11.イスキリス滅亡 後編
「機関砲! ありったけをぶっ放せ!! 五秒でいい! 魔王の動きを止めろお!!」
城壁から飛び出した王は、それに続く転生者に指示を出しつつ、錫杖から強烈な魔力を放った。それは、広場の中央に立った私にではなく、城門から駆けてくる転生者の一団に向かってであった。その行動の意味を確かめる暇はなく、色とりどりの魔力を帯びた大型の弾丸がきのこ雲をもかき消し、視界を覆った。
「レミア、ユウイチロウと技術者を都市の外まで退避させろ。レン、白竜の指揮は任せる」
私は二人を庇うように翼を広げ、我が身を盾として弾丸を防いだ。
「はい!」
「え~? 魔王様、ボクも戦いますよ!」
レンは返答するやいなや、一声吠えて白竜の姿に戻り、レミアは参戦を訴えた。
「レミア、ユウイチロウはまだ生きている。今は魔力が枯渇して気絶しているだけなのだ。こやつの記憶から、もう少し私たちの知らない世界のことを探って欲しい」
「……うへ。こんな枯れた老人を幻惑にかけるなんて……気が進まないです」
「枯れているとは、どういうことだ?」
「え? やだなぁ魔王様……。わざわざボクの口から説明させるんですか? 枯れているっていうのはですね、その、アレが、つまりぃ……」
「レミアさん……」
頬を染めて身をくねらせ始めたレミアに、レンが冷たい視線を送っている。何やらよくわからないが、魔力が枯渇して倒れ伏しているユウイチロウの衣服から覗いている身体の皮膚は茶色く乾いており、まるで枯れ枝のようだった。その枯れ具合は、しばらく会っていない雲竜のそれの比ではない。レミアの言はそういう意味であろうと私は納得し、男性であれば誰でも行使可能だという幻惑の能力を信じることにした。
「では、レミア。頼んだぞ」
「はぁい…」
「魔王様、御武運を!」
レミアが気のない返事の割には、一瞬で転生者もろとも姿を消した。レンはそのまま、広場を取り囲む白竜の群れと合流すべく、空へ上がった。
「三人来い! 視覚を共有して全方位をカバーする! 魔王の槍を全て結界で防ぐぞ! 大砲組は九門束ねて魔力充填開始! 百二十パーセントまで十秒で上げろ! 歩兵ども! 重魔法兵装は終わった! 突っ込めえ!!」
私たちの会話の間にも、王の指示が広場に響いていた。
弾丸の掃射が終わり、私の眼前には転生者どもの一団が迫っていた。
「魔王! 覚悟!!!!」
一人目が槍を突き出した。それを手刀で払い、たたらを踏んだ転生者の正面に身体を重ね、鳩尾に右拳を打ち込んだ。
「っぐう!!」
そのまま腹を突き破るつもりであった私の拳を受けた転生者が、短い呻き声を発して後方へ二歩下がった。私の拳は、転生者の皮鎧にめり込んで止まっていたのだ。
「「「おらああっ!!」」」
それに驚いている暇はない。打撃を受けた転生者が再び正面から、それを回り込んで左右から、さらに上方から、剣と槍が迫っていた。
「……」
私は大きく後上方へ跳び、一団との距離を取ろうとした。
「ってえ!!!!」
王の声が聞こえたと思った瞬間、膨大な魔力の塊が視界に溢れた。
「!」
とっさに体表の硬度を上げつつ、体軸を捻って直撃を避けた。王の後方から発生した魔力の大放射は、私の左肩と翼を掠めて夜空に吸い込まれていった。長く尾を引き、彗星のごとく突き進むそれは、直撃すれば無事では済まないと思われた。その証拠に、魔力の塊に触れた左肩と翼の一部は、まるで始めからそこに存在しなかったかのように掻き消えていた。
『再生』によって損傷を瞬時に回復させ、地上の転生者たちに目を向けた。彼らの身体は青白い魔力によって覆われていた。さながら半透明の鎧を着込んだような姿だが、要するに王の結界を全身に纏っているのだ。私の打撃によって破壊はされなかったものの、衝撃は通ったようだったので、王城を包んでいた結界ほどの硬度はないようだが、殴れば死んでいたような脆弱な者たちですら、私の打突に耐えうるだけの防御を獲得しているのだ。
私は再び、地上の転生者の一団に向かって急降下した。問題は王の後方に控える砲列だ。こちらに向いた砲口は全部で二十。束ねられたそこから吹き上がる魔力によって、陽炎のごとく転生者たちの姿が揺らめいている。空中に留まれば、あれが再び火を噴くだろう。地上に蠢く害獣共に紛れてしまえば、うかつに砲を打ち込んでくることもあるまい。
「来たぞお!」
「狙えええ!!」
誰かが叫び、集団の中から砲口が現れた。王の背後で束ねられていたものよりは小規模だが、その分連射が効くのだろう。立て続けに魔力の塊が打ち出され、私の接近を阻止しようとしていた。
私は翼を使って軌道を変え、迫る魔力塊を避けた。かつてレミアが火山弾を避けて飛んだように、私はただの一度も引かず、ひたすら集団の中心を目指した。
黒弾を生み出し、大砲を捧げ持つ転生者に向かって叩き込んだ。いくつかは彼らの放つ砲撃によってかき消されるが、打ち込まれた黒弾は転生者の総数より多い。結界で鎧ったもの共がその身を盾にして防いでいるが、徐々に私の黒弾が百近い肉の壁を押し返し始めていた。
「怯むな! 突撃しろ!!」
王の檄と共に黒弾の群れと転生者どもの間に結界の壁が出現した。二千近い黒弾が盛大に爆発し、黒穿槍の衝突もかくやという爆煙を上げた。
爆炎の向こうから鬨の声が上がり、極彩色の魔力の波が押し寄せた。数百の転生者が携えた槍衾の先に宿る魔力がそう見せているのだった。私は以前ほど、それを不気味であるとは思わなくなっていたことに少し驚きつつ、最大速度でもって魔力の波へ突進した。
「な!? 消え――」
後方から私を狙っていた者たちは、一瞬の戸惑いを言葉にした後、上空から放たれた白竜たちのブレスによって押しつぶされた。
「魔王様! 砲撃部隊は私たちが引き受けます!」
上空では、レンを中心にイスキリス王を真似た陣形が組まれていた。白竜の顎門は二百近い。転生者どもの砲列では対処しきれない数の光り輝くブレスが、一斉に放たれた。王の周囲から放たれた魔力砲と、虚空に出現した結界に白竜たちのブレスが空中で衝突し、耳をつんざく轟音と閃光の最中にあって、広場には王の檄が再び響いていた。
「充填の済んだものは片っ端から撃てえ! 白竜どもを空中に釘付けにしろ! 地上で魔王を討つんだ!!」
金色の錫杖が輝きを強め、転生者が纏う魔力の鎧も輝きを増した。どうやら膂力も強化されるようで、私が受け止めた剣士の一撃は、かつて大戦斧を振るった少女のそれに近いものであった。さらに、魔力を帯びた剣は微細に振動しており、受け止めた私の外殻にわずかに食い込んだのだった。
「くくく……」
五百年以上も昔のことが思い出され、戦いの中でそれを懐かしいなどと私は思っていた。かつて地上に堕ちたばかりの頃、転生者への憎しみに満ちた心に訪れた不思議な高揚感が、再び私の心に現れていた。
私はさらに外殻を強化して剣士を薙ぎ払い、振り抜いた右手に力を凝縮させた。迫りくる転生者――害獣共へ向けて虚空に出現した黒刃が目にも留まらぬ速さで射出されていく。王の周囲から砲撃が飛んでこないのであれば、しばしこいつらを狩ることに集中できよう。
「喰らええ!! 必殺の――」
何事か叫んで拳を打ち込んできた黒髪の転生者の腕には、魔力の渦が巻きついていた。それを正面から撫でるように、私の右手に発生した漆黒の剣が魔力の腕ごと切り裂いていく。腕をなます切りにして、そのまま肩口から胸へと黒い波動が通り抜けていった。
刃に振動を付与することで、ここまで切れ味が上昇するとは。転生者の戦いから学ぶことは多い。
「ぬあっ!? 見ろ! 王様の重魔法兵装が!?」
「信じられん……! まるで豆腐だ!」
飛翔する黒刃たちをどうにか捌いた一団が、私の前で崩れ落ちた個体を見てたたらを踏んでいた。大量の羽虫が飛び回るような低いうなり声を上げる新たな黒刃からは、害獣の血液が沸騰したように弾かれて霧散していった。
「あれは……まさか、超振動ブレ――」
私が言えたことでもないが、驚愕を露わにしている暇など与えるつもりはない。黒髪の転生者の残骸が完全に崩れ落ちる前に、私の右手に出現した黒刃に妙な名前を付けようとしていた男の首が飛んだ。
「くっ! 速いぞ!」
「固まれ! 死角を作るな!」
肩口に飾りのついたマントを羽織った男が、浮足立っている転生者たちに指示を飛ばしていた。彼らは円陣を組んで、その中心に大砲と機関銃とやらを構えた部隊を据えていた。千に近い彼らは見事に統制が取れていたが、それによって私の動きが封じられる訳でもない。私は彼らの周囲を高速で移動しながら、散発的に黒刃や黒弾を撃ち込みつつ、僅かに陣に入りきれなかった転生者を切り倒した。
「馬鹿野郎!! 固まるな!! 魔王の思う壺だぞお!!!」
後方から王の怒号が響いたが、時はすでに遅いのだ。私が何をする気か気付いた者からすれば、彼らの周囲を移動しながら、黒弾や黒刃によって徐々に転生者が密集するように仕向けた私の動きは、さながら肉食獣が包囲を狭めるように見えたのだろう。輪の中央に固まって密集している転生者どもの上に十本の黒穿槍が出現したのと、王の結界が彼らを包み込んだのはほぼ同時であった。
一発目が結界に穴を穿った。
二発目はその穴に吸い込まれるように侵入し、結界の内部で爆ぜた。
固まった転生者を守るために、大規模な結界を展開した影響だろう。頭打ちだった白竜たちのブレスが、僅かに手薄になった王の結界と転生者の砲撃に押し勝ち始めた。残りの黒穿槍はその隙間を縫うように、王の元へ飛んでいった。
「クソったれがアアアアアア!!!!」
再び王の怒声が響き渡り、彼の錫杖がこれまでで最も強烈な光を放った。
「馬鹿野郎ども……。余計なことしやがって」
「……あっけないものだったな」
白竜のブレスと黒穿槍の全てを防ぐことはできず、半壊した城壁の残骸を背にして、膝をついた王に向かって私は声をかけた。
東の空は朝焼けに染まり、我々の戦いを堪能した月は、終戦とともに姿を消していた。
「クソったれが……こういう時は、『お前たちはよく戦った』とかなんとか言うもんだぜ」
王は眼前の光景を目にして毒づいた。最後に王に向けて放たれた黒穿槍を防ごうとしたのか、王の身体を守るように、転生者たちの死体が積み重なっていた。
広場の中央には、結界内で黒穿槍の爆発によって消し飛んだ連中の残滓が、ブスブスと音を立て、異臭を放つ炭塊と化していた。
「……無駄なことをするな」
錫杖を支えに立ち上がった王が、私に向けて魔力を放射しようとした。私は即座に黒刃を飛ばして錫杖を握る腕を肩口で切断し、抵抗が無駄であることを告げた。
「ぐぁっ! 畜生! 本当に容赦がねえな……。さすがは魔王ってことかよ……」
「お前たちは、よくそのセリフを使うな」
痛みのせいもあるのだろうが、王は肩で息をしていた。最後まで転生者の兵どもを守ることに徹していたが、結界をあちこちに張り続けることで、魔力を大量に消費したのだろうか。彼は鋭い眼光だけはそのままに、地面に向かって唾を吐いた。
「けっ! それだけお前が魔王らしいってことだろうよ!」
「ふむ」
肩の傷は魔力によって瞬時に塞がれていた。相変わらず不気味な光景であることに変わりはないが、私自身も身体の再生を行えるようになったおかげか、やはり以前ほどの不快感は覚えなかった。
「……俺を殺せばイスキリス王朝は終わりだ。お前はこれからどうすんだよ」
「そんなことは、お前の知ったことではない」
「そうかよ……。星の民は、どうするんだ?」
「私が殺すのは、魔力を垂れ流す害獣だけだ。邪魔さえしなければ、原住民に手は出さぬ」
「はあ……。五百年前からまったくブレてないな……。そのしつこさに、イスキリスは敗北したってことか。歴史の教科書に書かれるにしても、もう少しマシな記述にしてほしいもんだぜ……っこらしょっと!」
私の返答を聞いた王は、嘆息して地面に腰を下ろした。
「民は逃がした。兵も失った。魔王様にゃ敵わん。俺の人生、ここで幕ってことか……?」
王はそれ以上何も言わず、黙って目を閉じた。
私は、右手に黒刃を出現させた。
「ああ! ちょい待ち!!」
私がそれを、振り上げた瞬間、王が目を見開いて言った。
「俺の名前くらい、知っておけよ」
壮年の王は、まるでイタズラを思いついた少年のような笑みを浮かべて言った。
「別に、名前などに興味はないが」
それでも、聞いてやろうと思ったのはなぜだろうか。これも、私に心がある故だろうと思えた。
「俺の名前は、アサヒ。アサヒ・カイトウってんだ。この名前……一生忘れるな!!!!」
「!!」
王が叫んだ瞬間、錫杖が強烈な光を発した。とっさに目を覆いながらも、私は黒刃を振り下ろしたが、それは空を切った。
――すまねえ。一時撤退する。必ず、仇は討つ!!
広場に声だけを響かせた王の姿は――消えていた。
自爆したということもないだろう。
おそらくは、転移したのだ。黒穿槍を防ぐほどの結界を瞬時に生み出せる男が、妙にあっさりと腕を切断させたものだと思っていたが、転移魔法に使う魔力を温存していたのだろう。会話を引き伸ばし、逃げるタイミングを計っていたのだ。
「魔王様!? 奴は――」
「くくくく……」
レンが傍に駆け寄ってきたが、私はこみあげてくる笑いを抑えられなかった。まったく、してやられたとはこのことだろう。奴は、必ず私の前に現れる。また転生者を率いてくるのか、単身攻めて来るのかわからないが、必ず。
王が消え、一つの王朝の歴史が終わった。
旭日が作り出した城の影が広場に長く伸び、私はその先端に立って、久方ぶりに笑い声を上げた。干渉者たちはこの光景を見ているのだろうか。私の半身であるという創造主も、同じように笑うのだろうか。
消え去ったかと思っていた下弦の月は、晴れ渡った空の端にひっそりと佇んでいたが、やがて私の笑い声と共に、碧空へ溶けていった。
Kill:0003586
以上で、第三章『神殺しの槍』は終了となります。
ここまで読んでくださった方、評価・ブックマークを頂いた方、本当にありがとうございます。
王様は凄く頑張った後、『実はレミアの幻惑でしたオチ』のパターンを考えていた筆者がいたりします。ボツにしてよかったと…個人的には思っております。
第四章のタイトルは『星の趨勢』です。今後ともお引き立てのほど、よろしくお願いします。




