〖第三章プロローグ~干渉者たち~〗
第三章スタートです。よろしくお願いします。
作中にルーン文字を使用しており、スマートフォンでは正しく表示されないようです。ルビを振り、後書きに参考URLを添付いたしました。
「――被害状況は?」イスキリス大陸を総べる国王は頭を抱えていた。転生者の子孫である彼は、少々――というにはあまりにも規模が大きすぎる大災害の最中にあっても、その身に有する魔力のおかげで死ぬようなことはなかった。
何の前触れもなく襲ってきた大地震によって、王城は倒壊こそ免れたものの、集めた調度品のほとんどが原型をとどめないほどに破壊され、貴重品であるガラスも全て割れた。忙しく働いていた原住民たちにもかなりの死傷者が出た。ある者は調理場から出た火事によって焼け死に、ある者は崩れ落ちてきた壁や天井や柱、倒れてきた豪奢な家具に押しつぶされていた。
王は生き残った者の傷を癒し、家がある者は帰らせ、残った者はどうにか片付けと事態の把握をと思った矢先、さらに大きな揺れが発生した。
いよいよ半壊した王城において、原住民で生き残ったのは王の周囲にいた者――すなわち後宮の女の一部と高官の数人だけであった。もちろん王城には多数の転生者が暮らしており、彼らには消火や人命救助に全力を尽くすよう指示を出してはいた。しかし立て続けに襲ってくる地震のおかげで、彼らも自身が死なぬようにすることで手一杯であった。
おかげで、王都市街はさらに甚大な被害を被っていた。
王城ですら半壊した揺れによって、九割がたの家屋は全壊した。昼時と重なったこともあって、発生した火事の件数は数えるのも馬鹿馬鹿しいほど。王城を囲む市街のほとんどが炎に包まれ、発生した火災旋風によって一部の力弱き転生者ですら死んでいたのだ。
「申し訳ありません陛下。現在も災害そのものが進行中であり、被害は甚大であるとしか」
このような状況で、正確な被害状況などわかるはずもない。王の問いに答えたタクロウという名の士官も、たまたま報告で来ていた一等兵士であり、地震の発生から現在まで、隊の安否も確認できないまま、王城の守護を務めるのが精いっぱいなのだから。
止むことのない余震におびえる後宮の女たちをタクロウに任せ、王は宙を飛んで王城を出た。王都を蹂躙する竜巻を、空から地上へと叩きつける巨大な水柱によって相殺するためであった。転生者一族の中でも、長きにわたって利権を啜り続けてきた王族の魔力をもってすれば、造作もない作業であったが、少々出張って来るのが遅すぎたようだ。
王は転生者の子孫であって、生前別の星で暮らしていたわけではない。もし彼の魂が現代日本に暮らしていた人間のそれであり、少しの正義感をもっていたならば、大地震が発生した時点で市街地の大規模な被害を防ぐために、もう少し早く自ら王城を出ただろう。
竜巻が消え去り、あらかた王都の消火が済んだ。しかし、市井に動く者はほとんど見当たらなかった。王は生き残った兵士やギルドにいた転生者と共に、各所に設けられた避難所や公園、広場を回り、避難した原住民を保護しつつ、半壊したとはいえ、消火も済み、食料の備蓄もある王城へ向かった。
一行は、彼方で雷鳴が轟くのを聞いた。
地震の次は雨かと嘆息しながら振り返った一行が次に目にしたのは、遥か南方に立ち上がった赤い柱であった。それまでもずっと感じていた大地の鳴動がにわかに高まった。
赤い柱の出現に伴い、新たに発生した地震から逃れるため、王と兵士たちは協力して結界を張り、民とともに空中へ上がった。揺れを感じなくなったことに原住民は安堵していたが、それも束の間に過ぎなかった。
南方に出現していたのは赤い柱だけではない。イスキリスを南北に分かつ巨大なルブサークのあちこちから、巨大なキノコ雲が立ち上がっていた。その上空を真っ黒な雲が覆っており、王都の南西に位置する魔法都市レザイアから、ルブサークに向かって広がる森林に何かが飛来していた。
それは、王都からでもそれだと分かるほどに巨大な、燃え盛る岩であった。黒い雲よりも上空から、赤い軌跡を描いて森へ飛来するそれは、もうすぐレザイアに到達するのではないかと思われた。
「――馬鹿な」
それまで、南方に展開する巨大な自然現象を呆然と眺めていた王は、森林から火の手が上がったことで我に返った。広がり続ける黒雲によって太陽光が遮られていたおかげで、拡大する森林火災の火が余計に目に鮮やかであった。
あれは、アマンティアの噴火に違いない。
原住民の誰かが言った。
アマンティアが火を噴いたとき、世界は終わるという伝承は、原住民はもちろん転生者にも伝わっている。
世界の終わりについて具体的な内容は伝わっていなかったが、少なくともイスキリスは終わりだ。
王は、見た目にもわかるほど大地が揺れ、眼下の地面に亀裂が走り、何かが軋むような音とともに上下に分かれていくのをぼんやりと眺めていた。やがてそれが轟音と共に拡大し、つい先刻まで舗装された石畳であった場所に、底の見えない谷が出現したのを見て、王がそう思った時である。
今や森全体に広がりつつある大火災は、レザイアの向こうにそびえるルッツの山にまで迫っていた。それを待っていたかのように、魔法都市レザイアを、青いドーム状の結界が覆った。瞬時に展開されたそれは、ついにレザイアに到達した燃える岩を防いでいた。
そして、レザイアは都市ごと宙に浮いた。
都市を支えていたのは、巨大な半球状の構造物だった。一目で膨大な魔力を秘めていると分かるそれは、淡く燐光を放っていた。上に戴く都市の重さを全く感じさせず、岩盤と土、植物の根などを振りまきながら、レザイアは上昇していった。
「皆の者、あれを――レザイアを目指すのだ!」
再び忘我の状態にあった一行は、王の一言で我に返った。王とわずかな生き残りは、どうにか大地の亀裂には飲み込まれていなかった王城から生存者を救出し、結界で身を守りつつ、浮遊するレザイアへ向かって飛んだ。
「まさか……こんなことになろうとは……」
白い髪の青年が、がっくりと肩を落としていた。
彼は空気も重力もない黒い空間を漂いながら、ある一つの星を見ていた。
「これでは……原住民が……」
彼は星の周りをぐるりと回った。二周、三周と回って戻ると、首を横に振りながらため息をついた。星のどこを見ても、転生した人間が好き放題に暴れ回り、生態系は安定するどころか乱され続け、星の混沌は増すばかりであった。
「また失敗だ。彼の言う理想郷などというものは、何度やってもできはしない。やはり、転生人間ありきの考えではだめなのではないか?」
「そうでもないさ。友よ」
白い髪の青年の嘆きに答えたのは、そこから数億光年離れた座標を漂っていた、同じく白い髪の青年だった。二人の相貌は驚くほど似ていたが、額に記号のような入れ墨が施されており、それによって個々を識別できるようだった。
「友よ、こちらの世界では、うまくバランスが取れたようだ」
呼びかけた青年の額には『ᛚ』と記されていた。
「ほう」
呼びかけに応え、瞬時にラグズの元へ現れた青年の額には『ᛟ』と記されていた。
「……崩壊しているではないか」
オセルが、黒雲が広がっていく星をしばらく眺めたのち、呆れたように言うと、ラグズは不機嫌にそうに言い返した。
「友よ、これはただの大陸変動だ。肝要なことは、これから訪れる平和への道筋であろう」
ラグズは星から視線を逸らし、何もない黒い空間の彼方を見やった。暗黒の世界では無数の星が生まれては消えてを繰り返し、彼の仲間たちが日夜理想郷を求めて試行錯誤している。もうすぐ、星を生み出すエネルギーにも限界が来ると、彼を造り出した存在は言っていた。それとともに、暗黒の空間の拡大も止まる。その時までに、『絶対観測者』の住むべき理想郷を作ることが、『干渉者』たる彼とその仲間たちに課せられた使命だった。
「友よ、しばらく見てみようではないか。私の星で、彼らがどのように世界を再生するのかを」
ラグズはそう言うと、再び星に視線を戻した。オセルはといえば、何もない空間に寝そべり、欠伸交じりに言った。
「よかろう。ちょうど、煮詰まっていたところだ」
二人の青年の視線の先には、その面積の半分ほどを黒雲に覆われた星が、ゆっくりと自転していた。
「あれは、なんだ?」
オセルが指さす先には、黒雲の下を飛翔する、黒い翼をもつ生物がいた。
「あのような生き物は見たことがない。あれはどうやって生み出したのだ」
ラグズは、少し思案するように視線を彷徨わせてから、オセルを振り返って言った。
「友よ、あれはかつて、私の補佐をさせるために、私に似せて創ったものだ」
「なるほど。相貌は似ているようにも思う。しかし、我らは翼などもってはおらぬ。ましてや漆黒のそれなど……」
オセルがおぞましいものを見たというように、顔を歪めた。
「あの翼は……もう一体の生き物から分かたれた力によるものだ。私の星では、あえて地中に残しておいた気と、人間の悪意が混ざり、私はそこから黒い魂をもつ生き物を生み出した。私の兄弟は、その気の塊のような生き物と混ざり合って、あのような姿になったのだ」
「星の気をそのように使うとは。あの黒い翼の生き物が、世界を救うのか?」
オセルの問いに、ラグズは薄く笑って答えた。
「友よ、そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
「ふむ。興味深い」
「私たちも、少し見させてもらおうか」
彼らの周りには、いつの間にか干渉者が集まっていた。皆よく似た風貌をしていたが、一人は纏うローブの上から見て取れる胸の膨らみから、女性であると思われた。額にはそれぞれ『ᚺ』、『ᚷ』、『ᚲ』と記されていた。
彼らは星の周りに輪になって、観察を始めた。
~干渉者たち~
ᛚ:ラグズ 芸術性、豊かな想像性を表す。勘で行動すると吉。逆位置では情緒不安定、気分屋、女性に関するトラブルや問題。
ᛟ:オセル 伝統や遺産の継承、しきたりを守っての躍進。逆位置では悪しきしきたりで身動きが取れない、上司と馬が合わない状態。
ᚺ:ハガル 天から突如降って来る雹を表す。突然のアクシデント、何が起こるか予測不可能。
ᚷ:ギョーフ 贈り物を表す。またの名を愛のルーン。
ᚲ:ケン 燃え盛る炎。闇を払う炎は明るい未来や希望を意味する。逆位置では情熱が冷める、倦怠期、希望を失う。
※ルーン文字が見れない方へ※
以下を参照頂くと、文字と読み方が対応しております。
http://www16.ocn.ne.jp/~mercuriu/column/rune/rune02.htm




