4.ユージ・ハリマ 後編 ※R15※
※R15※
少々残酷な表現が含まれます。閲覧にはご注意ください。
ユージ視点です。
「ユージ!!」
魔物の半分――特に身体の大きい一つ目巨人やオロチ風の魔物たちをレザイアの前方から攻め込ませた。混乱に乗じて都市に侵入し、家に戻るとハイファが駆け寄ってきた。
「ハイファ。無事だったか! ユナとイオリはどうした?」
俺が問うと、ハイファは深緑色の瞳を潤ませた。
「二人は、白竜と交戦しているはずよ。あたしも出ようとしたんだけど、家を守る者が必要だってイオリが……」
異世界生まれのくせに、日本男児の様な性格のイオリらしい言葉だと思ったが、総じてドラゴン系の魔物は強力だ。イオリとユナは、姉妹で片刃の剣―刀に似たそれを昔の転生者が製造した―を使う魔法剣士で、双子ならではのコンビネーションから繰り出される剣と魔法の波状攻撃は、俺でさえも防ぐのがやっとというほどの実力者だが、いかんせんスタミナがない。相手が二百匹近い白竜とあっては、最後まで戦えはしないだろう。
大災害以降、なぜか新しい転生者が産まれなくなったため、レザイアにかつてほどの戦力はない。もちろんレザイアには、俺の血縁を含めてたくさんの子孫がいるし、魔法学校ではしっかりと教育を行ってもいる。それでも、強力な転生者の血は徐々に薄まっていることは否めない。俺や百老、王族レベルの魔力を持ったものはほんの一握りだ。
それにしても、白竜が都市を占拠するとはいったいどういう事態なのだろう。五百年も前の話だが、白竜の群れと魔王が関係していると主張する連中もいた。魔王を俺が殺したことに対する復讐だとでもいうのか。
俺は猫耳に拉致され、エオジットの連中と戦い、一日で全滅させた。その日のうちに魔王を殺し、すぐさま魔物の背に乗ってレザイアへ戻った。移動も含めて都合三日しかレザイアを空けていないはずだが、昨日の今日でレザイアを占拠したらしい白竜の対応の早さはおかしい。
となると、白竜は魔王の死とは関係なく行動しているか、あるいは始めから俺の不在を狙ってレザイアを襲ったかのどちらかと考えられる。
「さすがは、魔王ってことか……」
俺を誘拐し、魔物使役を使って、エオジットの軍勢と戦わせている間に、手薄になったレザイアを白竜に襲わせた。大災害以降どこに潜伏していたのか知らないが、もしかすると転生者の血が薄くなり、戦力が低下するのをじっくりと待っていたのかもしれない。
「ハイファ。俺はユナとイオリを探す。もう少し、家を守ってくれるか?」
「もちろんよ。気を付けてね……先生」
ハイファは魔法学校で教鞭をとった時に出会った生徒だ。本職は魔法技術者だが、結界や回復の魔法に優れた才能を持った彼女なら、激しい攻撃に遭っても耐えられるだろう。
「――行ってくるよ。ハイファ」
出会ってから今日までで、一番濃厚なキスを交わして、俺は家を出た。
レザイアの中心部には、王族が住む特区がある。俺が使役する魔物たちの視覚情報は、本来であれば共有が可能だ。二~三体までなら、視覚を共有しながら効率よく探索できる。それでも一時間くらいが限度なのだから、千体近くの魔物と視覚共有なんてしても、頭の処理能力が追い付かないことは、やってみなくても明らかだ。
先ほどから特区の周辺を回らせている二体と視覚を共有しているが、その周囲に白竜の姿はない。白竜だろうが、他の種類の魔物だろうが、王族や百老がいれば何ほどのことはないだろう。ハイファの無事も確認できたし、俺は愛する家族の捜索と、白竜の始末を優先して大丈夫だと判断した。
大災害のとき、行方不明者を探した際の経験が役に立った。
視覚情報を、捜索する対象のみに絞って伝達させるのだ。これにより、脳の負荷を格段に減らして、広範囲の探索が可能になる。俺はユナとイオリの姿をイメージし、魔物たちの脳へ転送した。
すぐさま、背中に合わせに戦う二人の映像が、複数の魔物から逆に転送されてきた。しかし転送された傍から回線が切断されていく。二人を目にした直後に魔物が倒されたということだろう。
傍目には、白竜も俺が使役する魔物も、魔物であることに変わりはないが、白竜たちが俺の魔物にかなりの数を殺され、生き残ったものたちが逃げまどっている状況からして、他のものは俺が使役する魔物であると分からないのだろうか。
俺はユナとイオリの周囲から魔物を引かせた。しかし、ユナとイオリはそれを追い、一体、また一体と殺していく。その目は血走っていて、尋常の様子ではなかった。早く駆けつけねばと気持ちが逸るが、あっという間に視覚共有した魔物が殺されてしまうので、なかなか彼女たちの居場所が掴めない。背景から場所を推察しようにも、瞬時に回線が途切れてしまうのだ。
十五分ほど情報と格闘し、ようやく二人の居場所が分かった。
俺が不在にしている間に、いったい何があったというのだろう。いつも冷静な妹イオリと、直情的だが、パニックを起こすようなことはなかった姉のユナ。その性格の違いも、二人のコンビネーションによる攻撃の殺傷能力を高める結果となっていたが、二人は、引いていく敵をわざわざ追いかけてまで殺すような性格じゃない。魔物の目を通して見る限りでは、苦戦しているようにも見えない。
考えている間にも、使役する魔物の数がどんどん減っていく。後方に待機させていた魔物を投入しないと、白竜を追う手勢が足りなくなってしまいそうだった。事実、すでに白竜は数が減り始めた魔物に対抗し始めていた。
――おかしい。
俺はそう思い始めていた。ユナとイオリの異常性もそうだが、考えてみればユナとイオリ以外に戦っている者を誰も見ていない。新王都レザイアの戦力は弱体化したとは言っても、そこに常時詰めている魔法騎士の数だけでも千や二千ではない。
まさか、生き残ったのが俺の家族だけということもないだろう。俺は足を止めて、足元から魔力で風を起こして空へ上がり、眼下のレザイアを見渡した。やはりおかしい。都市には逃走を止めて戦いに転じた白竜どもと、俺の魔物が争っている以外に、活動しているものがまったく認められなかった。
俺が――
(魔王様~! いってらっしゃ~い!)
――!?
突然視界がホワイトアウトし、頭の中で女の声が響いた。
(――ん?こいつ、転生者のくせに、気が付いたのか?)
――ゴミクズだって?
(うーん。さすがに現実感に欠ける内容だったかな? 短期間ならまだしも、三日も幻惑をかけ続けるのは結構大変なんだよ。少し出力を上げないといけないね。ほんとは、君みたいなやつに使うのはもったいないんだけど……ちょっとだけ……ね♡)
頭の中で緊張感のない声が響き、そうだ、あの猫耳――と思った瞬間、俺の視界はブラックアウトした。
「……あれ?」
一瞬思考が途切れたような気がした俺は、レザイアにいくつかある広場の一つに立っていた。いまだに悪趣味な宗教を広めることに躍起になっている百老が建てさせた、巨大な神像が設置されていた広場だ。完全に自由の女神のパクリな上、この世界とは別の神なのだが、原住民はありがたがっているようなので気にしないことにしたそいつは今、打ち倒されてがれきの山と化している。
そしてもと女神像であったがれきの山の麓に、二頭の巨大な白竜が立ち、こちらを見下ろしていた。白竜の周囲には、それに勝るとも劣らない大きさの魔物たちの屍が多数転がっていた。原住民の死体も多数見受けられ、そこかしこで火の手が上がり、都市は阿鼻叫喚に包まれていた。
何か、重要なことに気付いたという感覚だけが、腹の底に居座っているのだが、それが何だったか思い出せない。しかし、奥歯にひっかかった食物の繊維を舌で取ろうとしても取れないような、もどかしさを解消するための思考は、白竜の咆哮で中断された。
「な!? こいつら、人化するのか!?」
咆哮を終えた白竜たちは、女の姿になった。スレンダーな肢体の二匹は、生意気にも剣など持って、こちらに鋭い視線を送っている。俺は、手近にいた魔物を呼び寄せ、けしかけた。
つい先ほどまで、ここでユナとイオリが戦っていたはずだが、彼女たちはどこへ行ったのだろう。魔物たちからの画像転送はストップしていた。後援の魔物も都市へ入ったし、さっさと白竜どもを始末して、事態を収拾しなくては。
「自動戦闘……アプリ転送……限界突破!!」
魔物たちの性能を、限界を大きく越えて引き出すプログラムを転送した。背中合わせで戦っている白竜の剣に、左手首から先を切り落とされた、身長六メートルくらいのゴリラ型の魔物が一瞬ビクリと震え、まるでそこにまだ拳があるかのように強烈な突きを繰り出した。
白竜たちは瞬時に立ち位置を入れ替え、背の高い方がゴリラの正拳突きを受け流し、背後から迫るデーモン型の魔物が放った炎は、もう一匹の白竜の剣が振るわれると霧散していった。
大きく体勢を崩したゴリラの背に向かって、またしても立ち位置を入れ替えた白竜の剣が振り下ろされた。背骨を断つ一撃は、しかし急速に反転したゴリラの右腕によるアッパーカットに跳ね上げられた。
炎のブレスを吐いたデーモンの首は、息を吸おうとした一瞬の予備動作の隙をついた白竜の剣によって宙に舞った。それがまだ空中に在るうちに、剣を跳ね上げられた勢いをむしろ利用して、宙返りをした背の低い白竜が、ナイフ状の武器をゴリラに投げた。それはゴリラの両目に突き刺さったが、俺が操作する魔物は傷みを感じない上に、すでに視覚共有を果たしているので視力をなくすこともない。
ゴリラは何事もなかったように突進した。もう一匹の背後に着地した白竜は驚愕の表情を浮かべたが、背の高い白竜は冷静に魔物への対処を終えていた。
魔物の足元に巨大な魔力が渦巻き、次々と石の柱が石畳を突き破って出現した。ゴリラは四肢と頭部を貫かれて行動を停止した。二体の強力な魔物が、見事なコンビネーションで倒されたが、それについて「さすがだな」とか言っている余裕は、今の俺にはない。
俺は、背の低い白竜が着地したと同時に、その背後に向かって一気に距離を詰めた。魔力を限界まで高めて腕の周りに竜巻のように回転させる。全ての装甲を打ち抜く必殺のコークスクリューが、驚愕の表情を浮かべていた白竜の横腹にヒットした。白竜は悲鳴を上げることもなく、回転しながら女神像の残骸に突っ込んでいった。
それにもう一匹が反応する前に、上空に待機させておいた翼をもつ悪魔型の魔物に掴まった、メタリックな身体のゴーレムが急速落下してきていた。
振り返った白竜が信じられないといった顔で、「――ジ、ど――し――」と何かを呟いた瞬間、巨大な金属塊が地響きを立てて着地した。その足元に血だまりが広がっていく。さきほど瓦礫に突っ込んだ白竜も立ち上がってくる様子はなかった。
そのとき、特区にいる魔物から、視覚情報が届いた。ユナとイオリだ。どうやら王族のもとへ参じたようだ。ならば俺も、ハイファを連れて特区へ入ろう。
「ハイファ!! 無事か!?」
家の扉を開けて、靴も脱がずにリビングルームへ向かった。そこが家の中心であり、ハイファはごく小規模の結界を張って待っている――はずだった。
だが、そこにいたのはソファーに身を沈めて足を組み、猫耳をパタパタさせて不敵に笑う、一匹の魔物だった。
「お前……なんでここに……?」
半死半生の状態で、魔物十匹をもって拘束されているはずのこいつが、どうして俺の家にいるんだ。俺は慌てて、この魔物を拘束していた連中とコンタクトを試みた。視覚共有によって俺が見た映像は、予想もしなかった光景だった。
逃げまどう騎士の背中に、無慈悲に振り下ろされる毛むくじゃらの腕。打ち倒された彼を一瞥もせず、背中を見せている騎士の集団に向かって、空を照らすほどの炎のブレスが放たれた。
原住民の一団を背後に、震える手で剣や槍、銃を構えた転生者の子孫たちが魔法や銃弾を乱射している。魔物はそれらに被弾しても痛みを感じない。勢いに押されてはいても、じわじわとその集団に近づいていく。
「やめろ……」
すでに魔物の目には、震える少年少女の顔がはっきりと見えていた。そこには、俺の子孫も含まれていた。
「やめろおおおおお!!!!」
使役する全ての魔物を強制終了した。脳から直接、死を命令された彼らは、今頃レザイアの地に倒れ伏しているはずだ。
「へえ。そんなこともできるんだ。君って、案外すごいやつなんだねぇ!」
まるで緊張感のない態度で、猫耳の魔物は笑っていた。どこからが夢で、何が現実だったのかわからない。魔物を殺してしまったので、ユナとイオリの安否もわからない。
「ハイファはどうした!? ユナと、イオリは!?」
こいつにはうかつに近づけない。俺は魔物と三メートルほどの距離を保ち、脅しの意味も兼ねて魔力を高めていった。攫われた時は、猫耳と豊満な肉体に目を奪われている間に催眠だか何だかわからない能力にかけられてしまったが、油断さえしていなければ、俺が一対一で負けることはない。魔王ですら、俺には勝てなかったのだから。
「ん? ああ、あの剣で戦う娘たちなら、君が自分で始末したじゃないか。覚えてないの?」
しかし、まったく警戒する様子もなく、魔物は愉快そうに言った。
剣で戦う娘達を、俺が自分で始末しただと――?
「まさか……」
俺が、家に戻る前二匹の白竜がいた。俺は能力をフルに使って、あいつらを始末した。
背の高い方が、ゴーレムに押しつぶされる直前に、何か言っていなかっただろうか。
たしか、「――ジ、――し――」だったか。
「ふふふ……君にはちゃんと聞こえていたよ? 焦らないで思い出してごらん?」
魔物が、俺の思考を呼んだかのように、愉悦を多分に含んだ口調で言ってきた。それに対する怒りを言葉に表すより先に、ノイズがかかっていたようだった白竜の最後のセリフが、頭の中でクリアな音声となって響き渡った。
「ユージ、どうして」
何重にもエコーがかかり、頭の中でそれが繰り返された。それを引き金に、あっという間に記憶が正しく再生され、俺は自分のしてきたことの真相を知った。
「……嘘だ……ユナ……イオリ……」
俺は、パニックになりそうな心をどうにか押さえつけ、魔物への怒りを爆発させて、自我を保とうと試みた。
「う~ん。自分たちで立てた計画とはいえ、えげつないよね。それは、自覚してる」
俺の様子を見た魔物が、頭をポリポリと掻きながら、ソファーから立ち上がった。反射的に一歩下がり、構えたが、こいつをまだ殺すわけにはいかない。それは、ハイファの安否を確認してからだ。
「この距離でも、君の思考は読めるんだ。だから、そんな険しい顔をしなくてもいいよ。君の大事なハイファちゃんは、ちゃんと生きてるから」
「本当か」
「本当だよ。失礼な奴だな」
魔物は口をとがらせて言うと、ソファーの後ろにまわり、よっこらしょと言って、縛られた人間を二人、引っ張り上げた。
片方はハイファで、片方は魔法技術者の男―マサヨシだった。ハイファの同僚で、ときどきみんなで食事に行く共通の友人だ。二人とも目隠しをされた上に身体を縄でグルグル巻きにされている。口にはタオルを詰め込まれていた。生きているかもわからない。
「君が大暴れしている間にね、ハイファちゃんに魔法技術者ってやつを紹介してもらったんだ。これで、君たち夫婦の役割は終わった」
「つがい?」
「ん? 君らは結婚してるんだろ? つがいじゃないか。まさか、星を汚す害獣の分際で、夫婦だとか言わないでくれよ?」
魔物はハイファとマサヨシを床に落とした。彼らが小さなうめき声を発したことから生きていることが分かって、俺は安堵した。魔物の言い様には腹が立つが、少し会話に付き合って、油断した隙をついて殺してやる。
「……ちっ、つがいでも何でもいいが、二人を放せ」
「そんなの、ダメに決まってるだろ? 今、言ったじゃないか。君らの役目はもう終わったんだ。空の灰や海の毒を消してくれた働きには、魔王様も舌を巻いていらしたし、今回の件でも本当によくやってくれた。ご褒美に……甘~い夢の中で、逝かせてあげる♡」
「なめんなこらァァァァ!!!!」
俺は右腕に纏わせた魔力でもって、魔物を粉砕するべく飛び出した。魔物の目が妖しく光り、その唇が窄められ、甘い香りが漂ってきた。
夢を、見ていた。
目を開けた俺は、まずそう思った。
見慣れた白い天井、背中に感じるシーツの感触、両腕に感じるユナとイオリの体重。頭を左右に動かせば、いつの間にベッドに潜り込んだのか、姉妹の安らかな寝顔がそこにはあった。
ハイファは朝食の支度だろうか。事に及んだ翌朝は、なぜか早起きする彼女が作る朝食は、五百歳を超えた俺の胃には少々重いのだが、「今夜は二人が相手だから…精力付けないとね? 先生!」などと言われては食べないわけにもいかない。
日本なら、甲冑を着て合戦していた時代から、ボタン一つで世界中にミサイルが飛んでいく時代へシフトするほどの時を生きてきた俺が、ようやく手に入れた一つの幸せの形。彼女たちも、やがて老い、俺の前から消えていく。俺は彼女たちに最期まで寄り添い、たくさんの子孫を残して星の発展にこの身を捧げよう。
俺は、二人を起こさないように起き上がった。食堂へ向かうと、ハイファがコーヒーに似た、渋みのあるお茶を淹れてくれた。
マグカップに注がれたそれを一口飲み、窓から差し込んでくる陽光に目を細めた。
そこで唐突に、俺の意識は闇に沈んだ。
Kill:0002386(ユージの魔物によって殺された者含む)
ユージ…嫌いじゃなかったけど、異世界ハーレムするから、やんわり処刑。




