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4.転生家族

※R15※

残酷な表現が多く含まれます。

ご注意ください

「シャイナ!?」


 私は飛び起き、部屋を出た。


 その瞬間、肌色の塊が視界を覆い、顔面に衝撃を受けた。そう思ったときには、私はもといた部屋の壁に激突していた。


 何が起きたのか考える前に、左頬と背中が熱をもって、強烈な痛みを発した。壁に激突したおかげで後頭部もしたたかに打ち付けていた。そこから首にかけても痛い。


 痛みのために勝手に身体がそこから逃げようとするが、関節も痛めたのだろう。少しでも四肢に力を込めると激しい痛みが襲った。


「むふん。十年ぶりに帰還してみれば、自慢の息子は死んでいて、その犯人が勝手に他人様の家に上がり込んで、しかもくつろいでいるなど言語道断である!」


 男の声がしたので目を開けると、部屋の入り口に佇む者の足だけが見えた。豪奢な造りのブーツを履いていた。


 首の痛みが激しく、見上げることもできないが、腰の辺りを見る限り、鎧を着こんでいるようだった。


「どれどれどれ? 転生者殺し(リバースキリング)どれ?」


 バタバタと足音がして、もう一組足が見え、男を押しのけて部屋に入って来た。ずいぶんと細く、華奢な足であったが、同じようなブーツを履いていることのが見えた。


 華奢な足の持ち主は、私の前まで来ると、しゃがみ込んだ。


「ちょっとパパさあ、やり過ぎたんじゃない?」


 金髪の少女が、私の顔を覗き込んでから、後ろを振り返って言った。


「……なんか痙攣してるし、目がやばいよ」


「ふはははは! 吾輩の鉄拳をまともに受けて、生きている方が不思議なのである!」


「なんかパパさあ、転生してからキャラ変わっちゃったよね……」


 少女は嘆息して再びこちらに顔を向けた。


「ギルドで聞いたらさ、ミツオミとソータを殺した転生者殺し(リバースキリング)ってやつと特徴丸被りなんだけど、あんたがそう?」


 少女の問いに、私は少しだけ頷きを返した。


「ほんとに、あいつら殺したの?」


 私は再度、頷いた。


「まじかい……ヒイラギ家でどうにかまともな頭だった二人が……」


 言葉から察するにこの少女と、私を殴り飛ばしたらしい男は親子で転生したらしい。そして、私が殺した連中の家族だということか。スレイプニルは空き家だと言っていたが、単に長期に不在にしていただけということらしい。


 しかし、転生者とはいえ素手で私を殴り飛ばし、立ち上がれないほどのダメージを負わせることが可能だろうか。


 昨夜の戦闘時のように、外殻を強化してはいなかったが、家の壁を吹き飛ばすほどの爆風を受けても身じろぎひとつしなかった身体だ。家主の男はどれほどの膂力を持っているというのだ。


「ぐっ!」


 私が戦慄を覚えていると、少女が私の髪を引っ張り、強制的に顔を上げさせた。引っ張られた髪よりも首の痛みで思わずうめいてしまった。


「あんた……死ぬほど後悔するよ」


 少女が髪を放した直後、私は視界の端にブーツのつま先を捉えた。側頭部に強い衝撃を感じたと同時に、私の視界は暗転した。




 衝撃、痛み、冷感。


 それらを感じて、私は意識を取り戻した。


 髪と顔面を伝い、何かがしたたり落ちている。どうやら冷水をかけられたようだ。


 口中に布でも詰められているようで息苦しく、声も出せない。


 なにやら手拍子のような音が、規則的に聞こえてくる。荒い息遣いと、湿った音も。それらが反響していることから、わたしがいる場所が狭く、ある程度密閉された場所であると考えられた。


 左目が開かない。鈍い痛みが間歇的に襲ってくる。


 開いた右目に飛び込んできた、目の前の光景に愕然とした。


「……!?」


「うっ、天使、様! 見ないで……!!」


 壁に手を当て、尻を突き出しているシャイナ。その後ろで腰を振っているのは、若い男だ。上気した顔には、私が昨夜村で殺した青年の面影があった。


「……!!」


 私は、椅子に座った姿勢で縛られていた。


 手首や足首の感覚でそれが縄の類であることが分かったが、どう足掻いてもそれがちぎれることはなかった。魔力も感じないというのに、この縄の強度は異常だ。


「言ったでしょ。死ぬほど後悔するって」


 私の左上から、先ほどの少女の声が響いた。


「あたしはアイカ。あっちで盛ってるのが、弟のショータ。ここは、屋敷の地下室」


 平生至極といった口調で、アイカが紹介を始めた。


 私は、どうにかして拘束を解こうと身じろぎしたが、縄は切れないどころか、椅子も床に固定されているらしく、それもびくともしなかった。こんな拘束すら解けないほど、力が失われているというのか。昨夜の戦闘だけが影響しているとは思えなかった。


「あんたらは、今日からこの部屋で過ごす」


 アイカが靴音を響かせ、私の目の前を通り過ぎ、右側に立って言った。目の前に立ってくれれば、シャイナを見なくても済むのだが。


 私が目を閉じ、下を向こうとすると、アイカは私の髪を引っ張って、無理やり顔を上げさせた。


「ショータは、毎晩七時にここへ来る」


 狂態を晒している弟を振り返って、アイカはため息交じりに続けた。


「そして、あの奴隷女を犯す。その後メシだ。あんたは、それを見続ける」


 アイカが私の横に置いてある椅子にドカッと座って言葉を続けた。


「ついでに言うと、あたしはそれを見張ってなきゃならない。パパには逆らえないからね。うちの常識人だった二人を、あんたが殺しちまったおかげで、あの変態に逆らうやつはいなくなった」


 言い終わると、アイカの拳が私の右大腿を打った。正確には、いつの間にかその手に握られていた短刀が、根元まで突き刺さっていた。ブチブチと何かを切断される感覚があり、襲ってくる痛みに叫び声を上げたが、それはくぐもったうめき声にしかならなかった。


 アイカは「天使様ってなんなのよ」と言いながら、さらに短刀をぐりぐりと捻じるように動かした。


「正直言って、弟が奴隷とヤってるのを見るのは、姉ちゃんだって辛い。ストレスフルだ。だから毎日、あんたの身体のどこかにこいつをぶっ刺す。でもって抜く」

 突き刺さった短剣が、ゆっくりと引き抜かれた。刺された時と異なり、肉を引きちぎられていく感触があり、私はさらなる激痛を感じて悶絶した。


 引き抜かれた短刀の背は鋸歯状になっていた。そこには私の大腿の肉や筋繊維が付着して、鮮血を滴らせていた。


 私の大腿部には穿ったような傷ができ、そこからどくどくと血が流れ出していた。私でも失血死するのだろうか。痛みも酷いが、出血に伴い急速に体温が奪われていくのを感じた私は、初めて死の恐怖を感じた。


 その恐怖は、神が去った世界に堕ちた時に感じた絶望よりも、さらに深く私の心を抉った。規則的に聞こえてくる狂態の音とともに沈んでいく私の意識は、またしても強制的に引き戻された。


「あたしが見ている間は、あんたも見るんだ。」


 アイカは立ち上がって背後に回り、私の頭を持ちあげた。椅子の背もたれは、頭の高さまであるようで、私は強制的に背中を伸ばされ、頭を縛り付けて固定された。


 少しでも目を逸らしたり、意識を失いそうになると、したたかに身体を打たれた。


 そんな状態で時間がどれほど経ったのだろうか、私が抵抗を止めた頃を見計らったように、ショータがうめき声を上げ、狂態の終わりを告げた。


 涙や体液でドロドロになった床にシャイナは転がされ、両手両足が鎖に繋がれた。


 ショータは服を着ると、さっさと上階へ続いているらしい梯子を上がり、去って行った。


「奴隷女。メシを食べるんだ」


 部屋の隅に用意してあった皿を、シャイナの眼前に置いてアイカが命令した。シャイナは、息も絶え絶えになりながらアイカを見上げ、弱々しく首を横に振った。


「あっそう」


 アイカはそれを見て短く言葉を発すると、踵を返して私に近づいた。そして、懐から液体が入った小瓶を取り出して、シャイナの方を振り返らずに言った。


「お前が命令を聞かないときは、こうなる」


 アイカは言葉の終わりと同時に、先ほど短刀を突き刺した部位に小瓶の中身を垂らした。


「!!」


 それが傷に数滴落ちた瞬間、白い煙が少し上がり、せっかく形成された血餅を溶かし始めた。そうしてむき出しとなった肉に、再び液体が垂らされる。


 直接傷を焼かれる激痛に、私は反応すまいと思っても、勝手に力が入り、ガタガタと椅子が音を立ててしまう。


「や、やめてください……食べるの……」


 それを見たシャイナが、皿を手に持って、中のスープを飲み始めたのを確認すると、液体の滴下が止まった。


「残さず食べちゃってよ。味はどうか知らないけど、栄養だけはあるはずだから」


 シャイナは苦悶の表情で、それを飲み下していた。それを見て満足そうに頷くと、アイカは梯子に向かって歩き出した。


 梯子に手をかけて、アイカがこちらを振り返った。


「ちなみに言っておくけど」


 チラリとシャイナの手足に繋がれた鎖を見て続けた。


「その鎖は、天使様のところまでは届かないよ。あたしが居なくなったあと、駆け寄ろうとしても無駄だからね」


「……!」


 それを聞いたシャイナがハッとした顔になり、次いで下唇を噛んでうつむいたのを見て、アイカは薄く笑った。


「じゃあ、今夜はこれで終わり。また明日」


 アイカのブーツが消え、扉が閉められると、地下室は暗闇に包まれた。


 暗闇の地下室では音に敏感になる。


 私の後ろの壁に、通気口があるのだろう。わずかだが、風の音が聞こえた。それ以外には、シャイナが泣く声と、彼女がしゃくりあげるたびに、鎖が床にこすれて立てる金属音、そして、いまだに焼かれているかのような痛みに耐える私のうめき声が地下室に響いていた。


「天使様……?」


 シャイナがすすり泣きをどうにか止めて、私を呼んでいた。


 残念ながら、口中に詰められた布のせいで、答えることはできない。


「ごめんなさい……シャイナのせいなの……」


 そんなことはないと言ってやりたいが、言葉は出せず、頭部すら椅子に固定されてしまった私には、わずかに首を横に振ることしかできない。もっともこの暗闇では、それをシャイナが目にすることは叶わないが。


 シャイナはそれきり、何も言わなくなった。


 本来私の目は、暗闇でも視力を失うことはない。今は何も見えない。


 転生者の攻撃がことごとく私を傷つけたことも、本来ならあり得ないはずなのだ。


 私の身体はまるで原住民のように脆くなり、神から与えられた力も失われてしまったのだろうか。


 このまま死を待つしか道はないように思えた。




 そのような生活が三日目を迎えたあたりで、私はすべてを諦めた。




「あんたさ、なんで転生者殺し(リバースキリング)なんてやってんの?」


 五日目の夜。


 私の右上腕を抉りながら、アイカが話しかけてきた。


 それは聞こえていたが、声を出すこともできないし、痛みに対して勝手に身体が反応して痙攣してしまうので、答えられずにいた。


 私の全身は、流れた血液でどす黒く汚れていた。足元を見ることはできないが、ぬるぬるとした感触とがあり古い血と新しい血が混ざって、呼吸するたびに異臭が鼻を突いた。


 ちなみに三日目のどこかで、暗闇の中私は初めて排泄を経験したが、そんなことはどうでもいいことだ。


 私は、こんな劣悪な環境に置かれた自分を、どこか遠くから観察しているような気分だった。まるで、天から平和な地上を見ていた時のような、しかしどこまでも鬱々として起伏を失った感情が、私の心を支配していた。


 シャイナも、もはや何をされても反応しなくなっていた。アイカの手によって強制的に食事を摂らされてはいたが、目に見えて痩せ始め、その目には何も映していないようだった。


「やばいわ。この状況、最高に面白くないわ」


 アイカが短刀を引き抜いた。痛みと共に噴き出した私の血液はごくわずかだった。


 やはりかなりの血液を失っているようだが、不思議なことに私はそれで意識を失うことはなく、昨日から眠ってもいなかった。


「……ちっ」


 ことが終わると、ショータはつまらなそうに舌打ちしてから梯子を上って上階へと去って行った。


 シャイナは、ノロノロと動いて、二日ぶりに自ら皿のスープを啜っていた。


「あんたら、そろそろ死んだ方がいいんじゃない?見てるこっちが退屈でしょうがないわ。っつーか、臭いのよここ!」


 アイカは憤然と悪態を突きながら梯子を上がって行った。


 再び、地下室には暗い安寧が訪れた。


「天使様……」


「!!」


 シャイナのか細い声が私を呼んでいた。


「シャイナを、許してほしいの……」


 私は、少し身じろぎしたが、どのみち何の反応も返せないのだとすぐに諦めた。


 シャイナの声も、それきり聞こえなくなった。

 



 七日目の夜。


 いつもの狂態が始まったのを合図に、今夜はどこを抉られるのだろうと私は予想した。左右の大腿部、両肩、上腕にはすでに大穴が開いている。


 いよいよ胴体か、目という可能性もあるなどと思っていたが、いつまでたってもアイカが短刀を握って私の周りを歩き回ることはなかった。


 この日アイカは、私の近くまでは寄ってこなかった。梯子に寄りかかって立ち、弟が腰を振るのと、私とを交互に見ては、顔をしかめているだけだったのだ。


「やばいわ……心底飽きた」


 私の視線に気づいたアイカは、そう言って大あくびをした後、悪臭にむせて苦しそうにしていた。


「お? ど、どうした?」


 そのときショータが珍しく、言葉を発した。


 変化があったのは、シャイナもであった。


 この日シャイナは仰向けに転がされ、ショータがその上に覆いかぶさっていたのだが、脱力していたシャイナの四肢が動き、ショータを抱きしめるように絡みついた。


 それに興奮したのか、ショータの腰の動きが激しくなった。


 二人は絡み合い、上下を入れ替えて互いの唇を吸い合っていた。


 私はそれを見て、シャイナの精神も限界を越えたのだろうと思った。見ていて気持ちのいい光景ではないが、他に見るものもない。私はぼんやりとその光景を見ていた。


「ぶじゅる!? ぶっぎゃあああ!!!!」


 しかしその直後、ショータの悲鳴が地下室に響き渡った。


 ショータが口元を抑えて悶絶している。隙間から鮮血が噴き出していた。


 その腹に、シャイナの口からぼたぼたと血液が流れ落ちていた。


 シャイナが何かを吐きだし床に落ちたそれは、ショータの下唇であった。


「おばべっ!! なにじゅるんぶうっ!」


 血を吐きながら起き上がろうとしたショータの首に、自らを拘束する鎖を巻きつけて、シャイナが締め上げ始めた。


「うっそ……最高に予想外だわ……」


 アイカはその状況を見て、笑っていた。


「天使様の……縄を解くの!」


 シャイナがアイカに向かって叫んだ。


「……なんで?」


「なんでって……」


 シャイナが一瞬キョトンとしたのと、アイカが何かを投げたのはほぼ同時だった。私にははっきりと、その軌道が見えた。そこに込められた魔力の色も。


 シャイナが死ぬ――。


 そうはっきりと認識した瞬間、私の意識は覚醒した。私の身体に、以前の力が戻っていた。


 私を椅子に縛り付けていた縄を強引に引きちぎり、立ち上がった。


 そして、腹部に刃を受けて、崩れ落ちるシャイナを見た。


 鎖を解き、空気を求めて喘ぐショータ。私が拘束を解いたのを見て、驚愕の表情を浮かべたアイカ。


 そのすべてが、酷く緩慢に見えた。


 私はシャイナの身体を抱き止め、腹部の傷を見た。


 そこに根元まで突き刺さり、先端を背中側に飛び出させていたのは、私の身体をさんざん抉った短刀だった。


 これを無理やり引き抜けば、それが致命傷となるだろう。


 私は、自分の身体はある程度癒せるが、人間の身体を修復することはできない。


「貴様の魔力は治癒に使えるか」


「は?」


 私がアイカに向かって問いかけると、アイカは口を歪めて答えた。


「使えたらなんだってのよ」


「彼女を癒せ」


「なにバカなこと言ってんの?」


「三度は言わぬ。シャイナを癒せ」


「断ったら?」


 両手を腰に当てて鷹揚な態度を崩さなかったアイカだったが、弟の身体を光弾が肉片に変えたのを見て、一歩後退った。


「あ、あたしは、治癒の魔法は使えない……」


「そうか」


 私はシャイナをそっと床に降ろし、アイカの眼前に移動した。


「え?」


 彼女が、突然目の前に現れた私を視認して声を発したのと、その首が飛んだのはほぼ同時だった。


 私はすぐさまシャイナのもとに戻り、彼女を抱きかかえて立ち上がろうとした。


「天使様……大丈夫なの」


 しかしシャイナが、そっと私の肩に手を置いて、それを制した。


「シャイナ、しかし……」


 確かこの町には治療院もあったはずだ。町の衛兵がそんなことを言っていたではないか。


「天使様、ごめんなさい」


「何を言うのだ、汝のせいではない」


「そうじゃないの」


 シャイナの呼吸が少し荒くなり、その口から血が溢れた。


「もうしゃべるな。とにかく治療院に」


「天使様……急に力が無くなって……でも四日目に気付いたの。天使様に少し力が戻ってるって。でも天使様の目が死んでしまっていたの」


 力が失われた原因は恐らく食事だ。人間と同じように食べ、眠ることで、一時的に私の身体が彼らのそれに近づいたのではないか。そして、地下で過ごすうちにそれが排泄され、徐々に元の身体へ戻ったと考えると、日数的なつじつまは合う。


「でもシャイナは、これ以上まともではいられなかったの……だから、天使様の縄が解ければ、あとはご自分で何とかしてくれるって思ったの……」


 最初から、自分が生き残る気はなかったとでもいうような発言に、私は動揺していた。


「シャイナ……」


「天使様……言わなきゃいけないことがあるの」


 シャイナの目が潤み、私を見つめていた視線が逸れた。


「シャイナは……転生者様の子供なの」


「?」


「お母さんは、転生者様の性奴隷だったの。だからシャイナは……」


 彼女の告白に、私の思考は一瞬停止した。


「いつか、天使様の手にかかるなら……この地下でって……」


「シャイナ……私は……」


「例外はないの……そうでしょう?」


「!!」


 私の肩に回されていた細い腕が、力を失って滑り落ちていった。彼女の青い瞳が急速に光を失っていく。


「シャイナ、シャイナ、だめだ……」


「天使様……シャイナは、幸せでした……どうか……」


 笑ってほしいの。

 

 最後にそう言うと、彼女の唇は閉じられた。


 涙に濡れた目は細められ、うっすらと笑みをたたえて、シャイナは逝った。

 


 

 私は、彼女の亡骸を抱いたまま、上階へ上がった。


 ヒイラギ家の父親は不在のようだった。


 私はシャイナの身を湯で清め、清潔な布で包んだ。


 厩を見たが、スレイプニルはいなかった。


 私は再び屋敷に戻り、しばしシャイナの側に座っていた。夜明けごろになって、蹄音が庭から聞こえ、複数の人間が話す声が聞こえてきた。


 その中にヒイラギ家の父親の声が含まれていることを確認して、私は立ちあがった。


「シャイナ……行ってくる」


 シャイナが答えることはない。


 永遠に。

  

Kill:0000029

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