13.エオジット指名手配
エオジットの冒険者たちは、基本的にはクランかパーティーを組んで個別に活動している。
鉱脈に巣くう魔物の掃討など大規模な魔物狩りや、人物の捜索等を行う際などはその限りではないらしい。
しかし基本的には成功報酬でしか賃金を得ることができない彼らが、そのような依頼を引き受けることは難しい。となれば、冒険者をまとまった数でかつ長期間雇用するためには大きな資金力が必要だ。それも国家や大商人レベルの。
手配書によれば私たちを指名手配とした組織は、エオジット政府であった。そして冒険者必携を紐解けば、指名手配に関する記述は以下のとおりである。
指名手配
犯した犯罪の大きさと、地域の司法組織あるいは冒険者協会では対処しきれないと判断された犯罪者は、エオジット全土で指名手配される。
政府の司法組織意外に、いかなる人民も犯罪者を裁く権利はない。これは、公認冒険者であっても同様である。
公認冒険者は犯罪者を逮捕し、最寄りの司法組織が管理する施設へ連行する権限を持ち合わせていることは前述したとおりだが、例外的に、非公認冒険者にも逮捕権が認められる場合がある。
それは、捕縛対象が指名手配犯の場合である。
指名手配犯として全土に素性が公開されれば、犯罪者が安眠できる夜は訪れない。彼らの姿を見かけたら問答無用。ただちに攻撃し、拿捕し、最寄りの政府機関あるいはクエストホールに連行してもらいたい。
ただし、大変に優秀かつ強大な力をもつ司法組織だけでは対処しきれないと判断された存在である指名手配犯には、並の冒険者では太刀打ちできないだろうことは、肝に銘じておくべきだろう。
尚、相手が凶悪な犯罪者であり、すでに検挙前裁判において死刑が確定している場合には、諸君らの攻撃によって対象が死亡してしまっても罪には問われないことを追記しておく。その場合は手配書の末尾に「生死を問わず」と明記される。
「いらっしゃい。セイタンさんにレミアさん。おや、背中の人は……アビーさん?」
一か月前。
ガイを殺し、館ごとシグルの幽霊を消し飛ばした私は、アビーを置き去りにするわけにもいかず、気絶させてロアルまで運ぶことにした。夜とはいえ町には原住民と冒険者が溢れており、私たちは人目を避けてブランドンの家へ向かった。
戸口に立ったブランドンは、突然の来訪にも関わらず笑顔で迎えてくれたが、レミアの背中に見知った顔の女が背負われていることを認識すると目を丸くした。
「ごめんね、パパ。ちょっと頼まれて欲しいんだ」
「嫌な予感しかしませんが……何があったのかを聞く前に入ってください」
養父に招き入れられた私たちは、彼にこうなったいきさつを説明した。
「なんと、あの死霊使いを……?」
それを聞いたブランドンは顔を青ざめさせたが、私たちの正体について話しが及ぶと、その顔色は蒼白になっていった。
魔力などという力は神からの授かりものではなく、干渉者と呼ばれる宇宙を巨大な実験場としかみていない存在によって転生者に与えられたものであり、本来この星には存在しないものであるということ。
それは星の環境を汚染し、動植物に悪影響を与え魔物をも変質させる危険なものであるということ。
そして私は魔力を持つ存在を絶滅させるために行動しているものであり、イスキリスの転生者が築いた王国を滅ぼして魔王と呼ばれていることについても説明した。
「ふふふ。そしてボクは、誇り高き純血の魔族にして魔王様の第一の従者! そして見よ! これが血の盟約によって解放された――あれ、魔王様? なぜ黒刃をボクに向けるのですか?」
「信じられません……と言いたいところですが……信じるしかないようですね」
レミアは説明の過程で翼と猫耳を出現させ、さらに幻惑を披露しようとしたところを私に止められて不満そうにし、ブランドンはその様子を見て複雑な表情で頷いた。
「預言者の伝説は本当だったわけですね……これは、大事になりそうだ」
「大事?」
「ええ。冒険者一人殺したくらいなら、彼が所属するクランに追われるくらいで済むでしょう。しかし、伝説の魔王が襲来したとあっては、司法の犬が動くことになりそうですね……場合によっては『指名手配』が発動されるかもしれません」
ブランドンは腕を組んで渋面を作り、気を失ったままソファーに転がされているアビーを見た。
「ダイスカップのメンバーは、よく初回研修を利用して仲間を勧誘していました。アビーさん曰く、彼らは本当に面倒見がよいそうで。彼女も時々、気にかけていた新人をうまくクランに誘導するために手伝っていましたよ……」
本来ならば、シグルの幽霊がホールの職員を捕らえ、そこで逃げ出さずに交渉を始めるなり戦いを挑むなりすれば、ダイスカップの入団試験は合格だったそうだ。
どうやらアビーとガイは善意で私たちを勧誘したかったようだが、土地が汚染されており、イスキリスで死んだ転生者の魂が、記憶を操作されてこの地で復活させられていることが分かった以上、のんびりと冒険者の真似事などしてはいられない。
「ブランドン。汝には世話になった。最後まで迷惑をかけてすまないが、この女を頼む」
「いやいや。迷惑だなんて……最後と仰いますが、どこへ行くのですか? 政府と冒険者の両方に狙われていたのでは、このエオジットのどこへ逃げても……」
「逃げる必要などない。私たちは、この地で魔力を振るう者たちを殲滅する。その指名手配とやらになれば、黙っていても獲物がよって来るのだから好都合というものだ」
「ですがセイタンさん。魔力を持つ冒険者がいなくなってしまったら、様々な方面に支障が出ると思うのですが」
イスキリスでも同じようなことを言われたなと懐かしく思い出しながら、私は薄く笑って答えた。
「この地には、魔力を持たずとも頑強な身体を持つ種族が育ちつつある。彼らがきっと、助けとなるだろう」
私の答えを聞いたブランドンは不思議そうな顔をしていた。新たな種族とは、もちろん竜人族のことを指している。私はそれについても説明した。
「魔物と人間のハーフですか。それはそれで、物議を醸しそうな話ですね……」
「汝らはすでに、魔力を持つ者たちを鬼子として迫害したのちに受け入れたという歴史を持っている。時間はかかるかもしれないが、彼らを友と呼べる日は必ず来る。それに――」
ここで言葉を切って、私は意識的に口角を吊り上げ、わずかに殺気を放出した。ブランドン邸は裏に多くの気が植えられており、そこで鳥たちが羽を休めていたのだろう。窓の外で夜にも関わらず、たくさんの羽音と甲高い鳴き声が上がった。
「竜人族を敵に回すことは、私を敵に回すことと同義だ。それが原住民にとってどれほどの恐怖となるか……それを、これからわからせてやるのだ。転生者たちにも、お前たちにもな」
「…………な、なるほど。さすがは魔王ということでしょうか……す、すごい説得力ですね」
私たちの養父はこめかみからに汗をかいていた。
私たちは礼を述べて屋敷を去った。ブランドンは最後まで「何かあったらいつでも」などと言ってくれてはいたが、その笑みは引きつっていた。
アビーが目覚めて中央へ今回の件を報告すれば、私たちはエオジット全土の冒険者及び司法の犬と呼ばれる政府所属の戦力から追われる身となる。もうブランドンを訊ねることはあるまい。
私は名残惜しそうにするレミアを引っ張って、夜空へと飛び立った。
「ちゃんと、パパの言った通りになりましたね! でももう少し、似顔絵は似せて描いてほしかったなあ……ボクの翼なんて、コウモリみたいじゃないか! しかも、魔王様ばっかり美形に描いて! ボクより明らかに線が多いと思うんですよね……あ! 見てください魔王様! 端っこにアビーのサインがありますよ!」
現在。
手配書を前にはしゃぐレミアは、似顔絵の出来についてさらにいくつか不満を洩らした後、似顔絵に描かれている姿の倍ほどに髪を伸ばした。変装のつもりなのだろう。
「ところで……魔王様。あれでよかったんですかぁ?」
街の入り口にはたくさんの人間が行き来しているが、手配書と私たちを交互に見比べて首を捻っている者も見受けられ、その中の一人と目が合った。まだ若い青年は、慌てて目を逸らすと脱兎のごとく駆け出した。私がそれについて思案していると、レミアが左からすり寄ってきて言った。
「なにがだ」
「いえ。今更ですけど、パパをあんなに脅しつけておかなくてもよかったのではないかな~、と思いまして……」
レミアの耳がピクリピクリと動いている。その動きから私を気遣っているような雰囲気を感じるのだから不思議なものだ。
「ブランドンは、人が良すぎる。アビーが目覚めて私たちの所業を中央に報告する際、妙な口添えをするかもしれん。エオジット政府の人間が下手に私たちを擁護するような立場を取っては、今後のブランドンが心配だ」
「心配……ですか」
「む? なんだ」
レミアが私の言葉を繰り返し、さらに身を寄せてきた。
「なんだか、魔王様って優しくなりましたよね?」
「……何を言っている」
「だって、『心配だ』なんて」
「…………」
そうなのだろうか。私は感情の起伏というものがあまりない上に、その種類も人間やレミアに比べて少ないように思う。中でも「優しさ」などというものが、私の中にあるとは思えなかった。
「あそこです!」
急に響いた声の方に目をやれば、さきほど走って行った青年が、黒い革製の軽鎧をまとった屈強な男たち――手には鋸歯状の刃がついた棍棒を携えていた――を連れて戻ってきた。
左腕に絡んでいたレミアを振りほどき、私は無遠慮な殺気を放つ黒い男達を見据えた。その中の一人が進み出て、私と目が合った途端に吠えた。
「貴様ら!! 指名手配の転生者殺しだな!?」
「……レミア」
「はいはい」
大声を出した獣の様な男は無視して、私は頭の後ろで手を組んで口笛を吹き始めたレミアを呼んだ。
「我々は法の守護者にして執行人! 通称司法の犬! さあ善良なる人民の皆さん! 我らが参ったからには、犯罪者などあっという間に一網打尽ですぞ! ふはははは!」
棍棒を振り回し、その先端をぴたりと私に向けて、男はさらに続けた。
「なんでも伝説の魔王だとか名乗っているらしいな? ん?」
男がゆっくりと歩いてくる。それに伴って、彼が不快な、本当に獣のような醜悪な空気を纏っていることが分かった。
「むお? そうか、貴様の魔法は風を起こすか! だがこんなそよ風で何ができる!? 魔王が聞いてあきれるぞぉがぶはぁああ!?」
匂いを吹き飛ばしたくて風を起こしたが、それによって男の――ケルベロスとやらの一員である獣が増長してしまった。しかたなく黒弾を一発か打ち込んでやったのだが、
「不意打ちとは卑怯な! それもなかなかの威力だったが、この程度では……な? おい……ちょっと待て」
意外にも、煙の向こうから現れた男の顔面は、多少火傷を負って表皮が剥がれてはいたものの、きちんと形を保っていた。どうやら一発では足りないようなので、私は背後の空間に百の黒弾を生み出した。
「私は……何も変わっていない。それを今から証明してやろう」
「いや、そういうことじゃないんですけどね……ま、ボクはそういう魔王様の方が好きですけど♡」
棍棒を油断なく構えて赤い色の魔力のオーラを放つ男達に向かって、私は一歩踏み出した。




