2.転生者掃討作戦
「レミア、終わったか?」
恍惚とした表情を浮かべているハリマを見下ろして、私はレミアに声をかけた。
「もう少しですね……こいつの夢は色欲塗れで、ボクですら恥ずかしくなっちゃいます」
「ふむ」
『幻惑』によって、ありもしないエオジットの戦争計画や、私たちの転生者殲滅計画を刷り込まれたハリマ。彼の見る夢の中では、まずエオジットの転生者は魔物の大軍になすすべもなく全滅する。さらに、私たちの計画を知った彼は、強力な魔物でもって魔王をすら倒し、救国の英雄としてレザイアへ凱旋するのだ。
エオジットには確かに転生者が増え始め、統一国家が誕生してはいるものの、人化した白竜たちが紛れ込んで、常に情報を収集している。現在のところ、大陸間で戦争など計画されていないどころか、かつてのイスキリスと同じように、自国の平和を保ち、出現する魔物を狩るので手一杯の状態だ。
「そろそろ良さそうですよ……なんかもう、ボクもレンも、この転生者の中で大変なことになってますよ。嫌だなあ……魔王様……やっぱり行かなきゃダメですか?」
「当然だ。いかに特級クラスと言っても、この男一人で千の魔物を使役して、戦争に勝利した上に魔王まで殺したなどとのたまい、信じる者がいるわけがない。汝が奴隷として連れて行かれることで、少しでも信憑性を持たせねば」
「はあ~。そうですよね。わかってはいますけどね……」
レミアの『幻惑』は、強力だ。一度かかってしまうと、レミアが解除するまでは対象が夢から覚めることはない。ただし、それはレミアの息が届く範囲にとどまっていなければならないという制限がつく。ハリマを幻惑にかけたままで操り続けるには、レミアがレザイアへ同行するしかないのだ。
私たちは、転生者が星の除染をしていた五百年の間、爆心地を逃れて各地を旅していた。目的は、他の大陸にいる転生者の殲滅と、古代の遺跡調査であった。
大地の揺れを敏感に察知して、噴火が始まる前に雲竜たちは脱出した。他の白竜たちも、火山弾にやられたものは少なく、ほとんどが生き残った。ランは、残念ながら獣王の一撃によって死んでいた。
レミアと血の盟約を結び、新たな存在となった私は、混乱に乗じてレザイアなり王都なりに乗り込もうとしたのだが、またしても雲竜を始めとする白竜たちの大反対に遭ったのだった。
今転生者を殺してしまうと、星の環境が自然回復するのにいったいどれほどの時を要するかわからないと彼らは言った。またイスキリスに留まれば、大規模な災害の中心で活動することとなり、危険であると諭され、ひとまず他の大陸に避難することになったのだ。
結果は、雲竜たちの言う通りになった。転生者たちは、星に広がった灰や有毒な気体を回収し、浄化する術を知っていた。もちろんそれを成すには魔力を必要としたのだが、魔力汚染の前に星の生き物が全滅の憂き目にあっては、忍びないという思いも確かにあった。
ちなみにアマンティアのドラゴン族は、そのほとんどが転生者によって殺されていた。迷宮に隠れるように住んでいたドラゴン族を脅し、雲竜たちが手に入れた情報は多くはないが、アマンティア迷宮のように古代の民が残した遺跡は全大陸に眠っており、中には海底に没したものもあるという。
私たちはまず、ウェンドラに渡った。
ハリマに刷り込んだ通り、ウェンドラは冷害によってほぼ壊滅していた。私たちは、わずかに生き残った原住民を助けすために、強固な家づくりを手伝った。海が除染されるのに百年もかかったため、その間は深海に潜って食料を獲って与えた。
そして、彼らに伝わる伝承を頼りに、永久凍土の下に眠る遺跡を発掘した。
ウェンドラの遺跡は、家であったと思われた。石造りの部屋が二つあり、一つには寝台と思しき、切り出して磨いただけの台があった。その周囲には見たこともない形状のガラス瓶が大量に保存されており、その中には大小さまざまな生き物の幼生が入れられていた。
それらは、かつて私が天に在ったとき、災害の度に絶滅しそうになった生き物の種を彷彿とさせた。瓶は空になったものも多くあった。それぞれに見たことのない文字が書き込まれており、それは雲竜たちにも、原住民にも解読できなかった。
もう一つの部屋には、大型の水槽の様な箱が置いてあった。それは奇妙な箱であった。一面だけが黒いガラスでできており、他の面は硬質の板で囲まれていた。そして、先ほどの瓶に書かれていた文字と似た形状の、小さな文字盤が並んだ板がそばに置かれていた。
さらに奇怪だったのは、その箱はもちろん、文字盤やもう一つの部屋にあった瓶や、刃物の類などの全てが、動かすことができないということであった。触れることはできたが、まるで空間に固定されているかのように、微動だにしないのだ。空の瓶を割ろうとしても無駄であった。私が最大硬度で振り下ろした黒刃であっても、傷一つ付かなかった。
それは壁も、床も同じであった。その遺跡にあるものすべてが、干渉不可能な存在だったのだ。結局のところ、何年もかかって凍土を掘り、どうにか探し当てた遺跡で得られたものはなかった。
海が復活したことによって、原住民はどうにか以前の暮らしを取り戻していた。私たちは二百年もかけてウェンドラの地を探し回り、遺跡を見つけては繰り返される挫折に嫌気が差していた。原住民を助ける必要もなくなり、私たちは続いてエオジットに渡った。
話に聞いていたエオジットは、砂漠と乾燥した大地が広がる不毛地帯ということだったが、災害から二百年余りで、その環境は一変していた。南部には森ができ、中央から北にかけては草原が広がっていた。
大気の除染も順調に進んでいたおかげか、エオジットの原住民たちは豊かな暮らしを享受していた。彼らは私たちの助けを必要とはしていなかったため、私たちは遺跡の情報収集と発掘にとりかかった。
永久凍土を掘り起こすよりは、かつて砂漠であった大地を掘り起こす方が容易であろうと踏んでいた私たちだったが、それは誤りだった。エオジットの民に伝わる遺跡の物語は、雲竜たちでも知らぬほどに古い言語で謳われていた。それをまず解読し、ようやく遺跡の位置を特定した私たちは、土の下から現れた分厚い岩盤に閉口した。原住民を怯えさせないよう、少しずつ力を使いながら岩盤を削り、ようやくたどり着いた最初の遺跡は、ウェンドラのものよりもずっと巨大で、複数の層に分かれていた。
だが、中に置いてある物はほぼ同じで、違いと言えば、ほとんどのガラス瓶が空であったことくらいだった。
それからさらに百年ほど、エオジットで発掘作業を行っていたある日のこと、大規模な発掘作業がまたしても徒労に終わったと悟った私たちが、遺跡から出て発掘現場近くの町へと戻っていくと、災害後のウェンドラでは久しく見かけなかった魔物の群れが原住民を襲っていた。
私たちはすぐさまそれを殲滅し、原住民を救った。
私は魔物たちの死骸を燃やしながら、風に乗って運ばれてくる魔力の匂いを感じていた。大気に混じるそれは、近くに転生者がいることを示していた。エオジットにも、転生者が現れるようになったのだ。
その時点で災害から三百年が経過していた。
私は星の魔力汚染がさらに進行したことを感じ、イスキリスへの帰還を提案したのだった。
転生者の現在の分布状況や、かねてよりの課題であった魔力汚染除去の方法を探るため、何人かの白竜をエオジットに残し、帰還を果たした私たちを待っていたのは、すっかり様変わりしたイスキリスであった。
私たちは三百年前と変わらぬ姿で坐するレザイアを憎々しげに眺めながら、海溝を挟んで東の大地に降り立った。
そして、現在のレザイアや旧王都の様子を人化した白竜と変装したレミアたちに探らせつつ、転生者殲滅の計画を立てたのだった。
そして今、その準備は整った。
ハリマはレミアの幻惑によって操られ、海溝より起こされた魔物を連れて整列させていた。
彼は夢の中で戦乱を未然に防ぎ、魔王を倒した英雄として都市へ入ろうとする。だが、都市で待っているのは、人化して、二百年かけて町に溶け込んだ白竜たちだ。レミアの幻惑によって、ハリマには白竜たちが町を占拠した化け物に見える。
見た目はただの人間にしか見えない白竜たちを、ハリマに魔物を使役して襲わせる。レザイアの人間たちからすれば、突如行方不明になった特級クラスの転生者が、魔物を連れ帰って町を襲っていると思うだろう。白竜たちは逃げまどい、この演出に花を添える。
千の魔物と戦いになれば、都市の混乱は避けられまい。私は混乱に乗じて、一気に都市の中枢に入り、王族を殺す。いまだ生きているという噂の百老や、ホケ教の開祖とやらも、いれば殺す。
「じゃあ魔王様、行ってきます……」
売られていく子牛のような顔のレミアが、呆けた顔のハリマを伴って出発した。その後方に、千の魔物が列を成していた。
「くっくっく……」
私は笑い、翼を広げた。
本筋である転生者殺しがやっと再開できそうです……




