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4.決闘の作法

「そこの冒険者!! 白竜を渡せぇ!!」


 一跳びで白竜が乗せられた荷車を飛び越し、「赤いほうき星」の眼前に降り立ったレミアが高らかに声を発した。


「レミアさん……いくらなんでも唐突すぎますよ」


 風を巻いてその横に降りたレンが、横目でレミアを見ながら言った。


「…………」


 私は、「魔王様は何があってもしゃべってはいけません!」と言われたことを守り、無言で彼女らの背後に降り立った。


「……なんだ? お前らは」


 赤い髪の女冒険者――クレアは、もともと鋭い目をさらに鋭くして、背負った大刀の柄に手をかけた。彼女の纏う魔力の色が濃くなり、殺気が膨れ上がった。レミアが初手で、私たちの目的である「白竜を奪う」ということを宣言したことによって、とりあえず友好的な手合いではないと判断されたようだ。


「まお――セイタン様。転生者(ゴミクズ)があのように申しておりますが?」


 喋るなと言ったくせに、レミアが話しかけてきた。人間のフリをすると決めたところで、私を「魔王様」ではなく「セイタン様」と呼ぶと決めたのはレンだった。


「誰がゴミだ!?」私が答える前にクレアは怒声を上げ、今にも切りかからんとばかりに一歩踏み出して、「お前ら……あたしが誰だかわかっててケンカ売ってんのかい?」と凄んで見せた。踏み込んだ足元の草が、放出される魔力に煽られて不気味に揺らめいている。


「知っています。『赤いほうき星』のクレア――ですね?」


「いかにも、あたしがクレアだ」


 レンが、ヨーゼフの記憶にあった情報を引用した。どうやらそれは正解だったようで、赤いほうき星と呼ばれたクレアは、凄みをきかせたままふんぞり返って肯定した。


「あのね、転生者(ゴミクズ)の君には考えが及ばないような、壮大な計画のためにそこの白竜が必要なんだ。大人しく渡せば、苦しまずに逝けるよ?」


 レミアが救いのない脅迫としか取れない言葉を吐くと、赤い髪の冒険者の殺気がさらに膨れ上がった。


「いきなり空から降ってきて、他人様の得物を横取りしようってのかい? 武器も持たずに、あたしが『赤いほうき星』だと知った上で? よほどの馬鹿か、腕に自信があるってことか……」


 クレアが言葉を切り、背中の得物を抜き払った。女が扱うには少々長大に過ぎる大剣が中段に構えられたが、その動きだけで魔力を多分に含んだ風が起こり、私たちの髪を撫でていった。


「ま、冒険者稼業(このしごと)をやっている以上、あんたらみたいな奴を成敗するのも仕事の内だ。あんたらもクランの名前くらい名乗ったらどうなんだい? 腕前次第じゃ、町で報告くらいしといてやるよ」クレアは剣に込める魔力を増大させながら、「墓標に赤いほうき星と戦って死んだと刻まれるなんて、名誉なことだろ?」と続けてニヤリと笑った。


「どうやら、大人しく白竜を渡すつもりはないようですね……」


 レンは、首を左右に振りながら憐れむような視線をクレアに向けた。


「私は、レンといいます。こちらの黒髪の女性がレミアさん。後ろの殿方は……セ、セイ……」


「セイタン様、だよ? レン、忘れちゃったわけ?」


「わかってます!!」私の名前だけ、うまく口にできなかったレンの代行を務めたレミアに、レンが鋭い視線を送った。そして、父親とよく似た咳払いを一つはさみ、「後ろであなたの従者を倒したのが、ダンです」と雲竜を紹介した。


 私としては、いちいち名前の紹介などしてやる必要はないと思っているのだが、これも「人間のフリ」をするのに必要な過程なのだろう。この場を彼女らに任せると決めた以上、余計な口出しはすまい。


 クレアは一瞬後ろを振り返り、ヨーゼフを含めた四人がまとめて草地に伏しているのを確認し、足元の男達を睥睨している人物の姿を認めて愕然とした。


「は? あの爺さんが……? っておい! 白竜に触るな!!」


 クレアの視線を受けて、しかしそれにはまったく反応せず、ピクリとも動かないアザンの頭部へ向かって歩き出した雲竜をクレアが制止した。もちろんそれも無視した雲竜であったが、赤髪の冒険者がそれを許さなかった。


「触るなと言ってんだろう!?」


 雲竜との距離はおよそ二十歩離れていたが、クレアはそれを一跳びでゼロにした。飛びながら大上段に構えた剣が、雲竜と荷車の間を割って振り下ろされた。


「……ほう」


 白竜の長、老いたとはいえ人間の間では伝説級の魔物を束ねる雲竜が、大きく後退して感嘆の吐息を漏らすほど、クレアの放った剣の一撃は凄まじいものだったようだ。


「何だ? この爺さんは……」


 その一撃を放った本人は、荷車を引いていた男達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのを止めることもなく、驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに大地を深々と抉った大剣を油断なく構え、雲竜からアザンを守るように立ちはだかった。


「なかなかに鋭い剣筋じゃ。これならアザンが敗北したのも頷けるのう」


 殺気を漲らせているクレアを前に、雲竜は涼しい顔だ。対するクレアは、額に一筋の汗を流していた。


「爺さん、あんたがクランのリーダーなのかい?」


 こちらの動きに対する警戒を怠らずに問うクレアに、腕を組んで頷いていた雲竜は首を傾げた。


「クラン? リーダー? 何を言っておる?」


「あ~、補足ですが、冒険者たちは数人で協力して働くこともあるそうですよ。大なり小なり、群れて行動する彼らの集まりを『クラン』と言いまして、それを取りまとめている者を『リーダー』と呼称するようです」


「なるほどのう……。と言うことは、ワシらの『リーダー』はセイタン殿……ということになりますかの?」


 雲竜が、私に視線を送ってきたが、私は無言でそれに応じた。目的を同一にする集団を取りまとめる者という意味では、私にはそういう存在であるという自覚はない。


「そりゃそうだよ。ボクらのリーダーは、セイタン様に決まってるさ!」


「私も……その、せ、セイタン様で……」


 レミアとレンも、雲竜の言葉に賛同した。


 確かに、レミアは私の従者である。翼を得て自ら魔王を名乗ったあの時、レミアにはっきりと主であると告げた。彼女に対しては、もともとそう望まれたこともあって主従の関係となり、命令口調で指示を出すことも多い。


 雲竜はどうか。彼が目的を同じくする共闘者であるとすれば、私と白竜たちは同盟を結んでいる、対等の立場にあると言えよう。エオジットに残る白竜の選別や、現地での活動を指示していたのは雲竜であるし、イスキリスにおいても白竜たちへの指示はレンにほぼ任せていた。私と白竜たちは、共闘者であって主従の間柄ではない。


 動物の中にも、群れの中でしっかりと階級が決まっているものもあれば、一頭が群れを率いるものもある。人間というものも、何かにつけて上下関係をはっきりさせたがる傾向にあるようだが、たかだか数人の集団の中にすら、階級を決めなければならないとは。どこまで協調性を欠いた生命だというのだ。


「そうか……お前がリーダーなんだな? それで、クランの名前はなんだ? これほどの実力者が在籍しているってことは、もしかしてあたしらよりも『ランク』が上なのか?」


 再び私たちの方に向き直ったクレアが、またしても聞き覚えのない単語を吐き、すぐさまレミアが説明を始めた。


「あの転生者(ゴミクズ)がしつこく聞いてくる『クランの名前』というのは、冒険者の集団を区別するために付ける呼称のことですね。赤髪が率いるクランは彼女の二つ名をそのまま取って『赤いほうき星』と言います。クランは、結成から今日(こんにち)までの業績によって『ランク付け』がされるそうで、10段階のランク数値が高いほど、そのクランに属するメンバーの実力が高いと評されるようです。それとは別に、個人のランクもそんざいします。彼女は個人ランク7で、クラン赤いほうき星のランクは5ですね」


 ということは、中の上くらいの実力者であれば白竜を軽々と倒して見せるだけの実力を有するということだ。私は、少なくともランク7の冒険者はイスキリスの王都騎士団以上――竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)程度の力量であると判断した。


「そこの黒いの! 何をさっきから解説してやがる!? まさか、クランの名前も決まってないような駆け出しってことはないんだろう? 待てよ……そうか! この爺さんが引率で、お前ら本当はただのひよっ子なんだな?」と勝手なことを言いだしたクレアが、今度は雲竜に向き直った。そして、「おい爺さん! ひよっ子の教育がてら、他人様の獲物に手を出すなんて、欲深すぎやしないかい?」と言って眉根を寄せた。


 クレアは大剣を肩に担ぎ、殺気を緩めてさらに続けた。


「まあ、お前らの事情は分かった。あたしも上位ランク保持者として、後進の教育には賛成だ。だけど、いきなりベテランの爺さんに仲間をやられて、せっかく雇った人夫まで失った状態じゃ、黙って見逃してやるわけにはいかないね」


 どんな事情があっても、冒険者相手の略奪は禁止行為だ。そんなこと、上に報告されたくないだろう?と小さく言って、雲竜に詰め寄った。人夫が逃げてしまったのはクレアの一撃のおかげだと思うのだが、この後彼女が出した無謀な提案を聞いて、そんなことは気にならなくなった。


「あたしがいい条件を出してやるよ。そこの青白い顔のリーダーと、あたしで『決闘』をやる。万が一あたしが負けたら、白竜はくれてやるよ。だがリーダーが負けたら、爺さんは帰りな。そんで、若い連中は赤いほうき星に入ってもらう。見たとこ少々魔法が使えるみたいだけど、ランクは最低のゼロからスタートだ。お上に密告されないだけ、ありがたい条件だろ? 実力でのし上がれば、きちんとランクも上げるし給料だって払ってやるよ! どうだい?」


 クレアは雲竜と私を交互に見て、返答を待っているようだった。


「と、このように申しておりますが、どうされますかな? セイタン殿?」


 雲竜は、意外にもこの状況を楽しんでいるようすが、その表情から見て取れた。


「私は、別に構わないが」


「あ! セイタン様! 喋っちゃだめですって――」


 私が雲竜に返答すると、レミアが口を尖らせた。これまで黙って冒険者と彼らのやり取りを聞いていたが、確かに私が自由に発言し行動していたら、今頃は転生者の死体が一つ出来上がっていただけだろう。結局、結果はそこに収束するのだが、彼らの会話からイスキリスのそれとは違う転生者の有様を知ることができ、それはそれで興味深いものであった。それと、私は一つ気付いたことがある。


「レミア、『リーダー』は私なのだろう?」


「あ……」


「しまった」という顔でレミアが口を手で覆った。


「どうやら、リーダー君は覚悟を決めたみたいだな! じゃあ、爺さん。さっきの条件でいいな?」


 クレアが雲竜の返事を待たずに、大剣を担いだままこちらへ歩いてきた。


「坊や、決闘の作法くらいは知ってるかい?」


 年の頃は三十手前くらいに見えるクレアが、再び殺気を漲らせて私の五歩手前に立った。女にしては身長が高い。私と頭一つくらいしか変わらないだろう。


「知らん。何しろこの大陸に来てから初めて戦うのだからな」


 私が答えると、クレアが目を丸くした。


「お前たち……別の大陸から渡ってきたのかい? こいつは驚いたね……。爺の伝説は、本当だったのか……」


「伝説とはなんだ?」


 私が問うと、独り言を言うように低く呟いたクレアは、口元を歪めて笑った。


「ふっ。あたしの身体に一発でも入れられたら、教えてやるよ!!」


 そう言うやいなや、ダン! と草地を踏んだとは思えない音を立てて、クレアが踏み込んだ。肩に担いでいた大剣が片腕で振り下ろされ、纏った赤い魔力が鋭い剣撃となって私の頭上に迫った。


荒れ狂う灼熱の嵐スカーレット・ストーム!!」


 クレアが叫び、振りきった剣先から放たれた魔力が、膨大な熱量をもって私が立っていた場所の周囲で荒れ狂った。まるで竜巻のように私を取り巻き、灼熱の柱が天高く上がった。


「決闘の作法――『殺されても文句は言いっこなし』生まれ変わるときは、忘れないようにするんだね……」


 轟轟と音を立てて燃え盛る火柱を見つめ、クレアが言った。空に退避したレンとレミアを見やり、次いで雲竜の方を振り返った彼女は、ようやく私の存在に気付いた。


「――なっ!? うごぱぁあぁ!?」




 私はその顔面に向かって、拳を叩き込んだ。





冒険者をやりながら、転生者狩りをしつつ、エオジットでの魔王認定を目指しています。もう少しお付き合いくださるとうれしいです。

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