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5.王都襲撃 前編

 上空から見ると、千の魔物が列を成してレザイアに迫る光景は、なかなかに勇壮なものであった。


 地響きとともに魔法都市を目指す魔物の軍勢に、都市に住む者たちが気付かないはずはなく、にわかにレザイアは騒がしくなった。警報が鳴り響き、都市を囲む高い塀のあちこちに設置された金属の円盤から光が放たれ、異形の怪物たちを浮かび上がらせた。


 軍勢を使役するハリマは、虚ろな目のまま、魔物の後方で何やら喚いている。今頃はレザイアが白竜に占拠されている夢でも見ているのだろう。


「魔王様~! いってらっしゃ~い!」


 私の姿を見つけたレミアが、立ち上がって両手を大きく振った。緊張感に欠けるところは相変わらずだ。


 彼女の幻惑という力が無ければ、今回の計画は成り立たなかったものであるし、レンと組んで様々な研究を行うようになった。彼女らの功績は大きい。残念ながらなんの褒賞も与えてやれないが、私は私の為すべきことを為す。今回の手筈を整えてくれた彼女らに対してできることは、それだけだ。


 私はレミアに軽く手を振り返すと、レザイアの中心へ向かって飛んだ。


 


 目指すは王族の居住区だ。


 都市の中心に、高い壁で囲まれた正方形の区画があり、壁の内部に建てられた堅牢な造りの王族居住区は、小規模ではあるが都市の中にあって城塞とも言える威容を放っていた。門は南側にしかなく、鉄製であった。王家の紋章―放射状に細かい花弁が広がっている花の紋様が刻まれた巨大な両開きの扉である。


 それは現在開け放たれ、原住民の集団を受け入れていた。魔物の襲来を受けて、避難しているのだろう。


「原住民たちは、地下のシェルターへ収容されるようです」


 私が、王城に飲み込まれていく原住民の群れを眺めていると、白衣と青い髪をなびかせて、レンが上空へ上がってきた。


「シェルター?」


「地下に造られた避難用の施設だそうです。王城を守護する結界と、ほぼ同じ強度で守られているとか。有事の際は、都市の原住民はそこへ避難するように指導されているのです」


「ふむ」


 白竜たちが提案したことだが、人化した彼らをレザイアに潜伏させ、時にはレミアの幻惑を駆使して情報を収集させたことは有益だった。


 レン以外の白竜たちは、現在都市の西側で待機している。開戦の狼煙が上がれば、ハリマが操る魔物を迎え撃つべく東に集中している転生者に後方から襲い掛かるのだ。


「……」


 改めて王城を観察すると、城塞を構成する石材は、全てが魔力によって強化されているらしく、その表面は青白い魔力で覆われていた。城塞の北側に回って、試しに小規模の黒弾を放ってみたが、金属にぶつかったように高い音を立てて、それは弾かれた。


 イスキリスの王を守護しているのは、頑丈な城塞だけではなかった。壁を覆う魔力は、上端に至ってからは厚い壁となり、半球状に城塞の上を覆っていた。城塞一つを丸ごと囲む結界を生み出し、維持している者がいる―ということだ。もちろん、複数人で行っている可能性や、そういった効果のある魔道具というか設備の類である可能性もある。


 レミアが、転生者の要人であるハリマの記憶を探っても、王城の守護に関する情報は得られなかったことから、こればかりは王城に直接出向いて確認するしかないという結論に達していた。


 しかし、どのような機構であっても、どうでもいいことだ。


「レン。原住民たちが、そのシェルターとやらに収容されるには、どの程度の時間を要するのだ」

 

 集まった原住民たちの全てが城の内部へ入ったのを確認し、レンに訊ねてみると「二時間ほどかかるでしょう」とのことであった。内部の構造などは、ハリマの記憶にある限りは地図に起こされており、シェルターの位置や規模などの知識はそこから得ている。信憑性は高いと言えよう。


「城壁に張られた結界と、シェルターの結界は、同じ程度の強度なのだろう?」


「捕らえた転生者の記憶では、そうだと」


「ならば、試してみようではないか」


 原住民の収容作業のためか、無人となった城門の前に移動した。


 私は、漆黒の奔流と化した力を右手に集約させた。かつて幾度も害獣たちの首を落としてきた、光刃よりも研ぎ澄まされた、特級転生者を焼き殺した大光弾よりもさらに熱く――音も立てずに右手に現れたのは、長大な槍を象った黒弾である。羽衣のごとく薄い刃は、凝縮された力の奔流であり、そこに込められた熱量は、石材で作られた城塞などでは、到底防げるものではない。


 この五百年で、新たに生み出された攻撃方法のうち、戦いの狼煙を上げる一撃には、この黒穿槍と名付けた力が相応しかろう。


 私は翼を広げて、建物の最上階と同じ高さまで上昇した。そして漆黒の槍を大きく振りかぶり、水平に投擲した。


 雷鳴のごとき轟音を響かせて、結界と槍が衝突した。


 激しい閃光から数拍遅れて爆発音が響き渡り、天を突くきのこ雲が出現した。


「……」


 私は高度を下げ、風を起こしてきのこ雲を払い――飛ぶ力の応用で、力の流れを風のように使うことが可能となった――、着弾点を確認した。


 正しく開戦の狼煙を上げた黒穿槍であったが、城塞を囲む結界もさすがの防御力であった。黒穿槍によって、結界には人一人通れる程度の穴が穿たれてはいたものの、内部の城塞は、いささかの傷も見受けられなかった。それは、結界を通り抜けた力と熱が、ほぼ皆無であることを示していた。


 さらに、穿たれた穴もじわじわと塞がりつつある。穴はすでに、子供の胴くらいの大きさしかない。


 爆発音に反応して、城壁の上に武装した一団が昇ってきた。彼らは、空中に浮かぶ私とレンを指さし口々に何かを叫んでいた。さらに、私の後方では、二百頭の白竜が突然出現し、都市には彼らの咆哮が響き渡っていた。


 城の屋上に、一人の男が現れた。豊かな口ひげをたくわえた、壮年の男であった。男は私を見たのち、都市のあちこちで火の手が上がり始めたのを見渡して、再び私を見た。彼は、何かに気付いたようにハッとした表情を作ると、険しい表情になって、建物の内部へと戻って言った。


「魔王様、今の男が、人間の王です。大災害ののち、彼もまた老化遅延(アンチエイジング)とやらを受け、五百年以上生きています」


「ほう」


 イスキリスに新たな転生者が現れず、彼らの子孫の血は薄まりつつある。もしかすると放っておけば、徐々に魔力も薄まっていくのではないかと思われるが、それでは時間がかかりすぎる。第一、わざわざ長生きして魔力を垂れ流すなど許されることではない。それに、東のエオジットには新たな転生者の勢力が育っているのだ。イスキリスでぐずぐずしている暇はない。


 黒穿槍一本では結界を破壊できなかったが、王城に入るだけなら穴を穿つことができればそれで十分だった。中の原住民に、被害を出すことなく侵入できることが分かったのも、重畳である。


「魔王様!!」

 

 私が再び黒穿槍を生成しようとした時、レンが地上を指さして私の注意を引いた。彼女が指さす先には城門があり、それがゆっくりと開かれ始めていた。


 城門は完全には開かれず、わずかに二~三人が通れるほどになると、動きを止めた。


「……入って来いとでもいうのか」


 私の発言を聞いたレンが振り返り、目を見開いて言った。


「魔王様でも冗談を言うことがあるのですね」


「……」


 別段冗談のつもりでもなかったのだが、レンはクスリと笑った。彼女はレミアと違い、力が入りすぎて固くなっていることが多い。私の発言で緊張が少しほぐれたのか、ハリマを捉えて作戦が本格的に進行し始めて以来、レンが見せた初めての笑顔だった。


「白竜の雌と……魔王……なのか? お……? おっとっと…」


 いつの間に現れたのか、独り言を言いながら城門の影からこちらを見ている者がいた。それは小さな人影であり、それは何かに押し出されたようによろけて城門の影からまろび出た。そして開いた時とは比べ物にならない速度で城門が閉められた。

 

 単純に上空から見ていることと城門が人の背丈の五倍はあることから、そもそも人がそこにいれば小さく見えるのは当たり前だ。体勢を立て直してこちらを見上げている者は、そういった条件を除いても明らかに小さい老人であった。


「まったく。老人の扱いがなっとらんのう。しかし……うーむ……翼は奴が地上に現れた時に失ったと記述されていたが? どういうことかの」


 その小さな体躯から発せられたとは思えないほど、老人の独り言がはっきりと耳に届いた。


「何者でしょうか……」


 レンが笑顔を消し、眼下に立つ老人を険しい表情で見つめていた。


「わからない。ハリマの記憶にある人物ではないのか」


「国の重要な地位にある者の特徴や特級転生者のそれは聞いていますが、小さな老人となると……」


 レンは人差指を頤に当て小首を傾げてしばし考えていたが、やがて力なく項垂れた。


「申し訳ありません……」


「気に病むようなことではないぞ? 白竜の雌よ」


「!?」


 老人がレンに声をかけた。


「神の敵である魔物になど、顔を覚えてもらってもうれしくないはないからの。それよりも魔王。ワシはかの世界の神に魂を捧げた者よ……ホケ教という名を聞いたことはないかの?」


「あ……!」


 老人の発言を憮然とした表情で聞いていたレンが、手で口許を隠すようにして言った。


「思い出した! 奴は開祖です。ホケ教の開祖ですよ魔王様! 奴も百老の一人です!」


「……ほう」


 私はそれを聞いて、自然と口角が上がるのを自覚していた。


「魔王様……?」


「レン。待機していろ」


 私はゆっくりと地上に降り、小さな老人の目の前に着地した。


「初めまして……魔王殿? ずいぶんと嬉しそうじゃのう」


「五百年ほど前の話だが、お前を探していたことがあるのだ」


「ほうほう。ワシもそうよ。お互い求めた相手に、ようやく出会えたということかの?」


 顔をほころばせたつもりなのだろうか。顔をくしゃくしゃにして、開祖は笑った。


「そのようだな……」


「五百年もの間、何をしておった?」


 私が応じると、開祖は気を良くしたのかさらに話を続けた。


「答える必要はない。私は、五百年前も今も変わらない。転生者――星を汚す害獣を絶滅させる。特にお前のような強い力と影響力をもつ者を」


 私が天から堕ちたばかりの頃、転生者を狩り殺すのに利用しようとした男であり、かの世界の神を信仰するなどというくだらぬ宗教を広めるために、いたずらに原住民を殺した男は、さも愉快そうに笑ったのち、顔じゅうの皺を歪ませて怒声を上げた。


「笑わせるな。下位の神が生み出した人形ごときが」


 憎々しげに吐き捨てた開祖に対し、私も黒い感情を隠さず言葉を返した。


「一度死んで生まれ変わった上に、万の時を生きたお前が為したことは、ただの虐殺だ。それがお前の信じる上位の神とやらが与えた命の結果だ。二度も生を与えられながら、お前たち転生者が為すことはどれもくだらぬ。転生者などいなくても、星の原住民たちは生きていけるのだ。死ね。お前が信じる神の慈悲にすがれば、三度目の生を得られるやもしれん。その時はまたこの星に生まれるがいい。何度でも、私が死を与えてやろう」


 私は、久方ぶりに激高していた。信じていた神が星を去って久しいが、少なくとも星の害になるようなことは為さなかった。私が地に堕ち、星を穢れた魔力で汚染される結果を生んだ神を信奉する宗教の存在など許されるはずがない。


「語るだけ無駄であったかの……」


 百老の一角を担う老人の足元に、奇怪な紋様が浮かび上がった。


「我ら始まりの転生者が、神より授かった力……思い知るがいい」


 老人の足元から高密度の魔力で構成された光の柱が立ち上がった。夜空を照らす光の柱が消えたのち、天上より現れた存在は、かつて転生者の魂を星に持ち込んだ光輝く気配と同一のものだった。





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