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6.王都襲撃 中編 ~テンパラーとインターフィアラー~

 光の柱はすぐに消えた。


 代わりに天上より老人の身体に向かって巨大な気配がまっすぐに降下し、その身体に入り込んだ。たちまち老人の身体は目も眩むほどの光に包まれ、私は思わず目を覆った。


 やがて発光が落ち着くと、そこに立っていたのは小さな老人ではなかった。


「これは……」


 レンが降下してきて、愕然とした様子で言った。


 彼女の反応も当然だ。今、目の前に立っているのは、驚くほど小さな老人ではなく、私と容姿が酷似した男であった。背丈は私とほぼ同じだろう。白い髪、黄金の瞳も私によく似ている。だが、決定的に違う点もある。それは、男の背に生えた白い翼だった。まさしく、かつて私の背に生えていたものと同一であった。


「これが我が神より与えられた、干渉者(インターフィアラー)召喚の力だ」


 老人であった男は、そう言うと背中のそれを音も立てずに広げ、「ほう……よりにもよってハガルか……またやっかいな奴がきたものじゃ」と嘆息交じりに言った。


「……干渉者(インターフィアラー)?」


 老人の身体から発せられていた魔力は霧散し、かつてこの世界に転生者を連れてきた、上位の神と同一の気配を持った男を前にして、私は動揺していた。


「テンパラーと称する輩もおるがの。まさか神の創造物のくせに、知らぬというのか」


 光を放つ男はせせら笑い、目を細めたまま私に侮蔑の籠った視線を送ってきた。


「答える必要はないと思うが? む? そうか……まあよい。では不心神なお前に一つ、昔話をしてやろうかの」


 男はまるで、誰かと会話をしていたかのような言を挟んだのち、こちらに右の掌を向けた。私たちは身構えたが、次の瞬間視界が真っ白になり、身体の自由が効かなくなった。言葉を発することすらできなくなった私の目には、見たこともない造りの建物が映されていた。


「脳に直接、映像を送っているのだ。白竜の雌よ、抵抗しても無駄じゃよ」


 男の声が頭の中で反響し、映像の場面が切り替わった。そこには首を吊られて、ゆっくりと揺れている見知らぬ男性の姿が在った。男の声がさらに響き、映像が切り替わっていった。


 


 男はユウイチロウという名で、日本という国で自死を遂げた。精神的な病からくる自殺衝動に抗うことができず、自宅で首を吊ったのだ。当時彼の様な病状をもつ患者の扱いは酷いものだったそうだが、それは今関係ない。


 激しい苦痛の後、目覚めた男は白い服の男たちに囲まれていた。彼らは皆同じような顔をしていたが、額に見たこともない記号の入れ墨をしていた。男は身体を拘束されていたのか動くことはできず、怪しい白服に囲まれて激しく恐怖した。


「怯える必要はない」


 その中の一人が進み出た。彼の額には『ᛇ』と記されていた。


「私たちは、お前たちの世界とは別の理を生きるものだ……私は、エイワズと呼ばれている」


 エイワズは額の記号を指さしながら、無表情に言った。対するユウイチロウはパニックを起こしていた。彼の病が見せた幻想の世界では、ユウイチロウは神に寵愛を受けたこの世の絶対者であり、皆が彼に跪き、従うと運命づけられたはずであった。もちろん現実にはそんなことはなく、絶望の果てに彼は自死の道を選んだ。


 いざ死してみれば、神のごとき姿を持つ者たちに囲まれている状況に陥り、彼は激しい歓喜と恐怖がないまぜになった自身の心の均衡を保つことができず、ただ震え、奥歯を鳴らすことしかできなかった。


「……これからこの宇宙で、大規模な実験が始まる」


 ユウイチロウを取り囲む集団は一様に無表情であったが、新たに口を開いた者の顔は苦虫をかみつぶしたような顔だった。彼の額には『ᚦ』と記されていたが、ユウイチロウにはなんと読むのかわからなかった。


「ユウイチロウ。死したお前の魂を我らに捧げよ。さればお前が生前望んだ光り輝く力を与えよう」


 再び、エイワズが口を開いた。


「あんた方は……神様なのか?」


 震える声でユウイチロウが問いかけると、エイワズがニコリともせずに笑い声だけを発した。


「私たちの中にはそのように呼ばれたものもいるし、そうでないものもいる」


 エイワズの答えはよくわからなかったが、事態はすでにユウイチロウの理解の範疇を越えていた。彼は、白い集団の言うことを聞くしかないと思っていた。


「魂を捧げると、ワシはどうなるんだ?」


「お前は特別な力をもって別の星に生まれ変わる。その力をもって、星を救うのだ」


「特別な力? ワシが星を救う……??」


「お前がその力によって、星で何を為すか。何が救いとなるかを決めるのだ。お前の選択一つで星の未来は大きく変わる。よく考えるのだな」


「ソーン。あまり説明してはいけない」


 ユウイチロウの問いに、先ほどの渋面を保ったままで答えたのは、額に『ᚦ』と刻まれた男であった。ソーンと呼ばれた彼は、エイワズの言葉に反応して、さらに眉間のしわを深くしたが、反論することはなく口をつぐんだ。


 エイワズはしばらくソーンを見ていたが、やがてユウイチロウに向き直って言った。


「さあ、時間だ。魂を捧げるか否か、決めよ」


「捧げなかったら、ワシはどうなるんだ?」


 ユウイチロウにしてみれば、当然気になるところであったろう。この問いに答えたのはまた別の白い男だった。


「拒むのもまたお前の選択だ。その後のことなど我らは知らぬ。お前たちの言うところの極楽にゆくか、地獄に堕ちるか。はたまた別の生き物に生まれ変わるか。賭けてみるのもよかろう」


 額に『ᛈ』と記された男が愉快そうに言うと、「ペオーズ……」と、エイワズが声を発した。


「彼が言ったように、全てはお前の選択次第だ。もう時間がない。我らとあまり長く接触するのは危険だ。お前の魂そのものが消耗してしまう。そうなれば、自我を保つことはできなくなるぞ」


 エイワズが言い終わるのと、「捧げる」とユウイチロウが言ったのはほぼ同時であった。


「よかろう。しかし忘れるな。何事にも、代償が伴うということを」


 ユウイチロウは光に包まれた。彼がこの星で歓喜に満ちた産声を上げてから今日まで、一万年以上が経過している。


 見知らぬ星に生まれ変わったユウイチロウは、成長するとまず星に溢れる魔物を殺し始めた。白い神―そう呼ぶことにした存在から与えられた魔力をいかんなく発揮し、毎日毎日魔物を狩った。イスキリス中を巡り、ひたすらに魔物を狩る日々を過ごす中で、彼は他の転生者たちと出会い、やがてイスキリスには星の歴史上初の統一王朝が誕生した。


 その後もたくさんの転生者が現れ、魔物を狩り続けていたが、その数はゼロになることはなかった。原住民たちも王朝に対する不信感を募らせていたところに、追い打ちをかけたのが星の魔力汚染の影響だった。


 魔力に汚染された土地の作物を食べた転生者たちが、中毒症状を訴え始めていた。それはほとんどの場合は清浄な水を飲み、安静にしていれば治癒したが、徐々にそれの確保も困難になりつつあった。王朝の転生者たちも頭を抱えていた。生前に不幸な人生を送り、生まれ変わっても魔力なしには何も為しえなかった連中の集まりなのだ。よかれと思って魔力を振るい続けた結果、民衆から反発が起ころうなどとは考えていなかった彼らでは、事態を収拾することなど不可能と思われた。


 不測の事態であったにも関わらず、当時王朝の要職に就いていたユウイチロウはほくそ笑んだ。


 今こそ、白き神の力を頂く自分の出番だと彼は思った。


 ユウイチロウがその身に宿す魔力の他に、神より授かった能力の名は、『干渉者(インターフィアラー)召喚』であった。その身に干渉者を宿し、その奇跡の力を限定的にではあるが振るうことができるというもので、複数存在する干渉者の誰が降りてくるかを指定はできないものの、彼の呼びかけには必ず誰かが応え、地上に降臨した。


 まさに、原住民から見れば神の奇跡としか思えぬ力を見せつけ、彼は『ホケ教』の開祖となって、民心を支配せんと立ち上がった。祀ろうものには寛容を、拒む者には死を与えるホケ教はこうして誕生したのだった。何の対策も打ち出せず、かといって原住民の粛清なども行えない腰抜けの王朝に変わって、ユウイチロウは宗教によってイスキリスの統一を目指したのだった。


 生前抱いていた妄想を異世界にてついに実現したユウイチロウはしかし、当時すでに七十を過ぎていた。彼が、他の転生者が編み出した秘法老化遅延(アンチエイジング)を受けたのは言うまでもない。自らを現人神と定めたユウイチロウの布教活動は、過激さを増していった。


 そして五百年前、世界の様相が変わって原住民の数が激減した。こうなっては彼らも否応なく魔力をもつ転生者の庇護に頼るしかない。ホケ教の布教など行わなくても、彼らは王朝に服従していた。


 五百年間、退屈な日々を過ごしていたユウイチロウに、ある日神託が訪れた。二度目の海溝に現れたのは、エイワズであった。一万年以上ぶりの再会に歓喜するユウイチロウに、彼は無表情に告げた。


「魔王が来る。それは当代最強の転生者を容易く葬り、王都を滅ぼすだろう」


 大災害以降、順調に回復していたイスキリスを滅ぼしに来るなど、さすがは魔王だなどと考えていたユウイチロウに、エイワズは無表情のまま告げた。


「干渉者の力と星の気の力を併せ持つ魔王の存在は、イレギュラーだ。お前に排除してもらう」


「それはやぶさかではないがの。一万年も戦ってきて思うのじゃが……なぜご自身のお力で為さらないのかの?」


 長い時を生きて、ユウイチロウも大分不遜な態度をとるようになっていた。確かに彼の言う通り、人の魂を転生させるどころか、星そのものを創る力を有した干渉者たちが、直接手を下していれば、事はもっと単純に、短時間で解決したはずだった。


「……星に何が起こるかは、お前たちの選択によって決まるべきなのだ。私たちは、様々な力を持った人間を送り込む以外に、手を出してはならない」


 エイワズはそう言ったのち、「それに、この星は私の星ではない……」と珍しく口惜しそうな感情を滲ませた。


「ほうほう……なんだかよくわからんが、神も辛い立場ということかの」


 ユウイチロウは答えたが、その時にはもうエイワズの気配は消えていた。







「――天啓が下ったのじゃ。お前さんには死んでもらうぞ?」







 映像が途切れたと思った瞬間、眼前に私と同じ顔をしたユウイチロウが迫っていた。








ᛇ:エイワズ 「死」を意味する。また、「再生」も意味するため、一つの周期が終わり、新たな周期が始まる変容のルーンでもある。このルーンが出る時は、安穏とはしていられない時期でもあり、挑戦と戦いが必要な時期でもある。


ᚦ:ソーン 雷神トールのルーンとも言われる。「助言」や「慎重さ」を表すルーンでもあり、このルーンが出た時は、勢いでの行動を避けるべき時、周囲の信頼すべき人からに相談すべき時。計画の見直し、状況の再確認等、動き出す前に改めて慎重な対処をすべき時である。


ᛈ:ペオーズ ギャンブル・偶然の導き・ハプニング等を意味する。「賭博」のルーンであり、「秘密」を意味するルーンでもある。ハプニングや偶然を味方にできる状態を表す。当然、知的・理性的な判断ではなく、第六感・直感が必要とされる時期である。


ルーン文字が見られない方は、こちらをご参照ください。読みにくくて申し訳ございません。今回は文中に登場する回数を減らしてみましたので、ご容赦くださいませ。

http://www16.ocn.ne.jp/~mercuriu/column/rune/rune02.htm


☆インターフィアラーとテンパラー


Interfere:干渉するという意味だが、語源は古期フランス語の殴り合うという意。邪魔をする。妨害する。


Temper:干渉するという意味だが、語源はラテン語で調節するという意。変更する、改ざんするなど。


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