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2.防御も考える

「天使様も着替えた方がいいと思うの」


「なぜだ」


「血まみれ……怖いの」


「ふむ」


 シャイナの言う通り、私が創られてからずっと着ていた純白のローブは、翼を切り取られたことによる私自身の血と、始めに粉砕した転生者らの血がかなり付着していた。


 彼女の身体を清める際に手は洗ったが、確かに服も着替えた方がよいだろう。私の血はともかく、転生者の血が付着した服を着用したままで何故今まで平気でいれたのか、自分でも不思議だった。


「シャイナが見つけておいたの!」


 彼女が笑顔で差し出したのは黒い色のローブであった。ローブは、星に暮らす庶民が一般的に着用しているものだ。黒いものはあまり見た覚えがなかったが、これからも返り血を浴びることは多々あると考えると、これの方が汚れも目立たないと思われた。


「ありがとう」


「えへへなの」


 私が礼を言って着替えている間中、シャイナは嬉しそうに笑っていた。


「……?」


「天使様?」


 着替えを終えて村の出口に向かう途中、私は違和感を覚えて立ち止まった。


 どこか、そう遠くない距離からの視線を感じたのだ。


 しかし、周囲を見渡しても人間や魔物の姿はないし、気配も感じない。ただ、見られていたという感覚だけがあった。


「気のせい……なのか」


 不思議そうな顔をしているシャイナに何でもないと伝え、彼女を伴って村を出た。


 村を出てすぐに、私たちは幌付き馬車を見つけた。


 中には少量だが水と食料、それに矢束が置いてあったことから、転生者が乗って来たものと判断した。


 食料が少ししか積まれていないことと、彼らが現れるまでの時間を考えれば、転生者の拠点はかなり近くにあると思われた。そして、同時に馬車でなければ少々遠い道のりであるとも考えられた。私はまだしも、シャイナが徒歩で移動するのでは時間がかかるだろう。


 問題は、その拠点に澄んだ魂の人間――すなわち星の原住民が残っているかどうかというところだ。


 私が天から見ていた限りでは、転生者と現住民が共存している町や村において、魔力を持たない原住民は半ば奴隷のように働かされていた。わずかに残された汚染されていない大地で栽培された作物や、そこで育った家畜の肉は転生者によって搾取されていた。


 では原住民たちは何を食料とするのか。


 転生者の中には、農作物を効率的に作るなどという能力を与えられた者がいて、魔力に汚染された大地であっても、食糧供給は為されているのだ。


 それが体に合わない者も多く、原住民の数はどんどん減っている。さらに虐げられた生活を送るうち、彼らの魂は確実に疲弊している。そこには、物理的にも精神的にも、シャイナを受け入れる余裕などないかもしれない。


 私は、食物を摂取する必要が今のところない。神によって創られてから現在まで、飢えや渇きを感じたこともない。


 しかし、天から堕ちたことで、私の身体にはいくつかの変化が起きていた。


 翼は切り取られてしまった。


 そして、疲労を感じるようになった。精神的なものではなく、肉体的な疲労を。


 これが意味するところは、私の力が有限となったということだろう。


 私の力は、暴れ回る台風を打消しても、地上に洪水を起こしても枯れることはなかったし、疲れを感じたこともなかった。


 しかし、先ほど燃え盛る火を打ち消したときに、ごくわずかだが、確かに疲労を感じたのだ。速く動いたり、わずかな力を使って転生者を殺したときは問題なかった。


 私が神から与えられた力は、天にあっては無限のように思われたが、地上においてはそうはいかないらしい。


 休息を取れば回復するかどうかもわからない。


 もしかすると、人間たちのように食事をとらなければ身体機能を維持できなくなる可能性もある。


 まずは、力が残っているうちに転生者の拠点を探す。そこにいる転生者は殺し、可能であればシャイナを引き取ってもらい、私は休息を取ろう。


「シャイナ」


「はいなの」


「汝は馬車を操れるか」


「できないの!!」


「……」


「天使様……その顔すっごく嫌なの。虫けらを見る目をするのはやめてほしいの」


「すまない」


「そこは、そんなつもりじゃなかったと言ってほしいの」


 シャイナはがっくりと肩を落としてしまった。


 そんなことより困ったことになった。私も馬車の操り方など知らないからだ。 シャイナを抱えて移動すればすぐなのだろうが、力が無限でない以上、余計な体力は使いたくない。どうにかして馬車を動かす必要がある。


 人間が地上に降りる前までは、私は地上に降りて動物たちを愛でることもあった。彼らは言葉を持たないが、私たちの間には精神的な繋がりがあったことは間違いない。


 この馬車を引く馬は、人間に飼育されている個体なのだから、野生の動物よりも人間の指示を聞くはずだが、私は人間ではない。はたしてうまく操れるだろうか。


「天使様……」


「うむ?」


 私が栗毛の毛並みが整えられた馬の周囲を歩きながら思案していると、シャイナが声をかけてきた。彼女の声には多分に遠慮が含まれていたが、それ以上に恐怖が表れていた。


「ごめんなさいなの……」


 私はシャイナの謝罪の理由をすぐに理解した。


 馬車に近づいてくる気配を感じ取ったシャイナは怯え、私の背後に隠れた。馬も怯えたように小さく嘶いたが、逃げ出したりはしなかった。


 森を切り開いて均しただけの道幅は、馬車がすれ違えるほどの広くはない。密集した木々の間から、狼に似た四足歩行の魔物が現れた。


 一目でそれが魔物であると判断したのは、尾の異常さ故だ。


 体躯も大きいが、本来豊かな毛を生やしているはずの尾には、代わりに青白い炎がゆらめいていた。


 森に暮らす狼が、自らの身体に炎など宿すはずがない。万が一森が燃えてしまったら、自らの生活圏を失うことになるのだから。


 このような悪ふざけとしか思えない動物の変異は、見ていて不愉快だ。この星に生まれた魔物は、本来人間の悪意が生み出したものだった。星が魔力に汚染された今は、このように動物が変異して生じる魔獣も少なくない。従来の魔物よりも大型で、力も強い。中には人間と同程度の知能を有するものもいた。


「フレイムウルフ……!」


 私がそれを見て不快に思っていると、シャイナが魔物の姿を捉え、戦慄したように声を震わせた。


「それが、名前か」


「転生者様は、そう呼んでいたの」


「ふむ」


 フレイムウルフは、私たちを威嚇するように、木陰で姿勢を低くして唸っていた。それに注意を向けていると、反対側の森に展開している仲間に急襲されるというわけか。同時にかかられても私は問題ないが、あの尾から炎でも放たれては、シャイナが危険だ。


 シャイナを抱えて跳び、まず後ろの連中から殺すか。


 そう思ったとき、前方のフレイムウルフが一声鳴いた。


 それは短い遠吠えだった。それを合図に、後方の森に展開していた気配が遠ざかっていく。それを確認した後、眼前の個体も踵を返して森の奥へ消えて行った。


「逃げた……か」


「怖かったの」


「いやー驚きましたな。魔物の群れを殺気だけで追い払うなんて!」


「……?」


 私はシャイナを見た。


 彼女は目を見開き、下唇を噛んで首をぶんぶんと横に振った。その表情の意味は分からなかったが、声を発したのは彼女ではないと言いたいのだろう。


「旦那、こっちですよ、こっち」


 声がする方を、ゆっくりと見た。そこには先ほどと変わらない馬車と、それに繋がれた栗毛の馬が一頭いた。


「スレイプニル! だめなの!」


 シャイナが叫び、馬に駆け寄った。


「嬢ちゃん、大丈夫ですよ」


 馬が口をもごもごと動かし、確かにそこから言葉が紡ぎ出された。シャイナが馬の口を押えて「しーっ」と言っているが、彼女の小さな手では、馬の口を覆いきれていない。


「シャイナ、どうやってこの馬は言葉を話しているのだ」


 どうやら彼女は、このスレイプニルなる馬が話すことを知っていたらしいので、私は馬が話す原理について尋ねてみた。


「なんでかはわからないの……でも天使様、スレイプニルは魔物じゃないの。シャイナが小さいときに産まれて、一緒に育って、いつもシャイナを慰めてくれたの。だから、殺さないでほしいの!」


 シャイナは、スレイプニルの首にしがみ付き、涙目で私に訴えた。


 私が殺すのは転生者とその子孫だ。それを邪魔する者も排除するが。私は、かつての美しい星を取り戻したいだけなのだ。


「シャイナ、私はその馬を殺す気などない」


「天使様……ありがとうなの」


 まさか、馬が転生者かその子孫ということもあるまい。魔物の数はできる限り減らせればと思うが、魔力汚染の源である転生者の絶滅が最優先だ。馬が喋ったことには少々驚かされたが、この馬からは魔力の存在を感じない。話が通じるならば、転生者の拠点への案内を頼めるだろう。


 私は、馬が言葉を話す原理についてはひとまず目を瞑ることにした。


「さて、スレイプニルとやら」


「なんでしょう」


 スレイプニル両耳をパタパタと振りながら、こちらを向いた。シャイナは首から離れ、馬の鬣を撫でていた。


「汝が引いてきた馬車には、転生者が乗っていたであろう。彼らの拠点に案内を頼みたい」


「乗せてきた転生者はどうなったので?」


「三人とも私が殺した」


 スレイプニルの耳の動きと、シャイナの手の動きが止まった。


「……理由をお尋ねしても?」


「奴らは、別の世界から悪しき力をもって現れた害獣だからだ。奴らをすべて殺し、魔力による汚染からこの星を救う」


 私と短い問答を交わしたスレイプニルは、しばらく私の目を見つめていた。黒く、大きな瞳だった。


「お引き受けしましょう」


「よろしく頼む」


「御者台へどうぞ。嬢ちゃんは、幌の中へお入り」


「はいなの!」


 シャイナが馬車に乗り込み、私に御者台の位置を教えてくれた。そして、小さな火を起こす道具を使って、カンテラという道具に明かりを灯した。


 私が御者台に座ると、スレイプニルが歩き出した。







「町までは、あと一時間かかりませんよ」


 歩き出して十五分ほどで、スレイプニルがこちらを少し振り返って言った。私は、自分の力が少しずつ回復してきているのを自覚し始めた頃だった。町に着くころには、全快しているだろう。


「……転生者は、町にどのくらいいるのだ」


「出入りが激しいので、正確な数はわかりませんが、二十人以上はいるはずです」


「町には、原住民――魔力を持たない人間は多いのか」


「町にはたくさんの人間が住んでますよ。千人は下らないでしょう。ベルの町は、ホケ教を受け入れましたからな」


「そうか」


 スレイプニルは数字や時間というものまで理解しているようだ。言葉を操る時点で、ただの馬ではないことは明白だが、転生者が強引な布教を行っていることまで理解できるものだろうか。


 ある考えが浮かんでいたが、それは町に着くまでは忘れておくことにしよう。


「旦那」


 スレイプニルが止まり、声を潜めて話しかけてきた。


「なんだ」


「後続が来たようです」


「ほう」


「馬の耳は優れているのです」


 左右の耳を動かしながら、得意げにスレイプニルは言った。


「シャイナ、少しの間、ここで待っていなさい」


「天使様、大丈夫なの?」


 街道の向こうに、松明の明かりが視認できるようになった。向こうもこちらのカンテラの明かりに気付いたのだろう。明らかにこちらへ近づいてくる速度が上がっている。徐々に近づいてくる松明の数は、二十だった。


 この狭い街道では、先ほどの村でやられたように、弾幕を張られては戦いづらい。私は、自分の力を使って、少々実験をすることにした。


「シャイナ、大丈夫だ。流れ矢は来させない」


「そういうことじゃないの……」


 私はシャイナに笑いかけて、カンテラの火を吹き消してから地面に降り、スレイプニルの首を軽く叩いた。


「私が消えたら、安全な距離まで走れ」


 答えを聞く前に、私は走り出した。





「おい、明かりが消えたぜ?」


 集団から先行した茶髪の転生者が、手を額にかざして目を細くしている。


「なんでそんなことをするんだ? おい、ウツボ! 確かにヒイラギが乗ってった馬車だったのか?」


 疑問を呈した赤毛の転生者が、ウツボと呼ばれた黒髪の少年を蹴った。害獣共は、髪の色が多彩だ。


「馬車は、間違いなくヒイラギ家のだった……」


 蹴り飛ばされ、ウツボと呼ばれた少年は倒れてしまったが、虚ろな表情で起き上がり、ぼそぼそと言葉を続けた。その目に魔力が集中していた。


「御者は、白い髪の男だった」


「なんだと!?」


「白い髪っつったら、ダイゴが言ってたやつか」


 赤毛が眉根を寄せて腰の剣を抜きながら応じた。御者を務めていた者が異なる時点で、馬車を奪われたと判断したのだろう。


「全員武器を構えろ! 後衛は射撃と魔法準備!!」


 松明を捨て、赤毛が大声で指示した。どうやらこの個体が集団を率いているようだ。後続の十七人が、それぞれ武器や、杖のようなものを構え、魔力が込められていく。色とりどりのオーラが見えるおかげで、私には彼らの姿がよく見える。


 茶髪も剣を抜き払い、中段に構えた。


「ウツボ! 奴はどこだ!」


「……君の後ろだよ」


「てめえ! こんな時にくだらねえ冗談言うな!」


「冗談ではない」


 私は言葉の終わりと同時に、茶髪の首を刎ねて、赤毛の方へその身体を蹴り倒した。倒れざまに盛大に血しぶきを上げ、それが赤毛の視界を奪う。


「ぶわっ!? くそっ……」


 赤毛が顔を左手で覆った。私はその腕ごと頭部を粉砕して、司令塔を失った後衛の集団の掃討に向かった。恐らく、ウツボはと呼ばれた個体は攻撃してこないだろう。


 奴の目は、茶髪の後ろに立つずっと私前からを捉えていた。にもかかわらず、奴はそれを聞かれるまで黙っていたのだ。


 ウツボの目に宿る魔力で、遠見の力でも得ているに違いない。村で感じた視線は、こいつのものだった可能性が高い。


 どんな背景があるのか知らないが、奴は仲間に死んで欲しいようだ。少なくとも私の邪魔はしまい。


「先行の二人がやられた!」


「白い髪! 転生者殺し(リバースキリング)か!?」


 転生者の集団がにわかに騒がしくなった。


「こいつ来るのか? 来させるかぁ!」


 ゆっくりと近づく私に向けて、一発の銃弾が発射された。ヒイラギが持っていた銃よりさらに長大な形状のそれから放たれた弾丸は、細長く、回転しながら私の額に着弾した。


 かなりの衝撃はあったが、私の外殻をそれが貫くことはなかった。


 第一の実験は成功だった。私は、自分の身体を流れる力を体表に集め、耐久性を高めていた。転生者が魔力をそのように使うことに学んだのだが、なかなかの硬度を得たようだ。


「ウソ……だろ?」


 射撃を行った者も含め、転生者たちは呆然としていた。それほど、先の弾丸は突貫力をもっていたようだ。


 とりあえず、被弾してもダメージは無いようなので、私は歩みを再開した。


「おい……おい来るぞ! 撃て撃て撃てえー!!」


 集団の中で誰かが叫び、銃撃が始まった。外殻と弾丸が接触し、火花が散る。しかしただの一発も、肉を抉るものはなかった。


 私は歩みを止めなかった。集団に手が届くまであと二十歩といったところで、銃撃が止み、空が明るくなった。夜空に浮かび上がった太陽のごとく、虚空に出現した巨大な炎の塊は、まっすぐに私に向かって降下を始めた。


 夥しい量の魔力がそこから感じられ、私は無意識に顔をしかめていた。


 第二の実験の開始である。


 魔力によって生み出された現象を打ち消すことが可能か否か。


 私は右手を炎の塊にかざした。猛々しく燃え盛る炎は、魔力によって御されて高密度に圧縮されていた。炎の塊が私の右手に触れた瞬間、魔力による制御から解放されて爆ぜそうになった。


 私はその瞬間を逃さず、ただの自然現象に還った炎を打ち消した。

 

 強化された私の外殻も無傷だった。


 次々に炎の塊や、氷の槍、電撃などが襲ってくるが、どれも私に触れた瞬間に打ち消され、霧散していった。


「銃も、魔法も効かないなんて……」


「なんなんだよ! こんな化けもん相手にするなんて聞いてねェぞ!」


「逃げろ、逃げろぉ!」


 転生者たちは、口々に叫び、遁走を始めた。


 私が彼らの全てを背中から粉砕するまで、多くの時間は必要なかった。実験が成功したこともあって、私の気分は高揚していた。死屍累々となった街道で、私以上に興奮した様子で、ウツボが笑っていた。


「うひひっ、ざまあねえや。みんな死にやがった……ひひひ……ははは……あーっはっはぁ!」


 そこらじゅうに転がる同朋の死体を蹴り飛ばしながら、「おらぁ! あんときの礼だ!」などと狂気じみた様子で叫ぶウツボに、私は近づいた。


「おお! あんたすげえよ! ノボルもタカシもめちゃくちゃ強かったのに一撃で! 銃も魔法も効かないなんて!」


 私が近づくと嬉々とした表情で、ウツボの方から私に駆け寄って来た。


「なあ、あんた転生者殺し(リバースキリング)なんて名乗ってるらしいけどさ! まじで全員殺す気なのかよ!?」


「当然だ。お前たちのような汚らわしい魔力を垂れ流す害獣を、私は絶滅させると誓ったのだ」


 私がそう言うと、何が面白いのかウツボはさらに表情を明るくして笑った。


「ひゃははは! そりゃすげえや! なあ、あんた俺を仲間にしてくれよ! 俺の魔眼は、偵察能力に特化してるから戦えはしねえが、役に立つぜ?」


「断る」


「……へ?」


 私の答えに、一瞬でウツボの顔から表情が消えた。


「お前も転生者だろう。したがって、殺す」


「まままま、待て、待ってくれ! 俺は前世からあいつらに弄られてた!だからあいつらを巻き込んで焼身自殺したんだ! だけど転生してもあいつらと一緒で、俺だけ戦う力をもらえなくて、また弄られて暮らしてたんだ! あいつらに復讐してえんだ! 頼む! 頼みます!」


 転生者たちは不遇の死を遂げたものばかりと聞くが、なるほどウツボの前世も今世もロクなものではないようだ。だが、そんなことは私には関係のないことだ。







「シャイナ、スレイプニル。待たせたな」


「天使様!」


「失礼ながら、旦那は化けもんですなぁ……」


 結局先ほどの位置から動いていなかった馬車へ私が戻って声をかけると、シャイナが飛び出してきて私に抱き付き、スレイプニルが口元をひきつらせて言った。


「スレイプニル、あれで全部か?」


「どうでしょうな。町にはギルドがありますから、今はゼロになっているかもしれませんが、必ずまた現れますよ」


「ギルド?」


「魔物関連の厄介ごととか、町民のお手伝いなんかをする何でも屋が集まって作った組織です。転生者もこれを利用していますから。こんな田舎だと、村の原住民は半ば転生者に隷属してますがね、ギルドがあるくらいの規模の町や、都会の方はそこまででもないんですよ」


「ふむ……」


 どうやら転生者と原住民が混在する社会は、ただ見ていただけの私が思っているよりも複雑なもののようだ。ともかく、村に行って状況を確認しよう。


 そして、休息が必要だ。


 やはり現象を打ち消すには力を多く消費するらしく、私ははっきりと疲労を感じていた。


 馬車は、死屍累々となった街道を進んでいく、シャイナを膝に乗せ、その目を塞ぎながら私は御者台に座って考えた。


 転生者がいない、安全な町にシャイナを引き取って欲しいのだが、向かう先では難しいかもしれない。町に着いてひとまずの安全が確保されたら、ギルドというものについて調べてみよう。


 私がふと視線を感じて地面をみると、切断されたウツボの頭部が頭頂を天に向けて垂直に地面に立ち、こちらを睨んでいた。


 スレイプニルがそれを蹴り飛ばした。


 得意げに鼻を鳴らしてこちらを見てきたスレイプニルを一瞥して、私は笑った。




Kill:0000027

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