7.王都襲撃 後編1 ※R15
※R15※
ちょっとだけ残酷な描写が含まれます。閲覧にはご注意くださいませ。
~干渉者おさらい~
ᚺ:ハガル 天から突如降って来る雹を表す。突然のアクシデント、何が起こるか予測不可能。
「開祖が神より賜った力をもって魔王を討つ。聖書に新たな一項を加える必要があるのう」
振り抜いた拳を降ろし、指の関節を鳴らしながら老人であった男――ハガルという干渉者を憑依させたユウイチロウは無表情に言った。
「ハガルは天災の様な奴での。召喚されても思うように力を貸してくれぬどころか暴走してしまうことも多いのじゃが、今日は日が良いようじゃて」
「……」
ユウイチロウの拳を受けた私の左前腕は、衣服の部分だけではあるが、完全に凍り付いていた。触ると薄いガラス細工のように崩れ、破片が地面に届く前に、風に運ばれて消えた。
彼の一撃には、魔力の波動を感じなかった。触れた物体を瞬時に凍らせるということ自体が、自然現象ではあり得ないことだ。したがって私は、それを打ち消すことはできないだろう。
「レン……退避するのだ。そして、レミアと合流して、準備を急がせろ」
「……! 了解です」
私はレンに耳打ちし、彼女は白竜の姿に戻り、離脱した。
「ほっほ……仲間を逃がすとは、魔王も案外情に熱いの」
干渉者が憑依した男の身体から発せられる波動は、神のそれに酷似している。しかし、さきほど見せられた映像から得られた情報が正しければ、彼らは別段神を自称しているわけでもないようだ。私の創造主である神もまた、彼ら干渉者と同一の存在なのだろうか。
『――この宇宙で、大規模な実験が始まる』
エイワズと名乗った干渉者はそう言った。星の創造も、転生者の出現も、全ては干渉者たちが担う実験の一部であるということか。当然それには、私という存在も含まれるだろう。
「この星を創造した干渉者にも、名前があるのか」
私が訊ねると、男は意外そうな顔をした。
「お主はどうも、知らぬことが多いようじゃの。この星の創造主は、ラグズという名じゃ」
「ラグズ……」
やはり、私の創造主もまた、干渉者の一員であった。とうに星を去った創造主がいかなる存在であろうと私の心に波紋が生じることもないが、これではっきりしたことがある。
たとえ創造主であろうとも、星の除染を邪魔するならば殺す必要があるということだ。
「そやつはワシの召喚に応じたことがないから、名前くらいしか知らぬがな。今日降りてきたのが話し好きのギョーフであれば、いろいろ聞いてやれたがの」
話好きという点では、「残念じゃったのぅ?」などと言っているこの転生者もよく喋る。映像を見せられる前に、誰かと会話しているように言を発したのは、どうやら憑依した干渉者と会話をしていたようだ。どうやら、干渉者たちにも個性があるらしい。私を創造したラグズという干渉者はどのような性格なのだろうか。
「さて、ハガルの気が変わらぬうちに、死んでもらうぞ」
少しでも時間を稼ごうと思った私の目論見が看破されたのか、男は再び私との距離を詰めてきた。接近戦を挑もうということは、氷結の力は直接触れないと発動しないのかもしれない。私は身体の表面に力を集めて薄い壁を張り巡らせた。
「面妖な力を使うの」
男の発言に答えている余裕はない。
再び打ち込まれた右拳を、左手刀で払った。男の拳に触れた保護膜が瞬時に凍り付き崩れていくが、崩れたそばから欠損部分を修復しつつ、会話しながら生成しておいた黒穿槍をユイチロウの周囲に出現させ、八本を同時に打ち込んだ。投擲するより速度は落ちるが、至近距離で足元以外の全方位から迫るそれを避ける術はない。
「はあっ!!」
ユウイチロウが短く息を吐き、その場で回転した。足元から干渉者の力が吹き上がり、彼の回転によって力の旋風が巻き起こり、彼の周囲を覆った。
白色の旋風に衝突した八本の黒穿槍は、それぞれが大爆発を起こし、解放されたエネルギーは強力な衝撃波となってユウイチロウの旋風を霧散させるはずだった。
しかし、旋風に触れた途端に弾き飛ばされ、あらぬ方向へと突き進んでいった。四本は城塞の結界に大穴を開け、残りは市街のあちこちで爆発を起こした。すでに乱戦状態になっている市街では、少々の規模の爆発が起こったとしても不思議に思うものはいないだろう。
「うむ……全て凍り付かせるつもりで力を振るったが、エイワズの言う通り、お主の力は規格外のようじゃな」
旋風を消したユウイチロウは独り言を言った。すでに、エイワズという干渉者から私の情報を得ているらしい。同じ干渉者によって創られた私の力が、レミアのもつ星の気を由来とする力と混ざり合って変質していることを言っているのだろう。
「何にしても、触れれば凍り付かされ砕かれる、何か放ってもこの通り通じはせぬことが分かったじゃろう……む? なんじゃ、ハガル……」
ユウイチロウがまたしても、干渉者と会話を始めた。これを隙と見た私は、正面から突っ込んだ。
「ぬ!?」
素早く反応されるのは当たり前のこと。私の創造主と同じ由来のものが憑依した彼の動きが、私より遅いということもあるまい。速いというだけで楽に転生者を狩れていた頃が懐かしいというものだ。踏み出すと同時に生成した黒弾を、お互いの肉弾戦による攻撃範囲に入る直前になって、ユウイチロウに向けて全方位から叩き込んだ。
突っ込んでくる私に注意を向けていた彼の対処が、一瞬でも遅れてくれれば―そのような思惑で私が黒弾を使用したと勘違いしてくれればそれでいい。
「――隙を突いたつもりじゃったかの?」
一瞬で出現した旋風の中から、ユウイチロウが余裕ある声を発していた。
私の狙いは、力の消費は最小限に抑えつつ、再び彼が旋風を出現させて防御に専念する――そんな状態を作り上げることだった。そして、それが私の苦肉の策であると勘違いさせること。しばらくの間ユウイチロウが、旋風の中でじっとしてくれていればそれでよかった。
私は黒弾を生成した傍から打ち込み続けた。そのことごとくが弾かれていく。私は弾かれていった黒弾の統制を失わないよう、細心の注意を払っていた。
数百の黒弾の群れが四方八方から旋風にぶつかり、弾き飛んでいく。ユウイチロウが起こした旋風は今や、竜巻といってよいものに成長していた。弾かれた黒弾たちは、上空で大きく弧を描き、再び竜巻に向かって突っ込んで行った。
今、竜巻に向かって突っ込んでは弾かれているのは、始めの方に放たれた分のみである。
新たに生み出されたものは、竜巻に触れるか触れないかの距離を保ちつつ、その螺旋に沿って熱を放ち始めていた。その隙間を縫うように、黒弾が衝突しては弾かれていく。
今や竜巻の周囲を五百近い黒弾が覆っていたが、それを異常とみて反応してこないところを見ると、力の奔流であるそれの内部はまったく見えないのと同様に、向こうからこちらを見ることもできないのだろう。
火災旋風――五百年前、大規模な火災があちこちで起こり、その際に幾度となく出現したそれを、私は再現しようとしていた。竜巻と旋風では起こりを全く異にするものだが、そもそもそれを外部から熱するという手段で中まで熱が伝わるかどうかもわからない。この攻撃で重要なことはそんな問題ではないのだ。私は、竜巻を取り囲む黒弾を一斉に赤熱する光弾へと変えた。
「むおっ!?」
台風と違い、竜巻の内部と外界は見える見えないは別として、隔絶されてはいない。たちまち熱が内側に伝わったようで、内部からユウイチロウが驚いたような反応があった。
しかし、その一瞬ののち、竜巻は消え、同時に赤熱した黒弾の全てが凍り付き、砕け散った。
「またしても面妖なことをぉ!?」
輝くそれらの破片が舞い散る中、姿を現したユウイチロウが何か言いかけたが、それをいちいち聞いてやる必要はない。竜巻が消えても旋回していた黒弾が消えたわけではないのだ。私は一斉にそれらを叩きこんだ。
一発一発にはそう大きな殺傷能力はないが、数百発のそれが瞬時に叩きこまれれば、対象者は無傷では済むまい。激しい閃光と破裂音が連続して発せられ、再び夜空を明けに染めた。
「くっくっくっくっく……」
爆煙が晴れてくると、ユウイチロウが立っているのが見えた。彼は右斜めに構え、手で口許を隠しながら笑っていた。
「はぁーっはっはっは! 惜しかったのう! 翼の防御が無ければ、危ういところであったわ!」
ユウイチロウの翼は、わずかに頭部を露出させている以外は、ほぼ全身を覆っていた。その表面と、覆いきれなかった足や頭頂部から煙が上がってはいたが、彼の翼も外殻も、深刻なダメージを負った様子はなかった。
しかし、これでよいのだ。
「まったく悪知恵を働かせよるわ。さすがは魔王と呼ばれるだけのことはあるのう!」
翼を広げて爆煙を払うと、ユウイチロウは私がもといた場所に向かって言った。
私はその背に向かって、黒穿槍を投擲した。
「――!!」
旋風や竜巻による防御は間に合わない。八本同時に操るより、全力で投擲した方が速さは上だ。
それはユウイチロウも同じ判断だったのだろう。黒弾とは比べ物にならない密度と速度で迫る黒穿槍を、彼は回避しようと身を捩った。私やレミアと同様の原理で飛ぶのだとすれば、力を足元に集中させる一瞬の溜めが必要となる。その時間はもちろんないために、飛んで回避することは不可能だ。
だが、槍の形状をしている以上は、それはわずかな動きで回避することが可能であり、そんなことはこちらも承知の上だ。
必要なのは、旋風もなく、ただ槍が通り過ぎるまでのわずかな硬直。私と変わらぬかそれ以上の運動性能を有するはずだが、黒弾のダメージによって多少なりとも脚部の性能が落ちている。槍が通り過ぎるまでは動けない。
「ゆけ――」
私は漆黒の鎖を、ユウイチロウの肢体へと伸ばした。
黒穿槍を投擲する前から、それはユウイチロウの背後から迫っていたのだ。未だ槍を回避している途中の彼には、鎖に絡めとられるのを避けることはできない。
そして、黒弾がユウイチロウの身体に触れた時には凍り付かなかったことから、彼の手で触れるか、あの旋風の様な力によってしかそれは発動できないと私は踏んでいた。ハガルという干渉者本人はどうか知らないが、少なくともそれが憑依した状態で引き出せる力には限界があると、あの映像は語っていた。
「ぬぅっ! このような…!?」
私の鎖はすでにユウイチロウを雁字搦めにしていた。露出しているのは手首から先と足の裏、そして頭頂部だけである。ハリマの鎖をみて思いついたこの『黒鎖』だが、もちろん捕縛した相手を操るような力はない。対象を緊縛することに特化しているため、鎖の輪は三つ置きに鉤爪を付与した。なかなかに細かい造形であり、黒穿槍よりもよほど生成に時間がかかる。これは事前に生成したものを、私の身体に這わせて隠しておいたものなのだ。
「ぬおぐがあぁぁぁぁあ!?」
ユウイチロウが叫び声を上げているのは、鉤爪が外殻に食い込んで締め上げているからではない。
「Exhaust――足黒蛭」
私はユウイチロウの脳天に、レミアが急ぎ参じて持ってきた、足黒蛭を突き立てた。




