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3.馬の告白とつかの間の休息

 月明かりの下を、馬車はゆっくりと進んでいた。スレイプニルによれば、ベルの町までは街道一本でつながっているとのことだった。転生者と派手に戦闘を行ったおかげか、フレイムウルフのような魔物が近づいてい来る気配もなく、街道には虫の声とスレイプニルの蹄音、それに引かれる馬車の車輪が地面を踏みしだく音だけが響いていた。


 私は、先ほどの戦いで消耗した力の回復方法を考えていた。


 やはり現象を打ち消すという使い方をすると、大きく力を消費してしまうようだ。


 休息することで徐々に回復していくのはわかったが、今回のように消耗が大きい場合の回復手段はないのだろうか。


 私が思案していると、シャイナの頭部がガクッと前に倒れた。


「シャイナ」


「はいなの……」


 膝にのせていたシャイナの顔を覗き込むと、目がとろんとして口の端に涎が流れた跡があった。どうやら彼女は眠いようだった。人間は食事を摂り、眠ることで体力を回復させるようだが、私は空腹を感じないし、眠ったこともない。魔力に汚染されていない食物を、試しに食べてみようかと塩漬け肉を出してもらおうと思ったが、シャイナは再び頭を垂れてしまった。


「旦那、ベルの町に着く前にお話があります」


 スレイプニルが、こちらを振り返らずに話しかけてきた。これまでの少しとぼけた口調ではなかった。シャイナは、私の膝の上で眠っている。


 それまで黙っていたところと考え合わせると、シャイナが眠るのを待っていたのかもしれない。


「なんだ」


「旦那もお気づきかもしれませんが、俺は転生者です」


「……」


 人間社会に関する知識の豊富さからして、その可能性もあるとは考えていた。それを自分から告白してくることはないと考えていたので、そちらの方が意外だと私は感じていた。


「旦那は、転生者は全員殺すんでしたね?」


「そうだ」


「俺もですか?」


「魔力を垂れ流す害獣は殺す。例外はない」


 私の答えを聞いて、スレイプニルはしばらく黙っていたが、ややあって会話を再開した。


「旦那、少し昔話を聞いていただけませんか」


「……いいだろう」


「俺の前世は、旦那が殺した連中が通っていた学校の教師でした……」


 スレイプニルは歩調を緩めて、語り始めた。


 スレイプニルは、前世での名前をキクチ・アキラという。


 先ほど私が殺した若い転生者たちが通っていた学校という施設に、教師という職業をもって勤めていた。


 年齢は三十二歳。結婚はしていなかったが、恋人はいた。同じ施設で学問を教える女性の教師でユカリという名前だった。


 ユカリの担当していたのが、先ほどの転生者たちだった。その中でウツボと呼ばれていた黒髪の少年が、虐げられていた。その手法はかなりえげつないものだったようで、彼はある日、可燃性の液体をかぶって火をつけ自殺した。

 

 ウツボが自殺の舞台に選んだのは、視聴覚室という狭い部屋だった。そこは、部屋の内側をカーテンで覆って使用するらしく、ウツボはあらかじめこれに油を仕込んでいた。ウツボは自分の身体に着火後、着火に使用した道具を窓側のカーテンに投げ、自らは視聴覚室の出口のカーテンに飛びついた。部屋は一瞬で炎に包まれた。


 ユカリを含め、多くの生徒がウツボとともに死んだ。


 アキラはユカリの死後、徐々に明らかになっていく事件の内容を知って深く後悔した。実はユカリから、ウツボの扱いについて相談を受けていたのだ。


 ウツボが自殺する一週間ほど前に、ユカリはウツボの母から相談を受け、当該者たちを呼んで指導を行った。


 しかしその後、ウツボの状況は悪化した。より悪辣な手段でもって虐待と呼んでもよいほどの暴力が振るわれ、ウツボの精神は崩壊した。


 当該者を呼んで個別に指導するよう、ユカリに提案したのはアキラだったのだ。


 ウツボを含め、ユカリの死に責任を感じたアキラもまた、自死の道を選んだ。


 意識が薬物によって刈り取られ、目覚めた場所は真っ暗な空間だった。


 眼前に光が現れ、神を名乗る声から異世界への転生を提案された。そこに生徒たちも、ユカリも向かったという。


 異世界で魔物と戦うことを条件に、ウツボの自殺に巻き込まれた彼らは強い力をもって転生したらしいが、単純に自殺を選んだアキラは、転生することはできても、あまりいい条件ではないと釘を刺されたが、ユカリに生きて会えるならと神の提案に飛びついた。



「そして、次に目覚めた時には馬でしたね……」


 バカなことをしたもんですよと、自嘲が多分に含まれた口調でスレイプニルが言った。


「転生しても見た目は前世とほとんど変わってませんでしたから、ベルの町にあいつらがやって来た時はすぐわかったし、驚きました。その傍若無人ぶりにもですがね」


 スレイプニルは顔を上げて、傍若無人て意味わかります?と聞いてきたので、私は首を横に振ったが、スレイプニルはそれには答えずに言葉を続けた。


「ユカリは一緒じゃありませんでした。あいつらの性格じゃ、話しかけでもしたら何をされるかわかりませんからね。こうやって、馬車馬みたいに働きながら、あいつらの言葉を聞いて情報を集めるのが関の山でした」


 そして、スレイプニルは歩みを止めて、こちらに顔を向けた。黒い大きな目がまっすぐに私を見つめている。


「旦那、俺を殺すのは待ってくれませんか」


「……」


「ユカリに会いたいんです」


「馬の身で会ってどうするのだ」


「わかりません……いや、言葉が通じるなら、謝りたいんです。馬なんかに転生させた神様を最初は呪いましたけどね。言葉が話せるってのが、最後に残された希望というやつなのかもしれません」


「私は、その恋人が転生者であれば、殺すのだぞ」


「そのときは、俺も一緒にお願いします。旦那、馬一頭殺すなんていつでもできます。俺はこの大陸をあちこち回って、それなりに事情通なつもりです」


 ついさっき、私がウツボを殺した際の会話は、当然スレイプニルの耳に入っているはずだ。私がいかに転生者に対して容赦するつもりがないかを理解した上で、自身の身の上を明かし、殺すのは待てと言うスレイプニルの真意はわからないが、私が殺すのは転生者であって、転生馬(  ・)ではない。


 ユカリという人物は、殺さなければならないが、魔力を持たない馬など殺しても意味がない。その点にスレイプニルが気付いているのかどうかはわからないが、利用させてもらうことにしよう。


「アキラ」


「スレイプニル。俺は、転生馬(  ・)のスレイプニルです」


 そう言って、スレイプニルはゆっくりと歩き出した。私は、苦笑して言い直した。


「……いいだろう。スレイプニル」


「なんです? 旦那」


 スレイプニルの黒に近い毛を生やした尾が楽しげに揺れていた。この馬は、なかなか侮れないようだ。


「町に宿はあるか?」


「ありますが、旦那が殺した奴らが住んでいた屋敷が、おかげさまで空き家になりました。そっちの方が、よほど綺麗ですよ」


「食事はどうすればいい」


「清浄な大地で獲れた作物やそこで育った動物の肉がたくさん溜めこまれてます」


「私は、料理などできないが」


「嬢ちゃんが、なかなかの腕前です。お母様の仕込みがよかったんでね」


「そうか」


 町に着けば、休む場所と食料については、当面の心配はないようだ。私が食べるかどうかは別として。


「さて、町が近づいてきましたよ。旦那は一旦降りてください」


 スレイプニルが止まって言った。


「なぜだ?」


「旦那がビットの村で転生者を殺したのを、ダイゴがギルドへ報告しています。ウツボの遠隔視という魔法のおかげで、かなり詳細に情報が伝わってます」


 今のお姿で町に入ったら、これですよと言って、スレイプニルが下を長く伸ばし、苦しげな表情を作った。


「よくわからない」


「縛り首です」


「そうか」


 それは人間社会において、もっともよく行われている処刑の方法だそうだ。私の首に縄をかけて吊るしたところで死ぬとも思えないので、仮に執行されても問題ないではないかと言うと、スレイプニルが笑って答えた。


「旦那は転生者を大量に殺してますからね。ギルドはホケ教ともつながりがあります。ホケ教の信者は、間違いなく旦那の討伐依頼を出しているでしょうし、町には安全に入らないと」


 ホケ教という名前が、どことなくふざけた印象を与えるが、転生者が開祖となって強引な布教活動をする宗教の信者にとっては、転生者殺しは重罪と判断されるのだろう。


 そして原住民にとっては、転生者と言っても同種だ。それを突然殺して回る者が現れたのだ。その行為は、紛れもなく重罪だ。


 殺すことが罪であることは私も自覚していたし、神によって裁かれることは考えていたが、原住民に裁かれるという思考が存在しなかった。


 あまり堂々と、原住民の前には姿を現せない身となったということだ。


 もしも転生者殺しを邪魔するようなら、排除しなければならない。今はそんな事態にならないよう、最善を尽くす必要がある。祈るべき神は不在なのだから。


「町に入って屋敷に落ち着いてから、細かいことは考えましょう。町に入るくらいは、嬢ちゃんに一芝居打ってもらえば何とかなりますよ」


 その後、私はシャイナを起こした。


 スレイプニルが町に入る方法について詳細を説明し、何度も芝居の練習をした私たちは、朝焼けが街道を朱に染める頃になって、ようやく町に到着したのだった。


「止まれ」


 私は幌の隙間から町を囲む外壁を見ていた。木で骨組を組み、その上から土を盛って固めたもののようだった。ところどころ土が剥がれて骨組が見えてはいるものの、馬車と比べて三倍ほどの高さを維持していた。内側には等間隔で櫓が組まれ、見張りが油断なく周囲を警戒している。


 これらは、もともとは魔物への対策として建築されたものだが、現在は魔物よりも私への警戒が強まっているのだとスレイプニルは語っていた。


 そして、町の入り口は櫓門となっており、弓を構えた人間が待機していた。


 その櫓門の手前で、私たちの馬車は呼び止められた。


「シャイナか。なぜお前が御者台に座っている? ミツオミ様はどうなさったのだ?」


「ミツオミ様はケガをなさったの。だからシャイナが連れて帰ってきたの」


「なんだと!?」


「ああ! ダメなの! ええと、ぜったいあんせいなの!」


 幌の中を覗き込もうとする衛兵を、シャイナが慌てて制した。


「そんなに悪いのか? それで、他の転生者様はどうなさった? ノボル様たちが救援に向かったはずだが」


「ノ、ノボル様は、ミツオミ様を早く連れて行けとしか言わなかったの」


「そうか、わかった。早く治療院へ連れて行って差し上げろ」


「はいなの!」


 衛兵が言うやいなや、シャイナが手綱をぎこちなく操り、馬車がゆっくりと進みだした。


 幌の入り口から見送る衛兵の姿が見えた。私は、ローブのフードを目深に被り、荒い息使いを演出しながら、弱々しく手を上げた。実は私の演技だけがうまくいかず、スレイプニルに何度もやり直しを要求されていたのだが、上手くいったようだ。


 無事にやり過ごせたと思った瞬間、衛兵が走り寄ってきた。


「待て!! 止まれ!!」


「ひいっ!」


 安堵の溜息をつきかけたシャイナが、ガチガチになって振り返ると、もう一人の衛兵が馬の口を取った。


「見ればわかるだろう。正門は現在閉鎖中だ。開くのは時間がかかる故、通用門から行け」


「あ、そうなの……ありがとうなの……」


「ミツオミ様、どうかお大事に」


 私はそれに、弱々しく手を上げて答えた。


 私たちはベルの町へと入った。




「天使様……どうぞなの」


「うむ」


「……」


「……」


 木製のテーブルを挟んで、私とシャイナが対面して座っていた。


 シャイナは私の前に並んだ料理を食い入るように見つめている。


 私は右手に銀で作られた匙を持ち、どこから手を付けたものかと考えていた。何しろ初めて食物を口にするのだ。咀嚼ということすらしたことがない私が「どうやって食べるのだ」と尋ねたところ、「口に含んで、噛んで飲み込むの!」と返された。


 その過程が理解できないのだと問答を始めても、最終的に悲しい顔で「天使様がシャイナのごはんを食べてくれないの……」と言ってうつむいてしまったので、私は結局それを理解できないまま、ここに座っている。


 目の前に並んでいる料理は、清い川で獲れた魚を干したものの燻製、清い土地で収穫された野菜で作られたスープ、同じ土地で育った豚の塩漬け肉を焼いたものだ。


 様々な道具と調味料を使用して、シャイナが作ってくれた料理たちは、かぐわしい香りを放っていた。


 それを嗅いだ私は、純粋に食べてみたいと思った。


 同時に、腹の奥が音を立てたのだ。


 それが空腹の印ですよと、厩から出て、窓から頭だけ室内に突っ込んでその光景を見ていたスレイプニルが言った。


 だが、目の前で私と、匙の行方と料理を順番に見つめるシャイナが放つ気迫は、尋常のものではない。


 それに少なからず気圧され、私は料理に手を付けられないでいた。


「天使様が……食べてくれないの……」


 みるみるシャイナの眉が下がっていく。


「ほら旦那、まずはスープからいってみましょうよ」

 

 スレイプニルがにやけながら助け舟を出した。


「うむ……」


 私は恐る恐る、スープをすくった。


 そして、ゆっくりと口に含んだ。


「!!」


 とろりとした液体が唇に触れ、次いで舌の上を転がり、表現できない快感の余韻を残して喉へと滑り落ちた。私はそれを、音を立てて飲み下した。


「……天使様?」


「シャイナ……」


 これをどのように言えばよいのかは、事前にスレイプニルに聞いていた。


「おいしい」


「本当なの!? やったなのー!!」


「やれやれですな」


 シャイナは立ち上がって小躍りし、スレイプニルは嘆息して窓から引っ込んでいった。


「シャイナ、これはどういう味なのだ」


「スープはね、あまいの!」


「ではこの魚はどうだ、なにやらよい香りもする。噛めば噛むほど味がするが、なんと表現するのかわからぬ」


「燻製はチップの香りなの! 味はね、塩だけだから、しょっぱいの!」


「そうか!」


 ミツオミという転生者の屋敷に入った私たちは、まずそれぞれ湯あみをして身体を清めた。


 そして私は、初めての食事に挑戦した。初めて味というものを感じた私は、転生者を殺したときとは違う精神の高揚を感じていた。


 食事の後、私はシャイナに神と過ごした時間や、星の創造過程を物語のように語った。シャイナがそれを聞きながらうとうとし始め、私が髪を撫でてやっているうちに眠った。


 そして私も、知らぬ間に眠りに落ちていた。


 目覚めた時には日が傾き始めていた。


 シャイナは先に起きたのか、近くに居ないようだった。私の身体には、柔らかな毛布が掛けられていた。


 もしかしたらあの時私は、この世界に生まれて初めて、楽しみ、安らぐという行為を行ったのかもしれない。


「きゃああーっ!!」


 つかの間の休息は、シャイナの悲鳴をもって終わりを告げた。




休息しました…すみません。

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