を少々萎えさせた。


「な、なんだ? なんの魔法だ?」


「魔法~? よしてよ。魔族のボクが、転生者(ゴミクズ)の君らなんかと同じ力を使うわけないだろ……? あーあ。久しぶりに激しくしちゃったから、疲れたなあ」


 レミアが崩れ落ちた男の身体から離れ、くわぁ、と欠伸をした。


「ご、ゴミクズだと……? 魔物風情が何を言うか――なあっ!?」


 私とレミアに挟まれる形となった男は、棍棒を振り回して喚きはじめた。それを虚空に出現した黒刃に寸断され、布が巻かれた握りの部分だけを放り投げて尻餅をついた。

 武装解除しようと思ったわけではない。謎の鋲をまき散らす棍棒などに何の脅威も感じないが、いちいち原住民の安全にまで配慮して戦うのは面倒だと感じたのだ。

 それにしても、と私は首を傾げた。


「お前たち程度の魔力しか持たないものが、エオジット政府が保有する戦力の精鋭か?」


「な、なん、だと……?」


 私の言に男は目を燃やしたが、腰でも抜けたのか立ち上がることはできなかった。ケルベロスとやらが何人いるのか知らないが、この程度の魔力と胆力しか持ち合わせていない集団なら、私の脅威とはならないだろう。


「ふ……ふははは! 我らは第八十八分隊だぞ!? 上にはお前などが想像もつかない実力者が控えておるわ!」


「そうか」


「そうか、だと!?」

 

 強い仲間が控えていることを誇る男に、私は笑みをもって返したのだが、彼はまたしてもおうむ返しで応じた。男はどうにか膝立ちになると、わなわなと拳を震わせた。


「お前がいかに強かろうと、ケルベロスのトップである三人には、屈服せざるを得ないだろう……。悪いことは言わないから、大人しく捕まっておけ」


「すでにお前たちの仲間を殺したのだぞ? 大人しく捕まることに、メリットがあるとは思えんな」


「それは……しかしだな……」


 とつぜんとぼけたことを言いだす司法の犬は私の答えを聞いて、視線を左右に彷徨わせた。


「魔王様―。こいつ、肚の中では『ふっ。どうにかして逃げ帰り、こやつらの手配書に生死を問わず(デッドオアアライブ)を追加するよう申請するのだ!』とか言ってます」


「なあっ!? なぜそれを!?」


「秘密。ゴミクズには教えない」


 露骨に焦る司法の犬は、しばらくレミアを睨んで歯噛みしていたが、やがて観念したように俯くと、私の方へと向き直った。


「ふっ。魔力を高めて技を磨き、憧れのケルベロスへ入隊して早十年。いささか平和ボケしていたのかもしれん。自分も一個分隊の長として、考えもなく強者を攻めたという点では断罪されてしかるべきかもな……だが!」強く声を発して立ち上がると同時に、男は懐から何かを取り出した。


「この八十八分隊長マグナス! ただでは死なぬぅ!!」


 マグナスは右手に握り込んだ何かを高々と振り上げ、それを地面に向かって叩きつけた。彼がうつむいて口上を述べている間、レミアがニヤニヤと笑って首を横に振るのを見ていたため、私はその鈍重な動きを目で追うのみに止めておいた。


「ふぁーっはっはっは! また会おう! リバースキリング……」


 地面に何かが接触した途端、大量の煙が発生した。煙幕の向こうから、勝ち誇ったマグナスの声がこだまし、


「ぬぐおお!? なぜわかったあああ!?」


 レミアが煙幕の向こうで逃走を始めていた大男を引きずって戻ってくるのに、さして時間はかからなかった。







「うーん。こいつの言っていたケルベロスのトップというのは、デストラ、シニストラ、セントラと呼ばれる三人のことです。……なーんだ。偉そうに言っていたけど、実際に会っことはないんですね」


 幻惑によって夢の世界へと旅立っていったマグナスの記憶を読んだレミアが、つまらなそうにその身体を蹴り倒した。

 地面に顔から突っ込んで、無様な姿勢を晒しているが、マグナスはピクリとも動かない。


「どのみち、こやつらと冒険者どもを相手にしていれば、いつかはまみえる相手なのだろう」


「まあ、そうでしょうね。イスキリスの時みたいに、いきなり本丸を攻めるってわけにはいかないですからね……」


 彼の地では、ユージ・ハリマという転生者の能力が役にたった。この地でも似たような能力者が居れば、魔物を率いて攻めることも考えよう。死霊使い(ネクロマンサー)が似たようなものだと言えなくもないが、ゴーストは死んだ場所から動けないというし、彼らでは役に立つまい。

 何よりイスキリスで殺したものとともに戦うなど、考えただけで悪寒が走るというものだ。


「さて、この町の幽霊屋敷とやらに行ってみようではないか」


「そうですねぇ。でもまだ昼ですよ。ゴーストは夜の方が活動的らしいですし、ボクたちの顔はかなりの原住民に見られてしまいましたから、今度こそちゃんと変装しなきゃですよ」


「ふむ」


 面が割れていることで、冒険者やケルベロスを呼ばれても困ることはないが、原住民に要らぬ混乱が生じることは避けたいところだ。


「だ・か・ら。魔王様~♡ ちょっと時間もあることですし、いかがです? 久々にロングヘアのレミア・フェレスですよ?」


「…………」


 珍しくまともなことを言うと思って頷いたのだが、やはりレミアはレミアであった。


Kill:11

デストラ(右)

シニストラ(左)

セントラ(真ん中)

ケルベロスの三つの頭です……え? 無理やり? 聞こえなーい!

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