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3.囚われの婚約者

「おっとぉ!?」


 空中で急停止したレンにぶつかりそうになったレミアが、大きく旋回して衝突を回避しようとした。しかし彼女は、素早く動いたレンによってがっちりと押さえつけられてしまった。


「ちょっとレン! 危な――モガッ!」


「少し静かにしてください。耳の良い者がいたら困ります」


 レミアの口を押えながら、レンが鋭い視線を地上に向けていた。


 白竜の巨体は荷車に乗せられ、鎖の様なものでそれに固定されていた。台車を引いていたのは十人ほどの人間であり、全員男性だった。そして、荷車の左右に二人ずつ男が歩いており、引手の前方を歩く女が、淡い魔力を纏っているのが見て取れた。地上の一団を見るに、白竜は転生者の女が率いる人間に捕まっているのだと思われた。


「転生者……」


「アザン……」


 私は、久方ぶりに見る魔力の波動に顔をしかめ、レンは白竜を見つめて複雑な表情をしていた。つい先ほど気にしないと宣言した、不貞を働いた男を早くも見つけることになり、それが囚われの身であるなどという状況に直面して混乱しているのだろう。


「あいつがアザンなんだね? でもなんで、転生者(ゴミクズ)に捕まってるんだろ?」この距離じゃ思考も読めないしなあとぼやいて、レミアは頭の後ろで手を組んだ。「とりあえず、とっちめて吐かせます?」


 転生者たちの方を指差して、レミアがニヤリと笑った。イスキリスで王城攻略に参加できなかったからか、レミアはエオジットの転生者狩りに意欲的だった。この大陸の転生者は、彼女の祖先や元の主を殺した転生者とは縁もゆかりもないはずだが、彼女の殺意はいつのまにか転生者全体に向けられている。私としてはそれで現状は構わないと思うのだが、私と同じく、この星から転生者を狩り尽くした後の彼女はどうするつもりなのだろうか。


「レミアさん。少し慎重に行った方がよくないですか」


「なんでさ。どうせ向こうの町でひと暴れする予定だったんだから、今ここでやっちやっても同じでしょ?」


 彼女の未来に関する思索は一旦置いておくか。私と同じく、ほぼ悠久の時を生きる魔族なのだ。事を為してからでも考える時間はあるだろう。


 私は、レンとレミアが話し合っているのを横目に見てから、改めて白竜とそれを囲む一団を観察した。


 巨大な荷車を引かされている十人の男たちは、かつてシャイナが着ていた物ほどではないが、状態が良くないことが一目でわかる衣を纏い、皆裸足だった。歩いている道が草地だからいいようなものの、下手に舗装された道などを歩かされたら堪らないだろう。彼らが進んでいく方向には、石造りの壁で囲まれた町が建設されている。


 そして、竜化した状態の白竜がどの程度の重量をもつのか知らないが、人間十人の力で引いて歩けるものだろうか。木製の荷車は、当然車輪も木でできている。草地ではなおのこと運びづらいだろう。ボロを纏った男達――皆青か黒の髪をもつ彼らは、竜人族ではないかと私は考えていた。雲竜の記憶を読んだレミアによれば、彼らは人間社会で特別迫害されていることはないようだったし、奴隷扱いされているという話もなかったはずだ。しかし、荷車を引く彼らの姿は、まるで奴隷のそれであった。


 時々先頭を歩く女が振り返って、引手の男たちに何かを言っていた。レンか雲竜ならば聞こえるだろうと彼らを見やると、レンとレミアに混じって雲竜までもが議論を戦わせていた。


「私は、まず人間のフリをして奴らに近づき、何の目的でアザンを捕らえたのか、確かめたいんです。お父様から町の規模等は聞いていますが、冒険者の正確な戦力もわかりませんし、エオジットで転生者を狩るのは初めてでしょう? ここは慎重に行ってもいいと思います」


「そんなの、地上に降りて適当に誰かの記憶を読めばわかることじゃん。イスキリスでは国を相手に戦ったし、そういうの散々やったけど、今回の相手はたった十五人だよ?」


「あの一団をひきいておるのは、先頭の転生者――女であろう。フェレスの下品な能力は使えまいて。ともあれ、一族の恥晒しを早くも発見できたことは正しく僥倖じゃ。邪魔な人間は消して、アザンには責を負わすべきであろう」


 穏健派というか、レンは諜報活動から始めるべきだと主張していた。転生者だか冒険者だかはどうでもいいことだが、彼らの施設を襲撃しようと提案したのは彼女だったような気もする。昨日の彼女は冷静さを欠いていたと言えば、今日になって意見を翻したことも納得できるというものだ。しかし、今また婚約者の姿を見て冷静ではいられないのもわかる。彼女は、はっきりと彼の現状を確かめたいと主張した。


 対して、速攻を主張するレミアと雲竜は強硬派というところか。少なくとも地上の十五人――戦闘要員はそのうち何人かわからないが――は、白竜を無力化して捕らえるぐらいの実力は持っているわけであるが、干渉者が現れでもしない限り、私とレミア、雲竜とレンの四人が戦って敗北することはあるまい。


 しかし、場当たり的に転生者を狩る手法は、やはり非効率的と言わざるを得ない。レンの言うように、私とレミアが翼さえ仕舞っておけば、見た目は人間とさして変わらないのだ。諜報活動を行うことで、この地の転生者の分布や戦力、冒険者というものの活動について知ることができるだろう。


「魔王様は、どう思います?」


 レミアが、私を振り返って訊ねてきた。


「今回は、レンが言うようにやってみてはどうだろうか」


「ええ~!?」


 私の答えがさも予想外だと言わんばかりに、レミアの目が大きく見開かれた。


「魔王様……?」


 なぜか、レンも似たような表情を作っていた。






 私は先刻考えていたことを三人に伝え、レミアと雲竜は渋々と、レンは真剣な表情で計画を練り始めた。


 私たち四人が「人間として」潜入するという初の試みである。入念な計画なしには成立しないだろうと主張するレンに対し、二百年以上エオジットで暮らしてきた雲竜はそんなものは必要ないと言い、もともと人間を魅了することを得意とするレミアがそれに賛同した。


 実に興味深かったのは、「魔王様は、話しかけられても黙っていた方がいい」というのが三人の共通意見であったことだろう。イスキリスの転生者と違い、過去の記憶を持たない彼らに少々興味があったのだが、害獣と話す必要などそもそもないのだと自分を納得させた。







「ちょっと、おにーさん♡」


 白竜を運ぶに荷車の左側を歩いていた男に、レミアが木陰から声を掛けた。ただ声を発したわけではない。吐息に含ませるように、その男にだけ届くように。レミアの「幻惑」を乗せた甘い吐息が、男のやや大きい鼻へ吸い込まれていった。


「ん?」


 男はふらふらと隊列を離れ、レミアが潜む木陰へ向かった。それを見たもう一人が一瞬眉を潜めたが、「小便だ……」と呟きながら歩いていく背中を一瞥しただけで、顔を進行方向に戻した。


「よしよし……いい子だね」


 レミアの元へとやってきた虚ろな目の男は、灰色がかった金髪頭を抱えて、何やら苦しそうにうめき始めた。どんな幻覚を見せられているのか知らないが、彼の表情を見る限り、ろくなものではないと思われた。


「どうですか?」


 結局のところ、まずは一人おびき寄せて記憶を読み、それをもとに考えようという無計画に等しい計画が実行に移されたのだった。さっそく記憶を読み始め、ふんふんと頷きながら、笑ったり顔をしかめたりするレミアに、レンが焦れたように訊いていた。


「ちょっとくらい待ちなよ……今集中してるんだからさ」


 レミアが口を尖らせると、レンは黙って引き下がった。彼女たちや雲竜、他の白竜たちの間には、友人というほどの気安さはないようだ。


「ふんふん。この男の名は、ヨーゼフ。歳は十八歳で出身はもっと南のポークツとかいう村だそうで、職業は冒険者ということで――」


 ヨーゼフとやらの記憶を読み取ったレミアが、必要な情報を整理した。


 エオジットにおける冒険者は、若い世代の憧れの職業だそうだ。男の記憶の中には、過去の冒険者たちの逸話が溢れており、いつしか自分も剣の腕で名を上げたいと、彼の故郷から一番近い都会であるロアルを目指した。


 冒険者は、転生者にのみ許された職業ではない。名乗るだけなら自由であるそうだ。当然その中には、冒険者を名乗る盗賊まがいの連中も含まれてしまうが、それらを成敗するのも冒険者家業のうちらしい。


 それにしても魔力も持たず、竜人でもない凡夫が一人旅に出て、魔物と相対することなど自殺行為でしかない。ヨーゼフは、ロアルにたどり着く前に遭遇した魔物――実際は肥沃な土地で巨大化しただけのカエルに打ちのめされ、あわやというところをある人物に救われた。


 その人物こそ、アザンを打ち倒して拘束している転生者であった。もちろん彼女に転生者であるという自覚はないし、そもそもエオジットに暮らす人間たちに、転生者という概念はない。彼らは魔力を有するが故に魔法を操り、強化された肉体をもって魔物を狩るという点ではイスキリスの者達と変わらないが、イスキリスのように王として国を治めていなくとも、人外の力を持って冒険者として働く彼らは、英雄扱いされているのだ。この辺りの話は、昨夜雲竜が語った内容に間違いがないことを証明していた。


 さて、ヨーゼフ他を率いて白竜を打ち倒した女の名はクロエ。赤茶色の髪と背中に背負った魔力を帯びた赤い剣を振るうことからつけられた二つ名が、「赤いほうき星」だそうだ。彼女のように、二つ名を持つ冒険者は特に実力が高く、イスキリスで言うところの特級転生者と同じようなものだろうと私は理解した。


「それで、どうしてアザンは囚われているのでしょうか」


 レンが、呆けた顔で涎を垂らしているヨーゼフを横目に見ながら、レミアに訊ねた。


「この辺りじゃ有名な、若い女を攫って手籠めにする怪人の正体が、巨大な白竜だった――! とこいつの記憶では……なってるけど?」


 レミアの答えを聞いたレンはがっくりと項垂れ、「…………そうですか」と呟いた。


「お父様。私、いいことを思いつきました」


 レンは顔を上げたが、そこからは表情というものが消えていた。


「なんじゃ……? 嫌な予感しかせぬが」答えた雲竜は、愛娘の変容にたじろいでいた。


 レンはそれを着にした様子もなく、得意げに「あの白竜を、奪いましょう」と提案した。


「……奪う?」


「そうです。レミアさんが読んだこの男の記憶では、あくまで『怪人』が冒険者の標的になっていたのであって、その正体が白竜だと知る者は彼らだけのはずです。赤い髪の転生者を倒してしまえば、他の人間はどうとでもなります。全員男なのだから、順番に幻惑にかけて記憶を操作してもいいわけですよね?」


 レンは、「奪う」という言葉に眉根を寄せた雲竜に対して一息に話し、確認するようにレミアを見た。


「まあ、時間はかかるし面倒だけど……」


 昨夜の窓から見た光景を思い出したのか、レミアの顔は青ざめていた。


「で、首尾よくアザンをこちらに奪い返したとして、それでどうする?」


 訊ねた私を振り返ったレンの目が光った――ように見えた。


「――奪い返す? そうではありません魔王様。奴は冒険者とやらにとっては獲物だったわけですから、私たちはそれを文字通り『奪って』、冒険者のフリをして街へ入ればいいのです。そうすれば、不埒な行為に及んだ下衆を捕らえた者たちとして、人間からの受けも良いことでしょう」


「ふむ」


 私は、なるほどと思っていた。レンの異様な迫力は置いておいて、怪しまれずに潜入するという意味では目立ちすぎな感は否めないが、確かに悪い案ではないように思えた。どこからか私たちが赤い髪の冒険者――クロエを殺したことが漏れたとしても、手柄を奪い合って冒険者同士の殺し合いが起きることなど日常茶飯事だそうなので、大した問題にはなるまい。


「レンが怖いのと、幻惑の大盤振る舞いが気になるところだけど……代案はないよ」


「じゃが、アザンはワシらの正体を知っておるのだぞ? 街に連れて行って、どのような処遇となるのか知らんが、奴からそれを暴露されるのではないか?」


 レミアも賛成の意を示したが、雲竜は懸念を口にした。するとレンが、父親の方は見ずに、レミアを向いて言った。


「お父様……何を言いだすかと思えば」レンは大きくため息をついて言葉を続けた。「自ら犯した罪の咎を受けようというのに、そのような行為に及ぶわけがありません。彼は、お父様とオルトバが決めた私の婚約者なのですから……」


 そのような愚か者を、私の婚約者に選んだと。レンはそう言葉にしたわけではなかったが、蒼白になった雲竜には彼女の気持ちは伝わったようだ。


 言葉を返すことができない雲竜に向かって彼女はにこやかにほほ笑み、「もしそのような行為に及んだら……その時は、私の手で」と言って右拳を握り込んだ。


「魔王様……レンが怖いです」


 いつの間にかレンから距離を取っていたレミアが、震えた声を出した。


「そんなことありませんよレミアさん。ほら」にこやかに笑ったレンの足元には、無残に踏みつけられた花の残骸があり、彼女はさらに他の雑草を踏みにじりながら、「さあ、その男を帰らせて、私たちも行きましょう?」と言った。


「まあ、よかろう」


 私はそう応じると、先頭切って歩き出したレンを追った。




すいません。すいません。次こそバトルするんですいません。


ただ転生者をやっつけるだけでは、「イスキリスに居た頃の話の焼き直し」になってしまうので…どうか許してください。

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